懸念
【2230文字】
ジーノの「かわいい」に対する雄崎君の被害妄想。できてません。いっつもほぼやってるんで全年齢タグってマジでついてる作品ほとんどないですね。(つけ忘れもあるけど今更ながらまあまあかなりのクソ野郎だな……)
王子は俺には理解不能だ。これだけ長く一緒に居ても、延々びっくりさせられる。
「欲しいの?」
「え?」
「なら、あげる」
「いや、そんないいッスよ!」
買ったばかりの今季のコートは、吟味に吟味を重ねたはずで。
(王子を見てただけなのに……)
先日クラブハウスに導入されたトレーニングマシーンを気に入れば。
「そんなにいいなら一つ買う?」
「何言っ!?置く場所ないですよ」
「あそこらへんならいけるよ多分」
「無理無理!床が抜けっから!」
床を補強しようかなんて、馬鹿だと思わざるを得ない。
「スポーツジムでも開く気ですか?自分で使いもしないのに」
「開店したら通ってくれる?」
愛してるからとウインクをして、何がどこまで冗談なのやら、シレっと色々言ってくるのでどうにも混乱させられる。
「本当にかわいい。キスしていい?」
子供のようなその無邪気さが、日差しのように降り注ぐ。
(ああ、もうマジでめんどくさい……)
「今面倒だって思ったね?」
「……っ」
かわいい。かわいい。王子の口癖。ハグさせてとか、キスしたいとか。甘えるように。支配のように。はたまた懇願かのように。その度俺は動揺をして、それを見て王子は目を細め。
(くそっ、いいようにからかわれてる……)
皆といる時は毒舌なのに。見下し。憐れみ。それでも愛玩。その目が、俺を見つめる瞳が、揶揄の向こうにちらつく気配が。だから俺はいつものように。
「そりゃ、面倒ですからね」
嬲るみたいに捉えられ、でも窮鼠も猫を噛む牙はある。
「ねぇ、その面倒なのは僕?君?」
愚問だ。全ては掴まれている。
「面倒だったらやめちゃえば?」
降り注がれるは甘い邪悪で、ふと砕かれてしまいたくなる。負ける。その度感じる心。この戯れの禁忌であること。じゃれているだけの王子の悪趣味。触れなば落ちんとする瞬間、薄く笑って傍観をする。奪える力があったとしても、奪う気がないのは明白なのだ。
(やめるって何を?何処から?王子)
*
天国のような地獄の中で、天使の笑顔で、おふざけで。
(……今日、マジでやばかった……つか、駄目だもう……)
好きだよ、だとか、本気だよ?とか。どういうつもりでそれを言うのか、問うて答える人でもないのに詮無きことを考える。
何をさせられているのかくらいは、馬鹿な俺にも理解は出来た。あれは、俺に『来い』と言っているのだ。
「……っ、くっ」
締め付けられる胸が痛くて、息の仕方も忘れてしまう。王子の言葉はまるで呪いで、それでもこんなに酔わされる。無理でも必死で息を吐き、吸って、再び深く吐く。思考力が低下して、頭が王子で一杯になる。得体の知れない心の起伏。恋は病と言いもする。だが、俺の病気はかなり重い。欲望。そして激しい渇望。あれの全てを食いつくしたい。醜いほどの独占欲が俺の性根をクソにする。
(ヤバい、駄目だ……どうしよう)
触れなば落ちん。言い得て妙だ。触れれば落ちて、堕ちて谷底。王子は突き落としたりはしない。自分で堕ちろと笑うのだ。
*
「さっきから何スか、ジロジロと」
「んー?」
「かわいいとか、またからかうのはナシっスよ」
「かわいいって言われるの、そんな嫌?」
「嫌っスね」
「じゃあ、なんて言われたい?」
「何も言われたくないッスね」
「……そう?」
「そう!」
「ふぅん?」
ソファで交わした雑談で、王子は小さく微笑んだ。
*
「かわいい」
「……!?」
「ね、この時計、かわいくない?」
俺をかわいいとは言わなくなった。けれど王子のかわいい発言は寧ろ大いに増えてしまった。
「ねぇ、あのケーキかわいいね。みて、苺があんなに沢山」
王子がかわいいと言う度に、変に反応する自分が嫌だ。
「わー、この靴結構かわいい」
「ぜんっぜんかわくないッスよ」
「そう?この踵のラインとかかわいくない?」
「かわいいの基準が、ってあんた何して……」
履いてみてよ、なんて膝を折り、ああ、そうだよこういう人だった、と、どうすればいいのかもわからない。
「ん?」
「……」
天然、それともおふざけ、嫌味。俺を見上げる酷薄なその微笑みも暴力的。
「ザッキー?あっ」
腕を掴んで店を出て、駐車場へと足早に。
「急に……一体どうしたの?」
「……」
返事もしない俺に溜息、それでも笑って鍵を開け。
「まぁいい。帰りたくなっちゃった?」
――そんなところもかわいいよ
いつもならそう言う口元が、貝のように閉じている。
「ザッキー……?」
喧嘩腰に、挑戦的に、俺は王子にこう言った。
「あんな靴、全然かわいくねぇ」
「そう?」
「そうッスよ!」
「ふふ、何そんなカリカリしてるんだい?」
「っ!」
いたずらな微笑みにカッと来た。王子の言葉に含まれた意味。俺の嫉妬をあしらう悪意。もういい。俺はとうとう思った。もういい。これ以上はもう無理だ。だから。
「だから!あんたのかわいいはこういうんだろ!?」
運転席の王子を掴み、噛みつくみたいなキスをした。歯がぶつかって痛い唇。もういい、どうでも。キスしたかった。粉をかけられてスルーするのは、そもそも俺の性分じゃない。崖の谷底が絶望だとて、竦み立ち止まるはらしくもないし。
「……さあ、さっさとあんたも来いよ」
唸り声のような獰猛で。不思議と頬は染まらなかった。今までになく心は凪いで、全てが当たり前に思えた。ゆったりと雄と化す王子の微笑が、俺の行く先を知らしめていく。
(そう、本当はわかってた)
飛び降りた先は崖ではないこと。大いなる胸元と腕の強さと、降り注ぐ数多の蕩けるキス。二人がひとつに溶け合う天国、恐れる意味など何一つないこと。
