雨と涙、青空と笑顔
雨降りの嫌いなジーノとタッツミーのお話です。シリアスチックしんみり風。出来てない二人です。ジノタツというよりジノ+タツの感じ。タッツミー雨嫌いとかジーノの過去捏造もあります。1ページ目がタッツミーの気持ち、2ページがジーノの気持ちです。なんか近づくほどに千日手になって再試合。
達海猛の雨と夢
「やぁ、また遊びに来たよー」
練習後。ジーノがノックもせずに勢いよく元用具室のドアを開ける。テレビに向けていた体を少し反転させてジロリと不機嫌に達海が振り向くと男は文句を言いながら靴を脱いでいる。
「全く・・・この部屋は靴を脱ぐにしたってどこで脱いでいいやら」
一度雨に濡れた靴のままで上り込んで床をしとらせて怒られたジーノはその後渋々ながらも入り口で靴を脱ぐようになった。つま先立ちで歩きながらポーンとベッドに身を投げる。その上にしか居たくないみたいに。
「お前は遊びに来たって言っても寝て帰るだけじゃん。帰る時運転前に仮眠が必要なくらい睡眠不足とか、選手として不摂生過ぎるだろ」
苦笑いを浮かべて話しかけるとジーノはフワフワともう寝ぼけ眼。ニコニコ笑いながら、ちょっとだけー、なんて言いながらもうすっかり寝る姿勢。全く飽きれた男だった。
* * *
ジーノは達海にとって飽きれた男でもあり不思議な男でもあった。この優男がこの部屋でこうして眠る前の晩の夢に、不思議な法則があった。
達海は未だにあの時の、あの時期の夢を見る。思う存分ピッチを駆け、ボールを蹴り。そして最後に一歩も動けなくなって倒れ込む夢。もう慣れたものだ。今では甲子園で落球した野手なんかもジジイになるまでこんな夢に付き合ってるんだろうかなんて。目を覚まして鼻で笑ってみたりもして。そう、そんな夢で暗い中に目が覚めて、ほんの少し寝不足になってしまった次の日。ジーノはこうして部屋にやってくるのだ。
最初からそうだったわけじゃない。こんなことがあってからだ。
達海が二度寝であくびをしながら熱血広報に早く仕事しろと叱られながら部屋を出た時、向こうからあくびをしながら遅刻の貴公子が歩いて来ていた。
「やあ、おはよう、キミも寝坊かい?」
「あー、おそよう。なんだお前もか」
「のん気に挨拶してないで!早くしなさい!二人ともッ!!」
二人まとめて怒鳴られて、二人揃って首をすくめて苦笑い。
その日の練習後、どうしても眠い、と。少し寝かせて、と。そんな感じで男は部屋にやってきた。返事も聞かずに土足であがり込んだジーノは達海に脱げよ!と怒鳴られ、ぽけっとしながらベッドの際で靴をポイポイ、上着をポイポイ。どこまで脱ぐつもりだ、靴だけだよと呆れた達海をほったらかしに、男は脱ぐ手をふいにとめて、そのままスイッチが切れたみたいに寝入ってしまった。眠さのあまりわけのわからない行動をするジーノ。土砂降りの雨の、暗い空の日の事だった。
* * *
今日もまた。ジーノは子どものように枕を抱き締めのん気な顔をして眠る。外は雨。サーサーと音がしている。達海の足は気圧の変化にとても敏感だ。あの夢を見るのもまた、それに大いに関係していて。イングランドの暗い空を思い出されて。この部屋に来るジーノの靴はいつも雨に濡れていて。
「そういえばお前も雨が…」
窓を見つめ、独り言としてジーノに呟いたつもりだった。だが、振り向くと男は目を覚まし、じっと達海を見つめていた。達海は思わずドキリとしてしまう。その深い瞳に浮かぶ意味深な光。
「うん。雨…やだよね?」
雨が嫌などと、誰にも話をしたことがないのに。お前も雨が、しか話していないのに。ジーノは少ない言葉尻から当たり前のように達海の意図を汲んでしまう。二人の間で度々あるこの事象。達海は安らぐ時もあれば不快な時もあった。寄り添うようでいて、反対にそれこそ土足で踏み込んでくるぶしつけのようでいて。
ジーノはこんな些細な感情ですら読んでしまうかのように、ふいっと気儘でのん気な貴公子に戻って起き上がって伸びをする。
「あー、服がしわくちゃだー」
「上着そこだぞー」
「ありがとー」
髪を指で整え、上着を羽織り。来た時と同じように爪先立ちで入り口まで。靴を履きながらジーノは言う。
「タッツミー、枕さー。あれ、ヨダレ?洗っとくといいよ、ホントに全く汚いなー」
「あー?なんだよ、ちげーよ。お前のだろ?」
「ボクはヨダレなんか…。ま、いいや。ありがと、少しすっきりした。じゃ、またねー」
ジーノの意味深な笑み。ヨダレと腐す言葉が冗談だと、そしてそれが本当は何だかはわかっているよ、と言っていた。その輪染みが昨晩の夢で目からこぼれ落ちたものなどと、そんなことちょっとも気付いてほしくない。達海はなんと答えていいものかわからないままに、あー、と気のない返事で手を振る。そうしていつものように男は帰って、その後、独りの夜がやってくるのだった。
* * *
ジーノの来る前の晩に見る夢の法則のように、遊びに来たと眠って帰った日の晩の夢にも法則があった。変な夢だ。
倒れ込む達海の横に少年。ポロポロと大粒の涙を印象的な瞳から次々に溢れださせている。どうしたものかと困った達海は足の痛みを忘れ、子どもの頭を撫でてみる。すると泣く子どもはこういうのだ。
「泣かないで?もう泣かないで」
頭を撫でた拍子にキュッと達海に抱きついて、今度はワンワンと声を上げて泣き出した。泣いているのはお前だろう、と。さらに困ってオロオロしているとふっと状況が反転する。いつのまにか達海自身が少年になって涙をこぼしているのだ。そして誰かが自分をふわりと抱き締め、頭を撫でている。男が言う。
「泣いていいよ?うんと泣いていいから」
髪を梳く男の手があまりに優しく、達海はまるでさっきの少年のように大きな声を上げて泣いた。子どものように泣きじゃくる。まさに号泣。息が勝手にヒックヒックとしゃくりあげて、呼吸がとても苦しかった。そんな達海少年の背中を男が優しくヨシヨシとさすっている。彼の白いシャツは達海の涙ですっかりぐしょぐしょで、ついでに視線を落とすと靴もまたびちょびちょだった。なんだか妙に見覚えのある靴。
夢の中にも雨が降る。暗い空。重い雨。
涙にぬれた男のシャツだけでなく、なにもかもが全部ぐしょ濡れになっていく。泣くほどに強まる重い雨。次第に体が冷えて足が痛み始める。すると男がふわりと上着を。そう、ふわりと上着を脱ぐ。そして達海少年を雨から守るように頭からすっぽりと。ブカブカの服は達海少年の全身、膝までしっかりくるみ、その暖かさにふっと痛みが遠ざかる。
男に何か言いたくて、顔を上げ男の顔を見ようと…
* * *
そんなところでいつも目が覚める。ぐっすりと休めたような爽快な起床。夢の中の重たさとは雲泥の体の軽さ。不思議な朝。外は青空。昨晩降っていた雨はいつの間にかやんでいたらしい。
達海にはジーノがこの部屋に来る理由はわからない。でも、あの優男が来た日の夜の夢の理由はわかっていた。あの男の匂いが原因だ。このベッドで過ごした男の残り香が、過去の記憶の傷に苦しむ自分を癒す。夢見る理由はわかれども、癒される理由はよくわからない。
「さーて!」
ベッドのシーツに枕カバー。元気よく剥ぎ取って達海はドアを開け、事務所へ一直線。
「おーい!有里!これ洗っといて!」
仕事熱心な広報女史は今日も朝早く出社していて、早起きした達海に対しても、いつもと同じように怒鳴りつける。
「なによ!毎回自分でやってよって言ってるでしょ!洗濯室のあなた用のランドリーバッグ、満タンよ!」
「たまってんの気付いてんなら、やってよー」
「誰がやるか!」
「あー、なら俺が…」
「後藤さん!そうやって甘やかすからこの人はいつもいつもこうしてッ」
「じゃよろしくー」
ぼさっと後藤の机の上に洗濯物を置いて、達海は満面の笑みを浮かべながら事務所をあとにした。気持ちよさそうな伸びひとつして、ご機嫌で。まるで鼻歌すら聞こえてきそうな後ろ姿だった。
