お花結び

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たくさんのことを生半可に知っているより

バキ→ジノ シャワー室でジーノの体に劣情を抱いてしまった椿がその後時間をずらして鉢合わせを避けようとするのですが、運悪く遭遇してしまうお話。意地悪ジーノが椿を前に少々素直になるように努力しています。

たくさんのことを生半可に知っているよりは
なにも知らないほうがいい。

by ニーチェ

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「椿!お前、まだ残ってたのかよ!」

練習が終わってもずっと一人ピッチでドリブルやリフティングをしていた椿に赤崎が声をかけた。

「あ、もう少ししたらあがるっス」
「もう少ししたらじゃねーよ、なにやってんだよ!」
「えっ」
「えってお前、今日は王子が!」
「なんですか?」
「王子が今日、めちゃくちゃ遅刻して来たろう?そういうときは早く帰らないとダメなんだよ!」
「?」
「だから!王子に迷惑かかっ…!!!っクソ!もういい。とにかく今すぐあがれ!」
「っ!!スイマセン!!あがります!」
「ったく。じゃーな」

なんだか意味がわからないが怒られた椿は足早に去っていく赤崎を横目に慌ててマーカーやらボールやら片づけをはじめた。トップチームにあがりたてなのでまだまだ把握できてないルールが沢山ある。

(俺ってほんと、ダメだな。色々教えてもらわないとわからないことだらけだ。)

情けない気持ちで、足早にロッカールームに向かった。

「お…王子!」
「バッキー?なんだ、まだいたのか。」

王子が少し驚いたように脱ぎかけていたユニフォームを元に戻しながら振り向いた。「まだいたのか」はこっちのセリフだった。椿が毎日居残り練習をする元凶のその人がのんびりまだそこにいたのだから。数日前にシャワー室で気づいた自分の中の王子への劣情。絶対に気づかれてはいけないと考え、わざわざ居残りをして練習後のシャワーの時間がバッティングしないようずらしていたつもりだったのに、なんてことだろう。

「…弱ったな、これ以上はあんまり時間が…」
「え?」

あまりにも小声なので王子の言ってることが聞こえなかったが、ちらっと時計を見たので時間を気にしているのだけはわかった。

「いや、いいんだ。バッキー、汗がすごいね。シャワーお先にどうぞ?」
「あ!いえ、大丈夫です。王子が先に!俺待ってますから!」
「…先にって…困ったね…」

眉を寄せて王子は困ったような微笑を浮かべた。

「俺、別に遅くなってもかまわないんで!王子、このあと予定かなんかあるんですよね?」
「別にいいよ。先輩だからお先にとかそういうこと気にしなくって結構。」
「え…でも…」
「キミそんなに長風呂でもないでしょう?」
「それはそうですけど」
「どうぞ?」
「あ…えっと、王子こそ気を使わないでくださいホント大丈夫なんで!」
「……」
「王子?」

彼は目を細めて何かを考えているような感じで少し押し黙った後、ぽつりとこう言った。

「バッキーって、ホントびっくりするほどバカで鈍感で無神経なとこあるよね。」
「!す……すいません!!なんか失礼なことしましたか??」
「…ホメてるんだよ。」

王子の困ったような微笑はいよいよもって苦笑にかわっていた。

「そんな言い方しないでください…。王子…俺…」

思わず声が震えた。

「俺ホントいろんなことよくわかってなくて…そんなつもりないのに周り傷つけたりして…」
「バッキー?」
「こんな自分がいやなんだけど、焦ったりしたら尚更周り見えなくなって余計に」
「…あのさぁ」
「さっき、赤崎さんにも怒られたんです。なんかよくわからないけど俺、王子に迷惑かけてるみたいで…俺全然わかんなくて、ホントごめんなさい。」

なんだか胸が締め付けられてしまって、情けなくていつのまにか目から涙が浮かんできた。王子が言うように自分がバカで鈍感で無神経なことは椿自身よくわかってることだ。一生懸命迷惑かけないように頑張っているつもりだけれど、チキンだし結局いろんな迷惑を周りに掛けてしまう。次からは迷惑をかけないぞと心に誓うのにやっぱりこうやって人に嫌な思いをさせるのだ。それは椿の中にある大きな大きなコンプレックスだった。そして今回に関しては、よりにもよって敬愛やそれ以上の感情を向けている王子相手だっただけに、そのダメージはとても大きかった。こぼれる涙をグシグシとユニフォームの袖でふいていて、王子が目の前にいることを急に思い出し、ハッとして顔を上げた。

「あっ、すいません、俺」

王子は澄ました顔をしてメールを打っていた。

「あ…あの…すいません…こんな、いい年して泣いちゃったりして…」
「我に返った?」
「す…すいません…」

冷たい目線にまた涙があふれてきてしまった。

「キミって、ホント、無神経。ボクの話、全然聞く気ないのかな?」
「あぅ!!…そんなことないです!聞きます!」
「あのね?ボクが言ったこと。キミの、いいとこだよ。」
「え?」
「聞こえた?バカで鈍感で無神経。ホメてる。」

その顔は全く無表情で、とてもつっけんどんだった。王子はこんな顔もできるんだとちょっと驚いた。

「…すいません。聞こえたけれどホメてるようには聞こえません。よくわかりません…」
「ホメてるんだよ。」
「でも…怒ってますよね?」
「怒ってるよ。」
「…ですよね…」

バカで鈍感で無神経で、ホメていて。それで怒っているなんて…。王子の考えてることがさっぱり理解できずビクビクした。

「バッキー、ボクはね?バカはバカでも学習しないバカは嫌いなんだ。」
「はぁ…」
「もしかしてキミは人の話を聞かない、学習しないバカなのかなってちょっと不愉快になった。」
「!」
「シャワーの話にしても、ホメてるって言葉も。何回もボクの話無視したからね。」
「…すいません。」
「キミ、ちゃんと聞く耳は持ってたと思ってたんだけど。」
「うぅ…すいません。俺、そんなつもりじゃなくて…」

ロッカールームの入り口に佇む椿の元に、つかつかと王子は近づいてきて、顎に指を添えて俺の顔を持ちあげた。

「…涙とまんないね。」
「す…すいま…」

そっと指先で俺の涙を拭う王子の顔は少し優しい表情にかわっていた。

「…ちょっと言い方悪かったね。ごめんね。そういう性格なんだよ。傷ついた?」
「……」
「言いなおす。ちゃんと聞いてくれる?」
「は、はい」

椿の背中に手を添えて、椿自身のロッカーのところに腰かけるように施されたので、ちょっと居心地が悪かったが素直にそこに座った。ロッカーに座る椿の前に立ち、いつものように腰に手を当て、見下ろすようにしながら王子は言った。

「あのね?キミはバカだけど、かしこいバカだから。」
「?」
「キミのバカは無知のバカ。ちゃんと説明したら理解して次からはまちがえない。」
「そんなこと…そうでしょうか…。」

思わず違うと言いそうになった。俺はいつもいつもおんなじ過ちを繰り返してる。だが、話を聞かないことで怒られたばかりだったのでそのまま素直に聞いた。

「ほらね。一度言えば次から気を付ける。ちゃんと学習できてる。ボクの話、ちゃんと聞けてる。」
「あ…」

王子は満足そうに笑った。

「それと…キミの鈍感さは、美点だよ?」
「…」
「そういうとこでボクも救われてる時あるしね。」
「え?」
「勝手に色んなことを察知して先回りなんてしない。その時の自分の感覚で、自分を中心に物事をありのままに捉えてとても素直にシンプルに行動する。」
「あ…いや、配慮とか、事前にちゃんと考えてるつもりなんですけど、うまくやれないんです。」
「そんなこと、うまくやる必要なんてあるのかい?」
「自分のことをひどく自分勝手に思えて…。辛いです。迷惑じゃないですか?」
「迷惑?そうでもないよ?大切じゃない。世の中にはなんでも先回りしてしまって、本当に言いたいことが言えなくて、どうしても自分中心にやれない人間もいるんだから。」
「え…それって誰のことですか?」
「ん?誰かな?フフフ」
「…」
「ま、不必要な心理戦って、時にはくたびれるものなんだよ。バッキーは色々鈍感で余計な気遣いしなくていい言い分、こっちも気楽。」
「…・あ…ホントですか?」
「そう。」
「…どうも…。」
「理解してほしいことは言えば理解する。触れてほしくないところには最初から気づかないから踏み込んでくることもない。いいことだよ。」

「でも俺、無神経なんですよね?それはいいんですか?」
「無神経も無知からくるものだろう?キミのそういう愚かなところは愛嬌だよ。」
「…愚かって…」
「無神経がさっきみたいなケースになると多少イラッとするけどね?」
「す…スイマセン!」
「フフ、ボクも悪かったよ。変なスネ方しちゃったよね。悪い癖なんだ。」
「…いや、そんな…」
「キミのそういうところは時には人を傷つけることもあるけれど。重要なのはキミには悪意がないところだよ。」
「そ、それは勿論!」
「美点だよ。」
「あ…」

ちゃんとわかってくれている、この人は。見ていてくれている!そう思うとまた涙がワッとあふれ出てきた。

「随分、泣き虫なんだね。」
「す…すいません、ホント。」

「あと、自分はやだけど、キミの無神経さが意図なく他人をばっさりと切りつけてるのをみるのはたまに痛快。」
「え?そんな!」
「ボクって性格悪いよね、フフフ。ホント、意地悪。」

こみ上げる笑いが収まらないのか口に手をあててクスクス笑って少ししてから、こう続けた。

「キミはまだ、いろんなことを知らない。いいことも。悪いことも。なんにもね。いいんだ。今はそれで。キミにはちゃんと人の話に耳を傾け、それを身につけ、自分のものにしていく能力がある。ボクからみた君の一番の美点は、その素直さと貪欲な吸収力だよ。」
「王子…」
「焦ることなんてない。大丈夫。ちゃんとキミはやれてる。」
「う…」

気持ちが一杯一杯になってしまって、止めどもなく涙があふれて、もう顔がぐしゃぐしゃになってきてしまった。あんまり泣くので王子はまた溢れる涙を指で拭いながら椿をじっと見つめた。吸い込まれるような深い色をした目だった。

「キミは伸びるよ。ボクが保証する。信じる?」

「あ…は…はい。はい、王子!王子の言うこと、俺、信じます!」
「そう。いい子だね。ボクは意地悪だからね。簡単には人にこういった重大な声掛けをしない。キミはわかってるね。今の言葉の意味の重さ。ボクがどういう気持ちでこの言葉を伝えたのか。ちゃんと聞いてくれてる。よかった。とても嬉しいよ。」
「王子…!王子…!」

何度も何度も王子が指で涙を拭っても次々に涙が出てくるので、諦めたのか椿の頭を優しく撫でてこう言った。

「ん~、一杯泣かせちゃったね。やっぱりタオルが必要かな?フフフ」

…タオル?あ!そうだった!
「あの!王子!シャワー!時間が!予定があったんですよね???」
「フフフ」
「すいません、俺、ホント、もう…どうしてこう…」
「鈍感だよね。」
「ホント、すいません、俺!」
「鈍感だって言うのは、ボクを見てなかったってことだよ。急いでいたらキミにこんな風にずっとかまけてられないだろう?」
「え?」
「予定、キャンセルした。さっきメールで。」

メール?あ、随分前にそういえば…。

「…すいません!大丈夫だったんですか?」
「だから、ダメならここにいないよ?」
「あ…あの…。ホントすいません。」

「フフフ。今日は後何回そうやってボクに謝るつもりなのかなぁ?キミのそういう抜けたところ、ホントかわいいよ。」
「すいま…。あの、今、自分にガッカリしています…。」

王子はしゃがんで、やさしく椿の耳にかかる髪を掻き上げて笑った。

「…君は、とっても、いい子だよ。」

   *  *  *

「それにしても、バッキー」
「はい、なんでしょう?」
「ボクがさっき、シャワーお先にって言った意味は…やっぱり理解できていないよね?」
「…はい…全然。」
「だろうね。」

クスクスと意地悪そうに笑っている王子とは対照的に、やっと涙が乾いてきた椿は申し訳なさそうにうなだれていた。

「わざわざ一緒じゃなくて、お先にって言うにはなんかわけがあると思わない?」

「え?…そうだったんですか?全然気が付きませんでした。」
「じゃ、あれだよね。遅刻してきたことについてはどう思った?」
「寝坊じゃないんですか?」
「じゃあ、ボクが襟を立てる理由なんかも全然だよねぇ…」
「…かっこいいから?」

アッハッハッ!!と王子はこらえきれなくなって思わず大声で笑いだした。

「…そこ、笑うところなんですか?」
「ホント、キミ、愉快だよ。」

「すいません。鈍感なので、さっぱり意味がわからないです…。教えてもらえませんか?」
「…そうだねぇ~。どうしたものか…。」
「…」

腕を組み、なにやら考えるようなそぶりをしながら王子は自分のロッカーのほうへ歩いて行った。

「かわいいけど、そういうとこ、ちょっと視野狭いかもしれないね?」
「…すいません。サッカー選手としては致命傷ですよね…。」
「ああ、ごめんね、悪く言ったわけじゃないんだよ。狭いっていうのは語弊があるね。こういうのは経験と慣れの問題だから、まだ若いし気にすることないよ。まあ、若いって言ってももう10代でもあるまいし、普通はそうもいってられない年齢だけどね。キミならしょうがないかも。目端が利かないのもね。」

そういいながらもまたクスクスと左手を口元に寄せてこらえるように笑っていた。なにがそんなにおかしいのか椿にはさっぱり理解できなかった。

「教えてほしいんだよね?」
「はい」
「ん~…。わざわざ口に出して人に説明するのはねぇ…。」
「え?」
「ほら、ボク、シャイだからさ?」
「あ…言いにくいんだったら、俺、別に…大丈夫です。」
「フフフ。面白い。ボクのちょっとした試練になっちゃった。」
「??」
「キミは知りたいけど、わからない。ボクはわかってほしいけど、言いにくい。」
「あの…。」
「…OK、大丈夫。…ペット相手にいろんな練習するのもいいものだよね。」

ニヤニヤした口調で話しながらロッカールームをうろうろしていた王子だったが、くるりと踵を返して、歩調で再びこちらに戻ってきて、急に飄々とした感じで、椿に言った。

「これでも、ボクは色々気を使ってるんだよ。」
「はい、わかります。」
「そう?ホントにわかってる?」
「え?…あの、俺のわかる範囲でなら、ですけど。」

鈍感の連続でわかってないことだらけだという話をつい先ほどまでしていたのに、ついわかっているなんて偉そうなことを言ってしまった。椿は、わかってるの言葉を、慌てて少し言い直した。王子はそんな椿の心の波風を知ってか知らずか、そのまま話を続けた。

「襟を立てる癖があるのも、遅刻してきたのも、最後にシャワーに入ろうとするのも、同じ理由だよ。」
「…全然わかりません。」
「露骨なことを赤裸々にまわりにさらすのは苦手なんだ。」
「露骨?」
「たまにね。あるんだよ。」
「?」
「こういうこと。」
「え??あ!!!」
「さすがに、キミも見れば意味わかるんだ?」

王子がほんの少しユニフォームの襟ぐりを指でずらすと、白い鎖骨や首筋、肩口に赤いうっ血した印がいくつもついていた。その意味を一瞬にして把握した椿は、真っ赤になって目を見開いていた。

「フフフ、バカにしてごめんね?もしかしたら、それなんですか?病気かなんかですか?なんて言うかな、とか思っちゃった。」
「…!!」
「この印のこと、内緒だよ?」

肩口を元に戻して口に人差し指をあてて、内緒のポーズをした王子はなんだか艶めかしかった。

「は…はい…なんか、すいません、俺全然わかんなくて!」
「試合って中継とかあるじゃない?以前これがカメラで抜かれてバッチリ映っちゃって騒ぎになったことがあったんだ。それ以来、痕があるないに関わらず襟立てるようにしたんだよ。うっかりしないようにね。」
「すいません、かっこいいからとか単純に考えてて…」
「いや?まあ、それも少しはあるからはずれじゃないよ。ハハハ」

王子は笑った。

「でね?ボクはたまに彼女が興奮しすぎてこんな目にあっちゃった夜の後、数日間連続で遅刻する。」
「…今日みたいにですか?…」
「着替えの時、みんなに変に意識させちゃったら悪いからね。みんながグランドで練習始めたころにゆっくりここで一人着替えるんだ。まあ、これくらい赤黒くなっちゃって、あんまりひどいときはって時だけどね。そうじゃないと毎日遅刻になっちゃうし?」
「…あ、あぁ…」

なんだか急に気恥ずかしくなって、心臓がドキドキ騒いで、とても王子を見ていられなくなって椿は俯いた。そうだ、王子なんだもの、そういうことってきっと日常茶飯事なんだ。そんな風に普通に、自然に、夜の秘め事が行われていることも、その痕についてさりげなく気をまわしながら王子が生活しているなんてことも、椿には全く想像もしていないことだった。

「だから、みんなと一緒にシャワーとかさすがに…。キスなんて、ここだけにしてるものじゃないから尚更、ねぇ?」
「えっと、もういいです、王子、もう…」
「ちょっと、いえないようなところにだって当然ついちゃってるから。」
「王子!わかりました。もうわかりましたから!」
「フフフ。そうだね、理解できたんだろうね。お利口だね。バッキー。」
「ごめんなさい、ごめんなさい、王子。」
「なんか驚かせちゃったみたい。キミ、本当に全くわかってなかったんだね?」

俯く椿の頭を優しく慰めるように撫でた。

「だから、そういうわけで、マナーとして、ボクの体を見なくて済むように、キミに先に帰って欲しかったんだよ。」
「…ホント、俺、察しが悪いです…」
「暗黙の了解っていうのも、厄介な風習だよね?キミみたいなタイプには。」

そりゃ王子、説明しにくかったろうなぁと、今更ながら王子の「わざわざ口に出して人に説明するのは」という言葉が胸に突き刺さった。なんてことをこの人にわざわざ説明させてしまったのだろう。

「あれ?知りたがった割には、ちょっと、反省しちゃったりしてるんだ?」
「…はい、俺、無理矢理言わせちゃって、せっかく王子が気をつかっているのに、そういう見せたくないものまで見せなきゃいけなくなっちゃって、ホント申し訳ない気持ちで…、もう、つぶれてしまいそうです。」
「ふ~ん…。」

なにか不穏な空気が漂った。

「?」
「じゃ、ちょっとお仕置きだ?頑張ったボクに対しても秘密のご褒美がないとねぇ?」
「…え?」
「言っとくけど、みんながみんなキミみたいに鈍感なわけじゃないよ?」
「えっ!なんですか?」

王子は急になにかとても意地悪な物言いで椿に絡んできた。急に、なんだろう、何を言い出すんだろう、この人は。椿は艶めかしさでドキドキしていたのとはまた違う、動揺のドキドキを隠しきれなかった。

「さっきも言ったけどさ。浴室は広いのに、わざわざ一緒じゃなくて、お先にって言うにはなんかわけがあると思わない?」

「え?」
「普通はそう思うものだよ、バッキー。」
「はぁ…」
「ボクには理由があったけど。なぜキミまでお先にって言ったの?それも何回も。」
「!」

しゃがんで椿の顔を覗き込むようにしながら王子はなんとも意地悪そうな、逃がさないよとでも言いたげな威圧的な笑顔でじっと見つめた。

「キミと違って、ボクはなんとなく察しはつくけどね?でもボクがキミにしてあげたように、キミにも説明してもらわなきゃ不公平だよね。」
「…!あ…あの…」

「別に慣れてるから、平気だよ?」
「な…なにをですか?」
「え?またボクに言わせるの?」
「え…いや…あの…」

ふ~ん、と言いながら王子は椿の頬をかるくつねった。

「痛ッ」

「あのね、キミがあれ以来ボクを避けてるのもボクが気付いてないとでも思ってる?」
「あ…あれ以来?」
「一度キミとシャワー室で話をしたことあったじゃない。」
「!」

ばれてた!椿がわざわざシャワー室で会わないように時間をずらしていたことを!いや、さすが王子、考えてみれば気づかないはずはないよな、と思いながらも、自分が窮地に立たされていることを考えると、もうどうしていいのかわからなくて、ただただ口をパクパクさせる他なかった。

「あれ?なんにも言わないね。シラを切りとおす気?このボクを相手に?なかなかすごいチャレンジだね。」
「あ・・えっと……!!!」
「ふ~ん…キミ、ボクがあの時なにを見たかまでも言わせたいつもりなんだ?」

(な…なにを…って、え?)

「あの時、映ってたよ。鏡に。あれ。」
「あれって…まさか!!!」
「そのまさか。キミの。ああなってた、あれ。」

あまりのことに、椿はもう、頭が真っ白になって、もうなにがなんだかわからなくなっていた。

あの日、初めて練習後にシャワー室で王子の裸体をみた時。思わず、あらぬ興奮を覚えてしまった椿はその興奮の証を隠すかのように急いでシャワールームの個室に逃げ込んでいた。そのあと、不意に王子はカーテンを開け、椿の後ろに立ってなにやら色々話しかけつつサラリと去っていたのだけれど…。あの時、肩に触れた王子の手の感触や鏡越しに映る王子の淫靡に反応せざるを得なかった、鏡に向かってしゃがんだまま振り向けない椿の理由であるところのあの一点を。あの一点を王子もまた椿が王子を見ていたのと同様に、鏡越しにそれを見つめていたのだった。

隠し通せていたと思っていたのに。
王子が気付いてしまったことを今日の今日まで、椿の気付かせないままにして。

「…王子、俺…ごめんなさい!あの!」
「それ、謝ることなの?」
「え!だって、俺…男の、それも、寄りにも寄ってチームメイトの王子のことみて欲情してしまうなんて、そんな…」
「慣れてるって言わなかった?」
「!!!」
「ん?」
「変なんです。俺、ホント、ごめんなさい。」
「…」

王子の顔からは意地悪な笑顔は消え、ふと優しいような淋しいような、不思議な微笑に変っていったのだが、椿はしどろもどろするばかりでその変化に気づくことはなかった。しばらく沈黙が流れた。

「王子?」
「…若いとさ、やたらと、そういうことってあるものだよ、バッキー。」
「いや…でも、さすがにそれは俺、王子にすごく失礼で!!」
「だって、やろうとしてやってるわけじゃないことでしょ?不可抗力。」
「うぅ…」
「よくあることだから。ボク。ノンケの人もなんかやたらその気にさせちゃったりすることあるみたいで。」
「……」
「運の悪い事故みたいなもんだよ。確認だけど、キミ、別にゲイとかでもなんでもないでしょ?」
「…はい、初恋は普通に女の子で……って…なんでそんなことを?」
「キミに問題があるわけじゃない。問題は事故を起こさせるボクのほう。でも、それも別にわざとではないし、ボクのせいでもない。わかる?ボクは男に欲情されても特に気にならない。だからキミも変に体の反射について気にする必要ないんだよ。」
「……」
「さすがに、みんながいる前で堂々とやたらめったらあんなんになっちゃってたらその相手が男であろうと女であろうとドン引きだろうけどね?」
「あ…」

現場を想像して眩暈がした。

「下品な言い方になるけど、たまってんじゃない?セックスとか日常から普通にしてないから、そういうややこしいことになっちゃうんだよ。」
「!」
「そもそも、サッカーって種目に適した人種って、闘争本能が強いっていうか、性的に盛んなタイプが多いらしいよ?我慢してないで、もっと彼女とかと積極的に楽しめばいいんだよ。」
「い!いるわけないじゃないですか!!!」
「あれ?そうなの?なんで?宗教的な理由とかそういうこと?」
「なんでそうなるんですか!違います!」
「あ、いるのは彼氏とか?じゃ、彼氏相手でもいいじゃない。」
「そんなわけないでしょう!俺、もてないだけです!」
「ふ~ん…そうなの?じゃ、あれだね、ちゃんと自分でこまめに出してあげるようにしなきゃだね。」
「ちょっと!王子ッ!」
「なに?」
「いい加減にしてください!」
「なんで?だってセックスしないんだったら、自分でするでしょ?普通に。いくらなんだってねぇ?」
「…そりゃ…でも人に指示されたり、話をすることじゃないです、そういうこと!」
「そ?」
「そうです!」
「なんで?」
「え??な…なんでってそんな!!それが普通です!」
「えー?なんかそれだとボクが異常みたいじゃない?」
「ちょっ…!異常とかではないですけど…あの…なんというか…。日本は王子の思うほど情熱の国ではないんです。文化の違いっていうか…」
「フフ、ほんと、キミ面白い。こんなとこで文化を持ちだすの?」
「いや、あの、だって…その…」
「こういうのは、異常とか、文化の違いとかそういうんじゃないよ?単に意地悪っていうんだよ。フフ、ボクってホント性格悪い。」
「!」
「…ま、冗談はこの辺にしておいて。」
「じょ……冗談!?」

「…念のため、誤解がないようにさっきの話に一言付け加えさせてもらうけど。真面目な話。ボク自身はゲイだとかバイだとかそういうものに関して特に偏見はないし寛容なほうだから。キミがなんか変に男相手に云々みたいに悩んじゃってたみたいからそういう言い方をしたけどね。こういう性的なタブー感というのは国の文化も勿論影響はあるだろうけれど、それがすべてじゃない。」

「イタリア系なのか、日系なのかなんてあんまり関係ない。ボクには繁殖の意味を外して考えれば、セックスの対象について性差を限定してしまうことについては理解しかねる。けれど、こういう男の世界の場合、欧州なんかでもチームメイトにゲイがいるってことになると意外と深刻な問題に発展しかねないらしいんだよね。むしろ、日本よりもタブー意識が強かったりもする国もあるし、公的にゲイの結婚だって認めている国もある。そしてその国の文化に関わらずいろんな人がいるし、ましてや、チームによっては様々な国籍の選手と寝食を共にすることが沢山あるだろう。」

「だから、バッキー、一応、こういうことはゲイにとっても、ゲイじゃない周りの人たちにとっても、非常にセンシティブな問題だから日常生活の中では色々と…迂闊な…たとえば変に差別的な発言をしたり、逆に強く肯定するような発言をしてしまうことでトラブルに巻き込まれたりしないように気を付けるに越したことはないよ。…なるべく、ね。なるべく、明言は避け、あいまいにしておくのがベターかと思う。そして、万が一実際に危ない場面に遭遇するようなことがあるならば、自分自身の個人的な価値観として、そのことについて真摯に相手に伝えるべきだ。YESでも。NOでも。」

椿が悩んでいること、そのことについて問題がないのだとこと。さらに、そういうことについての社会的な倫理観の問題についてのこと。王子の洞察力とその思考は、椿にとって想像できないくらいに深く、到底かなうわけもないほどで、さらに深い敬愛と尊敬の念を感じざるを得なかった。「慣れている」といった王子は、もしかしたらまさにそういう危険な場面を何度もかいくぐってきているのかもしれない。

「ボクらはこれから少しずつ信頼関係を作っていくんだよ、バッキー。」
「あ…それはもう…とても…光栄で、感謝しています。」
「ボクはちゃんとキミを理解するよ。」
「…はい!」
「そんな体の反射反応のような些細なことに戸惑い、意識して、とらわれてる必要なんてサラサラないのさ。」
(些細なことって…。)
「そして、キミにボクを理解させるために、ボクは説明を厭わない。わかった?」
「…あ…ありがとうございます…」
「ん、いい子だ。」

些細なこと?今、王子はとても自分に素晴らしいことを言ってくれているのに。なんだか椿は腑に落ちないもやもやを感じていた。よくあるような体の生理的な反応?王子はそう捉えている。そうだったんだろうか。今、椿は自分の中にある自分の気持ちがイマイチつかめなくて、ザワザワしたものを感じていた。でも…そうなのかもしれない。王子がそういうのだから。そういうことにして終わらせておくべきことだということなのかもしれない。

「フフフ、なんかさ、結局全部ボクが言っちゃったね。ずるいよバッキー。」
「すいません…。」
「ま、いいさ。ついボクはキミを甘やかしちゃうみたいだねぇ。」

長々と話をしていたので、随分遅い時間になってしまった。

「じゃあ、親睦を更に深めるためにも、良かったら今日はこれからご飯でも一緒に行こうか?」
「あ!よろこんで!」
「シャワー…どうしようね?」
「えと、速攻で俺、先に入ってきます!!」
「…キミって本当に無神経だね。」
「え?」

「キミはもうボクの秘密をみたんだろう?」
「?」
「キミの秘密ももうボクは知ってる。」

「行くよ、バッキー。用意をしよう。二人だけなら、別々に入らなきゃいけない理由なんて、ボクらには、もうないんだからね。」