愛の絶望、祈りの愛
【11173文字】
ジノザキデーの時にちょっと書きかけて没ったもの。割れ鍋に綴じ蓋系のビタースイート。当人たちがOKならという意味でのハッピーエンド。ジノ鬼、ザキつん、一応?ちゃんと?相思相愛です。暴力はないですが人によってはDVっぽく見える場面もあるので注意。(表面上はどうあれ心理的には完全同意のプレイです)
僕は僕を理解していて、彼は利発な飼い犬だった。だから彼は僕を信じない。つまり努力は無駄なのだ。
*
いわゆる言葉というものに、重みや意味は何もない。行動なんて尚更だ。形もなければ真実もない。人それぞれの視野があるだけ。
「何スか」
「今のパス結構良かったなって」
今日も戯言と苦笑をされて、同じ顔で僕も微笑む。心に届く日などは来ない。そんなに彼は愚かではない。
(はは、可愛い。耳が真っ赤だ)
褒められることに慣れてはおらず、その上心をガードしている。かわりに、ちょっと皮肉を投げるとそれはするりと奥まで通る。だから意味など持たない言葉を刺すためだけに尖らせる。
「まあ、それはそれとしてさっきのさぁ……」
冗談なんて冗談なのに、深々受け入れ傷ついて、そういう気持ちを覆い隠して、なんでもないような顔をする。
(すごいな。めちゃめちゃザックリいってる)
急所が沢山見えてしまう。したくはないのにそそられる。自信の揺らぎ、叱咤激励、彼は彼にとても厳しい。人に優しく、手厳しく、凭れることなどまるきり知らない。
(こんなに手ごたえ与えるなんて……駄目だよザッキー、そういうの)
あの在り方を駄目にしたい。誰にも見えない秘密の形で、僕の力で破壊したい。
(関わらないよう気をつけなきゃな……)
やり方なんて心得ている。だから危険と警戒をした。彼に?違う。自分自身に。僕も僕を信じていない。
*
雨の日、練習終わりの際に普通にタオルを手渡してきて、休憩中には水のボトルを。殆ど無意識、他の人にも。彼には当たり前のこと。その当たり前で刺激してくる。
カラカラに渇いた熱いあの日も彼はあいもかわらずだった。
「ほらボーっとしてないで。早く受け取ってくださいよ」
「……ああ」
「ぶっ倒れますよ、こんな熱さじゃ。ちゃんと給水!仕事のうちです」
そんなこともわからないかと、馬鹿を見下すようなあの目で。首筋につたう汗が卑猥で、そういう想起が疎ましい。
「あれ?」
「ん?」
「もしかしてマジでバテてます?」
「いや?」
「ったく、ちょっと勘弁してくださいよっ!」
コーチを呼ぶので大騒ぎ。でも話を合わせて休憩をした。さぼりだ、なんだ、と言われつつ、そうだよなんて愛想笑い。
(そんな顔しないで。嘘なんだから)
悪い兆しは多々あって、誤魔化しながら手を振った。振り向き振り向き戻って行くので、見ていられずに背中を向けた。
勝手にロッカールームに戻って、ボックスに座り目を閉じた。何気ない日々を積み重ねつつ、喫水線はもうすぐそこに。
(ああ、確かに足りてないかも)
唇が少しかさついていて、つたうあの首筋の汗を思った。経口補水の欲求があり、水では駄目だとぼんやり思う。肌はきっと塩辛い。でも汗慣れた汗腺は汚れが少ない。さらさらしていて透明で、けれど汗も体液で。
(喉渇いたけどだるいな、立つの……)
空調が程よく効いているので気分はさほど悪くない。眩暈のような感覚はあり、けれどそれが病かどうかは。
「王子っ」
呼ばれて意識がこの世に戻り、うたた寝していたことを知る。
「……あれ?練習終わったの?」
「終わったのって、馬鹿かよあんた!帰ったもんだと俺はてっきり」
なんだか頭がぼうっとしている。バタつく背中をぼんやり見つめる。賑やかだなぁと笑っていたら何やらボトルを持たされた。飲め飲めなんて無理強いされても、この味はあまり好きじゃない。
「好き嫌いとかの話じゃねぇから!薬と思って我慢しろって!今ドクターも呼んできますし、病院行くなら俺は荷物を」
「……賑やか過ぎて頭に響く」
おそらく僕より青ざめて、
(ああ、なんて……)
と喉を鳴らした。こんなスポーツドリンクよりも、つたって落ちるそのひと雫。
(ふふ、クズだね僕は。ごめん)
生きる世界にズレがあるので傍に居ると落ち着かない。
「もう大丈夫。ありがとう」
だから卒なく固辞をして、でも彼に通じるわけもなかった。
(駄目だよ、味を占めさせちゃ)
*
「疲れた。だるい」
僕は言い、戸惑う彼に甘えていった。
「何か食べたい。作ってよ」
何度も何度も家に呼び込み、二人で過ごす時間を増やした。
「王子、俺今日は用事があって」
彼の都合などお構いなしに、来るよね?なんて当然みたいに。
「頬にソースがついてるよ」
「え?」
「ここ」
そして権利のように舐めとった。どういう反応を返すかなんて、そうする前から理解していて、絶句し固まる体を抱き寄せ、蜜の甘さで囁いた。
「ごめん、驚かせちゃったね?」
それはちょっとしたパニックであり、子供のようにそれを宥めて、徐々に彼を馴らしていった。
「好きだよ」
彼に愛を告げたのは、関係を持った後だった。その時も彼はフリーズをして、全く理解が出来ないでいた。
(まあこうなるのは既定路線)
自分に対する過少な評価。僕を人とは認識しない、至極真っ当な平衡感覚。思考のルーチンエラーを起こさせ、僕は笑って干渉をする。僕を処理するためだけのロジックを極秘に生成すべきであると。でないとループを抜け出せないと。それしか道はないのだと。
「やめてください。しませんよ?」
「……うん、ザッキーわかっているよ」
「王子。マジで駄目だから」
真綿のように包んで締め上げ、逃げられぬように足を萎えさせ、愛を囁いて閉じ込めていく。僕だけを沢山食べさせて、時々取り上げ不安にさせて、こんなのちっとも愛じゃない。僕らの中には信頼がない。
「嘘でもいいよ、ねぇ言って。会いたかった、好きだって」
「言うわけねぇし。馬鹿かよあんた」
僕達はある意味誠実だった。それを二人は理解し合った。信じられない。その信頼が、淡いながらも僕らを繋ぐ。
(今日もイッてもらうよザッキー)
僕なしじゃ生きてはいけないように。僕だけに応えてしまう体に。僕を君の中にうずめて、届かぬなりに愛を貫く。
「そうだよ感じて、いい子だね」
「あ……や、や、あ……っ!」
汗を舐めとり、涙も同じに。彼の全てを手に入れる。この上もなく虜にさせて、何故ならとっくに僕は虜で、だからもう僕はこんなに愚かで、愛する術すらわからなかった。
届かぬことなどわかってはいて、それでも何度も愛を囁き、届かぬ絶望の深みに嵌る。
「好きだよザッキー、愛してる」
僕の心を盗んでしまった僕の可愛い恋泥棒。言葉は重みも意味もなく、僕と同じにとても無力で、そこには形も真実もない。
(分かり合えない。全てが無意味だ)
愚かな自分の罪な行為に、喘ぎながらも心を痛める。酷い仕打ちをこんなにもして、盲目の愛に日々死んでいく。
*
触れていないと不安になって、とてつもないほど彼を虐めて、僕に絆されるその優しさに、愛の錯覚を試みる。今を作ったのは僕であり、全ての罪も僕にある。
「そのままザッキー、いつもみたいに」
許してなどとは言う気もない。地獄へ堕ちもするだろう。
「大丈夫だよ、大丈夫」
思うがままに扱って、力ない涙を落とさせて、今更何を言っているのか。呆れて笑いが込み上げてくる。僕に巣くうこの欲望が、とことん僕を壊してしまった。
「おやすみ。僕も早く寝なくちゃ」
思いは僕を駄目にする。駄目になって駄目にしていく。終われば手足が冷たくなって、また今に絶望をするのであった。
