繋がりのゆるさの大きな努力
【20093文字】
20201015ジノザキデー。本誌ネタバレ要素、ジノ←モブ♂の気配ちらり、注意。トノさんに全く腐要素なし。もっと言うならジノザキも厳密にはまだそこまで至っていません。もともとジノザキに殿山さん入れた話を書いていた時に本誌がオーバーラップしてきちゃいまして、あれこれ面白おかしく触っていたらこうして無事に遅刻しましたorz
「あの、ちょっといいッスか」
今日も赤崎は休憩中、殿山に話しかけていた。
「さっきの紅白戦ん時のパスカットの件なんスけど」
「えーっと……」
「ほら、あの、よくわからねぇ王子の、あの」
「ああ、あれ」
「なんか妙なタイミングで……なんでわかりました?ボールがあそこに出るっていう……」
「んー、待ってね。どうだったかな」
特に熱心に質問してくるのはボール奪取関連で、殿山自身うろ覚えのプレイについても赤崎はよくよく記憶していた。細かい状況の説明を受けながら、感覚が徐々に呼び起こされる。
(なるほど、確かにあったなーそういう場面)
瞬発的な行動についての言語化は、自己の論理化・分析にとても役立つ。どちらかというと内向的な殿山はこういう経験が希薄で、表現するのが不器用だった。けれど質問を重ねられるうち、プレイ中も後から聞かれるだろうと、無意識に考えを整理するくせが身につき始めた。
「あれは多分、君が僕を捕えておくべきだった、かなぁ?なんかそういう……うん」
Aチームに加入し始めて間もない赤崎が必要としている時間であったが、移籍後、Bチームからレギュラーを目指している殿山にとってもこれは確実にためになるものだった。
「だって彼はあそこにスペースが空くか何度も確認を……わかってて動いていたんじゃなかったの?」
「……いや」
「ふうん?そうなのか。僕はてっきりあの場合……」
話をしていて理解するのは、互いに言葉にせぬ限り、予想は想像に過ぎないということ。
「赤崎君って面白いよね」
「は?」
「ありがとういつも。色々と僕も勉強になる」
「ふ、何スかそれ」
染めた髪、きつい目付き。黒田との乱暴な物言いの場面。周りの慣れているチームメイトはいつものじゃれ合いと笑っていたが、移籍間もない殿山は面食らうことが多く、赤崎には苦手意識を感じてしまった。物怖じしない実力主義、サッカー界によく見るタイプ。少年時代、ああいったタイプに上段に構えられ、そののち勝手に嫉妬され、ひどい目にあったこともある。
向こうからこうして来られた時も、毎回ドギマギと緊張をした。けれどこうして会話の最中、ふとした瞬間の、この赤崎の綻ぶ表情。
(うーん、なんというか、ただただ、いい子なんだよなぁ。ひたすら真っ直ぐ過ぎるってだけの?)
人との会話がこんなにも楽しい。知り合っていくのがとても嬉しい。サッカーとは思索と行動の交響曲で、そういう偶然にも似た多層の魅力、新しい興奮と幸せを再発見する時間であった。
「こっちの方こそ、色々とありがとうございました」
拙い自分の考えを聞いて、彼は何を得てそんなに笑う?思考とまでも明瞭でないものが浮かんでは消え、殿山も同じに、はにかみ、笑った。
*
「あ、失礼」
不思議なのは。
「見えなかったよ、ごめんねトニー」
見落とされるのには慣れているので、その度、平気、と微笑みやり過ごす。肩と肩が当たっただけのこと。別に大したことではない。
「……」
なのに時々この去り際の。
(……何?その目?)
殿山の言語化の技量はまだ拙くて、やはり思いは形になりきれず、ふんわり空気に霧散した。
*
「あの、ここ、いいッスか」
物怖じしない赤崎はガブや殿山の並ぶ食堂のテーブルに来て、遠慮会釈もなく、返事も待たず、殆ど勝手に椅子に座った。悪気はないのだ、おそらく、多分。けれど時々ぶしつけだ。
「思うんスけどね、昨日のあれって」
赤崎についても不思議に思う。彼は殿山に話しかける時、姿を探す素振りをしない。
(珍しい。なんでロストしないんだろう?ま、いいけど)
殿山に問いかけてくる赤崎は、よくよく観察してみると比較的無口なほうだった。言いたいことは我慢しないので賑やかな印象さえあるが、実は周りの話を聞いているのかいないのか、口を閉ざしてただそこに居る姿を結構見かける。
(……もしかして、ちょっと人見知り?)
殿山は赤崎の相談を聞きつつ、ぼんやり考えた。端的で抉るようなこの口調は、彼なりの不器用、口下手の表出か。殿山がつい聞き役になってしまうのと同じに、赤崎も会話には慣れていないのではないのだろうか。
(ふふ、やっぱり面白い。こんなに違う僕達なのに)
話しの終わりには必ず感謝。
「なるほど。勉強になりました」
「そんな、全然。僕の方こそ」
くすぐったくて、心地良い。赤崎は過ぎるほど実直で、まるで子供のように何の思惑も飾りもないその言葉が、少々気負っていたこの移籍に、希望と安堵をもたらしていく。
「キャリアは僕のが長いけど……」
真面目にコツコツ、ひたすらに。きっと誰かが見ていてくれる。
(だから今僕はプロとして……ま、そうなんだけど)
殿山の生きざまは献身で、でもその突出した才能とは矛盾していた。ピッチの上で空気であるのは、美点でもあり欠点でもある。自信がなければやってはいけない。それでも心は揺れもして、だから思いを形に、そして言葉に、ちゃんと伝わりますように。
「君のような生え抜きに感謝されると、なんだか……そう、感慨深い」
*
赤崎は基本殿山をロストしないが、時々耳にイヤホンをして、全てを遮断したりする。ぎゅっと己の殻を閉じ、何も見ないし聞きたくないと、そんな風情も日常なのか、周りは己に埋没する男を、極自然に放置していた。
(必要な休憩?それとも内省……?もしくは、あれが素なんだろうか)
そして赤崎がこうなった時、殿山はまた別の何かを察知する。
(あぁ、また)
見落とされるのに慣れてはいるし、別に不幸なことではない。けれど、と殿山は思う。それはしばしばあまりにささやか、けれども確かに、やんわりながらも明確だった。
(初見の頃の赤崎君より、今じゃよっぽどこっちの方が)
素知らぬふりで、わからぬように、視線を寄越すヘマもせず、気配だけで意味は不明で、けれど不思議と言うにも度が過ぎていて、もはや奇妙な不気味さがある。
(苦手意識は良くないけれど……)
直接話すとにこやかなのにと、殿山は深い溜息をつく。
(うーん、ちょっと困るな、これ)
*
(んー……やっぱり気のせいなんかじゃ……)
殿山の見る限り、赤崎がジーノにツッコミを入れ、ジーノはいつもふざけて笑い、ピッチではそこそこじゃれ合っている。なのに、ロッカールームの様子を見ると、ジーノは赤崎を綺麗に無視し、赤崎もそれを放置していた。
朝。やはり挨拶も交わさぬ二人の姿。ぼんやりとそれを眺めていたら、来たなりの男と目が合った。
(うわ、ヤバ……)
殿山が焦るとジーノは笑い、けれどそこには威嚇が滲み、ますます焦りは深まっていく。
(……見るな?気付くな?……いや違う?一体なんだ?この……)
漠然とした何かが漂い、でもそれが何かがわからない。ぼんやりしていると誰かにポンと肩を叩かれ、ハッと現実に立ち返った。
「ほらトノさん、早く行こう」
ジーノの遅刻は常習であり、のんびり鞄を置いてる姿についつい釣られるところであった。殿山は少し小走り気味にロッカールームをあとにした。
(あの人、なんかよくわからない。どっか苦手……駄目だな、こんな……)
*
「あの」
殿山の気性は穏やかで、仕事については実に真摯であった。人間関係は最初が肝心、仕方がないと括る腹。
「……あのっ、ちょっといいですか?」
「え?」
今、初めて気付いたように、ようやくジーノが振り向いた。
「ああ、ごめんよトニー、どうしたの?」
浮かぶ笑顔はあっけらかんと明るいもので、その無邪気さに目が眩む。けれども、どころじゃないのだと、唾を飲み込みこう言った。
「聞きたいことが。ちょっと時間いいですか?」
親切そうに、にこやかに、けれど漂ういつもの違和感。
「えと……その……なんでかなぁ、と」
質問にジーノは小首を傾げ、眉を寄せつつ再び笑う。
「あの、わかってますよね?言ってる意味」
まるで曲でも聴くように、笑うジーノが目を閉じる。
「見……見落とされるの、僕は慣れています。でも、あの、彼への……」
ジーノの表情は全く変わらず、相手にされていないのが伝わってくる。
「僕はこういうタチだから、目のいい人ってわかるんです。視力そのものの話じゃなくて、立体視とか視界の広さ、そういう調節力の速度とか……貴方のそれは化け物級で、だからなんで」
「なんで、何?」
「なんで……そういうの、なんか気持ち悪いです。ああいう、見えないようなふりをするのは」
*
その日も赤崎は殿山にあれこれ質問を投げかけていた。飽きもせずにと感心しつつ、話しの区切りに殿山は言う。
「ねぇ、赤崎君」
「?」
「ひとつ聞いてみたいことがあるのだけれど」
「何スか?」
気のいい笑顔が頬に浮かんで、なんだかちょっと申し訳ない気持ちが湧きつつも、気が気でいられず言うしかなかった。
「君ってあの人となんかあるのかな」
「あの人って?」
「ん、ほら、あの人」
殿山がジーノを示唆してそう問うと、見ているこちらが驚くほどに、赤崎は動揺してみせた。想像以上の反応にオロオロしながらフォローする。
「ごめんね、いきなり……あの、ほら、僕はまだこのチームに馴染んでなくて、でもずっとなんだか気になっていて、もう直接聞くのが早いかなって」
ドリンクにむせ込む赤崎にタオルを差し出し、ごめん、ごめん、と繰り返す。赤崎は自分のタオルを出して、片手をあげて大丈夫だと、言ったら更にせき込んだ。
「ほんとごめん、いきなり。そんな驚くとは思わなくて」
「あ、いや、平気っ、もう大丈、夫」
「ああ、いいから、ちゃんと落ち着くまで喋らずに」
そうこうしているうちに休憩が終わり、背中を撫でつつ殿山は言った。
「ほんとごめんね?知らなかったよ、そんなに彼が嫌いだなんて」
「はっ!?」
「大丈夫!?」
再びせき込む赤崎の背を、殿山は更に何度も撫でた。
そうこうしながら練習が終わり、帰りがけに赤崎は。
「トノさん」
「え?」
「今日、飯食いに行きません?」
*
よっぽど殿山の言葉を気にしていたのか、赤崎はファミレスの席についたなり切り出した。
「えと、なんで、その……あんなこと……」
「とりあえず、なんか注文しよう?その方が落ち着いて話せるし」
「あ?ああ、はい……そう……スね」
ランチメニューを適当に選び、ドリンクバーでグラスをゲット。二人もう一度席に着き、今度はかしこまり過ぎて、なかなか本題に入れない。そんな赤崎の様子を見ながら、殿山は黙って寄り添った。
「……あの、俺の態度、周りから見てそんな変ッスか?」
人の目を見て話そうとしない赤崎の態度が、らしくなくて殿山はドギマギとする。
「あ、いや、ごめん。ちが……別にそんな」
「……変、スか」
「そうじゃなくて、君がっていうか、彼がっていうか、変っていうか、あれだよ、その」
「……」
自分の余計な一言に後悔しながら、しどろもどろでフォローを試みる。
「多分よくわからないだけなんだ。新しく加入した側からすれば物語の途中からしか見えないわけで、だから、君のことも、彼のことも色々とこう想像というか、やっぱ君らってどこか風変りだし」
「……風変り」
「独特のウィットであるのは理解出来るよ?でもほら、彼って色々あれじゃない?」
丁度その時、料理が届いて話が一旦途切れた。ここからは食べながらのゆっくりペース。
「彼って……その……人を犬呼ばわりするじゃない?」
殿山が勇気を振り絞りそれを言い、一瞬赤崎のフォークが止まる。
「椿君はなんかわかるんだ。そういう関係も微笑ましい。でも、こう、君がっていうのはなんか、こう……」
「何スか?」
「違和感っていうか、そう、不思議?」
「……不思議」
「ああいう感じのじゃれ合いってあわないっていうか、ほら、君って結構真面目そうだし、でも……特に文句もつけていないし」
黒田への態度を思い返せば、不自然さがあるのも否めない。
「酷く拗れているのか、もしくは、談判の上で諦めたのか、そういうこととか、僕、変に考えちゃって。だって、やっぱり……ね?君は僕に色々質問するけど、ほとんどは彼にすべき内容だ。ね、違う?そうでしょう?」
最初から殿山が感じていたこと、流し続けてきたことだった。
「そりゃ僕を選んで質問してきてくれるのは光栄だよ?でも」
赤崎は小さく首を振り、力なくそれの否定をし、まるで本当に濡れた犬の目、ふと二十歳そこそこの年相応の若さが見えた。
「えっと……」
「続けてください」
「……その、つまり直接は聞けない……ということだよね?それとも聞かない?そんなとこ?」
殿山は一段と優しい口調で。思えばこういうことはよくある。昔から謎に後輩に慕われ、何の力もないくせにこうした時間を行く度過ごした。
(こういうの、なんか懐かしい。チ―ムへの加入は僕のが数年後輩なのに)
赤崎と一緒に過ごす時間は貴重であった。気付かぬうちに見失う、自分自身を思い出す。
「何が出来るとかじゃないけれど話をしがてら整理をしたら?誰にも告げ口なんてしないし、君が良ければの話だけれど」
チームとは人と人との繋がり。中盤は特にその繋ぎ目で、ジーノのあの日の言葉を思い、殿山は二人の姿と共に自分自身の心を見つめた。
「……絶対、誰にも言わないでくださいね?」
今から赤崎が口にするのは、自分の矜持から離れたこと。そんなことを匂わせる、重い、暗い、一言だった。
「誤解されると困るんですが、別に俺、あの人を嫌いとかそういうんじゃなくて」
誤解と嫌いを二つ並べて、心の中の言葉を探す。
「嫌いとか、そういうんじゃないんです」
表現しかねる心を見つめて、同じ言葉を二つ重ねた。見えてくるのは育ちの良さで、感情的に見える日頃の姿が、錯覚であるのは明白だった。過ぎるほどに理知的に、赤崎は自分を深く掘り下げ、粉々になるまで分解し、分析しながら話を続けた。嫌いじゃない。苦手じゃない。怒っていない。困惑と言われればそうじゃない。しゃべりたくないとかそうじゃない。ひとつひとつを否定して、そうこうしながら首を傾げて、ギュッと眉を顰めては、申し訳なさそうな顔をする。
「なるほど……言葉では表現できないんだね」
「すみません。やってて、自分でも何を言っているのか……」
「なんだか色々よくわからない?」
「はあ、まあ……」
「そっか、なるほど。君自身からしてもわからないんだ」
ふふ、と人を安心させる、そんな殿山の笑みだった。何を成し得たわけでもないのに、赤崎もなんだかほっとした。氷もすっかり溶けていたので、ドリンクバーでおかわりをした。
「赤崎君」
「?」
「もしかして彼のこと、怖い……かい?」
一瞬赤崎が息を飲み、視線を暫し彷徨わせ、その後ようやく否定した。その姿に殿山は一つ把握する。なんだ、そうかと安堵する。
「器用過ぎる不器用って意味、わかる?」
「器用貧乏って意味ッスか?」
「んー、それともちょっと違うみたい」
ストローでグラスをかき混ぜながら殿山は聞いた話を赤崎にした。
「君はプレイの狙いを聞きたがるよね。意図とか想定、それの遂行」
「……」
「サッカーは複合的なスポーツで、意思の疎通がとても重要。でも移籍してきて思うんだ。思い通りに行くことが全ての善じゃないってことを」
殿山はこうしてETUでプレイすることを、今まで考えたこともなかったと言った。
「んー、そうだねぇ。君にはわからない感覚かな」
プロを目指して夢は実現、けれどその先の夢はなく、十分過ぎると考えていた。トップリーグでプレイするなど、自分の現実とはあまりにもかけ離れた考えだった。
「でもこうして移籍したら、いろんな出会いが。今の自分は自分のくせに自分じゃない。新しいことを見て知って、君にも色々質問されて、前より少し視界が開けて、開けた分だけ……」
そこまで殿山は言いかけて、
「あ、ごめん。なんか変な自分語り」
と言葉を遮った。
「いえ、全然。聞きたいです」
「……」
「トノさんの話、聞きたいです」
ぶっきらぼうで、釣った目で、飾らぬ率直で無骨な語彙で、思えばまるで幼い子供。なのに独特の安心感と頼り甲斐。この純な優しさと鋭さの違和、今ではすっかり慣れてしまった。
「今まで全然気付かなかった。僕って意外と」
「意外と?」
「意外と……性格が悪いのかも」
「は?」
「ふふ、なんかね。最近ちょっとそう思う」
「??」
「知らない自分が。ふふ、自分自身すら見落として……何だそれって笑っちゃう」
ハテナを沢山浮かべる姿に、殿山はニコニコしながら言った。赤崎のそもそもの気性からして、常々殿山は疑問であった。
「わかったよ。君は番犬呼ばわりされるの、全然嫌じゃないんだね」
「は?トノさん、それは」
「ふふ……っていうか寧ろ……いや、まぁいいけど」
「いいって何が?トノ、さん?俺は、それは嫌っスよ?」
少し強めに揺さぶると、赤崎は簡単にどうしていいものかと戸惑った。熾烈な気性の持ち主の、こんな姿が面白い。
「ふうん?」
困惑ばかりの赤崎に、さも嬉しそうに目を細め。
「嫌っスよ!それは、当たり前でしょう?……俺は別に王子の」
「えー?嘘、嘘、いいじゃない?別に嫌じゃなくっても」
「トノさんっ」
「確かに素晴らしい選手だし。仲が悪いよりずっといい」
赤崎は、とっくに空のグラスを持ってジュッと音を立て飲むふりをした。先生にあてられて返事も出来ず、佇む児童のような情けなさで、もう仕方がないと降参するかのように息を吐き。
「……いや、つか、嫌だけどあの人のああいうの、そんな悪気はねぇことだろうし……」
ポツンと覇気なく呟いている。
「まあ、嫌だけど」
いちいち挟み込む言葉に殿山は、堪え切れずに笑ってしまう。
「あの人、ホントああだから、クレーム付けてもめんどくせぇし、そりゃ嫌だけど、別に王子を庇うわけでもねぇッスけど」
それはあまりに拙い好意。
「さほど……んー、どうでもいいっていうか、言われるのが嫌なら、成長して黙らせればいいわけで」
少し言い訳じみた虚勢の言葉が零れて、それを聞く殿山がじっと赤崎を見つめると、バツが悪そうに口を閉ざした。
「つまり彼に対して、誇らしくありたいんだね」
「……別に王子だけに対してなわけじゃ」
「はは、それはわかってる」
殿山の言葉に苦笑する姿は、まるきりサッカー少年のそれだった。扱いにくいようで容易くて、けれども奇妙なところで難しい。赤崎のような安易ではない選手のこの従順に、よくぞここまでと感心さえする。
(なんか、絶妙な関係性だ)
信頼。ある種のリスペクト。言葉にすると少し陳腐なくらい、縫い込められているほど入り組んでいて、それでいて、とても大胆な、そういう綺麗なものに思えた。
(なんだかちょっとわかった気がした)
*
「その時僕はこう言ったんです。『ねぇ、赤崎君。彼を少しでも理解したいというなら、やっぱり僕を挟むと歪曲しない?』」
新しいシステムを試している時、殿山はジーノに話しかけた。
「何故貴方は彼に直接……」
ジーノは静かに笑うだけで、ただ純粋に殿山との併用を楽しんでいた。
「ほらトニー、タッツミーから指示飛んでるよ」
その時、アンカー気味の村越とジーノのバランスはとても調和がとれていて、そのうちついていくのに必死になっていく殿山の口は、あれこれとものを申す暇もなくなった。
(すごい……難しいけど、なんかこれ、このシステムは)
赤崎と清川の献身的な守備と嫌な場所にばかりポジションを取りに行くジーノの支える左サイドは盤石で、一方攻撃に出たがるガブと高さのない世良を支えるには運動量はともかく殿山の強度が不足気味だった。それをジーノは鼻歌を歌うが如くフォローして、その分空いてしまったスーペースに引っ張られるように赤崎も広範囲を駆けずり回り、感謝と屈辱、そして何よりも興奮を覚え、そんな手ごたえを感じていたのは、殿山一人だけではなくて、チーム全体もそうだった。クタクタになるまで練習をして、カラカラの喉を水で潤し、タオルで汗を拭いつつ、そんな時に殿山はまたそれを感じる。
(あぁ……また見られてる)
最近あらためて理解したことがある。
(ふふ、彼にとっては僕もまた一匹の犬というわけか)
あの村越をしてさえ、絡みつく鎖が見えるように思えた。
(ここはまぎれもなく貴方ありきのチームだな。いわゆる指揮者という生き物を、あそこまで生粋なのは初めて見たよ)
*
「あの、ちょっといいッスか」
今日も赤崎は練習前のロッカールームで、熱心に殿山に話しかけていた。
「新フォメん時のマークの受け渡しッスけど」
ジーノは基本遅れて来るので、今はここには鎖がなかった。
「昨日の後半始めん時みたいに、もう少し前目の段階でやる感じで俺もっとガッと強めにプレス行った方がいいッスかね」
逆サイ同士の受け渡しなんて、本来奇妙な話ではある。
「ったく王子ああいう時とっとと下がり目にポジションとっちまうから俺らどんだけ大変かと、ね?トノさん」
人それぞれに認識が違う。ジーノが守備をさぼるなどと、一体どこの馬鹿が言うのか。嫌な場所ばかりに立っている。相手が嫌で殿山がいて欲しい所ばかりに居る。その弊害が、今の会話に繋がっている。それに赤崎は気付いておらず、人知れずプライドが傷つけられる。誰よりも殿山は理解していた。これでは、このシステムが本当の意味では機能しない。
(僕がもっと出来なきゃいけないんだ。その上で……)
併用により、殿山はジーノの性格の悪さを今まで以上に肌で感じて、それでもうんざり以上にその大らかさ、献身と忍耐を理解した。
(なるほど赤崎君。僕にも少しは君の気持ちがわかってきたよ)
嫌いじゃない。苦手じゃない。怒っていない。困惑と言われればそうじゃない。しゃべりたくないとかそうじゃない。でもイライラしていないわけでもない。いつも気軽に微笑まれ、悔しさが溢れぬわけでもない。
(ふふ、なんともいやらしい人だな、彼は)
どこかが不快で安堵もあって、なんとも咀嚼出来ない感情。痛烈なのにさりげない。いるといないで大違い。
(すごいよ、想像以上に。なんでこんなとこにいるんだあの人)
殿山自身にとっては身に余るほどのと思うこのチームにさえ、おさまりきらない過剰な才能。眠れる龍のようになまくらで、それでもこんなに我が身と違う。
(赤崎君も、そう思う?)
今現在のあり得なさ。不気味と、奇跡を、まざまざ感じる。
(あれじゃ、達海監督とうまが合わないわけがない)
それは過去テレビで見た鮮烈な記憶と重なるものだ。一人羽化して飛び立って、もう羽のない男の、あの激烈さと過酷の経歴。
『うちのスカウトのセンス、なかなかいいのはいいのだけれど』
殿山はあの日の言葉を思う。ジーノは相変わらず微笑んでいて、けれどその目は笑ってなかった。あれは一体何だったのか。
『こんなのばっかり集めてしまって。ねぇ、君もそう思うだろう?』
取り留めもない。でも感じてしまった。わからない。でも、知らないながらに触れてしまった。
『ま、色々とよろしく頼むよトニー』
何をだなんて聞けもせず、けれど断る力量もなく、ジーノのそれは不思議な言葉で、暴力的でありさえし、けれどその牙剥くような気軽な強要、信頼の矛盾をも滲ませていた。
『気楽なくらいが……ほんと参るよこういうの』
成すべき時には必ず成した、気まぐれとは程遠いジーノのプレイを、ふとした時の声掛けを、何より今このシステムの中、感じてしまうその本気度を。
(……ああ、もっとプレイがしたい)
アンカーへの目配せには色気があって、夏木にはやや眉を寄せつつも、殿山にはもっとと叱咤と揶揄を、それ以上の期待と厳しさを赤崎へ。
これほどまで自分がサッカーを、ここを好きになるとは思わなかった。今こそ、サッカーに目覚めたような気がした。
*
「トニー、君が普通に近くて助かるよ」
「は?」
「嫌だな、褒めているんだよ?ほんと、助かる。ありがとう」
ロストのふりをされることはなくなり、逆にふと話掛けられて、けれどそれはいつも通りすがりで、広がりもない単発だった。
(何あれ……)
「王子!そこ!くっちゃべってないでちゃんと仕事してくださいよ!」
「ふふ、ザッキーやきもちかい?」
「はぁ!?」
この頃ジーノはご機嫌だった。素なのか、わざとか、わからなかった。
「ああ、楽しいねぇ」
リーグ終盤、7番の不調。サブメンバーの発奮と台頭、さまざまな緊迫が溢れる中で。
「楽しい。そう思わない?」
殿山への傲慢なほどの厳しいパスは、感度と手足をもっと伸ばせと、強引なストレッチのようなものにも思える。
「はー、ナッツ悪いねぇ、つい綺麗に出させてしまった。それじゃあ君には決められないね」
「うっせー!なんでもいいからもっと寄越せよ!おい、何だお前勝手に休むなよ!」
自由に監督のところに歩み寄り、何かをこそこそ相談している。
「集中しろ集中!」
村越はそんなことにも慣れていて、欠員が出た際の想定をして、ポジションの修正を指図していた。
(はー、きっつう……)
走行距離のスタッツには自信があって、範囲の広さにも自負があり、それでも殿山は毎日くたくたになってしまって、回復しきれぬ今がやっぱりなんだかとても楽しい。
(しんど……でも、明日はきっともっと走れる)
歯を食いしばって走っているのは、赤崎も全く同じのようで、精悍さを増すその表情には微かに威厳すら漂っていた。
(ふふ、なんかすっかり頼もしい)
「ザッキー、ちょっと」
ジーノは戻って来たなり愛犬を呼び、監督もまた大声で選手たちに指示をした。
「殿山はもっとチェック厳しく。世良はガブのことをもっと見とけ」
「「はいっ」」
「村越、お前もう少し殿山の後ろの辺積極的に埋めていけ。清川、厳しいけど状況次第で少し前掛かりに。もちろん裏には気を付けながら、どうだ?行けそうか?」
「はいっ」
「そうそう、というわけでもっと僕を楽にさせてよね」
「「させるかっ!」」
「やだなぁ、僕はそうしてくれたほうがよく働けるのに」
「だめだめお前もサボんな、ちゃんとしろ」
「えー?」
「えーじゃない。吉田って呼ぶぞ」
「それはやだ」
ジーノは腐しながらも笑っていた。とても人の悪い感じの、監督と同じ目の笑みだった。
楽しく、なのに鳥肌が立つのは、ここで何かが起きているから。今ここにこうして自分がいるのを、殿山は随分幸せと思った。
*
「ありがとうございます」
「ん?何?急に」
「いや、トノさんに色々と教えてもらうようになってから、なんか俺少し変われた気がして」
「よしてよ、そんな大仰しい」
「大げさじゃないです。俺、本当に」
「やめて、寧ろ僕が助けられたよ。ほら、僕ってこんなだし、短時間でこれほどここに馴染めたのも君によるところが大きいし」
「そう言ってもらえると……」
「ふふ」
「トノさんって優しいッスね」
「そうでもないよ」
「優しいですよ」
「……前にも言ったけど、君が思うよりずっと性格は悪いんだ」
冗談と受け止め笑う赤崎の幼さに、殿山も釣られて笑ってしまう。
(ゴメン。本当にほんのすこーし、面白がっちゃってるところ、ある)
ふんわり笑っているだけの、視線を合わせぬ男を思う。
(やっぱ、すっごく見てるよなぁ……)
赤崎はおそろしいほど鈍感で、ひりひりとしたものを常に感じる。
(ねぇ、赤崎君。彼は君の思う以上に、君を評価してると思うよ?)
『面倒見るの、面倒くさい』
自嘲気味にすら聞こえるような、あの日のジーノの言葉を思う。
『ほんと、ああいうのばっかり連れてきて……でも、まあ、しょうがない』
飼った犬は捨てられぬのかと、殿山の冗談に真顔で返した。
『ん、まあ……そんなとこ?』
頼むよ、なんて気軽に笑って、そんな義理はと言わせもせずに、思えば彼が殿山に頼むだなんて、なんの義理があるかと思う。飼った捨てたの戯言なんて、なんの約束にすらならない。殿山を使って赤崎を促す、責任なんて負っていない。
うざいぐらいに扱いづらく、気分次第の自由人、責任感は殆ど皆無、みんなが彼の子守りをしている。なのにすべからくわかっているのは、そういう事実は半分であって、彼の全てが許されるのはそれだけのことをしているからだ。
(器用過ぎて……か。天才には天才の不便が、ねぇ)
殿山はジーノの頭の良さを理解していて、ロジカル過ぎるその思考回路を、少し気の毒にも思えてしまい、そしてまたほんの同じくらいに、残念だね、と笑ってしまう。
(何をどうすれば最適か、すぐにわかってしまうというのは……)
ジーノは目的そのものに従順で、その目的をどこに置くかで、時々奇天烈なことをする。
(変な可愛がり方だよねぇ。でも気持ちがとても込められている)
直接手を掛ければいいものを。赤崎のこういう素直な笑みを、直接得ればいいものを。
『……仕方が、ないんだよ』
諦めている目ではなかった。あれは待つ者のする目であった。大事に、大切に、送り出し、遠くで見守る真摯であった。
「トノさん?」
「ああ、ごめんごめん。さあ、今日も頑張ろう」
今日も遠くの視線を感じる。蝶よ花よというような、そんな思いをひた隠し、楽させてなんて文句をつけつつ、長い長い鎖を片手に。彼もまた語るべき言葉をまだまだ持ち得ぬ、同じような『人』に思えた。
(わー、それわかんないでやれるんだ?)
赤崎は相変わらず赤崎で、感じているのもわからぬままに、意図を把握出来ないままに、煌めくプレイを今日もしていた。賢い子でねと自慢げに、よろしくなんて愛し気に、遠くの笑みが見える気がした。
