お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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行列の出来ない診療所

なにこれ……ザッキー、目の周りに青タン出来ましたの巻

        ジノザキ

「そんな顔しないでくださいよ」
「ほっといてくれないかな。ボクは元々こういう顔なんだから」
「そうじゃなくて」
「……」

 テレビを見ながら溜息交じりで俺は王子を眺めていた。

「王子」
「……」

 王子と競り合い、至近距離からボールを食らったのが今日の午後。右目を強打し、痛みのあまり倒れて起き上がれなかった俺はその際の記憶があやふやだ。
 ともあれ俺は気が付くと医務室にいて、話の流れで念のため練習を切り上げ眼科に連れて行かれることに。大げさだなとは思ったものの場所が場所なのでと。長引く検査、病院を出ると日は落ち始めているのに光がやたらと眩しく感じる。今日は検査に使った目薬で瞳孔が開いているからとかどうだとかで、暫くこんな調子らしい。置き去りだった荷物を取りにクラブハウスに戻ったものの、運転禁止を言い渡されていて帰れない。後藤さんが家まで送ると言ってくれたが、その提案を丁重にお断りして俺はなんとか電車で王子の家に向かった。やっぱり今日中に会っておかなきゃな、と。光が眩しくてクラクラする。それでも、会っておかなければ。

 そして、俺の杞憂は杞憂でなく、案の定王子はこの調子。明日まで放っておけば状況はもっと拗れてしまっていたことだろう。ナイス俺の判断。と呆れながらまた溜息をつく。

 王子はどうでもいいことは簡単にゴメンゴメンと笑いながら言えるくせに、本当に悪いことをしてしまったと思った時はいつもの偏屈に輪をかけてしまう。素直さの欠片もない態度がおかしくなってしまった彼は、眼帯をしている俺の顔を全く見ることが出来ないでいる。

「来なかった方が……よかったですか?」
「別にそんなこと言ってないだろう!?」
「だって俺、早く連絡したほうがあんたが安心するかと思ったから」
「わか……ってるよ」
「じゃ、こっち向いてくださいよ。さっきから変ですよ?別にあんたのせいじゃないし、こんなつまんねぇことでギクシャクとか、正直面倒臭ぇっつーか」
「……」

 バツの悪い子どものような今日の王子は、ゴメンの一言も出せないままにずっと頑なな表情を崩そうともせずにテレビを向いたままちっともこちらを見ない。

「足が入ったわけでもねぇから別に骨にも異常はなかったし。眼科行ったのも黄色い光みたいなもんも見えなかったし大丈夫だろうって話しだったんですけど、念のため検査しとくかってだけの話でしたし」
「黄色い?」
「えぇ、眼底出血あると出てくるらしくて。でも全然そんなことなかったし」
「出血……」
「またそんな顔して!」
「だから元々だって!」

 話をしていると時々心配のあまりかチラリと俺のほうを見ては慌ててその視線を逸らす王子。子供か。

(悪いと思ってんならさらっと一言謝っちまえれば楽になれるンだけどな。まあ俺も大概意地っ張りのほうだからよくわかるよ王子)

 いたたまれないのか、王子が、水、と言って席を立つ。彼はよく水を飲む人で時々こうしてそれを求めに行くのだが、今はカウチのそばのテーブルにグラスが置かれているにもかかわらず、それを忘れたかキッチンへ向かう。

(ったく何やってんだ……あんたのお気に入りのグラスはここにあるのに)

 棚からグラスを出そうとしたところで気が付いたのだろう、キッチンから王子の、あ、と小さい気づきの声。仏頂面に仏頂面を重ねて戻ってくる王子は俺に、

「なんだよ、ジロジロみないでくれないか?ちょっと間違えただけだろ?」

なんて口をとがらせて文句を言ったりする。

 引っ込みのつかない、王子の不機嫌。珍しいその姿は長時間経つといい加減気の毒にも思えてくる。

「王子、大丈夫だから、俺」
「もう、さっきからなんだい?わかってるよ!キミの目は平気。だろ?もう十分聞いた!心配もしてないし、気にもしてない!ただ」
「ただ?」
「眼帯が苦手なんだ!そんだけだよ!」
「そんな馬鹿な王子。何言って」
「……」

 出鱈目な台詞一つ投げ捨てて、水も飲まずに再び席を立って王子は寝室に行ってしまう。やれやれ。どうやったらあの人は戻ってこれるんだろう。いつになくあんなに乱暴にドアを閉めて。

 出しっぱなしの王子のグラスを洗いながら、ボンヤリ今日の彼のことを思い返す。
 俺が倒れた時に間髪入れずに周りに、ボクは悪くない、と言ったと聞いた。けれどそれは実は本当じゃないことを俺は知ってる。横たわる俺に向かって必死で声にならない声で飼い犬の名を呼ぶあの彼の表情は、今まで一度も見たことがないような切迫と、そして強い動揺のそれであったりした。
 俺が医務室に行った後に、なんか調子が上がらない、と練習を途中で切り上げて帰ったと聞いた。勝手に不貞腐れて、と。けれどそれも本当じゃないことを俺は知ってる。王子自慢の鬼メンタルがあの一瞬揺れたことを知られたくない、それもまあ理由の一部ではあったろう。けれど。彼は多分揺れた心をコントロールしきれないままになってしまって悪戦苦闘をし始める羽目になったのだ、ほら、今もあれ程。だからだろう。折り合いをつけるのが上手なあの人が、隠しきれない程混乱している。多分彼は、こんな些細なことで必要以上に動揺してしまっている自分に対して、更なる動揺を重ねてしまっているんだと思う。大したことはない出来事。王子、相手が俺だったからか?そんなことを思ってしまうのは俺の増長だろうか。

 洗って、片付けようとしたグラスを見ながら考える。こんな夜はあまり彼を追い詰めることなく、静かにゲストルームで過ごすのがいいかとも思ったけれど。混乱の種にむかって帰れと言い渡さないのを見る限り、多分答えはそれじゃない。
 だから俺は、手にしたグラスに彼が飲みたくて飲みそこなった水を注ぎ入れ、それともう一つのものを持ってそっと寝室のドアを開ける。

「王子」

 不機嫌な王子はまるでミノムシのように上掛けにクルクルと包まりくの字の形で横たわっている。

「眼帯、外してきました」
「……」
「だからこっち向いてください。あとね、水、持ってきましたよ?飲みたかったんでしょう?」
「眼帯苦手とか言う、そんなボクの出鱈目信じるとか。馬鹿じゃないの?」
「ハッ、信じてませんよ。つか、あれ俺が勝手につけただけのやつだったから本当は邪魔で」
「……」

 オレンジの間接灯の暗い寝室、ゴソリと王子が小さく顔をのぞかせる。そうしていると本当にミノムシのようだ。

「なんか変なことしたせいで逆に大げさに見えちゃいましたよね?ちょっと腫れてたから恥ずかしくてやっただけなんだけど」
「やっぱり、腫れてるの?」
「大したことねぇッス」
「……」
「見てもらえますか?隠そうとしてしまってスイマセン。あんたに隠し事なんてすべきじゃなかった」
「……」
「嫌だろうけど。俺も恥ずかしいの我慢するから、王子も我慢してください。実は俺、目薬苦手で」
「え?」
「一日4回。次の診察までやんなきゃいけないんだけどあんたに手伝ってほしいなと。お願い出来ますか?」

 最初からこうすればよかったのだ。心配のあまり動揺する王子は、その心配を俺から隠そうとするけれど。俺が困っている姿を素直に晒せば、なんでもやってのけてしまう人だ。自分が辛くても、苦しくても。どんなことでも。俺は知ってる。

「目薬させないだなんて、冗談だろ?」
「うっせ。顔見て笑わないでくださいよ?」
「フフフ、自信ないなぁ」

 天岩戸が開くように、俺を思って王子の中のあのとろける様な優しさが目覚めていく。どれ、みせてごらん。でも今日は、その優しい笑顔にほんのちょっぴり緊張のスパイス。

「うわー……こんなに腫れちゃって……痛い?」
「まあ押すと痛いけど別にそんなには」
「冷やさなくていいの?これ」
「別にいいらしいですよ。明日にはひくらしいし」

 大丈夫王子。ほら、見てください、別に大したことないでしょう?目薬なんて怖くもなんともないけれど、最初からこうしておけばよかったなと俺は思った。王子は俺の世話を焼くのが大好きなんだから。

「そんなに心配しなくても平気ですって。俺基本的に丈夫だし」
「心配?なんの話?」
「あー、あー、そうでしたね、あんたはそういう人じゃないですね、まだゴメンの一言も言えねぇ人間性だし」

 ついつい、意地っ張りな王子につられてこちらも余計な事を言ってしまった。しくじりを感じたのは、この瞬間、想像していた以上に彼が傷ついたような悲しい顔をしたためで、ああ、この人と俺は本当に駄目だなぁへそ曲がりで、と情けなくなった。
 カチンとくる前に傷ついて思わず口籠ってしまうらしくない王子のその姿が、俺の胸を切なくする。本物の天邪鬼も裸足で逃げ出す彼の根性悪が今日はもうこんなにもボロボロだ。俺の他愛無い一言ですらもう耐えることすら出来やしない。

「冗談ですって。あんたが悪くないのわかってます」
「だから……当然だろ?誰のせいでもないさこんなこと。単なるアンラッキーだ」

 多分彼は努力しているのだろう、強がって見せてもやっぱり心配顔がやっぱりチラチラかすめて、罪悪感を押し隠す必死さにこちらもついつい苦笑い。

「ともかく……あの、これです。よく振ってから1滴だけでいいらしいんで。取敢えずお願いしますよ」

 処方された炎症止めの目薬は強い物で、あまり差し過ぎると視力に影響が出るらしい。でもそんなことは説明しなかった。多くを語らずとも王子は条件をしっかりと守ってくれる。

「ん……」

 複雑な表情を浮かべながら差し出された目薬を俺から受け取る。

「お願いします」

 重ねてお願いしてベッドサイドに座りなおした王子の前で膝立ちになると、今日初めて王子が俺の目の傷をシゲシゲと眺めた。途中、コクリと生唾を嚥下する王子の喉仏の動きが美しい。

「王子?」
「……ここ、触れても?」
「平気ですよ」

 こめかみに添える指先がこわごわと少し震えている。王子の躊躇が伝わってくる。その割には彼の瞳が無神経紙一重、あまりにジッと傷を見つめるので、その接近にこれでは穴が開いてしまうじゃないか、と思わずこちらが戸惑ってしまう。

「ああ、やっぱり少し熱、帯びてるね」
「そうですか?」
「……ともあれ、目薬の前におまじない」

 そう言っては、早く良くなりますように、と彼は俺の目尻にそっと触れるだけのキスをした。この、目薬の前の王子のゴメンと言えないゴメンの儀式は、目薬がいらなくなったずっとずっと先まで続くことになる。王子の処方する愛情が主成分のこの薬は、ずっと、ずっと、俺専用。優しくも効き目激しい特効薬の、その違法薬物の存在は永遠に二人だけの秘密だ。

      ジノザキ