ボクふられちゃったんだけど
出来る日が来る気がしないジノタツ。ジーノがド本命だった彼女に振られたと達海に相談しにいくお話。モブ苦手な人は閲覧ご注意ください。出会って間もない春先の本編で割愛されていた連敗の時期くらい。
達海の部屋にジーノが来る日。暗い空。雨降り二日目。練習帰りのちょっとした雨宿りがわり。そういう暗黙の。それが今日に限って違っていた。
ここ数日、ピーカンの高い高い空。今日は午前中にあった試合後の回復トレーニングも終わり、午後からは絶好のお出かけ日和だ。いつもなら鼻歌を歌いながら早々に帰宅するのがジーノの日常であった。なのにそんな素敵なはずの日に、かの王子様はくったりと達海のベッドで横になっていた。雨が降っているわけでもないのに。
実は少しご機嫌斜めの本日の王子様、オフ前日の楽しい夜のお相手に予定をキャンセルされていた。珍しくしょげている。ピッチ上では監督と選手。たまにくればベッドで睡眠して帰宅。奇妙な男が奇妙なタイミングで来たこの日。口にした言葉もまた奇妙だった。
「ねぇ…道徳が脳髄の衰弱なら、背徳はなんなんだろうね?」
「なんなんでしょーねー」
達海は日頃からこの男とはあまり深く接触をするのはうまくないと思っていた。自分と全く違うタイプのはずが何故か同じものを感じるこの男。どんな相手に対してもそれなりに飄々としていられるのに、この奇妙な男を相手にしている時に限って少しずつ自然でいられない自分に気が付きはじめていたから。ジーノの目は時に深い意味を持ちすぎていて、それが見えてしまう時胸が苦しくなり痛くもない足の痛みを感じたりしていたから。忘れていた自分の何かに無理矢理向き合わされる、そんな力を持つ男だったから。
「初めてだよ。道徳的過ぎるからって振られたの」
くしゅんと枕に顔をうずめる。
「お前の初めての“地獄の季節”ってか?うっわー。その物言い、俺苦手だわ。でもなんかお前のいれあげそうなタイプだな」
「まぁね。だからタッツミー、慰めて?」
「しらねぇよ。落ち込むお前はなんかホントうぜぇな」
「冷たいなぁ」
「お前は選手。俺は監督。もともとそんなプライベートな、しかもヘビーな話をしあう関係じゃねーだろ?誰と話してるつもりなんだよお前」
「しょうがないじゃないか…」
からかい半分に投げた言葉に、ジーノは少し上げた顔をもう一度くしゃんと枕に沈めていた。かなり重症らしい。ああ、と達海は思う。警戒心が強いタイプが一旦交際相手に心の隙間を作ってしまうと果てしなく脆くなり、こんな目に合ってしまう。達海にはよく理解出来た。自分自身が同じようなタイプだから。
「ボクの道徳的過ぎて寧ろ背徳的になっちゃうようなところが好きだって言ってくれたんだ。なのになんで?彼女はボクを知ってる。その上で好きだって言ってくれたんだ。ボクの求めてる物、全部理解してくれていた。愛してるって言ってくれた。何回も。何回もだよ?日本人なのに。とても理性的なのに情熱的な人で本当に珍しいタイプだったんだ。」
聞いている風でも聞いていない風でもない達海に向かってポツポツとジーノは呟き続けていた。なんの計算もない素の言葉なことがわかる。恥ずかしげもない程素っ裸な言葉。振られて弱くなったこの男はこんなに自暴自棄な感じでいきなり自分のスタンスすら全部投げ出してしまうのかと半ば呆れた。
「ずっとずっと二人で彼女の言うところの道徳的過ぎる背徳の中で、永遠に衰弱するような愛に酔っていたかったのに。ボクは見えたよ?その先になにがあるのか。ずっとこうしていけばいつかボク達は。きっと二人いつか…。彼女もそれをずっと望んでいた。多分。勿論これも互いに口にはしたことはないよ?でも長い付き合いなんだよ彼女とは。疎遠になった時期もあったけれどずっと関係は途切れたことがなかった。いつでも会えた。ボクは彼女を理解していた。彼女の求めている物、全部あげられた自信だってある。今じゃなくても将来。誰にあげられなくてもいつか彼女にだけはあげられるって思ってた。信じてた。なのになんで今更突然に?タッツミー、なんでだい?」
質問のようでいて自問自答のような言葉。受け入れられない現実に対する強い強い拒絶反応。おそらくジーノは本人には曖昧な笑顔を浮かべるだけで何も言えなかったに違いない。プライドばっかりが高い男に溜息をつきながら達海は答えた。
「俺に聞くなよ」
「じゃー、誰に聞けばいいの?」
「女」
「聞いたよ」
意外だった。こいつ、本当に本気だったのか、と。いつも人をからかっては一定の距離感を保ち続けている男が、そんな男女交際を続けてきたことが嘘のように感じた。また、そんな独白を今自分が聞いていることも達海には現実離れした出来事のように感じた。しかしつい口からついて出る疑問。近づきたくないのにこの男を知りたいと思ってしまう矛盾。
「なんて?」
「ボクより目のいい人に聞きに行けって。だから聞きに来たんだ。他に思いつかなかった。教えてよ。タッツミーじゃなければボクは誰に聞けばいい?思いつかない」
「なんかホント絵に描いたような…。ポエマーかよ。全くお前にぴったりの女だな。うぜぇ…」
「あのね、言っとくけど彼女のこと侮辱したら許さないよ?」
枕に伏せながらギロリと。情けないハの字眉。顔にド本命に振られてショックと書いてあった。つい昨日まで平常運転で試合をしていたジーノ。回復トレーニングの今日は終わりごろにやってきてこのザマ。来週の試合のコンディションを考えて達海は同じようなハの字眉になった。これ、どうすんだよ、と。こんな顔を無防備に他人にさらしやがって。自信家ほど自信喪失した時に厄介なことはない。達海はそんな風に思いながら苦手なはずのジーノの視線を躱さず見つめ返していた。
「誰も知らない、ボクの全部を愛してくれていたはずなのに。女遊びだって約束の後回しだってそんなことで怒られたこと、ひとつもなかった」
「…ひっでぇなお前」
「何?…ボクがいけなかったの?だって…不誠実なわけじゃないんだ。裏切りじゃない。ボクに必要不可欠な背徳だった。大切だったんだよ、彼女が。心から。本気で。だから必要だった。彼女を大切にするために。彼女を愛し続ける為に一緒にいる為にボクは時々そうしていないと駄目な部分を持ってて…。彼女はそれを充分理解し、そういうボクが好きだって言ってくれたよ?勿論口に出して説明したことはない。でも。わかりあえてると思ってたんだ。なにもかも。」
思いの他ジーノの声が深く沈み込んでいた。一人の女に囚われ過ぎることの恐怖から逃れる為に必要なことだったんだと目が語っていた。
「彼女もまた普通の女だった。そういうことで整理して記憶を処分することはたやすい。口では大人な口ぶりで、実は嫉妬で身を焦がしていたと?そんな平凡でありきたりな、女らしい女の束縛の崩壊でボクから去ったと?たやすいよ、そんな整理。呼吸をするように意識なくやれることだ。そうだよ、ボクの背徳はボクを傷心させ続けてくれさえしない。すぐに忘れてしまう。大切にしたかったはずの思い出でさえ。ボクは本当に彼女のことを愛していたはずなのに。全部ゴミにして捨ててしまえる。彼女にだけはそんなことやらずに済むって思っていたんだ。別れる時は号泣で。劇的で。一生の傷となって残るくらいの。そんな情熱の愛を交し合っていたつもりだったのに。」
「こどもお悩み相談室かよ…」
床に座っていた達海がやれやれと立ち上がりベッドにうつ伏せに横たわっているジーノの頭をクシャクシャッと撫で付けた。
「その女、うぜぇけどナカナカの目利きだな」
「侮辱したら許さないって言ったらおべっか?タッツミーらしくないねそんなの」
「見えちゃったんだろ、多分」
「なにが?」
「お前の全部」
「つまり、全部見えちゃって、思いの他魅力がなくて失望したってこと?」
「お前は衰弱を望んでいないってことをだよ。自分で衰弱を望むくらいに道徳的にならざるを得なかったお前が見えたってこと」
「わかんないよ」
「お前もいい男に育てば傷心し続けることもできるようになるよ」
「わかんない」
ジーノがそう言って体を半身にしながら達海を見れば、ニヒッと意地悪そうな笑顔。頭を撫でつけていた指先が高い鼻をピンと弾く。
「ッ!」
「で、お前自身は自覚あんの?」
「なにがッ!」
「お前の本命」
ジーノの顔色がサッと変化する。
「まぁ、俺はわかってるけどな。なんせ俺はお前よりいい目を持ってる」
「……」
珍しい姿。あからさまに体を固くして全身はりねずみのようにとげとげになって警戒心をあらわにしていた。達海はそんなジーノを笑った。
「まだ残ってる奴いるかな」
「え?」
「グダグダしてるくらいだ。午後、予定ないんだろ?みんなで飯食ってからグランドでちょっと遊ぼうぜ?」
虚を突かれたような顔をしているジーノに向かって、達海はさらに笑ってこう言った。
「お前の本命(フットボール)はさ、お前の背徳、許さねぇと思うよ?お前が絶倫のうちに沢山抱いてやれ」
達海は廊下を開けておーい、メシ行こうぜ~とトレーニングルームに向かっていった。ジーノは大いに戸惑いながら起き上った。なにあれ!と困惑しながらも、ドキドキと胸が躍っていた。まるで初恋のように。
ジーノは常々感じていた。達海の言葉はいつも深く深く抉れるように自分に突き刺さり、泣きたくなるくらい、逃げ出したくなるくらいにとても痛い。この人、ホント苦手だ、と。でもなんとなく知っていた。この激しい痛みの理由。達海がつい今朝方別れた彼女よりも的確にジーノの急所を攻撃してくるからだ。近づいたら見抜かれる。恐ろしいのに刺されたい。激しい苦痛を伴う安心感。苦しくて苦しくて、でももっとボクを知って欲しいと思う自己矛盾。
「ボクはキミみたいな変態じゃないよッ!そんなものとボクは寝れないッ!」
大声で怒鳴ってみれば、
「お前は真性の変態だから心配すんなー!」
軽やかな返事が遠ざかる背中から聞こえてきた。そして思い出した彼女の最後の言葉。
“大丈夫、あなたの絶望的なその恋がやっと実る日が来たのよ”
「どうやって実るって言うの?この恋」
“恋が恋愛になればグッといい男になるわね”
笑っていた彼女。
いい男になったら傷心を覚えると言った達海の言葉が胸に刺さっていた。手に入れてみたいはずの傷心。彼の手によって得られるものでなければいいのにと願いながら達海の後ろを追いかけるように駆けていった。
