訪れることのない、いつかを切に3
【3039文字】
病んでいるジーノ。気持ちがどうにもかみ合わない話が好きなんでしょうかね自分。そのうちちゃんとわかりあえるといい
「ごめんね」
何故僕はいつでもこうなのだろう?心が彼を自然に求めて、この至福に感動さえおぼえていた。なのにボクはそれでも、今でも、ただの欲望の奴隷だった。
*
僕は僕の中にある欲望を恥じる。動物的で、原始的で、心とは何らリンクしない。それがある故にトラブルは起きて、いっそそんなものはいらないと思った。
(いらないと思ったんだよ、僕は。本気でね)
運命を感じた相手がβであると知った時、地獄から抜け出せることに幸せを感じ、まさしく運命だと嬉しくなった。大好きな人とただ抱き合って眠る。ただ温もりだけの優しい君と、ゆったりと過ごせるものと思っていた。
(その通りの生活だった、最初はね。それで十分だったのに)
上から覆いかぶさるようにしがみ付きながら、眠っているその人の首筋を舐める。目の前にはどす黒い痕があって、うっ血の斑点も浮いている。
(ああ、せっかく消えかけていたのにな)
βだからこそいいと思った。でもそれが今では忌々しい。
「本当に僕はどうかしている」
自分のαの血が憎かった。でも、今は自分が憎かった。狂っているのはαのせいだからではなく、僕が元々そうだからだ。本能が導く相手にも、運命の相手にも結局同じ。こうして理性が吹き飛んでは、醜い強欲な獣になる。
「ごめんね……好きになってしまって」
僕は体の持ち得る欲望に弱く、どれだけ沢山薬を飲んでもどうにも無駄な努力だった。ひた隠す僕の弱点を見抜き、日々Ω達が攻撃を仕掛けてもくる。
『澄ました顔をしてもお前は獣だ』
『食いちぎるための牙を持ち、引き裂く爪を持つ動物なのだ』
彼らの被虐的で悪趣味な本能の前で、反吐が出るような思いになる。実際に唾を吐きたくなるほど、僕は彼らが嫌いだ。本能のままに僕を欲しがる、欲望の奴隷であるΩ達が。そう、僕と同じ本性を持つ人々が。
「君はいつまでも綺麗だね。ザッキー」
そう、βだからこそいいと思った。僕らとは別種の生き物の彼が。僕が本能の奴隷であるのに対し、彼は真っ当な人間だった。でも、きっとβであるのが理由ではない。彼の生来の無垢を庇護せんと、神がβの人生を彼に与えたのだ。彼は運命を心で探した。果たしてその旅にゴールはあるのか。それは僕にはよくわからない。
*
僕は彼の運命ではない。それは痛いほど理解している。汚れたこの手でザッキーに触れて、堕ちろと願って深く穿つ。そんな残酷な夜の中で彼は、暴力的な僕の愛を体を震わせつつも受け止める。
(許してザッキー、こんな僕を)
僕の貪欲には際限がなく、彼の許しにもまた際限がない。何をしようにも抵抗もせずに、身悶える獣を優しくあやす。
(助けてザッキー、どうして僕は)
愛おしさがこの身を狂わせていく。僕は僕の中にある欲望を恥じる。君を求めて、与えられて、それでも餓えてしがみつく。虚ろな君を痛めつけるがごとく、さらに残酷に抉り穿つ。君は僕の欲望にまみれ、卑猥な音を鳴らす道具と化し、僕はそれが幸せでとても悲しく、終わってなお絞め殺すように抱き締めていた。
*
僕だけが欲望の奴隷だった。さもしいまでに君を貪り、服従と痛みを君に強いた。
(お願いだザッキー、僕で汚れて。僕と同じように醜く汚れて)
僕の本性を僕は深く憎む。全てを捧げられてそれでも足りぬと、飽くなく欲し求める貪欲。汗と精液でべとつく肌を舐って、その美味にごくりと喉を鳴らす。歯を立てれば頭の芯がビリビリ痺れて、その快感にますます溺れる。
(欲しい、もっと欲しいザッキー)
ここに食らいついて手に入れられるものなら、それくらい簡単ならよかったのにと。βなこの体を忌々しく思う。無意味な行為に僕は酔って、その無意味さに絶望する。ただ痛み血が出て傷つくだけだ。何故わかっていながら求めるのか。
「ふ……う、ぁ……」
どす黒く沈んだ色のキス跡が綺麗だ。僕が君を穢した証。無垢の破壊の夜を思い知らせる、僕の罪と彼の許しの絆の刻印。
「……んっ、ザッキー、好き、ねぇ、好き」
君に性欲というヘドロを仕込んでいく。僕の毒素を深く奥底に刻み込んで、欲望の闇の世界へ陥れたい。君は耐えきれず涙を流しながらも、今一度けなげに僕で達した。変わっていく君の体をもっと変えたい。これなしには生きていけぬそんな体に。
*
一人でいる時、ふとザッキーを思うことが増えた。愛おしさを噛みしめるように堪能する時もあれば、切なさにふつふつとした欲望が滾ることもあった。その分、事故の頻度も以前より増えた。
(ああ、また……)
無意識にΩのヒートを即して、周りの人間を狂わせてしまうのだ。僕には人を狂わせる力があって、それはこんなにもあまりに易い。
(ザッキーのフェロモンをこうやって浴びれたならな)
愛しい人はβだから、そもそもそのような体の仕組みがない。ないものねだりをしてしまう僕は、ないものを想像しては興奮する。
(おっと、いたずらが過ぎたかな)
煮えるような熱い欲望のつけ火が、制御しきれないレベルで燃え広がる。僕の中の毒がたまって吐き出したくなる。
「なんでいつもこう……ただ幸せを感じたいだけなのに」
自虐的な笑いが浮かんでは消えて、全身が欲で強張っていく。僕は僕を制御できない。憐れなくらいに弱い生き物だ。
*
どこまでも僕を受け入れる愛しい人を抱き締めながら、己の不条理に思いを馳せる。αはある種の才覚があるのが普通で、その分繁殖力が低かった。生む機械と揶揄さえされるほど強い生命力を持ったΩの助けなしには子を成しにくい。
「なんで僕はいつもこう……」
繁殖力がないくせに、僕は身を蕩かすこの行為の虜だった。とても自分を無様と思った。この醜さが君に恥ずかしい。
「君をただひたすら愛したいだけなのに。結局いつもこうなってしまう」
僕は僕の欲望が憎い。愛おしい人を傷つけることを望む本能が。
「大切にしたい。本当だよ?嘘じゃないんだ、信じて欲しい」
君は僕を許してしまう。Ωの毒にあてられた可哀そうな被害者だと信じ、僕の内面の残虐に気付くことなく、大丈夫ですと僕に抱かれる。僕は君無しでは生きられないので、君もまた同じにと願ってしまう。君から行為を望んだことは一度もなくて、その悲しみと怒りに震える。
「正しいのは君だ。間違っているのは僕。僕達は本来こんなことなしに、幸せに暮らしていけるはずなのに」
君は僕を甘やかす。僕は僕を是正できない。すべてが間違っている世界の中で、僕は己の欲で君を、君の未来を、固く閉ざす。
「ごめんね。ここにいるべきではない君を僕は、本気でひとつも手放すつもりがないんだ」
死んだように眠る横顔に懺悔する。
「どこまでも僕を許す君のかわりに、絶対に僕は僕を許さない」
ただの屁理屈と傲慢な自己満足で、僕は繰り返し自分を断罪する。だから行かないでと君に縋る。番えない恐怖が身を削る。
「好きだよ、ザッキー」
罪咎を犯し続ける自分を憎みながらも、君を求める心が止まらなかった。精にまみれて眠る姿が愛し過ぎて、このまま時が止まってしまえばと思った。自分が怖くて目を閉じた。
「明日は午後から練習か……ごめんね、ザッキー大丈夫かな?」
僕とは違う爽やかなシャンプーの匂いが鼻孔を擽る。僕はこの瞬間、一番の幸せを感じる。君が僕の腕の中で眠る。自分が最初に夢見た夢だ。
「ザッキー……」
髪の匂いを肺一杯に吸い込んでいると、僅かに自分が浄化される気がした。それは餓える自分を少しだけ潤す。だから僕はそれを糧に貪欲を宥めて、つかの間の安らぎの中で眠りに落ちる。木に竹を接ぐような無茶な行為が、いつかは実るそんな気がして。
