雨降りのドライブ
昨日の雨がとてもきれいでした。関係が始まる物語なのですが、気持ちがすれちがっていて、ある意味バッドエンド的なので苦手な方は注意。バキジノバキ。R指定の基準がよくわかっていない
「あの…俺、どうしていいのかわかりません。」
「……」
「なんとか、言ってくれませんか?」
試合前の非公開の午前練の終わり。声をかけた椿を無視するかのようにそのまま運転席に乗り込もうとする王子に驚き、椿は閉じられそうになっている彼の愛車のドアに手をかけた。このドアを閉めたら王子はそのまま帰ってしまう。
「ちょっと、やんちゃだね。わかるだろう?ボクはそういうのは苦手だよ?バッキー。」
王子の表情が少し曇ってしまったのをみて、椿はすっと自分の体温が下がったのを感じた。
先週、椿は何度も何度も自分の中で真偽を検討した結果、とうとう抑えきれない自分の気持ちを王子に打ち明けていた。だが、王子の態度といえば、その後もなんらかわりなく、相変わらず飼い主と飼い犬のようではあるものの、チームメイトとしての当たり前の関係がそのまま続いていた。全く変わらない王子に耐えられなくて、今日はもう一度決心して、やっとの思いで声をかけたのだった。覚悟は何度も決めていた。拒絶されることも。なのに、もう、泣きそうだ。それでもそういう場合ではないので椿は両手の拳をぐっと握りしめながら続けた。
「嫌なのはわかっています。でも…」
「キミがどうしていいのかわからないというものを尋ねられたって、ボクにわかるわけがないだろう?」
「はっきりしたいんです!王子。はっきりとした返事が欲しいんです!俺が王子に言った好きって言った意味を、わからないふりしないでちゃんと相手してください。」
「わからないふりでもなんでもないよ。キミがボクを好きなのは言われる前から知ってる。ボクもキミを気に入ってる。そう言ったろう?それの何が不満なの?それ以上何があるっていうんだい。」
「…子供扱いしないでください。」
不愉快な目線に飽きれるような溜息を一つ。
「そうされて欲しくないならば、子供みたいな真似はやめることだね。」
どいて、と言いたげに王子はドアにかかった椿の手を払った。が、椿は手をはずすどころか王子の腕を逆に掴んだ。
王子はムッとした後、少し苦笑を浮かべて、「午後の予定は?ないなら一緒にランチでも。乗って。」と言った。
(…甘いね、ボクも。)
沈黙の車内に居心地の悪いものを感じたまま俯いていると、いつの間にかお店についたようだ。車を降り、エレベーターに二人無言で乗り込む。ついたよ、と施されて入ったビュッフェスタイルの店内は、とてもにぎやかで明るく、憂鬱な椿の気分をより一層暗いものにした。
「ま、取りあえず、好きな物、なんでも沢山食べるといいよ。」
明るい口調に、明るい笑顔。大好きな王子の姿が辛い。元気のない飼い犬に美味しいビーフジャーキーを与えるかのようなその気軽さが。励ますようなその気遣いが。あれこれと王子の運んでくる料理が椿の大好物だらけなのと、いつもの変わらぬ王子の話。こうしてわざわざ二人の時間を取りつつも、王子が明快な結論の話をする気がないのは明白だった。ふと気づくと、席の隣の全面ガラスの大きな窓には細かな水滴がついていた。椿の目線を追い、王子は今日の天気は雨だったかな?雨って苦手なんだよね、と言った。椿は、はい、そうでしたよね、と言った。
車に戻り、エンジンをかけながら
「あんまり、楽しめなかったかな?」
と王子が言うので、椿は、悲しくなった。ごめんなさい、王子。これはもう、俺の欲しいものじゃない。ごめんなさい。椿がこれといった返事をしないので、王子もそのままなんとなく、「雨降りだと髪の毛が落ち着かないよね?」などと言いながら掻き上げていた。
「あの…。俺、…好きなんです、王子のこと。」
「わかってるよ。」
「…恋人になって欲しいんです。」
「だろうね。」
「ダメですか?」
「無理だろうね。」
びっくりするほど即答だった。なぜ、という思いと、やっぱりという思いが交錯し、椿は息を飲んだ。出ようか、と言って王子はエンジンをかけた。フロントガラスに雨が弾く。悲しい気分なのにとてもきれいだ。右に左に動くワイパーが、まるで椿の心のように見えた。どれだけ左右に振れようとも悲しみは際限なく降りそそぐ。諭すような王子の優しい言葉のように際限なく。
「…俺が悪いんですか?」
「いいも悪いもないよ。でもそういうのはゴメンだ。」
「俺のこと、好きだって言ったじゃないですか。」
「好きにも色々あるって話さ。それに、まずキミも勘違いしていることだしね。」
「勘違い?」
「キミの向けている感情は恋愛感情でも何でもない。子が親を慕う親愛の情の様なものさ。親は自然にそれを許してしまう。そういうのは恋人とは言わないんだよ。」
「俺、そんなつもりじゃ全然ないです。」
「わかってないところが問題なんだよ。」
こんな、落ち着いた口調で話す王子は初めてだ。いつもとはまるで違う。言ってることは冷静で鋭利で椿を拒絶しているのに、その仕草、表情が、あまりにも優しかった。
「どうしたら恋人になってくれますか?」
「今のままではいけないかい?違いはないだろう?」
雨粒が降り注ぐ。淡々と。たまらない。こんな優しく残酷な言葉、一気に振り払ってしまいたい。もっと車のスピードを上げて、ワイパーを速めて、吹き飛ばしてしまいたい!なにも考えたくはない!
「…俺は…王子とセックスがしたい。」
線を超える一言を、やっとの思いで口にした。口の中がからからに乾いていた。
「欲望の埋めあいのパートナーをボクに求めているというわけかい?」
「……」
「バッキー。性処理の問題と、ボクの思う恋人とは全く別のものだよ。これはわかるよね?」
諭すような王子の雨が降りやまない。なぜ?椿は、もう我慢の限界で、二人の関係を壊してでも体を欲していた。何もかも終わらせてでも、それでもいいと思って口にしたのに、わざわざそれを再認識させる。わかりたくない。知らないふりをしておきたい。
「キミがどれだけボクを欲していようと、互いの快感をむさぼろうと、キミのそれはボクの思う愛ではない。親子でセックスをするのはおかしいことだよ。」
「う…」
「不健全な関係となるだろう。ボクは理解しているが、キミは本当に理解していない。それはキミを最終的に傷つけることになるよ。」
「わ…わかりません。傷とか不健全とか!そんなのどうでもいい!」
「…だろうね。」
「俺は王子が欲しいです。」
「さっき、言ったよね。キミが求めるものは、無条件にボクは許してしまうんだよ。言ってる意味がわかるかい?」
「…じゃ、俺の欲しいものをください、今すぐです。」
「…いいのかい?それで。」
「それを決めるのは王子じゃない。俺です。」
「…キミはそうやって…必ず後悔する日がくるよ。」
「今、後悔しない事が大事なんです。」
じゃあ、今からどこへ行こうか、二人で。あてどもない迷子のドライブ。雨は止まず、立ち止まることもできない。
「ボクはキミを許すけど、こういう結果は非常に残念だよ。今日で少し二人は変わってしまうだろうね。」
「ボクはキミの誤りを許してしまう、そんな自分のことを決して許せはしないだろう。」
