お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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鎖に繋がれて 5

今回は失踪した頃のザッキー視点のお話。作中の時期は2007年5月頭の頃。ようやく作中の季節と現実の季節がちょうどいい感じに。よかった!でも春先に相応しくないグズグズな展開になっていくのであんまり気分はよくない感じです。登場人物は王子、赤崎、達海、後藤、椿(ほんの一言だけ)

対峙と逃走

 俺は、練習後ロッカールームで王子を待っていた。彼への帰りの挨拶をキッチリやるとやらないとで、翌日の体のキレが全然違うことが最近わかってきたからだ。でも日頃とっとと帰ってしまうあの人が今日に限って何故かちっともこの部屋に戻ってこない。困った。このまま居残り練習を始めてしまうと挨拶しそびれてしまうので行くに行けない。

 結局、待ちくたびれた俺は少し迷いながらも取りあえず事務室に行ってみることにした。もしかしたら王子はあそこで取材か何かの打ち合わせをしているのかもしれない。俺は適当に今週末の遠征の集合時間を確認しにきたふりをしながら王子に会釈だけでもしてくればいい話。それで十分。そしたら少し居残りで筋トレをしてその後は晩飯何食うかな、なんて。もともとそんな程度の話だったのだ。

 なのにあんなものを見てしまうことになるなんて、そして俺と王子があんなことになっていくなんて。この時は全く思ってもいないことだった。

   *  *  *

 俺は今、ロッカールームで先ほど目撃してしまった光景を思い返していた。なんだか異様な胸騒ぎがして取りあえずノロノロと帰り支度を始める。今日は居残りをする気も失せてしまった。もしかしたら大した話でもないことだったのかもしれない。俺が大げさに考えすぎてしまっているだけかもしれない。きっと少し待てば王子はいつものように、しれっとした顔をしながら俺にこう言うに違いない。

「あれ?ザッキーまだいたの?可哀そうにキミはいつも暇な子だね、お疲れ様」

 王子がそう言って俺に艶やかに笑って見せれば、きっとこの全身に広がる鳥肌もおさまるだろう、そう思った。

 さっとシャワーを浴びて王子のロッカーを確認する。まだ戻ってない様子。あれからあの二人は部屋でずっと話し込んでいるんだろうか?また不安になった。時間は経過し、残っていたチームメイト達も段々帰っていく。俺は手持ちの雑誌を読みながら、おざなりな挨拶を返しして彼らを見送った。

(遅いな、王子…)

 持参したサッカー雑誌はグラビアばかり。とっくに見飽きてしまったというのに、お目当ての男は一向に戻ってくる気配がなかった。
 監督の部屋に行ってみる?怖い。諦めて帰る?王子の笑顔を見ないことには。上手く一日が締めくくれない俺が時計を見ればもう居残り練習を装うにも不自然すぎるほど遅い時間。今、王子が俺を見つければ100%訝るに違いなかった。俺は随分長く帰るか帰るまいかモタモタ思案していたのだが、腰が重くて結局ダラダラと時間だけが過ぎていった。

 それでも。王子は来なかった。

   *  *  *

 つい先ほどの奇妙な光景。それは監督室の前でのこと。お目当ての男を探しに事務室に行こうとふらりと廊下を歩いていた俺の耳に、聞きなれたあの美しい声が響いてきた。王子だった。

(うわ、王子今監督と話してんのか…どうしよう…)

 部屋の前で立ち止まり躊躇すること数秒、適当な用事を見繕って声を掛けるのは無理だということがわかった。何故なら聞こえてきたのはイタリア語交じりの英語の会話だったからだ。この二人がこういうやり取りをしている理由はただ一つ。絶対に聞かれたくない話だ。王子はみんなの悪口を言ってるんだよ、とからかうように笑ったけれど、込み入った戦術の話などをしているのだということくらい高校英語程度の知識しかない俺にもわかることだった。
 これは区別。他者の疎外。同じ高みにいる人間同士だけでのみ許される、彼ら二人の秘密のコミュニケーション。日本語を流暢に話す彼の第一言語は本当はイタリア語。だからここにいるのは、俺の知らない、見ることを許されない、よりストレートに己を表現する本質に近い王子だ。

(あ…)

 聞かれたくないとでも言うような抑え目の王子の声が次第にヒステリックになり始める。つまり今二人がやっていることは会話ではなく明らかに口論だった。戦術の事で何か揉めている?あの王子とあの監督が正面から衝突している?そんなことで王子が感情的になるなんてそんなことありうるのだろうか?なんだか異様ですぐにここにいては不味いと直感し、足早にそこから立ち去ることにした。その途端、部屋のドアからガチャガチャと音がしたので、俺は飛び上がるほど驚いて、走って傍の空き部屋に身を潜めることになった。
 おそらくはドアを開けたままその場で口論を続けているのだろう。声は廊下に響き渡るくらい大きなものになっていく。なんともいえない違和感だった。あの二人の用心深さは異常なほどなのに、それを厭わず今二人は一体何をしている?日本語ではないとはいえあまりにも軽率。気になって気になって、一寸迷いながらも俺はこっそりと彼らを覗き見てしまう。我慢しきれなかったのだ。

 そこに見えたのは部屋の前で監督に二の腕を掴まれて動けなくなっている王子の姿だった。本来王子は他人にあんな失礼なことを簡単にさせはしないし、万が一されたとしても冗談めかしながらも毅然と振り払うだけの力と威厳を持っている。なのに今のあの人はいたずらが見つかったバツの悪い子供そのもの。腕をとられたままイヤイヤと後ずさりをするようにわずかに体をよじることしか出来ないでいた。
 よく見てみると興奮しているのは王子ばかりで、監督はとても冷静な表情で王子の言葉の攻撃をやんわりと躱しなだめているだけだった。監督のその姿はまるで動揺した俺を王子が落ち着かせる時に見せる姿そのままであり、立場が逆転しているような不思議を感じた。
 早口、英語、イタリア語。当然話は聞き取れない。でも俺は全身の毛穴という毛穴が開ききってしまった。監督の表情。王子のリアクション。そして半ば強引な形で引っ張られて、あの王子があんなに嫌がりながらも一つの抵抗出来ないまま結局部屋に引きずり戻されていくその光景。激しい口調から王子が監督を罵倒しているとばかり思っていたのに、これではまるで王子が怯え竦んでいるかのよう。いつもの王子と、今すぐそこにいる王子の仕草がなんだかとてもチグハグで、王子が王子ではないみたいな気がした。只事ではない。それは確かだった。

 彼らが部屋に戻るのを確認した俺は足早にロッカールームに戻ることにした。見なきゃよかった、そんな後悔しかなかった。あれは俺みたいな立場の人間が知る必要のない、いや、知ってはいけない出来事に思えたから。チームがどんな状態であれ、あの二人さえ飄々としてくれさえいれば安泰だと思って生活してきたというのに、こんなことではと不安になった。ジュニアからずっとETUに居た俺だけれど、この時ほど怖い気持ちになったことはなかった。かつて監督がイングランドに移籍した時も、その後失速するETUが二部に降格した時も。下部とトップというポジションの違いなんだろうかとも思ったけれどそうではなかった。原因はあれが王子と監督の二人だったからだ。俺が感じたのはああいった揉め事が一番似合わない人種の二人の、あり得ない光景を目にしてしまった不安だった。

   *  *  *

「なんだ、どうした?まだ帰らないのか?」

 いきなり声を掛けられて俺は飛び上がるほど驚いた。ロッカールームのドアのところに立っていたのは出先から戻った後藤さんだった。

「あ、俺ちょっと…」
「ん?なんか用事か?」
「はい…あの、王子に…」
「ん?王子?外に車なかったぞ?」

 ロッカーに王子の鞄がないことに気が付いたのはその時のこと。俺は一人マヌケ面を晒しながらここで呑気に雑誌を読んでいただけだったのだ。王子は俺がシャワーを浴びている間に荷物だけ持って先に帰ってしまったらしい。でも、変だ。私服に靴、読みかけの雑誌。全部置いたまま練習着のままで?急用だったのか?いや違う。だってあんな出来事のあった後なのだから。

 俺は気もそぞろに話を誤魔化しながら、後藤さんにもう帰りますと挨拶をした。そして後藤さんがロッカールームから立ち去った後、王子の残していった私物を抱えて急いでクラブハウスを飛び出した。なんだか嫌な胸騒ぎがして、今すぐ王子の顔を見なければどうにかなってしまいそうだった。兎も角荷物を届けるのを言い訳に、一刻も早く王子の家に行こう。怒鳴られてもいい、追い返されてもいい。何が何でも王子のところに行こう。会ってくれなくても話が出来なくても、せめて俺を追い返す「帰ってくれ」の声だけでも今日中に一声だけでも聞いておこう。そんな思いで俺は無我夢中でエンジンをかけ、家路を急いだ。おそらく今日の王子は留守か、居たとしても100%居留守を使う。だからまずは家に置きっぱなしになっているアレを持ってこないと全てが始まらないと考えたからだった。

 俺がひょんなことから手に入れた王子の家のカードキーを使うのは、実は今回が初めてだ。

 いつも彼の家に行く時は二人一緒だったので使う機会もなかったし、使えない理由も俺の中にはあったから。ともあれこの俺達二人のちっぽけな思い出が一つ詰まったカードキー片手に俺は一路王子の家へ。早く。急げ。そんなわけのわからない焦燥に煽られ、俺は向かったのだった。