お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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雨に凍えて、真摯を重ねて

【17983文字】
その昔途中まで書いていた雨降って地固まる的な話。ハピエン信者ですが障害が好きです。この手の不安を抱えたままのプロットは私の基本的な性癖に当たる?何年も痛みと努力を重ね続けていく健気な二人の姿を、このめんどくさい雨の度に思い出していただければ最高です。(今年の雨は春物のコートも未だに時々出番があるほど寒いし晴れたら晴れたで馬鹿みたいに暑いし、しんどい天候ですよねまったく)

        ジノザキ

(マ、マジかよ。寝てたんじゃなかっ……)
 振り返りもせず、ジーノが背を向けたまま赤崎に言った。
「君って、本当に馬鹿だよね」
 間接照明のオレンジ色の光の中、それはさも穏やかな口調であった。身構える準備をする間もなくそれを投げつけられた赤崎はと言えば、案の定それに相応しい返事の言葉を見つけることが出来ないでいる。
「おかえり、ザッキー」
赤崎はさらに喉を詰まらせ、ただ棒きれのように立っていた。大型のモニタには深夜番組の悪ふざけな映像がチラチラと光り、音もない部屋を下品に彩り、照らす。それはノイズのような煩わしさだ。この家に似つかわしくない雰囲気だった。出て行く前と全く同じなジーノの態度に、赤崎は何も言えない。
「ザッキー?どうしたの?」
問いかけに、ビクリと体を竦ませる。赤崎は今、ジーノの前の怯えた子供で、混乱に頭の中が真っ白に、いや真っ黒になりつつあった。

*

 見返りもしないジーノの髪がテレビの光に照らされている。猥雑なものでも男に触れるものは全て極上のアクセサリーになってしまうがごとく、静けさの中でキラキラとそれはどきつくも儚くもジーノを彩る。恐ろしささえ感じさせる闇夜のオーロラ、魔の棲む宝石のごとき美しさ。
 室温は普通に温かく、だが、空気はキンと張りつめている。ジーノとの今のこの緊迫は外気よりも赤崎を凍えさせるに十分で、でもジーノのその様が幻想的で、心が、思考が霧散していく。

 問われて返事も出来ない相手に、ジーノは静かにこう続けた。
「……無視……?」
無視をするつもりなど、とは焦ってもみたが、疲れと寒さと美の畏怖が反応を鈍くさせる。
(王子、綺麗だ……今、どんな顔をしているんだろう)
 指先一つ動かせないまま後ろ姿に釘付けになる中、ぼんやりと胸のあたりに洞のような実感が湧く。
(そうか、自分は今日これを失った……のか)
 異次元に迷い込んだような現実感の喪失。いつも諍いでいきり立つのは赤崎だけで、感情のすべてはジーノに飲まれ続けた日々だった。今、ずぶ濡れで無様に立っている自分は、一人遠くから過去を観覧しているような気がした。
(この人が本当に好きだった。好きで、好きで、どうしようもなかった。今こうしていてももちろん好きだ。ああ、でも俺達どうにも駄目だった……俺は馬鹿ですぐキレて……王子は……王子はいつもそんな俺を……)
 底を打ったはずの苦しみがさらに増して、息も絶え絶え、気が遠くなる。
「あの……俺」
その一言を発する際、赤崎の唇は震えていた。この声は果たしてジーノに届いているのだろうか?と思いつつも、言葉を必死で紡ごうとする。
「もう、本当にこれ以上……もういいッス、から」
自分が惨めな嘘つきに思えた。でもこれはもうどうしても歩かねばならない物語だから。
「本当に、ただ……鍵、取りに来ただけなんで」
まとまらないまま赤崎が話を続ける。
「本気で俺、忘れてただけで……」
「……」
「って、もうそんな説明も今更あれッスよね」
「……」
「まあ、なんつうかわかってるだろうけどわざとらし過ぎて気まずくて……それで……ようやく……その、こんな時間になっちまって……」
言ってから自分でハッとした。これは事実の一部ではあったが、遅くなった大半の理由というのは追って欲しくて男を待っていたせいだ。時系列を操作するような軽率な言い訳を、思わず無意識にしてしまった。この段になってなお、己の保身のためだけにだ。自分のちっぽけさ、汚らしさを晒したことに気が付き、思わず無意識に眉を寄せる。
「とにかくこんな遅くに……ッス」
赤崎は深々と頭を下げたが、背を向けて座るジーノに見えるわけもない。つまらぬ嘘がばれませんように。これ以上恥をかかずにすみますように。そんな思いが駆け巡る中でも何食わぬような態度を努めて、それでも唇はまだ震えていた。

*

 その後、これといった返事はなかった。
(本当に馬鹿だな……俺)
無反応に赤崎は肩を落とした。いつでもそうだ。饒舌に思えるジーノは黙って笑って、それをみているだけで惨めな気持ちになるのだ。ジーノは赤崎に自分の些末さを気付かさせる。最後の瞬間まで恥の上塗りだ。
(帰ろう……もうそういうのも全部これで最後)
鍵を掴んで、足早に。

 その瞬間のことだった。
「勝手だよザッキー」
ジーノは相変わらず振り向きもしない。でも気配だけで察知して赤崎を止めた。
そして、ジーノはさらに言った。
「君は本当に自分勝手」
静かながらもほんのわずかな逃げも許さないといった口調だった。そう、これはジーノの糾弾であり、叱責であり、それに初めて対峙する赤崎がどう対処していいのか分からなくなるのも当然のことだった。粗相をして叱られた子犬のように、小さく反射的な謝罪の言葉が口をつく。
「……すいません」
自分らしくもない卑屈な態度。けれどプライドが傷つく暇もなかった。

*

 完全にジーノの前で竦み、固まり、動けもしない。そんな中で、徐々に不思議な感情が浮かんできた。よくわからないその気持ちを赤崎はぼんやりと見つめる。
(なんだろう、この感覚……)
 これまで、二人の間で諍いは沢山あった。だが感情を荒らすのは常に赤崎で、ジーノは笑って受け流し、最後にはあきれるような溜息をついては黙ってしまうことが多かった。赤崎の憤りを歯牙にもかけない日の翌日、ジーノは何事もなかったように普通に笑顔で、わだかまりはそのままくすぶり続け、次の爆発まで蓄積される燃料になった。
 そうなのだ。直接こうして悪感情をぶつけられたことなどただの一度もないことだった。それが今。何故、今。
「王子、なんつうか……その……」
赤崎が玄関を見つめながらジーノに言う。
「俺達、本当に“相性悪かった”んスね」
 相性が悪い。それはこれまでも、そしてついさっきの出て行く直前にも散々繰り返してきた赤崎の口癖だった。そして、またそれを言うのかと笑うのがいつものジーノだった。
「……喧嘩も上手く出来なかった。王子は子供をあやすように俺を宥めて……それが本気で嫌でした。でも、あんたには全然通じなかった。通じてたのかな、よくわかんねぇけど」
ジーノは今、いつもの曖昧な笑顔を浮かべるジーノではなかった。表情が見えなくてもそれはわかった。飛び出した赤崎を追うことなく今がある。そんな今日。このタイミングで何故?それはわかりたくもない納得の理由。
「……その願いが突然こんな形で叶うなんて……なんスかね、これ……はは、笑らえる。まるで間の抜けたコントみたいだ」
じっとしていると服から雨が滴り落ちる。涙のように床を濡らす。無表情のまま赤崎がぽつりと足した。
「終わるって、こういうことなんスね。そう、終わったからこそ……今……なんだ」
そのことを深く実現したこの瞬間、なんでもっと早くに、と、本当は何度もこうして二人、と、詮無きことを考えては雨露が汚らしく床を濡らす。
「本当に俺らの相性、最後まで……」

      ジノザキ