閑暇とは何か有益なことをするための時間である
ジノ+ゴトタツ せっかくの510の日!参加することに意義があるとゴトタツ挑戦もあえなく挫折
閑暇とは何か有益なことをするための時間である。
by ベンジャミン・フランクリン
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「だって、ボク、退屈なんだもの」
これがジーノのいつもの口癖だった。
後藤は大いに頭を悩ませていた。うちの10番は移籍してすぐから、かなりのトラブルメーカーっぷりを発揮していたからだ。ホテルの部屋の注文、ユニフォームのデザインへの口出し、練習のさぼり、取材のドタキャン、試合の途中放棄、そして芸能人との続けざまのスキャンダル。最近に至っては監督へも反抗的な態度が目立ち、なにを指示されてもペラペラとイタリア語でまくしたてるように言い返すだけで、戦術などに関しててんで相手にするような様子がなかった。勿論選手やスタッフの中にイタリア語を解する人間はおらず、やめろと周りがいくら言っても、その返事ですらイタリア語で返してくるなど、お手上げ状態だった。連敗も続き連携もチグハグになっているチームのムードは最悪なものになっていた。頼みのキャプテン、村越も散々ジーノに対して説教を行い、必死にチームを立て直そうとしていたのだが、当のジーノは全くの馬耳東風であった。
そんな中、なぜかちゃんと会話が成立するは後藤だけだった。といっても、会話の内容はいつもサッカーに関することにはならず、食べ物や恋愛話などおよそどうでもいいことであり、肝心のお説教の中身については必ず先ほどのような「退屈なんだ」の返答か適当な意味の伝わらないイタリア語くらいしか返ってこなかった。
ところが一年も過ぎた頃には、定番の返答にほんのちょっとだけ言葉が増えるようになってきていた。
「退屈なんだ、ここにいるのが。苦しいんだよボクも。」
生業にサッカーを選んだ選手というのは、元々、すべからくサッカーに魅了された人間だ。ジーノのような卓越した選手がそのサッカーを楽しめないという現実は、どれだけ苦しいものかというのは元選手であった後藤にはよく理解できた。だが、残念ながら彼がその苦しみを口にするまで、全くそのことを想定できていなかったのだ。なんというか、そういう苦悩や絶望のような世界からはかけ離れた、一種独特のおもちゃ箱をひっくりかえしたような、影のない、遊園地のような世界観の中の人間なのだと勝手に思い込んでいたからだった。我儘の限り、迷惑の限りをつくしていることだって、そのセルフィッシュな性格がもたらす、暇つぶしの彼の楽しい趣味のようなものなのかと思っていた。
苦しみを口にするようになった頃から、遠征時の試合前のホテルでは、夜必ず後藤の部屋に顔を出すようになってきていた。その頃には大分彼にも変化が見られてきており、後藤が現役時代だった頃の話などを聞きたがるようになった。
「お前の年頃に、やりたくともやれなくなった選手だっているんだ。退屈だろうとなんだろうと、お前は今、幸せなんだよ。」
話の流れで少しお小言っぽい流れになると途端にイタリア語で空返事をしてくるのがいつものことだったのに、ジーノの態度は今日は違ってた。
「幸せ?これが?どこが?退屈でもう死にそうで、限界だ。」
もうこのままの状態なら、来季の契約は延長せず、他チームに行くこともなく、サッカーはやめるとまで言い出した。それほどまでにジーノが限界を感じていたのかと思いつつも、後藤自身も自らの行う補強の失敗の連続から、低迷するチームを支えていくことがすでに限界で、自分も来季はもうここにはいられないかもしれないな、などと感じていた。
イングランドから後藤はジーノの携帯に電話を入れた。ジーノが限界を口にしたその夜、後藤は旧友の達海の招聘を心に決め、粘り強い交渉の結果、無事彼を日本に連れて帰ることができることになったからだ。
「もうすぐ、すごいサッカーやらせてやるから!達海がお前の退屈をぶっとばしてくれるよ、王子。首を長くして待ってろよ?」
電話口でジーノは答えた。
「よかったね。感謝してくれてもいいんだよ?」
「え?もしもし?」
空港内のアナウンスの音がうるさくてよく聞き取れない。
「あのハガキが届いた時のキミの顔が今でも忘れられない。キミはもう彼を絶対に手放してはいけないよ?」
「え?なにを言ってるんだ?」
「おめでとう。もうこれでボクが君の苦悶の顔を眺めて胸を痛めることもない。キミが気の迷いで手を放してしまった恋人について、ずっと未練を残し後悔していたことは何度も聞いていた。それが誰だということもすぐにわかった。キミは腰が重すぎるよ。」
「もしもし?王子」
「キミも今日から純粋にサッカーを楽しめる。それならボクも楽しめる。」
「聞こえるか?」
「よかったよね、いいこと尽くしだ。これからはもう苦痛と退屈などないってことさ。」
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人間の幸福の二つの敵は苦痛と退屈である
by ショーペンハウエル
