迷子の二人は・前編
【4008文字】
出来てない両片思いのジノザキがスタジアム観戦行きます。その昔「ザッキーが観戦してるシーンが見たい」というだけで書き始めた一場面ですが、その頃はまさか公式で来るなんて思いもよらず、呆気なく没箱へ。一応「前編」扱いで途中のままUPしますが、まあこの先はいつもどおりハピエンって事で脳内で補完願いますデス。
おなか一杯のお正月とムード満点!?花酔夜の間くらいの話だと思ってくださいマセ。
気まぐれなあの人は時々妙に意味深な表情を浮かべる。そう、まるでこちらの様子を観察しているかのような。大体なんだあの妙な色気は?男のくせに。彼女と付き合い始めたとかいう話は一切しないくせに別れたとなると必ず俺に報告して
「暇だから遊びにおいでよ」
なんて言ってきたりする。そして意味ありげにクリスマスを一緒に過ごそう、なんて言う。なのに結局すっぽかしたりする。期待外れにガッカリしてると翌日電話がかかってくる。年越しパーティもそう。俺が不器用なりに俺の気持ちを伝えれば、彼女と一緒に過ごせばいいだの、いないなら紹介してあげるだの言いながら、そのくせ、やっぱり
「泊まっていけばいい。楽しいしもっと一緒に過ごそうよ」
なんて言い出したりする。もう、こうして何度も俺に気のある素振りを見せながら、俺が捕まえようとする度にさらりと身を躱しては笑っている。その都度こっちの気持ちは滅茶苦茶にかき乱され、益々王子のことしか考えられなくなっていく。
(たいした玉だよ。ああいうのを性悪っていうんだ)
そんなこんなで。ある日俺はチケットを手渡し彼を誘った。
今は取りあえず仲のいいチームメイト程度にはなれたあの人と、俺はもう少しこう進展のような、発展のような、そんな次の段階が欲しくなったというわけだ。彼の居間にある大型モニターに映し出される映像は迫力満点。しかも王子特有の視点からの解説付きとあれば勉強にもなるし楽しいしでいいことづくめ。なのでカメラワークという制限のないロングの視点で臨場感あふれる試合を生観戦すれば、もっともっと深い話が出来るのではないかという発想になるのも、至極当然の話だった。
なのに、A代表の親善試合のこのチケットを差し出し誘えば、王子は驚くほど眉をひそめて、チケットも受け取らずに黙ってその場を後にしたのだった。
「え?王子、待っ……」
これ程の不興を買うとは、全く想定外の外だ。そしてその後、王子はいつものように「うちにおいでよ」なんて俺を誘う事もなくなってしまった。
* * *
当日。宙ぶらりんになってしまった王子の分のチケット片手に、どうせろくな用事もないであろう世良さんでも誘うかと練習帰りに考えていると、王子が突然声を掛けてきた。
「何時に、何処?」
「え?」
「え?って、試合、今日でしょ?」
「王子行くんですか?」
「だってキミが誘ったんだろう?」
「あぁ……そりゃそうなんですけど……」
あやふやな表情。彼が何を考えているかなど、さっぱりわかりもしなかった。だが、ともあれ二人の食事以外のお出掛けが実現するとあって、俺はけろりと上機嫌になった。嬉しかった。
* * *
待ち合わせの場所に現れた彼の格好を見て俺は驚いた。
「な…なんスか…その恰好」
「笑わないでよ。目立ちたくないだけなんだから」
ぶすったれた彼の姿はいまだかつて見たことがないラフなものだった。目深にかぶる帽子に大きなマスク。よく見ればどこぞのブランドらしき上質さがあったけれどこの街の風景に埋もれることを意識したであろう、無個性で凡庸なデザインの服。目立ちたくないという言葉のとおり、彼は変装してきたつもりらしい。確かに王子には絶対見えないくらいの、あまりの自然な着こなしだった。全くお見事なその化け方に、感心する他はなかったのだった。
そう、着こなしには問題はない。問題は彼の例の優雅で華のある身のこなしだった。特徴的な彼のそれは、大柄の派手なプリントシャツにざっくりとしたパーカー、ダボダボのパンツルックの男のする仕草ではない。眺めるほどになにがしかの奇妙な違和感を呼び、王子と気づかぬ街の人々の視線は、別の意味で釘付けになってしまった。シャンと伸びた背中、立ち姿。目元だけでも十分豊かなその表情。腕と指先の柔らかな動き。そして大胆な歩き方。彼の生来持つ輝きは隠しようがなく、目立たないようにと考えた彼の涙ぐましい努力と配慮が、寧ろ目立つ原因になっていた。芸能人のお忍び観戦と誤解した人々が、遠巻きにひそひそ話をしている。要するにどんな格好をしていようが、なにをしていようが、どんな時もどうしようもなく王子は王子であるということだった。真に良い男の艶と色気は女のそれを凌駕するとはよく言ったものだと、俺は溜息をこぼして呆れる思い。
「さ、行こう?」
目立たぬ配慮だろうか。王子が俺の耳元でそっと囁く。その時俺の肩に添えられた彼の左手。そんな彼のいつもの無意識になぜか今日はドキリとしてしまう。なんだかあの有名なローマの休日みたいな気分だった。このスタジアムは小さい頃から通いなれた俺の居場所のようなもので、なのに、そんな日常の中に見慣れぬ姿の王子の異質。彼の隠し切れない眩いまでの極上さは、周りに自慢して歩きたいほどの誇らしさと、そして、気づきたくもない強烈な気後れを感じさせたのだった。
* * *
親善試合とはいえ今日の対戦相手がビッグネームとあって、チケットは完売で大変な人だかり。いつも俺を率いるようにスタスタと前を歩く王子は、今日は珍しく後ろをついて歩いている。
(大人しい……なんか不気味だ)
試合が始まり親善試合ながらもスタジアムは大盛り上がり。このシステムであの場面ではどう動くのが正解か、あそこのこじ開け方はこの前王子がやった形によく似てる、などと俺がいつものように王子に話しかける。だけど王子は吃驚する位に冷静だった。冷静というか、変な言い方になるけれど所謂、如何にも王子然とした様子であった。いわゆるオフィシャルな、親密そうに見せながら他人を立ち入らせないような、そんな他人との間に「頑丈な壁」のある、いつもの、あの強情で傲慢な程の『王子様』だ。俺はその姿を見てようやく自分が勘違いをしていたことに気が付いた。いつもと同じことを少し違った形でやってるつもりで、全く違うことを同じつもりでやっていたのだ。つまり王子はこの時、エンジョイするどころか、この上もなく不機嫌だった。チケットを渡そうとしたあの日の反応が、この結末の全てを表していた。
* * *
帰り道。沢山の人混みの中を二人で歩く夜の道。
「なんか来てみるとお祭りみたいで楽しかったね。まるでスタジアム全体がホームになってしまったみたいで」
「次に来たら隣の席の人が食べてたアレをボクも食べてみようかな?」
とか。
「ザッキーはチャントもよく知ってるんだね」
とか。
王子が強調して話す内容が俺の中で空回りする。浮かない顔した俺に対して繰り返す、らしくない不器用な気遣いの数々は、その度、俺の心を暗くさせた。
「ザッキー?」
俺は今日失敗したんだと思う。でも王子は今、その失敗を受け流そうとしてくれている。だから俺もスルーすべきだった。けれど、わかっているのに納得いかない。そういう自分の気性は辟易するけれどどうしようもなかった。だから言った。わざわざだ。
「嫌なら最初からそう言ってくださいヨ」
わかっていたのに。こんなことを言えば嫌悪の反応が戻ってくることくらいは。
「俺も全然試合に集中出来なかったし、これなら一人で来ればよかった」
それは駅に向かう群集の中。
「王子?」
俺はその時、ついてきているはずの後ろの王子を、あんなに目立つあの人の事を、そのままその場で見失った。
