お花結び

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君に僕を教えてあげる

【11626文字】
ジノザキデーおめでとうございます!ここ最近再び完全犬調教ジノザキにはまっておりまして、結局今回はそれ(の健全版?)になりました。タイトルが先日の本と無配に似ていますが、完全に別作品となっております、ややこしくてごめんなさい。このよくわかんない二人の他愛無いお話も色々と考えているのが楽しいので、もう少し長くかけたらいいななんて考えています。

        ジノザキ

「お散歩ごっこしよう?」
 日頃から何かと突拍子もないことを言いがちな人だったが、これはむしろ想定できる要求であり、だからこそ俺はムカついたのだ。
「なんでそんなことしなきゃいけないンスか」
「面白いからに決まってるだろう?」
「俺は全っ然!面白くないッス」
「そんなこと言わないで、しよう?ザッキー」
 声色がおそろしいほどエロくなって、そうっと触れる頬の指先がこそばゆい。思わず鳥肌が立ってしまうので、必死で素知らぬふりをしてそっぽを向いた。
「ねぇ、お願いだよ」
「猫なで声で言っても駄目。無理ッス」
「ザッキー、ねぇ、いいじゃない」
なんなく両腕で俺を捕縛するので、全身に火が灯る思いだった。甘えて夜をねだる言い方と完全に酷似していて、王子の恣意的な罠に感じる。こうなれば耳元で囁かれる言葉は、内容がなんであれ猛威をふるって、俺を風の前の塵にしてしまう。
(ああ、諸行無常……)

 俺は王子のことが好きなので、いつか恋人になりたいと思っている。そのために随分前に告白もした。その時王子は、はちきれんばかりの明るい笑顔で、
「本当かい?僕も君のことが好きだよ?」
と言い、マジかよと俺がドギマギしていると、
「相思相愛だったのか、ああ、ザッキーとっても嬉しい。僕、昔から犬を飼ってみたかったんだ」
と、盛大に話のオチをつけやがったのだった。
 そうなのだ。王子は割と本気で俺のことを本当の犬だと思っている。会話ができる大きな犬だと。
(慣れるまで結構大変だったなぁ。まあ、今でも完全に慣れてるわけでもないんだけども)
 俺は王子が喜ぶことなら何でもやってあげたい。それこそ選手として、夜のパートナーとして、心を支え合う恋人として。そして、まあ、彼好みの可愛いワンコロとして傍にいて欲しいと言われてしまえば、あのあまりにも嬉しそうな笑顔に絆されてやるのもやぶさかではない。物事を自重しない王子と一緒にいるためには、色々と譲歩も必要なのだ。いわゆる惚れた弱みと言えよう。

「ちょっとだけだよザッキー、ねぇ、いいでしょう?」
耳に触れんばかりの位置での独特の囁きは、すべてを持っていかれそうなくらいの威力がある。
「い、家ン中では付き合ってあげてるじゃないですか。わざわざ、そんな外行かなくても……」
普通に言いたいのに語尾が萎れる。王子のこういうやり方はとても苦手だ。天然なのか、わざとなのか。俺の気持ちを弄ぶのか、単にこういう人なのか。
「僕は君を誇りたいんだ」
頭では一応は理解している。確かに犬を見せびらかして歩きたいという王子のこの思いは、俺の求める愛とは違う。だがそれなりな好意なのも確かだ。
(そうだよ、よく考えてもみろ。この人が誰かのことを誇りたいとかいうタイプに見えるか?絶対そんなタチじゃねぇ)
恋人も犬も多頭飼い派の人ではあったが、ひけらかすようなことを好むとは到底思えない。
(なのにこんな、そう、多分これは特別の……いや、駄目だ駄目だ。もう気持ちが負けてんじゃねぇか)
ぐ、と手で体を剥がそうとしたが、ぬくもりが優しくて本気にはなれなかった。それでも、こうしたちょっとした抵抗に関してもかなり過敏な王子なので、途端におそろしく悲し気な顔になる。
「どうしても駄目?」
それはまるで萎れた一輪挿しの花。軽く顎を引く形で上目遣いでこちらをじっと見ている。この弱々しさもまた作戦なのだろうか、無意識だろうか、俺にはさっぱりわからない。全く面倒くさい人だと思う。
「ザッキー」
「何ッスか」
「ちゃんとご褒美あげるから」
「また。すぐ物で釣ろうとするのやめた方がいいッスよ?俺にそういうの効かないのくらいそろそろ理解し」
「ううん、ちゃんと効き目があるものを用意するよ。僕は君のことならなんでもわかっちゃうんだから」
「はっ、馬鹿々々しい」
心から馬鹿々々しいと思う。なんでもわかるというのであれば、もう少し俺の心の機微というものも理解してしかるべきだ。いや、理解しているからこそ利用されているのか。王子は本当に不可思議だ。
「駄目駄目、お金の無駄。別に俺今特に欲しいものなんて」
王子以外、と心の中で唱えれば、ビックリするようなことを囁かれた。
「……僕が落ちる方法を教えてあげるって言ってもかい?」
突然の提案に俺は固まった。
「随分君悩んでるものね。知っているよ」
それこそ全身が心臓になったみたいに、俺は半ばパニックになった。返事をすることもなく硬直する俺に、王子は首をかしげて可愛く言った。
「どう?少しは効き目ある?」
もう一度ギュッと抱きつかれて、耳元で囁きついでに、なんと唇が耳たぶに触れた気さえする。
「付き合ってくれたら、内緒でいいやり方教えてあげるから」
王子の落ちるいいやり方。本人が俺に直々に。頭の中に息乱れる卑猥な映像がよぎる。王子は俺を理解しているという。
「そ、そういう駆け引き、卑怯じゃないッスか?」
「本気な時はあまり手段を選ばないタイプなんだ」
これほど美意識の高い男が、駆け引きに手段を選ばないだなんて信じられない。それでも。
(告白の意味、やっぱり王子にちゃんと通じてたのかな)
あの日俺は王子が好きだと言い、確かに相思相愛だと彼もまた言った。何も起こらぬ俺らの日々を、王子自ら変えようというのだろうか。いやはや上手に心を擽られ、まんまと引っかかってしまいたくもなる。俺はごくりと唾を飲んで、冷静なふりをしながら返事をした。
「い……今からッスか?散歩と、そんで、その、ご褒美の……」
すると王子がぱっと身を離して、満面の笑みを浮かべながらもう一度抱きついた。
「やった!だから大好きなんだよ、君のこと」
くしゅくしゅと頬を擦り合わせてくる。俺はにやつくのを我慢しながら、この人には勝てないなぁと思ったのだった。

 結局その日は今からすぐということにはならず、
「せっかくなら万全を期して」
だなんて王子が言って、数日後いわゆるお散歩グッズなどを買いに出掛けた。王子はかなりはしゃいでいて、首輪だの鎖だの手に取って勧めたりの悪ふざけまでしている。俺が、
「いや、ないから」
と真顔で言えば、
「冗談だよ」
と、それにしては目が笑っていない笑顔で返事をしたり、
「フリスビーは絶対だよね、あと、そうだ。お弁当も作って持っていこうよ」
などと、その日はともかくいろんな店を行ったり来たり。フリスビー、水筒、お弁当箱、レジャーシート、目につくものを王子が手当たり次第に買い集めた。
(だからって調子に乗って俺達の着替えやらなんやら関係ないものまであれこれ買う必要なんてなかったのに……ついでだからって一体なんのついで……)
大きな荷物を抱えながらの帰り道、王子の笑顔が眩しかった。
『こういうの、昔からしてみたかったんだ』
散歩決行日の前の晩、王子が電話口でしみじみ言った。
『楽しみ過ぎて寝付けない』
まるで遠足前日の小学生のようだと思った。一体どれだけ楽しみにしているのかと、あきれながらも嬉しかった。明日は、朝早く王子の家に行って、二人で弁当を作って出掛けることになった。なのにとても興奮している王子は、なかなか電話を切ろうとしない。
「言っときますけど、寝坊したら即決行中止ッスよ」
『え、いやだよそんな』
俺も話をしていたかった。が、なんとかかんとか説得をした。
『おやすみザッキー、早く来てね?』

 グッズ一式を車に積んで、二人で遠くの広い公園に出掛ける。沢山の花が咲き、広い芝生もあり、親子連れやカップル、学生軍団、色んな人々がゆったりとした時を過ごす場所だ。王子は、
「リードがいらない賢さは自慢だけれど、ちょっと味気ないような感じもあるね」
と、左ももを左手で叩いて自分に沿って歩けと合図をする。俺はあきれるような溜息をつきつつも、大人しく左脚側行進に付き合ってやった。時々立ち止まったり急に曲がったり、王子は興味の赴くままに自由に歩く。荷物を持たされている方としては、これに付き合うのも大変だ。けれど王子があまりにも嬉しそうに振り返り見つめるので、俺もまた片頬だけで笑って相手をした。
(いつもとほとんど同じ感じにしか思えねぇんだけど……王子の気分の違いなのかな)
左側に半歩後ろでスピードを合わせながら歩く行為は、それこそ先日の買い物でも、日常の中でもやっていることだ。いつもと違うのは王子の視線。何度も何度も俺を見ては、はちみつのように甘い笑顔を浮かべる。『散歩』を存分に楽しんでいるのだろう。これは王子にとっては散歩ごっこで、でも俺にとっては幸せなデートの一場面のように思えた。
(一緒にいること自体が楽しいんだから、まあ、この際目的なんて何でもいいよな)

 王子は花を見て、
「綺麗だよね」
と言い、俺が何気なく落ちていたゴミを拾ってゴミ箱に捨てれば、
「いい子だね」
と言って頬を撫でた。空は抜けるように高く、青く、雲はさざ波のような形をしている。風はとても穏やかに優しく吹いて、投げるフリスビーは軽やかに飛ぶ。ちなみに王子が投げて俺が届けるのかと思っていれば、実際にやり始めればそうではなかった。何故なら、フリスビーを取り出した王子が突然、
「実は一回もやったことがないんだよね」
と言い出したのだ。遊ぼうにもまず投げられないだなんて、心外以外のなにものでもない。
「はぁ?あんた、ここまで自分で盛り上がっておいて土壇場で普通そういうこと言います?」
「ね、どうやるの?これ」
王子は全く屈託がない。
「……ったくしょうがねぇ人だなぁ……まずバックハンドっていうのは、ここをこんな風に」
そうして結局俺が先生になって、やり方を一から教えることになった。
(はー、こういうところまでさすがの王子って話かよ)
そんな気もしていたのだが、王子はあっという間に基礎をものにしてしまった。そこそこ自信のあった俺だが、癪に障るやら惚れ直すやら。距離だけを伸ばすにも飽きてきたので、ならばと少しずつ難易度を上げる。片足を上げてその下で受け取る。足のつま先で軽く跳ね上げて、その後片手でキャッチする。受け取りながらくるりとターンし、流れのままに投げ返す。王子は技を見せる度に歓声を上げた。そしてさらに難易度を上げたアレンジを加えて、当たり前の顔をして俺に戻すのだった。悔しくて楽しくて刺激的で、それこそ時が経つのも忘れて遊んだ。
「あぁ、結構いい運動になったね」
園内に設置されている屋根付きのテーブルで一休み。喉が渇いたと王子が言うので、水筒を渡すとニッコリ笑う。
「こういうので飲むのとか、一体どれくらいぶりだろう」
「ペットボトルやスクイージとはまた感じが違いますよね」
そう返事をしながら俺もわざわざ持参してきたお茶を飲んだ。飲み物に対して少し丁寧な感じのするこのやり方は、確かになんだか新鮮に思えた。
(子供の頃は学校によく持って行ったっけなぁ)
家から持ってくるのは重たかったが、これはこれで味わい深い。
「ね、ちょっとお弁当つまみ食いしない?」
「もうッスか?」
「だってお腹減っちゃったよ」
「はいはい」
運動会なんかでよく見かけるかなりベタなそれを、広げれば王子は目を輝かせる。二人で大騒ぎをしながら作ったお弁当は出鱈目な出来になったものの、それもまたそれで楽しかった。玉子焼きを甘くするかしょっぱくするかで大いに悩み、俺の揚げていた唐揚げは真っ黒になって、それでも王子の切ったうさぎのリンゴは、とても可愛い仕上がりになった。
「あらためて、なんかこう凄いね。笑っちゃう」
クスクスと嬉しそうに。
「まあ、ある意味確かに凄いっスね」
俺のちょっとした皮肉にも耳を貸さず、王子が真っ先に手を付けたのはおにぎりだ。炭水化物は後からだなんて、そんなアスリートみたいなことなど気にしない。
「ふふ、やけどしちゃうかと思ったよ」
「ッスね、あんなに熱いとは」
俺が米を研いで、炊き立てのご飯を二人で握った。大慌てで握ったそれは鞄の中で少し潰れて、変な形になっていた。それでもそれがいいんだよと、王子が一つ頬張る。
「あ、これ鮭だ」
他に梅干しや昆布もある。食べた時のワクワクが欲しいと王子が言って、目印もつけずに鞄に詰め込んだ。
「ん?」
「いや、王子とおにぎりとか、なかなかにレアな光景だなぁと」
「なんだいそれ。僕だって普通におにぎりくらい食べるよ」
今日の王子はとてもよく笑うが、いつもと同じようでまるで違う印象があった。目のくらむ眩しい太陽の下、咲く花よりも美しく咲き誇る王子は、ただおにぎりをもぐもぐしているだけで魅力的に思えた。さっきフリスビーをしていた時も沢山の人々が惹きつけられて、立ち止まって長い間彼を見つめていたくらいだった。

 そよぐ風、揺れる髪。青々と瑞々しい見渡す限りの美しい芝。
「ああ、いい天気だねぇ。眠くなってしまうよ」
「食ってすぐ寝たら牛になりますよ」
腐す俺を見つめる優しい目。なんだか感覚がぶれてしまう。私服で公園の中にいるこの人は、確かにあの王子なのに、その目が俺を見て微笑みかけて、現実味が少しずつ薄れていく。この人は本当に王子だろうか。王子は、確か俺の思う王子というのは。
「……サッカーボールも持ってこればよかったって?」
「え?俺、そんな顔してましたか?」
「ふふ、わかるよ。君のことならなんだってね」
「またそんなフカシこいて」
目の前にいるこの美しい人に、あらためて心が虜になる。幸せそうに笑うこの表情に、俺はもう一度恋に落ちる。ワンコロ遊びに付き合うのは、単に一緒にいるための手段のはずが、こんな風に二人過ごすと、もっとこうしていたく思う。
「ほら見て?」
王子が何かを見つけたので、俺もまたつられてそれを見る。
(ああ、なるほど本物の……)
若夫婦だろうか、大型犬を散歩中。この園内には広大なドッグランも併設されていて、よく見れば沢山犬連れの人々がいた。
「行こうか」
そうだ、もともとそれを見るのも目的の一つだったと思い出して、散歩ごっこをしながらついて行った。
「水浴びも出来るらしいよ」
「へぇ」
「ザッキー、楽しみだね。この前買った着替え持ってきた?」
王子が楽しそうにじゃれるので、
「は、なんの冗談」
と言いながらも、俺もつられて笑ってしまった。

 ドッグランの周りには囲むようにいくつかのベンチが並んでいて、俺達は二人並んでそこに座った。
「いいね、ここ。よく見える」
柵の向こう側には、ふかふかな芝生の広大な敷地や土の露出した泥遊び場、そして小さなせせらぎをたどった先には木々の立ち並ぶ森が広がっている。王子は遊ぶ犬達の姿に、我が意を得たと言わんばかりの笑顔を浮かべた。
 犬種も様々、性格も色々。フリスビードッグの華麗な技が繰り広げられれば思わず歓声をあげ、リードを外しても震えるばかりの臆病な犬には飼い主と一緒に笑いながら頑張れ頑張れと応援をした。
「……の正体ってね」
そんな時のことだった。王子がぽつりと何かを言った。ワンキャンはしゃぐ犬達の鳴声にかき消されて、俺は言葉を僅かに聞き逃してしまう。
「……ってつまり、犬の形をした……なんだって。いいよね、なんかそういうの」
話しかけているような口調ながら、完全に独り言のような囁き。もう一度言って欲しいと思っては見たが、それも憚られるような横顔だった。聖なるものを賛美するかのような澄んだ瞳は、そう、今日の王子特有の個性だった。

 王子は『いつか僕は犬を』というような夢物語を、何度も繰り返し俺にしていた。何故それが夢なのか不思議だったが、留守がちなこの仕事柄のせいらしい。『かわいそうだよ』と切なげに甘い溜息を漏らし、やはり夢見がちな目で『いつか』を語った。切実な目、その思いに俺は何回も触れてきていて、今日はこの横顔にもまた思うのだ。
(王子、本当に犬が好きなんだな)
その渇望はチームメイトをごっこ遊びに付き合わせるほどとても強いもので、ねだられる度に戸惑いながらも俺は犬役になってやった。ハグは今では日常茶飯事、お手やおかわりのコマンドにまで付き合ってあげることもある。腹枕で寝たいと言われたときは一度固辞して、上目遣いで懇願されて膝枕程度ならだなんて迫力に負けた。
「……王子?」
「ん?」
「何笑ってンスか」
「ああ、どの人もみーんな『うちの子が一番』って顔してるなぁって」
話しかければこちらを向いて、澄んだ目のまま俺を見つめる。この目だ。喜悦に満ちた王子の目。
「面白いものだよね。こういうのを飼い主馬鹿とでも言うのかな」
そう言うと急に真顔になって、恭しく俺に手を差し出した。
「は?」
王子は何かを言いたげに目を閉じて、ゆっくりと再び開いて俺を見て、今一度手のひらを盆のようにして近づけた。
(えっと、これ、多分……そういうことだよな……)
犬の飼い主のたむろする場所で、お手のコマンドをこなすのは恥ずかしい。
「いや、さすがにここでは……」
王子の辞書に自重という文字はやはりなかった。怒るでなく、拗ねるでなく、信じている目で根気良く待つ。
(この粘り強さ、絶対発揮する場面間違ってると思う)
王子が強いのか。はたまた俺が弱いのか。周りが気になって仕方がないが、おずおずと手のひらに手を乗せる。すると、
「ブラボ、ザッキー」
といつものように王子が言うので、コマンドをやり遂げた安堵に苦笑した。だが、そこから先がいつものようではなかった。王子は目を細めつつも、俺の手を解放せずに握ったのだ。そのままそっと下におろして、指を絡ませるように繋ぎ直される。
(ちょ……王子、おい、なんだこれ)
ナチュラルに肩同士が触れ合って、手が互いの足の陰に隠されていく。俺は今、公衆の面前でまるで恋人みたいに王子と手を繋いで座っている。
「……ふふ、そうさ。『うちの子が一番可愛い』」
今、まさに望み通り王子は俺を大いに誇り、嬉しそうに微笑んでいる。これを体感するために王子はここに来ていて、俺もまたそれを見るためにここに来たのだ。
(王子、嬉しそう)
 俺は王子が好きだったが、何が彼をそうさせるのかなどひとつもわからなかった。それでも、このワンコロ遊びは王子を確かに満たすので、俺もまたそれに満足した。
 俺の指と指の間に王子の骨と肉を感じる。生の肌感だ。時々さわさわと王子が親指で俺の手の甲を撫でたりするので、擽ったくて、落ち着かなくて、それでもそのぬくもりにうっとりとした。絡み合う指に俺の汗が滲んでいたが、王子は気にする素振りすらみせなかった。まるで何事もないかのように、普通に犬を見ながらはしゃいでいた。
「来てよかった」
「そッスか。そりゃ、なによりで」
うっとりと溜息を零す王子の姿があまりにも美しく、その思いを誤魔化そうとするがあまりちょっと不自然なほど皮肉な口調になってしまった。王子はつっけんどんな態度ですらやはりお構いなしに、
「……今日は一日ありがとう」
と、まるで気持ちを込めるように俺の手を再びきゅっと握った。
 これまでも食事や買い物など二人でよく出掛けていた。それはそれでいつも楽しかった。だが、今日の楽しさというのはまた格別で、いつもとはまるで違っていた。そう、王子がまるで違っていたせいだ。今、俺は王子の作り出す架空の世界で、犬として手を繋がれて座っている。彼は今この世の中の創造主であり、つまり俺は今神に愛でられてる。そのせいもきっとあるのだろう。見える風景は刻一刻と鮮やかさが増し、感覚が過剰なほど鋭敏になっていくのを感じていた。手に入れられぬはずのものが俺の手を掴んで、それが幸せそうにこちらを見ながら笑っている。今、まさに隣に、すぐ隣に、体を触れ合わせて一緒に座っている。これ以上何かを喋っては世界が壊れてしまいそうで、俺は息をつめて今を堪能した。
(何だこれ、ヤベェ、俺泣きそう……)
俺が世界を目指していることも、王子が才能ある選手であることも、これがただのごっこ遊びであることも、何もかもが頭から消えていく。ただぬくもりと、感触と、微笑みと、王子の香りのする優しい風と、そんなものだけで満たされ溢れていく。言葉で表現するとすれば、いわゆる『幸せ』という事象のひとつだ。ありふれて、当たり前で、あまりにも普通で、だがそれをこれほどまで強烈に体感したのは、俺にとってこれが初めてのことだった。
(本当に時が止まればいいとか思っちゃうもんなんだな……)
握れば握り返してくれる手。笑えば微笑みかけてくれる人。二人で過ごした今日の時間は、俺の中の宝物になった。

      ジノザキ