繋がりのゆるさの大きな努力
【20093文字】
20201015ジノザキデー。本誌ネタバレ要素、ジノ←モブ♂の気配ちらり、注意。トノさんに全く腐要素なし。もっと言うならジノザキも厳密にはまだそこまで至っていません。もともとジノザキに殿山さん入れた話を書いていた時に本誌がオーバーラップしてきちゃいまして、あれこれ面白おかしく触っていたらこうして無事に遅刻しましたorz
最初はひとつの問いだった。返事は更に疑問を呼んだ。ジーノの返事はとても短く、どこかいつも難解だった。
『思うんだけど……』
ジーノは、ふ、とため息をつき。
『全然、通じてないよね?話』
母語が違うと冗談めかして、赤崎はそれに腹を立て。
『少し時間が必要か』
馬鹿にされたと悔しくなって。
『そうじゃないんだ。聞いてよザッキー』
払うその手を掴まれた。
『つまり、んー、ようするに……』
思わずその場で竦むくらいに、ジーノの声色は静かであった。
『もっと君は君にならないと。じゃないと、ほら……そういう話』
*
あれから時折二人で過ごした。初級編だとジーノは笑い、日常会話を深めていった。ささやかな出来事の積み重ね、二人の中の記憶と思い出、通じるものがだんだん増えた。ジーノはふんわりその度笑った。
何かの集まりに招待されて、ちょっと不思議な光景を見た。その後ジーノはこう言った。
『ね、これが避ける理由』
主催の男がやってきて、ジーノに笑って、挨拶をして、なのに隣の赤崎を見て、少し驚いているようだった。これはなんだと男が言って、その言い方はなんだと思い、血気盛んな赤崎をジーノは微笑み静かに制した。ただそれだけで男は竦み、まるでジーノに傅くように、それを更に窘められて、しどろもどろに立ち去った。
最初、友達なんだ、と紹介された。帰りに、ジーノは言い直す。
『……友達、だったんだ』
そして避ける理由がこれだと言った。何を?男を避ける理由だ。
『プライベートを共に過ごすと、時々、人が壊れてしまう』
気を付けていると薄く笑った。
『男は、特に予後が悪い』
男と距離を保ちたがるのは、責任が負えないからだと言った。好かれることに長けたジーノの、人知れず持つ奇妙な不具合。勝手に全てを捧げられ、勝手に醜く壊れてしまう。
『だから、支えが他にある者か、強い者しか傍には置けない。もしくはどうでもいい者か』
ジーノが普通に話す相手を、ぼんやり数人思い浮かべた。
『君は自分をどれだと思う?』
何かを含んだ物言いをして、どこかやんわり残忍で、赤崎はそんなジーノの問いに、悪意というより誠実を見た。わかりあえる一歩であると、岐路に微笑むジーノが見えた。ジーノを通して自分を掘り下げ、見えないものを必死で見つめた。
*
時々、赤崎にそれは起こった。
『いいんだ。僕は慣れているから』
怯える赤崎の頬に手を寄せ、子どものようにジーノがあやす。
『全然普通。リラックス』
チュ、と軽く鼻への感触。子どもというより子犬へのそれ。
『ね?大丈夫』
戸惑いを端から溶かされて、それにまた戸惑い、溶かされて、自分の違和を次々抱かれて、それすら日常になっていく。
『おいでザッキー。どうしたい?』
ジーノは赤崎の全てを包んで、それは時折ピッチも同じで、その空間に埋没し、痺れるような時を過ごした。何か言葉を交わすことなく、思考というより感覚で、確かにそれは異変に近く、けれどもどうにも抗えもせず。
『そう、最近自分じゃしたくないんだ?』
それすらまるで当然のように、ジーノはにこにこいつも笑った。
『駄目だよザッキー?気にしない。してあげるからこっちへおいで』
普通がどんどんわからなくなる。ジーノの世界はとても不思議で、けれどどこより居心地がいい。
(確かにこれじゃあ、おかしくなる……)
男女が番うこととは違う。もちろん友情とも違う。多分すぐにも崩れてしまう。切っ先のような危うい世界、ジーノは一緒にここにいるのに、何ら赤崎の助けでもない。何より一番大切なのは。
*
ビクンと突然夢から覚めて、ベッドの中の自分に気付く。
「……悪い夢でも見たのかい?」
「あ、……いや……そういうわけじゃ……」
頬を撫でられ、鼻にキス。ジーノも眠っていたようで、うつらうつらと目を閉じる。
「そう?なら、いい……眠ろう、ザッキー」
ゆるく体を引き寄せられて、されるがままの赤崎は思う。
(王子……今、俺、どれっスか?)
触れ合うことで理解するのは、ジーノのある種の真摯さだった。仕事の話はほとんどないのに、そのためだけの今にも思える。
(一杯、王子と話がしたい)
ジーノはそれを言わせもしないし、赤崎も焦燥をひた隠し、そんな中である時言われた。
『細かいことは覚えてられない。別に悪気はないのだけれど』
実際の真偽のほどなどわからなかった。試合のことかも、夜のことかも、それすら全然わからなかった。
『彼と話を。楽しいかもね』
愛犬に玩具を与えるように、すらりと殿山を指差し。
『感じたことをプレイで見せて。そういう感じ、僕も楽しい』
うっとり遠くを見ているその目は、ともすると辛辣なものにも思えて、けれど赤崎はゾクゾクとして、すぐに指示に従った。
実際、赤崎の望んだとおりに殿山から色々学びを得た。見えているもの、見えないもの。通じていること、気付かないこと。ジーノはあれこれ言わないが、赤崎は赤崎なりの思いがあるが、同じピッチの上の違う視点、そういう知見にも興奮をおぼえた。
『おかえり』
とジーノは優しく迎え、赤崎の溢れる情熱を、あやすみたいに抱き締めていた。そこには何も言葉がなくて、けれども確かに何かを巡らせ合った。ピッチの中での体感と、ベッドのそれとはとても似ていた。息が苦しく、骨が軋んで、思いを馳せて手足を伸ばし、奴隷のように傅きながらも、相互でなければ成立しない。強さがなければお荷物になり、どうでもよければ使い潰され、支えがあるならまさしくそれは、フットボールのあの世界。ひとりじゃ何も出来ない世界。
(王子……一緒にいますか?俺は)
気を付けているとジーノは言って、真逆に赤崎を引き寄せて、初級編だと穏やかに、焦らないでいいからと。赤崎はこんな日常が、日々深まっていくものなのだと、言葉の通りに安堵して、いつかを夢見て羽を休めて、腕のぬくもりの巣で眠り、だから悪夢と言ったジーノの、言葉の意味がわからなかった。
*
リーグも終盤、椿は不調、それでもジーノはにこにこ笑い、殿山と赤崎の勉強会もとても順調な状態の中。
「俺、今までで一番本気ッス」
強豪との直接対決、その前の低位との真剣勝負。キャプテンマークを一度巻き、赤崎はとても燃えていた。
「負けてる暇はないですし」
殿山もその姿に目を細めつつ、
「うん、僕も頑張りたい。手ごたえも感じているし、新システム」
「そうッスよね」
「サッカーってシビアな面もあるけど、やっぱりとても好きだから」
「はい、本当にそれッスね」
「なんか、もっと上手くなりたい。最近すごくそう思う」
赤崎は殿山のこういう言葉に、いつも感銘を受けていた。飾り気のない素直な言葉は、ともすると気恥ずかしいもので、けれどこうして耳から聞くと、自分の中の同じ思いが嬉しそうに飛び跳ねる。
(王子のアドバイス流石だな。トノさんとの話、楽しいし興味深いし)
「ところで赤崎君」
「はい?」
「少しは彼のこと、見えてきた?」
「彼……」
「うん、彼のこと」
目線の先を追えばそこには、すっかり着替えを済ませたジーノの背中が静かにそっと佇んでいた。
「王子?見えてきたって、何スかそれは」
「まあ、僕が言うのもおこがましいね」
「いや、だから何が」
「選手としても素晴らしいけど、それだけじゃなく凄いよね」
言葉はそのまま真っ直ぐで、
「君も十分わかってるよね、けれど君の思う以上に」
と続けられると言葉を失う。手放しで褒めたら調子に乗らせる、トノさんはあの人をわかっていない、あれこれ思いが駆け巡るのに、ただの言い訳に感じてしまう。
「少し徴候はあるにはあるけど、なんとか本気にさせたいねぇ」
なんの徴候の話であるのか赤崎にとってはいまいちわからず、けれどその発言も真っ直ぐであり、どこかに固い意志を感じた。
*
「なあに、今日は張り切ってるね」
新システムの相方に、ジーノは呑気な口調で言った。食えない態度はいつものことだと、殿山もニッコリ笑って応える。
「育成ゲーム、楽しいですね」
「ふ、トニー……何のこと?」
「自分で僕に言ったでしょう?『うちの子、よろしくお願いね』って」
「あー」
ジーノは悪い目をして言った。
「手ずから仕込めばいいことなのに。やっぱり意地悪してません?」
「……」
「わざわざ手間のかかる手段を。あんなに教えて欲しがってるのに。空腹もひとつのスパイスですか?吸収力も半端じゃない?」
ジーノは笑って返事もしない。
「僕の成長の想定もして?でも、きっと本当の目的は別ですね?」
その時ベンチから指示が飛ぶ。
「中盤、ぼんやりしゃべってない!」
それを言い訳に立ち去るジーノの、その背に届くように言う。
「独り占めしなくていいんです?今の彼なら、貴方なら、簡単過ぎることなのに?その方がすぐにうまくいくのに?」
「……」
「これで貴方は本気でいいと?多分、どっかに行っちゃいますよ?そんなのわかっていますよね?」
ジーノは少し振り向き笑った。
*
「話足りないみたいだね」
練習が終わって着替えの最中、傍に立っている殿山に言う。
「見えないふりするのやめたんですね」
「とっくにだよ。だって君に嫌がられるし」
「そんなの全然平気でしょう?だって、僕を見くびっている」
「なんか卑屈になってない?」
「ただの事実と思いますけど」
「……場所、どこか移動しよっか」
「『あの子が変に思う』から?」
「トニー」
「別にいいですよ」
*
「前に赤崎君と来た店です」
キョロキョロ周りを見渡すジーノに、ニッコリ笑って殿山が言う。それを聞きつつジーノも笑う。
「なんだか今日は棘あるねぇ」
「まあ、『張り切って』いますから」
練習中のジーノの言葉を意趣返しのように使って見せて、メニューを開いて指差して、
「これを食べていましたよ」
と、ジーノの知らないことを聞かせる。
「トニーは何がしたいのかなぁ」
「試合に勝ちたいだけですよ?」
「なるほど、それは何の試合?」
「心当たりがありますか?」
「……」
「僕は何も知りません。赤崎君も言わないし、多分彼もわかってない。貴方だけが一人でやってる」
「試合をかい?」
「まあ、そういう感じのことを」
「興味深いなぁ、初耳だ」
「……」
黙る殿山に肩を竦めて、喉が渇いたと付け足した。
「で、その時の飲み物はなんだった?」
殿山のマウントをからかうように、メニューをペラペラめくってみせる。なんら悪びれた様子も見せずに。
「器用の不器用って何ですか?貴方、ただの器用者でしょ?」
「ね、何飲んでたの?意地悪しないで教えてよ」
「ただわかりたいだけなんです。うちのチームを勝たせたい」
うちの、とわざと言葉を強めることで、殿山はようやく手応えを持ち、少し溜飲を下げ、ドリンクバーの説明をした。
「勝ちたい。今の、このメンバーで。もちろん僕も一員として」
「へぇ、随分頼もしい」
「貴方が僕をそうさせました。お客をさせてるつもりはないと」
穿った見方だと鼻で笑われ、それをはね付けるように殿山が言う。
「ちゃんと話がしたいんですけど」
それでもあやふやな微笑が返る。
「貴方、楽しんでいますよね?椿君のことも含めて」
「……バッキーの?なんだっけ?」
言葉に悪意が微塵もなくて、本気で意味がわからぬようで、殿山は思わず口を閉ざした。ジーノの形が見える気がする。
「あー……えっと、なんかやらかしちゃったこと?中身は全然知らないけれど」
どうでもいいと投げやりでなく、違うところを見ている目だった。
「まあ、実際あるよねそういうことも。僕は全然ないけどね」
大したことでもないのだと、口調は少し冷たいようで、そこにはある種の思いを感じた。椿の才能、心に対する、ひとつも揺るがぬ信頼だ。ジーノの微かな働きかけはある意味威力が絶大で、与えられた周りの者を根こそぎ揺るがす力があった。何とも異なるジーノの魔法は、かかった者にも気付けない。よっぽど目のいい者以外。ジーノに近い者以外。
「何か言いたそうだね、トニー」
運ばれてきたランチを楽しみ、けれどポツポツ会話は続いた。笑うジーノに容赦はなくて、言葉が引き摺り出され続ける。無自覚な状態の思いでさえも、気を許していい相手でもなく、なのに半ば無理矢理喋らせられ、気持ちが悪くて恐ろしく、なのにどこか心地良かった。オールスターレベルの選手というのが、どこか化け物じみているのを、殿山は強烈に痛感していた。
殿山はこうしてジーノと対峙し、自分の思いを認識する。赤崎に対するジーノの仕打ちに、どこかとても怒っていたこと。手抜きであるのか、意地悪なのか、けれど優しさと思いたかった。信頼足りうる相手だと、確信させて欲しかったのだ。
「仕方がないって言ったよね?」
それはあの日殿山にジーノが確かに言っていたこと。
「うちに来るって、そういうことだ。どこかが欠けてて扱いづらい。でも、じゃあ、どうすれば?トニー、君にはわかるよね?」
ちょうどその時店員が、失礼します、と一声かけて二人の食器を静かに下げた。
「あれ、なんの話してたっけ?」
ふと現実に戻ったみたいに、ジーノはグラスを片手に持って。
「そうそう、おかわり。ザッキーは何を飲んだかな?」
「待っ……」
「ん?」
「いや、いい……です。おかわり汲んできてください」
ジーノは見下ろし、ニコニコとして、ウーロン茶かな、野菜ジュースも?なんて言いながら行ってしまった。
考えにふける殿山に、戻ったジーノが一声かける。
「あげたの、欲しいものだった?」
「え?」
「なんか、そういう顔をしている。駄目だよそれじゃ。面白くない。全部台無しになっちゃうよ」
どういうことかと困惑をして、すぐに意味をジーノは教えた。
「いい人間だと感じたでしょう?それなりなことを僕に言われて」
「……っ」
「それだと色々困るんだ。君は君なりにいてくれないと」
持ってきたコーヒーを一口飲んで、まあ、それなりかな、とコメントをして。
「君の想像するように、僕はあの子を僕専用機に育てる気なんてさらさらないよ」
「……」
「そりゃあとっても便利だろうし、使い勝手もいいだろう。でも、ただそれだけだ。僕がいなけりゃゴミじゃない」
思いの読めない目をして言う。
「優しくはない。シビアなだけだ。愛機がゴミとか許せないじゃない?」
確かに目からは何も読めない。なのにどこか口調が違う。
「面倒なことをわざわざやるんだ。僕は馬鹿でも優しくもない。君の思うほどお人好しじゃない」
自覚があるのか、もしくはないのか、殿山が耳にしている言葉に、今こそ甘い優しさが乗る。
「いつかどこかに行くだって?それならなおさら結構だ」
「帰巣本能知ってる?トニー?だから僕は犬を飼うんだ」
*
「何スか、朝から。なんか、変なもん、ついてます?」
赤崎は殿山にじっと見られて、どこかそわそわとあちこち触った。
「んー、確かにそうかもしれない」
「え!?」
バタつく赤崎にはっと気付いて、殿山が
「ごめん、違うっ」
と言い訳をした。
「赤崎君ってさ、海外移籍したいんだって?」
「え?はあ、まあ、そうッスけど?」
「何故?」
「は?突然そんなこと言われても……小さい頃から思ってましたし」
「そうなんだ」
「?」
チームの生え抜きの小さい頃。海外移籍のキーワード。ETUの歴史に繋がる、枷のような重いもの。殿山は自分が何者に何を思って呼ばれたのかと、移籍前に情報を調べてまわった。スカウト、現監督、成績、選手、土地柄、スポンサー、チームカラー。そしてここで赤崎に会う。純粋培養、夢見る少年。異質なくらいのその特異さを。
「赤崎君」
「はい?」
「こっからの試合、全部勝ちたいねぇ」
「???はあ、そう、ッスね??」
いわくありきの監督着任、1シーズン目。降格間際の気のないエースの、細やかで苛烈な反逆の狼煙。
(勝利は選手の目標そのもの。でも、赤崎君は意味わかっている?)
犬を飼うと言ったジーノの言葉に、多少ならずも軋みがあって。
(あの人は全部わかっているよ?その上で、君が気付かないのをいいことに)
弱い犬には興味はないと。それは本音の一部ではある。
(わざわざ僕にはわからせた。あの人は僕を共犯にした)
チームが強いという意味と、その一角を担う意味。
(狡い人だ本当に)
見え隠れする、魔法の真意。両手を差し出し、引き上げて、心を隠して送り出す。
「トノさん、行きましょう」
「あ、ああ、うん」
「王子も」
「んー」
「ほら、珍しく早く来たと思えば。あんた着替え、遅過ぎですよ」
パンパンと両手を叩いて煽って、キャプテン面で、と外野が笑う。
「何スか!?ヤル気あるンスか!?」
威勢がいいのは結構なのだが、殿山が苦笑し宥めに入ると、そういう役目は僕のものだと、言わんばかりにジーノが割り込む。
「無駄吠えしないの。今行くよ」
「……っ!」
目を吊り上げる赤崎のその肩を抱き、ひそひそ話。急に大人しくなったと思えば、やめてください、と照れている。
(本当に不思議な関係だなぁ)
見れば見るほど伝わってくる。疑いようもないことだった。
(もしかして、本当の意味ではあの人も……自分をわかっていないみたいな)
赤崎が懐いているというより。
(聞いても多分無駄だよなぁ)
今日もみんなでその日を目指して、その日の先をひとまず置いて、悲しい何かが起きぬようにと、起きてもたかがと笑えるようにと、共犯者である殿山は、人知れず静かにまた苦笑した。
