プリズム2
【7692文字】
ジーノ視点。やや概念的な描写多々。基本、良識と理性の人のジーノの封印が出会いによって……。無自覚に葬り続けていたが故に幼稚なままだった支配欲が、戸惑い、後に大らかに、信頼により成長し、ターゲットを自分好みに仕上げていきます。ザッキーは性癖を病いであるとは認識せず、普通に愛だと結構呑気。禁欲SMを経て真性Sと真性M化(実表現はばっさり割愛)。私の好きな、破れ鍋綴じ蓋。
僕が彼を気に入るのには、あまり時間がかからなかった。賑やかなのは楽しいし、元気は素晴らしく良いことだ。
*
自覚の有無は不明だが、ザッキーはとても繊細だ。感受性が人より強く、いわゆる察しもかなりいい。そして特に面白いのが、感じるセンスに長けているのに、選ぶアプローチが不可思議なこと。いや、僕にとってはそうでもないし、愚かなタイプというのでもない。近道過ぎると言えばいいのか、端的・明解もあまりに過ぎれば、短絡に似てきてしまうのだ。悪気が微塵もないのは確かで、だからというかなのにというか、端折り過ぎるのが原因で他者の神経の逆撫でをする。あそこまで極端な事例となると、ある種の才と言えなくもない。正論?高らか、心意気や良し、けれどやっぱり笑ってしまう。自ら無暗に藪に突っ込み、横転、迷子、時間をロスし、不撓不屈の悪戦苦闘。大層僕を呆れさせ、同時にとても楽しくさせた。原動力は熱心さであり、持ち前のお節介、気の良さであり、健気な彼の真心全てが随分心地良いものだった。
*
(ふふ、本当に面白い)
鼻息荒く、血気盛んで、何度も僕はこの目を細める。
「何スか?王子」
僕の微笑の威力のほどは、そこそこ人よりあるようだった。それらが何を生み出すか。こうしてそれなりに生きてきたので、理解させられた、否応もなく。
(そう……マドラーはかき混ぜるためにある。こういうの、あんまりよくないね……)
僕という人間の存在性は、そういうものであるらしかった。心はいつも穏やかに。波風立てず。さりげなく。程々の配慮は身についていて、なのに最近、どういうわけか。
「あぁ、またそういう……」
「だから、何がだい?」
「……なんかそういうの……」
そして彼は察しが良かった。具体的に何かというより、揺らぎに反応するようだった。
「や、いいッス。なんでもねぇし」
二人で何気なく過ごしている時、彼の言葉はまろみを帯びる。僕として生きてきた中で、それ自体は実によくあることだ。だが、意図なく彼が振り撒くものは、薄くもなくて、くどくもない、珍しく適切なぬくもりだった。彼は無自覚にそれらを生み出す。技術というよりセンスに近い。不思議な魅力の持ち主だった。
*
僕は人をそこそこ好きだし、つまりはそれほど好きでもなかった。元々他者に対する気持ちは、とても朧げなものだったのだ。思いの発芽はしやすいものの、ひ弱な品種であるためか、人よりおそらく枯れやすく、花に至った経験がない。僕はいわゆるマドラーであり、水は零れて足りなくなって、いつでもそうして萎れてしまった。それは僕の意思ではなかった。意思ならまだましであっただろう。
(なんかこれ……そう、あれだな、多分……)
僕自身育ってみたかった。けれど他者への気持ちと同じくらいに自分へのものも漠然であり、浅い諦めと達観の中、日々とは「それなり」でしかなかったわけだ。彼はあたかもそういう気持ちを、自然に汲んでいるようだった。適切な環境を用意して、ひ弱な若芽を風から守る。何も理解していないのに。全てをわかっているかのように。
(そう、これって……ふふ、会いたい?だ)
寂しいという感覚は、何かが欠けているということで、そういう欠落の感性が特に希薄な性質だった。だからこそこれは大切だった。
得られる勝利がこの手にない時。
何かの実現が無理な時。
晴れて欲しいのに雨の時。
静けさが肌に沁みる夜。
斬新であり、物珍しく、何故か不思議に身近な感覚。当然快適なものでもないが、耐えられぬ不快というわけでもない。何故なら僕にはザッキーがいた。彼はかなり大味ながらも、僕の状態をさらりと察し、親和と共感、そして共有、やがてそれらの全てを剥ぎ取り、欠落の穴埋めをしてしまう。呼べば。会えば。すぐにでも。予想は徐々に信頼と化し、今は保障になっている。遅々として進まぬように見えても、若芽の生育は順調だ。
(ねぇ、僕は君の中でどれくらい?)
愛でも憎でもなんでもいいが、僕を思う他者の気持ちは最低限の条件だった。そういうものに鈍感なので強過ぎるくらいが丁度良かった。願望も欲望も同様であり、けれど要求自体はないのがいい。強要はまさに毒であり、一瞬にして思いを枯らす。酷い仕組みを内包していて、自分のことながら困惑もある。けれど防ぎようもなく枯れるので、そういう作りになっているので、工夫のしようもないことだった。この要求(強要)のベクトルはどちら向きでも因子たり得る。「無理強いしないで?」「育ちたい」僕がそれらを口にする時、自らの要求で枯れてしまう。勝手なことも重々承知、だからこそ諦めの極致の中で、静かに笑って生活していた。
だから彼の端的は極めて救いだ。我儘王子と腐しはしても、仕組みであるのを感じ取り、健やかに適合していくからだ。不思議で、自然に感謝も生まれ、自分が小さくも次々沢山芽生えて、そういう変化も楽しく感じた。
*
彼の思いが降り注ぐ中、目を閉じ声で全てを受け取る。
「こら、だからそこで寝ちゃ駄目って言っ……」
植物には天の雨の恵みが、僕には思いの曝露が必要だった。彼は上手に僕に与える。愛されたいとは思っていても、愛してくれとは決して言わない。それは僕をハックする際の、一番大事なコツだった。
「ったくもう聞いてねぇし……んだよ。今日は落ちるの早えぇよ」
言葉はガラスの破片の危うさを持つ。彼のは他人にとっては知らないが、僕にとっては味わいやすい、簡略な構造を持っていた。
(ああ、これだ……)
溶岩みたいにジュクジュクとして、でもその甘さは蕩ける水あめのよう。ところどころがカラメル化して、苦さも程よく香ばしかった。
(この辺、ザッキー、かなり痛そう)
彼の情熱はその身を焼いて、苦しみがあちこち噴き出している。今の僕には未知のもの。このまま枯れずに育っていけば、僕も手に入れられる痛みだろうか。
(タフだな。こういうのも大丈夫な人種がいるんだ……)
源泉はあたかも無限に思える。彼も枯れたりするのだろうか?僕は寝たふりを決め込みながら、彼にも隠れて小さく育つ。彼は熱くて、痛々しくて、焦がれてじりじり、降り注ぐ。握り潰されるような不穏と苛烈さ。猛々しくも悲鳴のような、結晶のような僕への思い。僕には恐怖の欠片もない。何故なら彼はザッキーだから。
*
適切な栄養と刺激を前に、セオリーでなく、マナーでもなく、情動として僕が蓄積される。仄かで、ひな鳥のように脆弱ながらも、足も生えたし羽も芽生えた。
(熱い……なんかこれって、火照ってる?)
それは与えられたことで認識出来た待望という感覚であり、彼の独特の手の感触を、手のひらが吸いつき貪っている。僕にあまりにフィットしていて、揺るぎないほどの安定感で、彼は凄いとしみじみ感じる。僕を育てるのに最適な、そういう緑の手を持っていた。こんなに優しく健気なものが、僕の手のひらをこんなに包んで、それが何を引き起こすのか、わかるからこそのこの戸惑い。
(ああ、また僕の性質が……)
僕は今当たり前のこととして食い荒らし、ぐちゃぐちゃになるほど引っ掻き回し、それでも彼の真心は僕の獰猛(誘惑)を乗り越えていく。歪んだ形であるのは認める。毒性の高い品種の僕は、だからこそ滅多に花開かない。僕の業の全てを背負い、焼け爛れつつも抱えて歩いて、その苦しさに身悶えながらも、絶対に僕を捨て置かない。だからこそ。僕を裏切らぬ彼が愛しく、僕はあまりに彼を呪縛し、その矛盾、ロミオとジュリエット、いつか花開き、報いたい。業のことごとくを浄化して、きっとあるだろう僅かながらも澄んだ雫を、彼の労をねぎらうためだけ、生み出そうとする僕の息吹きを。
ベッドにたどり着く度に、もっと広い家に住みたく思う。大義名分で彼に縋って、抱き締めてしまいたくなりながら、破壊欲に包まれながら、枯れたくなくて、密かに怯え、ゆらゆら揺れる足取りのまま、今の自分の真実を見る。これを永遠にしてしまいたい。それでも期待し、夢見たい。ずっと二人でゆっくりながらも、歩き、見つめ、笑い合いたい。
(ああ、今がもうすぐ終わってしまう……)
今は当然有限であり、横たえられて生じる惜別、繰り返される度に強まる痛み。いわゆる絶望に似てもいた。とても慣れているはずだったもの。
力尽きたように僕は崩れて、この暗澹をも堪能していく。これは正常な反応で、でもまだ枯れる気配がない。普通のことが枯れずに出来て、歓迎すべきことでもあった。
(帰って欲しくないってちゃんと感じる……ここにまだいるのに、もう会いたい……)
本当に彼は凄いと思った。彼をしてまた少し深い情動を体感し、痛い、辛い、のこの認識が、何を意味するのか理解する。一拍遅れて、でもこれまでは踏み込めなかった、つまり、これは幸せだ。ザッキーがいたりいなかったりで、嬉しくなったり、寂しくもなる。彼は僕に色々教える。欠落と充実。その安心を。
*
ぼんやりしている感覚が一瞬急に研ぎ澄まされて、膨大に学習できる時もある。今日、部屋に本能の気配を感じた。端的、明解、短絡に近い、純度が高い、わかりやすい。僕を枯らす原因だったもの。日の光を遮断するほど降り注ぎ、吸収しきれず腐敗して、僕を一人にしてしまうもの。
彼のそれもまた乱暴だったが、ずたずたになって涙を流して、それでも彼は微動だにせず、手を包み寄り添うだけだった。血の滲むような苦しみの愛。僕は彼に守られて、もう少しならと思うくらいに緩やかに全てが脱力している。僕は僕の持つ魅惑の暴力性を知っていて、それなりにふわりと配慮していて、けれど彼が強靭なので、思考を緩めることさえできる。
(ザッキー、すっごく気持ちいい……)
生まれたばかりのよちよちの芽は、彼に舐めるように可愛がられて、心地がよく、ドキドキとして、未知で、それでもどこか少し不安で、情報が欲しくて感度をあげて、観測しながら甘受する。
「おやすみなさい」
見事なくらいに適切な彼。愛し合いたいと全身で叫び、でも理解のおぼつかぬ僕に寄り添い、それが何かだけを学習させて、背筋を伸ばして帰っていった。
この夜、初めての身悶えを知り、あまりうまくは眠れなかった。僕は眠れないことの堪能をした。情動を伴う衝動というのは、知識と実感の差が如実であって、戸惑うほどのその獣性に、珍しく多少混乱をした。新しいツタがまた一本、彼にこれを絡ませて、果たして無事でいてくれるのか。
*
(ザッキー、大丈夫だったかなぁ……)
日に日に僕は弱まっていた。成長は毒性の高まりでもあり、それらは二人もろとも呪い、常態化の負担は重みを増した。だが枯れる兆候ではないようだった。願わくば彼も枯れませぬよう、信頼はあったが心配はあり、何故なら彼はザッキーであり、自らの限界をわかっていない。適切な環境、適切な距離、僕にもそれらがもうわからない。生まれる戸惑いと不安すら、彼への安堵に消されてしまった。ただただ毒性に爛れる姿に、見惚れてしまう有様だった。この未知をぼんやり夢見ていたし、世界は確かに広がっている。安心しながら虐げて、幸せと感じていられたりする。
留まれもせず、痛めつけ、目を閉じ、祈り、この先の未来を考えた。僕は、彼は、僕の邪悪に、どこまで耐えていけるだろうか?もう僕は僕を枯らせない。枯らす理性を失った。
健気な彼はまさしく愚かで、それと同じに僕も愚かで、ここからはもう誰もどうにも出来ない。僕から彼をもう救えない。
(ザッキー、ザッキー、大丈夫?僕は大丈夫じゃないみたい……)
怪物のような僕の花さえ、綺麗と笑ってキスし続ける。その身も心も爛れさせつつ、嬉しそうに笑うのだろう。
(大丈夫じゃない、もう僕は……)
悲しくもそれが僕の幸せ。貪るみたいに支配して、心から僕も笑うのだろう。
*
「王子」
その声は例えようもなく、甘く、僕に泥酔をして、とてもよくある現象ではあるものの。ああ、そう僕の笑顔、この情動が、マドラー(性分)が彼(真心)をミンチしていく。間違っていて、知っていたことで、自らの本性に涙を流した。平気だなんて彼は笑う。でも彼のそもそもの繊細を僕は思い知らされている。
「王子、王子?大丈夫ッスか?」
「え」
「今、うなされていましたよ?悪い夢でも見ましたか?」
「……」
「王子?」
勘が鋭く、察しがよくて、それでいて自分に疎かで、無意識に僕の全てを理解し、そこに幸せを見出す優しさ。
「エッチなことされる夢見てた。もう、ザッキーって若いよねぇ」
「はぁ!?」
思いの乗った僕らのキスは、言葉よりも甘くて濃厚。致死性の高い猛毒の。要求はないほうがいいはずのもので、でもそれらはすでに多々生まれ、ひ弱なはずの僕は枯れずに、彼もまた無神経紙一重な包容力で、僕の全てを受け入れていく。
「ちょ、なんっ、いきなりサカん……あっ」
もっと激しく要求されたい。逆に食い殺されてしまいたい。僕らの仕組みは今シンプルで、似ているというよりほぼ同じ、暴力的な繊細さ、組木細工のもつ強度。
「もう、欲しいならちゃんと言えばいいのに」
「違っ、ああ」
極めて本能(雄)の性質なので、僕に仕込まれてしまった快感に、まだまだ不慣れな様子であった。戸惑いのなか何度も抱かれて、イかされ、やはり混乱をして、彼が次々生まれていった。僕に爛れた彼の心は刀か金剛石のように光り輝き、僕もまた一緒に沢山生まれた。抱いても、抱いても、無限に抱きたい。ぐちゃぐちゃになるほどかき混ざり合い、互いの全てを感じ取り合い、枯れず、毒されず、花開き、それ以上の蕾もその実もたわわ、ここには僕達二人だけ、愛毒の絡み合う隔離のシェルター。彼にはいいところが沢山あって、慈悲なく僕に開拓された。奥へ奥へと侵略されて、息絶え絶えになっているのに、性器のようにそこは蠢き、もっともっとと嚥下を望む。焦らされ、攻められ、助けを乞うて、恥ずかしいほど堪能させられ、その度、幸せで上気していた。彼もまた僕の邪悪に染まり、僕に似た色の花を咲かせて、幸せでズタズタになっていく。
やがて彼の腕が力尽きパタリとベッドに沈み込む頃、僕もまた僅かに正気に戻る。言語中枢、思考回路。意識と認識。ここにあるもの。彼もまた同じ状態で、呂律さえままならないというのに、それでも僕に何かを贈る。
「……」
「何?聞こえない」
「この、性欲お化け……が、って」
「なんだかんだ君もちゃんとイったじゃない」
快感の沼からなかなか出られず、それでも悶え苦しむでもなく、この腕の中、大人しく、寧ろその沼に寄り添っている。僕がそれを望むので、今では自然にそうなっていた。
(可愛い……)
回復を施す荒れた呼吸。投げ出す肢体の隅々に、その愛おしさに目が回る。あれも、これも、何もかも、自由にさせて欲しく思った。今日も彼は願いを叶えた。余すことなく受け入れていた。感謝と贖罪のキスをして、荒れる呼吸を近くで感じる。僕がここまで彼を乱した。
(可愛い、どこまでも全部が僕のだね……)
閉じ込められた籠の鳥。籠から出してももう飛ばない。
思うがままにしたこの僕の呼吸も同じに荒れていた。人と獣性の合間でふらつく。何もかもを手に入れて、満たされながらももっと欲しい。欲しいと素直に思えることと、それを許されるこの今を、二度と手放せはしないだろう。彼もまた僕の思いに添うて、ずっとここにいるだろう。
彼は少し泣いているようにも思えた。意味をぼんやりわかっていても、何?と素知らぬ顔をした。泣くほどこの日々を待っていたのだ。たくさん我慢し今を待ち、僕をここまで育ててくれた。ああ僕は彼の幸せなのだと、そういう事実を噛みしめる。痛みも苦しみももう過去で、それでもそれらは素材のひとつで、愛の複雑は複雑として、僕達はシンプルに昇華し合う。食い込むみたいに組み合う細工。誰にも、僕達二人にも、引き剥がせない僕らになった。
*
身を起こすと小さい声を漏らして、そんなザッキーにこう言った。
「ん、まだこのままで居たいのかい?」
「……」
「苦しくない?ちょっと体勢変えようか」
足を持ち上げて揃えつつ、少し俯せ気味の横抱きにする。衣類を嫌がるこんな夜、もぞもぞ布団に潜りこみ、彼の背中に胸を寄せ、腕枕しながら姿勢を直す。消え切らぬ快感に時々震えて、吸い付くみたいな肌の感触、いたずら心、でも自重して、僕は彼の寝間着に徹する。
(ああ、すっごく気持ちいい……)
首筋の匂いを堪能しながら、彼の手の甲側からやんわり指を絡めた。そのまま下腹部に誘導をして、体と同じに包み込む。そのまま二人で幼虫みたいに布団の中で少し丸まる。性的な意味合いというよりも、メンタルの充足を施す行為だ。僕と同じ花の色、愛の解釈もよく似た形。何が安らぎか理解し合える。こうして全身僕に包まれ、同時に深々僕を受け入れ、行為をしている最中よりも甘い声で僕の名を呼ぶ。
「……王子」
「うん」
「王子」
「うん」
呼気と言葉が布団を温め、まるで土の中の抱擁で、僕らは相手に根を張り合った。近くで幸福の吐息が漏れる。聞いても、聞いても、聞いていたくて、甘過ぎるほどで、でももっと。僕もまた幸せが溢れて零れて、意識が再び散漫になる。
(ザッキー、もっと一緒になりたい……いっそこのまま君になりたい……)
静かに流れるせせらぎみたいな、緩やかな恍惚に包まれる。組み合う手のまま。感じ合う。一気に高まるやり方でなく、疲れも睡魔も一緒に味わう。無理なく、少し足りないくらいに、でもそれがパンクしそうな充実。終わらない夢、千夜一夜で、ゆらゆら揺らめく不思議な世界で。
(ねぇ、今日はどんな一日だった?)
寝息を聞きつつ、心で尋ねる。腕の中、己の全てを預けて、寛ぎ眠る僕の彼。残虐の果てにまた手に入れる、この愛おしさに呼吸が止まる。眠る彼が返事をしなくても、僕は今彼の幸せなのだ。手を取り合っても、絡まり合っても、ちゃんと枯れずに潤って、幸福ばかりで素敵な日々で。
(ねぇ、起きてよ、駄目かなザッキー?)
冗談交じりに、半ば本気で、こんな僕を面白がりつつ、彼もろともにまどろんでいく。どこでも眠れるタイプの僕が、眠れぬ夜と今を手に入れ、それは全て彼のおかげで、一人ではなく、温かく、溺れるようだがそうでもなくて、まるで空を泳ぐかのよう。
(あー、やっぱり起こしちゃおうか……?)
もっと彼を抱き締めたい。けれどそこに焦りはない。またそうなれると保障があって、彼はザッキーで、信頼で。
「おやすみ、ザッキー」
明日も物語が続きますよう。もっと楽しいはずだから。破滅もスリルももうたくさんで、ハッピーエンドのエンドもいらない。今を感じて未来にときめき、彼の愛に沢山包まれ、自らを枯らす必要もなくただ信じてさえいればいい。
僕は毒性の消えた湧水と化し、滔々と流れるばかりになって、無限に潤い、彼を潤ませ、幸せを沢山生み出すだろう。眠ることはまた簡単に。明日のための僕の眠りを、彼も望んでいるからだ。
(ザッキー、待ってて。今行くね)
明日がこんなに待ち遠しい。再び君に会える明日。
