飼い犬と飼い主 10
ザッキー頑張っているのにジーノの心はドンドン明後日の方向に飛んで行ってしまっています。二人の明るい未来を切望するザッキーが少しずつ不毛を感じ始め今の関係を続けていくことに自信を喪失。達成感が手に入らない時期って自己評価下がりますよね。ジーノの不調を前に自分を責め始め、状況の誤解曲解も増えます。ですがそれでもザッキーところどころ問題の本質的なものがキチンと見えており、そのことを察知してしまうジーノはさらに追い詰められていきます。10は8「滑落」直後に繋がる話になってます。王子、赤崎、後藤、ジノ→←ザキ、ゴト+ジノ。
あなたの声は聞けず
彼はあの日別れる意思を反故にして責任を選んだ。重い選択だ。
だから俺はどうしても期待に応えねばならなかった。その重さを背負わせた分だけ。彼が一緒にいることは無意味だと言ったから、俺は意味を作りだして絶対に王子の言葉を否定せねばならなかった。でも現実はそううまくは行くはずもなかった。こんな短時間で結果など出せはしない。いつもの俺なら結果を出すまで前を向いてがむしゃらに頑張り続けていただろう。でも最近は当たり前にやれていたことが出来なくなり始めていた。
* * *
王子は今、決して楽しんではいない。一緒にいることが苦しいのに俺の我儘に付き合っているだけ。
そして。
俺は今、彼を苦しめながら楽しんでいる。知性のない判断力で本能的に王子を食べ続けているだけ。あと、もう一粒、あと、もう一房だけと、獣の貪欲は際限もなく、果てしなく。こんな生活長くは持たない。日光と水分の足りない植物はすぐに枯れる。
これは無意味なんかじゃないね王子
おそろしく虚ろな王子の瞳、あれは俺の搾取の結果を見る朝の象徴
一緒に居続けることで相手を苦しめ続ける、これはもう悪夢だ
俺の存在が彼の渇きを癒す水になり得れば。王子、一緒にいたいと願って欲しい。そうすればきっと二人、助かり、生きながらえることが出来る。そんな願いが繰り返される。でも知っている。この満たされることのない渇きが教えてくれている。こういう薄汚れた執着は彼を潤す愛足りえない。まだまだ未熟な俺の用意する水はまっ黒く濁った泥水。美しい高貴な彼はこんな汚い水、飲めはしない。口に含んだ途端に嘔吐して、益々彼は衰弱するばかりだ。俺はまだまだ、欲することだけが上手なただの暴力的な獣。なにも与えられはしない。彼から愛を受けるにふさわしい存在ではない。
馬鹿馬鹿しい子どもの仕掛けたちゃちな落とし穴に白いウサギが飛び込んできた。それは優しいウサギの親切なのか、それとも思わず落ちてもがき苦しんでいるだけなのか。ここにはただ憐れな彼が空洞に落ちた現実があるだけでウサギの心情がわからない。俺は見えるものを見たいように歪めて解釈をしてしまう。彼は望んでここにいてくれるんだと。参ったね、なんて頭を掻いて、しょうがないからここに住もうか、なんて笑いながら、いたずらっ子の俺を許してくれているんだと。思ってしまう。思いたくなってしまう。
それでも、虚ろなウサギの瞳が俺の目を覚ます。何も訴えかけないその目が、饒舌に現状を物語る。なにかを言わんとしている。
“出来るよ。キミのことをボクは信じてるからね。”
そう、彼はもう一度俺が手を離すのを待っている。ちゃんと俺が自分の意思で綺麗に彼を手放すことを望んでいる。キミにはメリットがない。キミは何も得られない。キミはぬるま湯から世界へ。毛布と補助輪を捨てて世界へ。王子はあの日、別れることがステップアップになるのだと俺に教えようと、最後の教えにしようとしていた。
キミのためには、なんていう話。王子の言葉はいつもそう。俺のための言葉を音楽のように口にする。でも今回だけはそれでは俺自身の心が納得できなかった。王子、それは単なる綺麗事だ。と。
そう、俺の為にと言われたら離れる気はひとつも湧かなかった。けれど、ある日、ボクの為に離れてほしいと言われたら?助けて、ここから逃がして?と。彼がそんな風にグサリと生々しい本音を提示してきたら?多分さすがの俺も、少しは考え直せると思う。というか、それが出来なければ嘘だ。人として。
殴られるのが嫌なら、殴り返さねば、王子
綺麗事だけでは通じない、
そんなマヌケで馬鹿げた世界だってこの世の中にはあるんだよ?
王子、それをやらないなら
俺という足枷からあなたはもう逃げ出せないかもしれない
王子の素顔が知りたくて知りたくて仕方がない。彼を思うほどに生じる、この抑えきれない餓え。我慢できない渇望。心の底から欲望が湧いてきて仕方がない。なのに、知ろうとすればするほどわからなくなっていく王子。疑問が増え続けていくばかりの俺。そしてまたそのすべてが暴力的な性欲となって彼にぶつけられていく。彼を肉欲の生贄として欲し続けることをやめられない。
やっぱり、こんな状態、駄目だと思う。
俺は乱暴者だ。おそらくあなたは俺の中にある狂気にも似た執着の存在を知らない。人の醜さ、暴虐さ、自分勝手な我欲。そんなものがこの世にあるなど、お綺麗なあなたは想像もしないだろう。トンボの羽を面白半分にむしる子どもを見たことは?残酷な子どもの中にはきっとあなたが思い浮かべることとは別次元の、未熟でえげつない世界が存在しているものなんだよ。
王子は欲望に忠実だというけれど、おそらく俺の方がはるかに欲望に忠実だ。だって今俺はどれだけ王子が嫌がってもこうしてしがみついたままだ。おそらくこのまま成長という羽化を迎える日がこないとすれば恐ろしいことが起る。このままあなたの手を掴んだままぶら下がり続けて最後に何が起こる?今にも飛び立つ王子の羽を俺のこの手が。だって俺は一緒にいたい。一緒に飛べない俺が無理に一緒にいることを願うならば。それしか方法がないじゃないか。そんな気がする。
俺は自分の中にあるこの身を焼く様な強い激情の恐ろしさをよく知っている。俺が本気で望むものに関しては、誰にもなにも言わせてこなかったから。全部強引に黙らせてきたから。一切譲るということをしてこなかったから。そういうことに関しては、相手の痛みなどなんとも思わないのが本来の俺だ。
どんな無謀な願望でさえ、一度持ってしまえば周りから何を言われようと俺は自分の心を曲げることは絶対にしない。いくらそれが理不尽で倫理に反していたとしても自分が納得できない限り。子どもは本能で動き、法を知らない。だから俺が今出来ることといえば、俺の欲する道が地獄の一本道に繋がっていかないことを祈ることくらいだ。
だからこそ、地獄にたどり着くその前に。早く俺は大人になって、羽化せねばならない。彼の為に、俺自身の為に。今にも羽を引き千切りたがっているこの手を止めなければ。一緒に飛べる選手にならなきゃ、どうしても。だって俺が本当にやりたいことはこんなことじゃない。引き千切ってしがみつくようなことじゃない。ボク達最近絶好調だよね、キミとボクとの呼吸はぴったりだね、なんて笑う姿が見たいはずで。そんな幸せそうな王子をこそ手に入れたいはずで。
なのに、このままでは。黙って俺の意思に任せるがままにしている王子をそのまま衰弱させるだけさせていって。信じてくれている王子をがんじがらめにして反対に潰してしまうのではないかと。これが俺の孤独の元凶だ。わかっているのに、どうしてもこの手を離すことが出来ない。
* * *
以前は沢山二人で話をしていたのに、いろんなことをわかりあえていた気がしていたのに。どうしてこんなことに。
こんなに快楽の世界に一緒にいるのに、今もこうして彼と俺の体はこんなにも深く繋がりあっているというのに。本当に今の彼は遠い。最初はこうじゃなかった。いつから?彼に体を激しく揺さぶられる度に、互いの快楽を吐き出す度に、彼と俺との距離が遠ざかっていく。
今の俺はどれだけ練習に打ち込んでも手の平は空っぽで。置いて行かれる。王子とはぐれていく一方。ほら、差し出される王子の手に今にも届かなくなってしまいそう。心細くて寂しくて死んでしまいそう。まだ彼の手が必要な俺は、どれだけ背伸びをしたところでちっとも自分の思うように成長を果たせない。
“この瞬間が一番辛いんだ。”
“体を置き去りにして心が逃げ出して自分がバラバラになっていくんだよ。”
そんな話をしていた彼を思い出して胸が痛くなる。俺が引き留めるから彼は今まさにバラバラに引き裂かれる寸前で。俺に差し出す手を、体を残して、そのまま心だけが今にも飛び立っていってしまいそう。最愛の人が粉々に自分の手の中で砕かれていってしまう悪夢。つらい現実に耐えきれなくて、再び俺の強欲が顔をのぞかせる。
どうしても心が逃げ出してしまうのなら、王子
それならこの体を、体だけでも絶対に離さない
苦しいね、王子、でも俺はそれでも離れることを絶対に許さない
ああ、こんなこと、考えたくもないのに王子
ねぇ、前みたいに二人、お腹がよじれるくらいに笑いあいたい
涙が溢れて止まらない、王子、ほら、止まらない
人質のように彼の体にしがみつき、今日も二人小舟になって揺れる。こうしていれば、こうなっていさえすれば俺は。
「ザッキー、言ってごらん?聞こえないよ?」
「ん…ッいぃ、…王子」
「ほら、駄目駄目。言われた通りちゃんと気持ちいいって言って?じゃないとやめちゃうよ?」
「き…気持ち…ぃ…あ!」
「ん、もっと聞かせて?喜んでるキミの声」
「あ、ッいい、あ、き…、いッ!」
「ああ…そうもっと感じて…嬉しいかい?黙っちゃ駄目」
「ゆるしッ…王子、あぁ!」
「恥ずかしい?すごくいいよその顔。聞かせて?もっと…感じてよボクを」
「…もう…イ!あ、あ!も…イ、くッ!」
口数の減っていく彼はセックスをしている時だけほんの少し俺にお愛想のように話しかけてくれる。このベッドの中にあるのは彼の手だけ。俺の思考が止まっていく。恥知らずな獣に変化し、ただ彼の起こす波に任せてゆらゆらと夢幻をさまよい始める。溢れかえる汚らしい執着を欲望のままに際限なく吐き出して、本当に眠ってしまうまで一過性の偽物の幸せに酔い乱れる。
王子、あなたの言うように、これは失策だった?
でも好きなんだ、離れたくない、ずっとこうしていたい、溺れていたい
どれだけあんたが俺のためだといってもだ
キミはちゃんと手を離せるお利口な犬だ、と言われても
キミを信じている、というあんたを裏切ってでも
それでも、王子のいない世界なんて俺はもう
サッカーが命だったはずのこの俺が、朝なんて来なければいいという愚かな願いを抱えて過ごす刹那。ああ、本当に俺は大馬鹿野郎だ。そして毎回二人欲望のありったけを吐き出した後に彼が俺に見せる虚ろな瞳。朝は必ずやってくるよ、と俺に告げる。キミは全部わかっているのになぜだい?とそんなことを伝えている。苦しい。わかりたくない。目を瞑っていて、王子と。目を覚まさないで、俺と一緒にいて、と。そうやって王子を苦しめる俺の苦しみ。引き裂かれるように痛い。
王子の虚ろな目。見る度に一緒にいたいというのと反対の気持ちが湧いて出る。泣きそうになりながら。どうやれば俺達二人は無事離れることができるのだろうかと。
王子、瞳で語らないで、王子
苦しいなら苦しいと、つらいならつらいと、
ボクの為にお願いだからもうやめてくれと、
はっきり言われたら俺はきっと…
あなたは何を望む?
王子の中にある俺のための物語はもう聞いた
王子の中にあるあんた自身のための話が聞きたい
そうじゃないときっと俺は変われない、納得することが出来ない
俺はまだあなたからなにも聞いてない
本当はなにが嬉しいなのかも
本当はなにが一番悲しいのかも
あなたの望むことをほんの少しでも理解できれば
馬鹿な俺でもちょっとは考えることも出来るんじゃないかと
少しくらいは王子のためを思って何か変われるんじゃないかと
今の俺には、そんなことしか思いつかない
いつまでも我儘な子どもであり続けたい
そんなことを考えてしまう
俺は成長したいくせに成長したくない
ああ、本当にあなたの言うとおりだ王子
俺はつくづくどうしようもないガキンチョだ、ごめんなさい、王子、王子
* * *
無茶苦茶に抱かれながら俺は必ずいつそうしたのかもわからないまま眠りにつく。朝になったらいつも彼は先に起きていて絶対に俺の隣にはいない。だから、いまだに俺は彼の寝顔を見たことがない。毎朝、毎朝、まるで一人寝に不慣れな、幼い子どもの頃に戻ったようなそんな気持ちになってしまう。
今朝も孤独で体中が引き裂かれるように痛い。王子、俺はもう駄目かもしれない。こんなに王子と自分の両方をボロボロにしてさえ、あなたへのこの醜い執着が、どうしてもどうしても、手放せない。あなたを愛したい。癒したい。本当にそう思うのに、どうしてこうなってしまうんだろう。
