【GKワンライ】冬支度~夏木家~
【2213文字】
怪我後の秋の夏木家の日常。ガムシャラにやる事でしか物事を解決できない男がガムシャラを奪われた時に娘が言った一言とは。GKワンライ2014/11/15「冬支度」に挑戦したときのお話です。
あの試合での怪我は残暑残る季節だった。だが、手術後もどかしいリハビリ生活を過ごしているうちに、夏木の長い長い秋はいつの間にか終わりを告げようとしていた。
「今年は俺の年だと思ってたんだ。ホント、何もかもが上手くいき過ぎて怖い位で……」
ベンチで一人ポツリと夏木がそう呟くと、足元の枯葉が風に晒されフラフラと彷徨うように地面を這った。引っかかり、つっかかり。その姿を目で追いながら男は脱力するように溜息をつく。
「まるで俺みたいだ。木から落ちてしまえばもう用無し。公園のごみ」
朝、娘が家を出る時、夏木も一緒に人けの少ない近所の公園まで散歩に出るのがここ最近の日課となっていた。男は自身の感情的に浮き沈みしやすい性質をよしとしておらず、家族のためにこうして一人自分に向き合い己の落ち込みを整理する時間を必要としていたのだ。
サッカー選手に怪我はつきもの。だが、無茶なプレイをしながらも今まで運よく大きな怪我には無縁だった男にとって、今回の手術は手酷い試練だった。ただガムシャラに。ただひたすらに。同僚に醜いと称されるそのセンスのなさは誰よりも夏木自身が痛感している事で、今季絶望と言われたその途方もない時間をどうやって過ごせばいいのか気持ちばかりが焦燥に駆られる。安静期を過ごした自身の足からはすっかり筋肉が落ち、最早元の姿など見る影もない。地味で辛いリハビリの積み重ねの中、どうしても頭から離れてくれない、選手としてもう一度この国でのトップリーグの世界に戻っていけるのかどうか、という不安。自分という存在に対する自信の喪失。
日に日に冷え込む朝の気温は、初めてメス入れされた傷を冷たく冷たく冷やしていく。話には聞いていたが、実際にそれを経験し始めるとそこから体感する冷気が心の情熱をも冷やしていく。
サッカーを愛する男には同じように愛する家族がいて、それが故グルグルと枯葉舞うつむじ風のように内的要因と外的要因が心の中をひしめき合う。がむしゃらな男からがむしゃらの行動力を取り上げた時、男はとても弱くなる。考えても無駄な事があとからあとから溢れ出す。
(そうさ、今更後悔したってどうしようもないんだ。やる事は決まってる)
男はこうやって小一時間どうしようもない一人の時間を過ごしながら、いつものように最後に、
「うし!行くか!」
と自身を奮い立たせるように両手で頬をパチンと叩いて、気合を入れてリハビリに向かった。
「でねー?パパ」
楽しい一家団欒の夕食。この時間が今の夏木にとって一番幸せな時間だった。朝食もいい。昼食もいい。けれど夕食は格別だ。娘が今日あった出来事を一から十まで家族に語って見せる時、夏木は英気に溢れる本来の自分の姿に戻れるような気がしたから。
「今日ねー?秋をやったよ!」
今年度から担当になった先生はまた愉快で、春は春探し、夏は夏探し、そして今日は秋探しをやったようだ。秋はリーグ戦の終盤という事で例年ピリピリとした生活となってしまう夏木家だったが、今年はせっかくの機会だからとのんびり家族で温泉に行きがてら紅葉狩りなども楽しんだ。おかげで秋探しを上手にやれた娘は今日沢山先生に褒められたらしく、その様子をニコニコと両親に向かって身振り手振りを入れながら表現豊かに話している。
「私、お名前に夏が付くけど、夏の時よりうんと沢山秋探せたねって」
「そっか!凄いな!ねぇ、ママ?」
「フフ、そうね、でも二人ともすっかりお箸止まっちゃってない?」
「「あ」」
二人ポカンと口を大きく開けて同じ表情をしながらそう呟く。髪質といい性格といい、娘は父親に似ると言うのは本当らしい。
「いかん、せっかくのママのご馳走が冷めちまう」
「大変、大変!」
そう言いながらもいつの間にか会話が弾んでしまうのもいつもの事。それが夏木家の日常生活、家族の共有する夢のように幸福な時間だった。
翌朝同じように公園に一人。でも昨晩の団欒を思い浮かべながらベンチに座る今の夏木の心は昨日のそれとは違っていた。
「パパ、秋って凄いね?沢山木の実がなって動物さんが沢山ご飯を食べて、寒い冬に備えるんだって」
「あー、うんうん」
「枯葉も虫さん達のご飯になったり、森のお布団になって地面を守ってくれるんだって」
「ほー」
「また元気が出るようにって春や夏の為に秋と冬が色々と準備してくれるの。私、寒いのやだなって思ってたけど、今日のお話で秋と冬が好きになっちゃった」
娘の話は脱線しがち。脈絡があるようなないような。でも。
華々しいスター選手には程遠い自分。その名とは裏腹にチームを救う真夏のようなヒーローの力を持っていないとと考えていた夏木には娘の言葉の全てが救いだった。
――冬支度、ってそういう意味だったんだね?
小さな幼い勘違い。でも、秋と冬が支度をして、晴れがましい春と夏の日の為に。四季とは春から始まって冬に終わるもの。春から始まるシーズンの秋の頭に怪我をした。秋がきて冬で終わる。そうなんとなく思いがちだった夏木の発想を愛娘が当たり前の様に組み替える。
――秋はたっぷり食べて、寒い冬に力を貯めるの。それが冬支度。でしょ?
(そうさ、今更後悔したってどうしようもないんだ。やる事は決まってる)
男はこうやって小一時間一人の時間を過ごしながら、いつものように最後に、
「うし!行くか!」
と自身を奮い立たせるように両手で頬をパチンと叩いて、気合を入れてリハビリに向かった。
