お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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ベターハーフ

【8446文字】
昔ジノザキデー用に書いていて、いくらなんでもお祝いにこれは特殊過ぎるとボツにしてお蔵入りしていたお話。個人的には大好きな雨ネタを設定に入れた気に入っている話です。雨ネタはもう多分書きやめるまでこすり続けるゾ!

以下、みもふたもないネタバレ閲覧注意事項
 
飼い主が人外で途中で死にます。何年かしたら番犬も死にます。飼い主も悲惨なら飼い犬も気の毒。大いに人を選ぶお話。悪趣味な人以外読まないほうがいいです。

「もしかして具合悪いんですか?」
番犬の相手はとても疲れる。
「俺の話聞いてます?」
無視をされているのにも気付かずに、傍若無人にじゃれついてくる。
「王子?」
「……悪いのは機嫌。具合じゃない。ああもう邪魔だから離れて欲しい」
雨が駄目な体質なので、辟易とする朝もある。本気で駄目な瞬間もある。そういう時こそ近づいてくる、制御不能な馬鹿な犬。そんな彼がとても嫌いだ。僕を苛立たせる天才。
「王子、ランニング始まりますよ」
(うるさい。わかるさ、それくらい)
やっぱり休むべきだった。眉を寄せながら肩を落とした。

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 雨はあまりにも僕に残酷。際限もなく沁み込んでくる。常に無理矢理生きているのを、否応もなく思い出させる。
(一体なんの苦行なんだか……)
濡れた練習着が重く、べっとり纏わりつくのも不快。それらは僕の足を重くし、ボールの軌道すら変える。
(でも君も反応遅いよザッキー)
イメージのズレは大きなストレス。通ればいいというものじゃない。重い疲れたもう駄目だ。だから極上の笑顔を作って。
「今の何だい?ふざけているの?ああ、もういいよ。こんなの無理だ」
僕は軽やかさを装って、さっさとピッチを後にした。犬は羞恥に棒立ちしていて、周りは僕の態度に文句。けれど知ったことではなかった。今、意義を失い過ぎれば、バックレどころの話じゃなくなる。
(あぁ……マジでヤバいかも)
雨の冷たさが感じられない。それはある種の予兆のひとつで、僕は来たことに後悔をした。
 僕が雨を不得手とするのは、ただの我儘からではなかった。でも理由を隠すため、あえてそういう形にしていた。勝手で我儘。気分屋。理不尽。それがルイジ吉田なんだと、周りに深く浸透させた。犬にはことさら思い知らせた。嫌がることも沢山したし、わからせるよう意地悪もした。けれど全然駄目だった。馬鹿犬は日に日に馬鹿を増し、だから余計に嫌いになった。放っておいて欲しいのに、逆のことばかり僕にしてくる。心配なんて僕には不要だ。そもそも僕は。
(まあ、いいけれど)

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 ふらふらシャワーで雨を流して、温感の消えた体を感じた。乾いたタオルで拭いて着替えて、カバンを持って車に乗り込む。今日もろくでもなかった一日。何のための僕の一日。
(続くね雨が。明日もかな)
シートを倒して目を閉じる。今日はかなり調子が悪い。寧ろ良過ぎと思うくらいに。

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 母から引き継ぐ不治の病は、僕の無力と力の根源。矛盾してみえるが一貫している。僕には二つの視点があるので、立つ位置を変えれば言葉も変わる。人格が二つあるかのように。

 僕は人に似せた水だった。人の形に擬態したいわゆる水妖というものだった。沁み込む雨は割合を変え、水になり過ぎる時がある。人外の本分を思い出せと、もしくは水に戻ってしまえと、雨は甘く囁き続ける。雨は擬態の感覚を薄め、かわりに感性を大気に散らす。知らなくてもいいことを知り、感ずるべきではないものもまた。
 人である父。水妖の母。ずっと一緒に暮らせるようにと、魅入られた父は魂を割り、半分母に食わせてしまった。欺瞞に過ぎぬ魔女との契約、でも僕はそんな事実は言わない。幸せそうに笑う二人を否定する筋合いはないからだ。僕は二人の愛の結晶。そんな自分を呪いもしない。もともと意味のない存在が、意味を真似ているに過ぎない僕が、それこそ何もかもが無意味だ。僕の心は心ですらない。

 水妖はそもそも人ではないので、当然人を生めはしない。だから母は摂理を歪めて、人の子に似せた僕を作った。人ではないので命もなくて、なんなら性別も脳細胞も、全てが擬態で模倣に過ぎない。雨に、プールに、湯舟など、僕は長くは嗜めない。水分が深く沁み込めば容易く形が壊れてしまう。水は僕の力で本性。力の使用は手より悪質、物理法則も無視など簡単、チート技にも程がある。法則の外にいながら僕は、中にいるふりをする化け物だった。

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 車の窓を叩く音。うんざりしながら目を開けた。彼だけだ、こんなことをするのは。何故、彼を制御しきれないのか?険しい目つきで睨みつけつつ、何故か窓を開けてしまった。
「手痕がつくって言ってるだろう?」
「とっくに帰ったと思っていたのに。そんなに体調悪いんスか?」
嘘の言葉すら生み出せない。今日は本当に調子が悪い。
「俺、送っていきますか?」
「……」
窓から雨が吹き込んでくる。ますます僕に雨が溶け込む。僕が少しずつ傾いて、人であろうと思う意義、それがドンドンわからなくなる。
(ああ、こんなことは嫌だったのに)
自分を見失う寸前、ポツンとそんな風に思った。

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 母はローレライの仲間だ。もしくはケルピー、ウンディーネ。そもそもは小さき水の綾、綺麗だねなんて人が魅入られ、結果沢山命を吸った。でも母は殺したいわけではなかった。愛されるのが嬉しくて思いのままに抱き返すだけ。でも人に妖力はあまりに毒で、耐えられる者はそういなかった。僕らの愛は憑り殺す愛、つまりそういうものだった。殺し続けて得るものなんてと、万にひとつの可能性など僕は追う気もしなかった。だからどれだけ愛されようとも、僕は抱き返えす気などなかった。そんなものは必要なかった。暇をつぶすのに人世を漂い、ただそれだけで十分だった。なのに毎日雨が降るから、そして犬は馬鹿だったから。

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 正気に戻った原因は、彼の人間性を食らって、その分雨を吐き出したから。憑り殺しかけた甘い感覚。やり方は例えば性交に似て、でもその際得られる快感は。
(ヤバい……まさか死んでないよね?)
ベッドの中で混乱しながら、馬鹿犬の心音の確認をして、人知れず胸を撫で下ろす。全てを食らう寸前だった。でもその前に満足をして、なんとかギリギリ人に戻った。いや、戻ったというよりも。
(なんだかおかしい……なんだろう……)
命を食らったことがなかった。そのせいだろうか。変だった。この感覚は何だろう?体の輪郭をはっきり感じる。肌の感触が鋭敏過ぎて少し痛いくらいで、けれど全く不快ではなく、むしろ。

 馬鹿犬は僕に食い千切られて、死んだように目を閉じていた。僕はその頬に手を寄せながら、今日の朧げな記憶をたどった。僕が彼の何をどうして、こんな目に合わせてしまったのかを。
(なるほど、そんな風にするのか……)
本能が成した方法を知り、あらためて自分にうんざりとした。抱き返す術など学んでないのに、僕の本能は知っていた。そもそもそういう存在だから、さもありなんということだろうか。意識が水に傾くと、体から感覚が溢れ出て、世界をつぶさに把握しながら、ある程度操れるようだった。意識を乗っ取り、体を動かす。文字通り僕は彼に憑りついて中から彼を。
(ゾッとしないな……)
知識としてはわかっていたが、僕が本物の化け物なのをまざまざと今実感していた。僕はまさにエンジョイしていた。擬態しこれまで経験してきたどんなことより、ただ純粋に楽しんでいた。
(なるほどね……つまりこんな感じかな……)
僕はだから復習がてら、ザッキーの額に口づけをした。彼の記憶を操作して、丸ごと今日の出来事を消す。まるで何もなかったみたいに、食べた魂も全部返して、何もかもつじつまが合うようにする。やることはとても簡単だったが、その工程に恍惚として、終わるのが惜しくて朝までじっくりそのまま過ごした。彼の魂はとても熱くて、オレンジみたいに爽やかで、もうこれが味わえないだなんてと、獰猛な未練と戦った。僕は覚えておこうと思った。今のすべてを僕に閉じ込め、ずっと大事にとっておこうと。