お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

*

鎖に繋がれて 2.5浜辺にて

「鎖に繋がれて」のスピンアウト。キャンプに合流する前にジーノはモッチーに会いに行っていたんだよ、というお話。多分割愛してもかまわない記述で読み飛ばしても全然影響の出ないシーンですが書きたかったし折角書いたものだったのでUPしておきます。ジノモチタグついていますがこの二人は旧友の位置付けでモッチーにはれっきとしたパートナーあり。そんなイメージです。スピンアウト元は鎖に繋がれて2の「ジーノの中の魔物」と「ジーノの戦い」の間になります。

「やあ、元気にしてた?」
「元気にしてた?じゃねぇよ。お前、相変わらず病人みたいな顔しやがって」
「久しぶりに会って早々、そんなこと失礼な事、普通言う?」

 ジーノは今、日本に戻り沖縄にいた。ETUより一足早くキャンプが始まった東京V。そのキャンプ地まで持田に会いに来たのだ。

 持田は軽口を装いながら苦笑しているジーノを見て、ああ、やっぱり、と思っていた。受け答えに覇気がない。持田はここ最近引っ掛かりを感じていた。昨シーズンのジーノの終盤のプレイは見ていられない程ズタズタで、どう欲目で見ても今までで一番最悪なパフォーマンスと断言できた。ETU失速の原因は夏木の離脱とジーノのモチベーションの低下による得点力不足であるという周りの評価だった。でも持田はあれが怠慢からくるものでなくもっと致命的なものからくる動きであったことを感じていた。スタミナ的な身体能力に加え、プレイの感性と直感そのものが病んでいる感じに見えていた。

 ジーノは弱れば弱るほど貝のように閉じていくので、普通なら閉塞状態に陥った時は特に自分と距離を置きたがることを持田は知っていた。連絡を入れてみるかどうか数か月迷いながらも持田はシーズンが完全に終わった年明けに、ようやくジーノに一本電話を入れたのだった。もうちょっとイタリアにいる用事があるからそれが終わったら一度遊びに行くよ、とはジーノからの提案だった。お前練習いつから?という質問にはヘラヘラと笑って返すだけだったので、こいつまだ合流する気ないな、と感じた。適当な嘘すら返事が出来ないのはよっぽど状態が悪い証拠で、その印象はジーノが昔選手になる夢を捨ててしまっていた頃の態度と同じものを感じさせた。

「しかし痩せたなー、動かなくてもスタミナだけはある奴だったのに。オフだからってちゃんと喰えよ」
「…食べてるよ」

 持田はじっとジーノを目を見つめた。

「うそつけ」

 普通の人間ならたじろぐような強い眼光に対して、ジーノは何でもないような顔をしながら軽く見つめ返していた。

「フフ、そんなに見ないでくれる?穴があいちゃうよ」

 ジーノのその姿、その言葉には相変わらず覇気は感じられなかった。だが10年前のあの日とは違ってしっかりと自分を見返す視線に持田は少し安堵を覚えた。 

「あれ?…思ったより元気そう?」
「嫌だなぁ…モッチー言ってること支離滅裂」
「んだよてっきりさー、もう辞めるわ~っつう挨拶でもしに来たのかと思ったのによぉ」

 まるで退団しなかったことを残念がるような口調を装いながら、持田はその逆にとても嬉しそうな表情を浮かべた。

「フフ、さすがにするどいね。電話があった時は丁度書類の整理してたとこだったよ」
「あーあー、この手の冗談に気軽に乗っかってくる奴だよな、お前って」
「あれだね、そのままサヨナラの挨拶してみても面白かったかもねぇ?」
「ハッ、今からでも遅くねぇやってみれば?」
「え~?だってモッチー泣かすなんて可哀そうじゃない」
「てめぇが辞めるくらいで俺が泣くわけねぇだろ?ッバァ~カ!」

 軽く冗談めいた回りくどい言葉のやりとりだったけれど、各々その言葉の裏と瞳の奥にあるものだけを見つめ合っていた。持田はジーノが本気で辞めるつもりでいながら逃げ出さないことを選んだことを感じ取り、ジーノは素知らぬ顔をした持田に逃げ出さない自分へのエールのようなものを察知した。

 持田はあれこれ詮索されることをわかっていながらノコノコ沖縄くんだりまでやってきた男を鼻で笑った。追いかけて詰問しても黙秘を続けるタイプの男が、極限まで追い詰められたような苦しげな表情を浮かべながらもこうして会いに来たという現実。そこには今までとは少し違うジーノの心の動きがあるように見えた。

    *  *  *

 立っているだけで人目をひいてしまう二人なので、島で借りた車で海岸線まで移動することにした。着いたのはなんてことはない海沿いの道の脇にある人気のない駐車場。透明な波は奥に行くに従い段々水色から深い青色に変化し、そのまま丸く弧を描いて見えさえする水平線まで続いていた。視界一杯広がる浜辺はすぐそこに植えられている南国特有の街路樹や青空と真っ白な雲も相まって、それはそれは美しい沖縄ならではの景色となっていた。

 だがそんなものには目もくれず、手持無沙汰なジーノは爪先に対して適当なマッサージのようなものをし始めていた。調子の落ちたジーノの癖を知っている持田は黙ってそれを眺めていた。努力してもどうにも言葉に詰まり口数が減るような時、ジーノの手足は氷のように冷えて指先が真っ白になるのだ。

 黙ってボンヤリ二人で過ごす。聞きたいことは山ほどあっても、聞いてみたところでろくな返事が戻ってこないのはいつものこと。持田がこのまま時間を過ごすだけで終わるかもしれない、まあそれでもいいかと思い始めた時、ようやくジーノがポツリと口を開いた。

「驚いちゃうよ…」

 やっとやっと言葉を紡ぐという風情のジーノの姿を持田はそのまま黙って見つめていた。ジーノの座る運転席の向こうに見える道沿いには街路樹のアダンが綺麗に並んでおり、長い葉がとめどもなく吹く強い浜風にさらされユラユラと靡き続けていた。水辺のすぐ傍にありながらカサカサに渇き切ったように潤いが一切感じられない砂漠のような情景はまるでジーノの心の不安定をそのまま表しているかのようだった。本当に乾いてしまっているのか、ジーノの細い声は砂漠を歩く行き倒れ寸前の旅人のように少しかすれていた。

「あんなに探して…全然会えなかったのに…」

 ジーノはなんでもかんでもこうやって無意識に説明を割愛する癖があった。そして、それでも持田には内容が通じてしまうことが多かった。情報を耳にしていた持田はこの意味をすぐ理解した。やっぱり今回の目に余るジーノの不調はあの人の就任の話が引き金になってたのか、と溜息をつく。どんな声掛けをすればいいのかずっと考え続けていながら、今日の今日まで一つも適切な言葉を見つけることが出来なかった。それでも持田はなけなしの言葉を吐きだす。それがあまりにも凡愚でありきたりなものであることを十分承知で。

「追えば逃げる、逃げれば追うって、タチ悪い女と一緒だな」
「フ…」
「でも、そんな風になっちゃってんだからしょうがないんじゃね?」
「…ん、そうだね」

 笑おうとしているジーノの顔色がドンドン白くなっていくのがわかり、持田は思わず顔をしかめそうになった。だがそれをグッと堪えて呑気な言葉を続けた。

「典型的なラブロマンスじゃん」
「…ボクってホントそういうのが似合うから困っちゃうよね?なんせ王子だし」
「うざ」
「ハハ…」
「でもお前さー、感動の再会から逃げ出してこんなとこでこんなことしてていいの?」
「あきれた…ボク達の仲を引き裂いてこんな場所に呼んだのはモッチーのほうじゃないか」

 ジーノは大げさに茶化すような溜息をついた。昔は互いを抉り取るように切りつけ合った二人。弱り切ったジーノの核心に触れずにほどほどな会話を続けるように変化していったのは紛れもなく持田の努力だった。ジーノはその持田の有り方に感謝しつつもらしくないことをさせる関係性がひどく歪んだものに感じてしまっていた。年々ジーノが持田を避けるようになった理由はそこにあった。誰相手にも王様のような男にこんな譲歩をさせてしまうほど、自分という人間はあまりにも弱い、それをまざまざと突きつけられる思いだった。二人きりの時間の中には、得られる安らぎ以上に苦痛が存在していた。それは持田にとっても、ジーノにとっても同じものだった。

 二人はとぎれとぎれの会話の中、まるで昨日のことのように入団直前の冬の日のことを思い出していた。

   “二人とも重篤なカルチョ中毒患者”
   “もはや末期だね”
   ”どうにももう救いようがない”

 二人が泣きそうになりながら言葉の暴力で互いに切りあい、ヒステリックに笑いあったのはほんの数年前の出来事。あの頃、負けず嫌いな持田は自身の怪我を隠避したまま試合に出続けており、ジーノは都合の悪い自身の過去一切を隠避したままETU入団に踏み切ろうとしていた。ボールが蹴れるなら周りを全部踏み潰しても構わないくらい、二人はどうしようもなくサッカーを追うのをやめられなかった。

 二人は波を見つめる。引いていく気配と、打ち寄せる気配の、どちらが強いのだろうなんてことを考えながら。その波に対して二人ともが二人とも、行くか戻るか二つの力をずっと拮抗させたまま暮らしてきた自身の姿に投影していた。

「どんな答え、見せてくれんだろうな?」

二人は達海のことを自分たち以上に重篤なジャンキーと捉えていた。同類。先輩。未来の自分。そんなようなものに見えてしまっていた。そしてあの日以来情報のないままの10年。その間、持田は前を向いて足を痛め、ジーノは後ろを向いて心を痛め、それぞれが重い体と疲弊した心を引き摺りながら生活を続けていた。それは手にする喜びよりも、失われる苦痛に恐怖する日々だった。

「想像するだけで倒れそうだよ。ないと生きていけないものを失って10年だよ?考えられない。会いたいけど、いざ会えるとなったら会うのが怖くて仕方がない。ホント勘弁して欲しいよ、あの人」

二人にはもはや波どころか海でさえいられなくなった達海の姿がおぼろげに見えていた。同じものだったはずの彼はあの瞬間、自分達とは全く違うモノに変異してしまった。そんな予感だった。持田は壮絶の向こう側に僅かながら未来への希望を見たが、選手としての達海に心酔し切っていたジーノは弱さのあまり孤独と絶望しか見出すことが出来ないでいた。もうこの時、雪の降りしきる中で佇んでいるかのようにジーノは唇の色すら失われはじめていた。窓の外の南国の風景がまるで合成のハメコミ画像のようだった。

「…考えられないなら考えなきゃいい」

 持田はなんの意味のない言葉を綴る。青白い王子を暖める言葉など何も思い浮かぶはずもなく、ただ一緒にいてくだらない話をするくらいしか出来なかった。持田は知っていた。ジーノは自分をコントロールすることが上手過ぎる程器用な男で、だからこそ、その完璧なまでに整ったジーノの中の調和を乱す力を持つ達海に惹かれてしまったのだ。すべてのものに冷めている男が唯一熱くなる世界。幼きジーノが触れて目覚めたこのあどけない情熱は、幸福な未来と同時に鬼門ともいえる相性の悪い悪路を開いてしまったと言えた。持田はこの出会いの是非について考えることが多かったが、ジーノはただの一度もそのことに関して後悔の言葉を発することはなかった。その純粋さこそが今のジーノの地獄を過酷なものにしており、持田にはそれが切なかった。自分をこんな風に傷つけた達海を悪者にし、恨み、切り捨てさえすればジーノは少しは楽になれるのにと。でも、何もかもを丸抱えに出来てしまう、寧ろ丸抱えにしか出来ないのがジーノという人間だった。

「お前考えなくてもいいこと考えて勝手に動ける体を動けなくさせてさー。その年で大きな怪我ひとつない体なんて大枚はたいても絶対買えない貴重な財産だぜ?わかってんの?」

 意味がない空虚な言葉にジーノが空虚な反応を示す。互いに話し合いたいのはこんなことではない。昔のように他愛無い会話の中、お互いの心が透けて見える。昔はその関係性に暖かさがあったが、今の二人には腫れ物に触るかのようなよそよそしさの方が色濃く感じれた。

「相変わらず身も蓋もない言い方するね」
「だってその通りジャン。お前馬鹿なんだもん」
「…むかつくんだけど」
「むかついてんのは俺の方なんですけど何か?」
「キミこそ今もどうせ痛いくせに無茶ばっかしてさ。馬鹿はそっち。ボクより先にキミが終わるんじゃないの?」
「うっせ」

 一見辛辣そうでその実全くたわいない会話が一段落して、ジーノは再び溜息をついた。本当にそのまま消えてなくなりそうなくらい頼りない姿だった。どこまでも沈んで、止めどもなく落ちていくジーノに持田は堪らなくなった。だからおもむろに肩を組む形でぐいっと男を引き寄せ、頭の横同志をコツンとつけた。されるがまま体を預けたジーノはそのままゆっくり持田の肩に頭を乗せ、しばしの沈黙ののち、寄り添いながら話を続けた。

「きっと…タッツもボクらみたいなの…むかつくよね…馬鹿かよって…」

 絞り出すように呟いた言葉の語尾は少し震えていて、持田は

「…多分な」

 とさりげなさを装いながら、おそらく事実であろう暗い想像を伝えるのが精一杯だった。

    *  *  *

 目の前には大海原。際限なく白波が砂浜に押し寄せる。二人は黙ったままその光景をしばらく眺めつづけていた。少しずつ日差しが赤みを帯び始めていた。

「…こんなことになるんだったらさ。やっときゃよかったかもなー。雑誌にリーク」

 何の気なしに呟く持田。 

「ドラマチックな過去を持つ悲劇の無名選手!ってそんなふれこみでさ?お前のビジュアルと嘘みたいな症状の相乗効果で良くも悪くも今以上に注目浴びたんじゃねぇ?」
「またその話?信じらんない。まさか本気だったわけじゃないよね?」
「だってさー。きっとあの時期なら協会も大喜びだったって。一風変わったゴシップ記事なんてサッカーに注目集めるのにもってこいだし」
「ボクの瑕疵を公開してETUへの入団を妨害って発想、ホントありえないし。そんなことしたら益々東京Vに入団出来なくなるに決まってるだろ?本末転倒だよ」
「いやいや、敵蹴散らして二束三文でこっそり手に入れてさ。化けりゃ宝くじ当たったようなもんだろ?ショック療法で治るかもしんねーんだし。それに結果としては騙し騙しの今でもそこそこ機能してる選手になってたわけだし多分損はなかったって」
「ホント、いつもいつもメチャクチャだねモッチーは」
「お前うち来るべきだったんだよ」
「フフ、残念だけど、それは違う。ボクを傍に置く選択はキミにとって最悪のものだ。だからボクにとっても最悪になる。ボク達お互いどうしても悪い方向に引き摺られるからね。わかってるくせに」

 そう呟きながらジーノは手を持田の頬に寄せ、瞼に自身の睫を近づけて、そっとバタフライキスをした。友情と呼ぶには少し濃すぎるスキンシップの中で時にベッドを伴にすることもあった二人だったが、唇同志のキスは未だ一度も交わしたことがなかった。兄弟猫だからそれは無理、とでもいわんばかりの奇妙な二人の中だけの暗黙の了解であり、また瞼同志のキスを行うのはまた別の理由があった。二人の繋がりのすべてはこの目と目の繋がりであったとも言えたからだ。この二人の形を変えたキスを持つ意味は、互いが互いに向けて、その目を閉じてよ、この目を閉じさせてよ、と訴えかける様なものであった。

「ジーノ?」

 まるで目を閉じるかのように少しずつ赤い日の光に闇が交じり始める。街灯の電気が切れているのか駐車場はとても暗く、触れ合う相手の表情が少しずつ見えにくくなってきていた。夕闇の中に浮かぶジーノの血色の悪さは憔悴の深さを濃くにじませており、退団しないというジーノの台詞のほうがまるで冗談のように浮いて見えるほどだった。同じ時を過ごす中でドンドン増してくるこの脆い不安定さはおそらくジーノ本人の自覚を遥かに超えたもので、見つめる程に持田を不安にさせた。沈黙の時間を重ねる毎に、まるで次の瞬間にでもすべてのバランスを崩して叫び出してしまうのではないかと思うような緊迫の気配すらあった。

「お前さ…」

 持田は何か言いたかったが、言葉を続けることが出来なかった。ジーノが顔をしかめ、黙れというようなそぶりを見せたせいだった。それは目を閉じ、口を閉じろという、命令にも近い懇願の姿だったから。
 ソフトながらしがみつくように首に巻いたジーノの両腕をそのままに、持田はジーノの肩口の向こうの赤黒い世界の中に立ち並ぶアダンの揺れる葉を眺めつづけていた。極度の不安に陥った時のジーノは肩口に顔をうずめて深い息をする。そんな時のジーノの頬や指先は氷のように冷たい。やっとやっと話をしていたジーノは、もう話が出来ない程追い詰められているようだった。

 一緒にいるのは駄目だといった傍からジーノは持田に抱きつきすがっていた。悪い結果しか生まないであろうこんな二人の時間ですら、拠り所にせざるを得ない程衰弱した男に持田は何もしてやれなかった。持田の心配はジーノを傷つけ、ジーノの傷に持田の不安は増した。それでも恐怖がジーノの足を竦ませ、竦んだ足を掴むように持田はジーノを行くなと言わんばかりに抱き寄せ続けていた。いつまでもグズグズしていられないことなどお互い承知の上ではあった。

 空には少しずつ星が増え始め、遠くには折れそうに細い月が浮かんでいた。だが、体を強張らせて目を瞑るジーノにはそんなものが見えるわけもなかった。