お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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雨に凍えて、真摯を重ねて

【17983文字】
その昔途中まで書いていた雨降って地固まる的な話。ハピエン信者ですが障害が好きです。この手の不安を抱えたままのプロットは私の基本的な性癖に当たる?何年も痛みと努力を重ね続けていく健気な二人の姿を、このめんどくさい雨の度に思い出していただければ最高です。(今年の雨は春物のコートも未だに時々出番があるほど寒いし晴れたら晴れたで馬鹿みたいに暑いし、しんどい天候ですよねまったく)

        ジノザキ

(くそ、んだよこの寒さ……)
 暖を取るべくそこらの店に飛び込もうにも、赤崎はその姿ゆえに実際にそうは出来なかった。土砂降りの冬の夜、傘も持たずにジーノの家を飛び出したおかげで、全身濡れ鼠になっていたのだ。

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 全ては、ジーノとの『喧嘩とも呼べない』本当に『くだらない』行き違いのせいだった。解決しえないことを日々衝突し続けていて、今日はとうとう赤崎の心の何かがふつりと切れてしまった。それでもジーノが追いかけてくる気があるのならばちゃんと追いつけるようにと、早歩き以上の速度を出せないでいるのも確かに事実で、だからこそジーノを乞う心の憐れが、ずぶ濡れの赤崎を必要以上に惨めにしていた。
(こんなくっそ寒い中、俺一体何やってんだか)
 人知れず流れる涙が湧き出た途端に凍り付くが如く、小さく細いガラスのような鋭利が赤崎を痛めつける。冷たい風雨も一緒に敵に回って、全身を突き刺し傷つけていく。
(これ以上気温下がり続けたらマジで凍る……)
 家を出る際に自分の車を使わなかったのは、感情的になりながらも本当に本気なわけではないというジーノに対する意思表示だ。けれどそんな小手先の配慮など、そもそも当人が気付くわけもない。
(あれを使って帰ればその時点で完全に俺達終わっちまうんじゃって……でも、どのみち一緒な話だったかな)

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 行き先もない赤崎がなんとなくたどり着いたのはジーノの家からすぐの最寄り駅だ。けれど。
(……マジかよ。もうそんな時間だったのか)
 終電はすでに行ってしまって、寒空の中を立ち竦む。だからといってやはりびしょ濡れでそこいらの店に入る気にもなれず、当然タクシーに乗るのも同様のことで、赤崎はその場で途方に暮れた。
(一晩ここで過ごしたら……そんで俺がどうかしたら、王子はどんな顔すんのかな)
 ふと浮かんだ考えが馬鹿げたものだったので、赤崎は真っ青な唇のまま苦笑した。
「は、どうかしているにもほどがあるな」
一瞬自暴自棄な心境になりかけたが、生粋のアスリートである己自身の魂の在り方、強い理性が、我を忘れることを許さない。
(そうだよ。冗談じゃねぇッつうの)
強引なまでの叱咤激励であった。
(結局は何したって俺が損をするだけだ。終わりってことならもう……車戻って自分ち帰って、風呂入ってとっとと寝ちまうに限る)
寒空に心を奮い立たせて、それでも足取りは重かった。最早ジーノの心が自分にはないと痛感させられた今の赤崎にとって、靴も服もたっぷりと水分を含みその身を守ってもくれず、ただ荷重い枷に過ぎないものと化していた。踏み出す一歩はとても怠く、辛いものに感じられた。
(ああ、もう歩くのもめんどくせぇ……なんでこんなことになったんだろう)
いっそもっと重たくなって、歩けなくなって、本当に動けなくなってしまえばいい。そんなことを心密かに望みながらも、ずるずると身を引き摺るように歩き始める。
(なんなんだよ一体……くそったれ)
 赤崎はジーノに関することとなると、ことさら心を制御出来なかった。自分の願い、ジーノの思い、何もかもわからないことだらけだった。

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 トボトボと戻る雨の夜道の寒さはあいも変わらず、それでも冷たさはジーノのほうが上だとぼんやり思う。
(俺から王子を振り払えばあっさり終わっちまうことくらい……なのに、俺なんで突然こんなことやれるクソ度胸が……いや、ただ単に馬鹿なだけか)
 ジーノは所謂リッチな人種だった。人に満ち、物に満ち、世の中の多くの物事に対し、頓着を必要としない種族だった。常に傍に居たいと願う側だけが、片道通行の努力を必要とされる。そしてその努力の権利ですら、得られない人間がごまんといた。気紛れと心根一つで振り回されるだけに近いジーノからの幸を、ただ望むだけの行列が果てしない。かつての赤崎もまた気まぐれを待つ憐れな雛の一匹であった。だが幸運を奇跡的に手に入れておきながら、結局は耐えられなくなっていった。
(馬鹿だ。俺は大馬鹿者だ本当に)
欲望は常に満足を知らない。望みが叶えばまたひとつ欲が生まれる。求め、求めて、疲れ果てて、時に満たされ、それでも一層の切望と渇望がなお溢れ、焦れ、それを発端とした諍いは絶えることなく、赤崎は日に日に惨めさの自重で潰れていった。
(行き着く答えなんていつも同じで……諦めるか、逃げ出すしか道なんてなく……)

――いやなら君の好きにするがいいよ

 どうでもいいとでも言わんばかりのジーノの高慢な姿がこの目にしっかりと焼き付いている。ジーノの在り方を理解しながらも、いや、だからこそ特例である可能性に赤崎は賭けてしまった。
(わかってたことじゃねぇか、そんなの無理ってことくらい。そうだよ、王子は最初からいい加減で、これっぽっちも俺なんて)
暇つぶしの相手に選ばれただけという現実を目の当たりにして、とぼとぼ肩を落としずぶ濡れで歩く。
(こういうのが特に嫌いな人だって、十分わかっていたことだ……わかってて、そう、わかっていたから)
叩きつけるような雨は赤崎をさらに暗澹たる気持ちにさせた。別離へ向かう道のりは暗くて長く、でもその果てに嫌でもたどり着くしかなかったのだった。

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「……おい、嘘だろ?」
 深夜、人気のないマンション地下の駐車場。ようやく車に戻った赤崎があることに気付いて、辺り一面にこだまするほどの怒声を吐き捨てる。
「くそったれ!」
 腹が立って思わずタイヤを蹴飛ばしてみたものの、それで問題が解決するはずもない。赤崎の耳にはただ鈍くて無様なゴムの擦れる音がさめざめ響くだけだった。
 赤崎は癖があった。持ち主の美を思わせるあのダークブラウンのテーブルに、つい鍵を置いてしまうのだ。
「なんで……」
わざとなどではない。本当にうっかり失敗したことだ。ヒーターの暖かさが目の前にありながら、鉄壁一枚手が届かない。自業自得の手酷い痛手に、更なる冷えを体に感じた。
(寒ぃ……駄目だ……必死で戻ってきたっていうのに)
ハァ、ハァ、と氷のような手に息を吹きかける。けれど、今更必死になったところで霜焼けて赤黒い指先にはさほど効果などあるはずもない。
(足先も指先も全然感覚がねぇ……)
いくらかマシだろうと思っていた地下の駐車場は、たどり着いてみればさほど外と変わらなかった。風雨はなくとも殺伐とした灰色のコンクリートに人工的な冷たい明かりが、心理的にも心を冷やす。
(……こんな……冗談抜きにやべぇって……今、一体何度だよ)
 寒さと孤独は心をドンドン弱体化させて、いつしか赤崎は一つの決断を迫られることになる。
(行くか?部屋まで取りに?ここだとマジで朝までもたねぇ)
開かない愛車の冷徹を見つつ、濡れそぼつ孤独が絶望を深める。
(でも、流石にそれはねぇよな……さっきの今で……)
チーム内でも有名な意地っ張りの赤崎を包んでいたのは、今更という意地や自尊心とそれ以上に薄情な主への恐怖があった。
(白々しく鍵忘れた、つって戻るなんて……とてもじゃないけど……)
 実はジーノの夏木への苦虫を噛み潰したような顔など可愛いものだ。本気で呆れたり嫌悪する時のジーノは穏やかで微笑を浮かべているようにさえ見える。赤崎は偶然、その瞬間に居合わせたことが何度かあったが、あれは今の雨夜よりも冷たく鋭利であった。万が一あれが自分に向けられるとしたら?それだけでも心がざっくりと抉られる気がした。赤崎は男の本性を知っていたからこそ、今まで出来もしない我慢を必死でしてきたのだから。
(どうしよう、俺、どうすれば……)
悩むこともさせてはくれなかった。
(……どうしよう、じゃねぇよ。馬鹿か俺。マジで死ぬ気か?)
強引に現実に落とし込んで、無理矢理判断を迫ってくる。
(何か話しかけられても全部無視して、黙って入って出て行けばいい。あの人、どうせもう寝てるだろ)
家を飛び出したその瞬間から二人はただの仕事仲間になったのだ。追いかけてこないのがその証拠だ。繰り返しそのことを心に刻み、逃げたく思う惨めな事実に立ち向かう。体からの警報はこれ以上の猶予を与えるわけもないのだから。
(大体、自己管理も出来ないなんて、あの人がそういうのを一番軽蔑することくらい……)
そこまで考えて首をぶんぶんと無駄に横に振って、
「じゃねぇよ!」
と両手で頬をバチンと叩いた。
「自分のためだ、ビビんな俺。ほら腹括れよ。それしかねぇんだから」
それでも歩き出す一歩が出せないいくじなしの自分に反吐の出る思いがした。ギュ、と顔を歪めて憎々しげに両の太腿に爪を立てる。ぐしょ濡れの服の水気が指先を冷やせど、感覚が麻痺して認識も出来ない。
(捨てられたんじゃない、見限られたんじゃない。俺があの人を)
震えながら自分を叱咤し、ようやく小さな一歩を踏み出す。
(堂々巡りはもう終わりだ。今日終わらせた。この俺が)

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 ドアの前、大きく深呼吸をしてから鍵を開けて家に入る。実際に作業として意識を埋没しさえすれば、寧ろ落ち着きを取り戻せた。入ってからすぐにコートを脱ぎコート掛けに目を向けたが、わざわざ玄関のたたきに置いた。次にもたつきながら脱いだのはジーノにもらったお気に入りの靴。
(ああ、せっかくの革が……もうこれは駄目だな)
今日の予報は雨ではなかった。久しぶりの二人での食事、一緒にと気持ちが跳ねていた。ほんの数時間前の話だ。赤崎はそんな幸せな過去ごと捨てようと思った。
 靴下も濡れていたので、鞄から取り出したタオルで足裏を拭く。
(焼け石に水だけど……やんねぇよりマシだよな?)
靴に引っかける形で靴下とタオルを上に乗せる。ふと癖でスリッパを履こうとして踏みとどまった。
(これももう俺が使っていいものではない。そこのコート掛けと同じように)
 素足のまま淡々と廊下を抜けて、その奥にあるリビングに向かう。真っ赤になった足先はじんじん痺れて、フローリングの冷たさもわからない。ふらふらとおぼつかなかったが、暗がりに足をとられる危険はここにはなかった。薄暗い間接照明が一晩中室内を照らすのがこの家の日常だったからだ。
(さ、目的のものはすぐそこのはず)
 お目当てのダイニング。
(……はは、やっぱりあった俺の鍵)
けれど調子がいいのはここまでの話だった。ダイニングの横、リビングのソファにジーノの後姿があったのだ。

      ジノザキ