雨に凍えて、真摯を重ねて
【17983文字】
その昔途中まで書いていた雨降って地固まる的な話。ハピエン信者ですが障害が好きです。この手の不安を抱えたままのプロットは私の基本的な性癖に当たる?何年も痛みと努力を重ね続けていく健気な二人の姿を、このめんどくさい雨の度に思い出していただければ最高です。(今年の雨は春物のコートも未だに時々出番があるほど寒いし晴れたら晴れたで馬鹿みたいに暑いし、しんどい天候ですよねまったく)
「あんたがすぐにそうやって俺を」
とても耐えられなくて、とうとう、赤崎はそれを言った。
「そうやって何にも言わないで、俺のわがままに付き合ってしまうから!知らないうちに甘やかすから調子に乗って俺は!」
掴んでいたのは手。それを強引にジーノの目の前に突き付けた。
「なんなんだよ、この赤い指っ」
そして赤崎は反対の手で、ジーノの前髪を掻き上げるようにして指に絡める。
「王子、俺に説明して下さいよ。ほら、この濡れた髪も!」
思えば玄関にあったもう一足の濡れた靴。赤く冷えた手。光る濡れ髪。
「王子。あんた、どれだけ外にいたんスか」
繋がっていく状況証拠が、必死に自分を探すジーノの姿を形にする。
「あんたが雨の中を傘も持たないで?王子!そういうのマジやめてくれよ、もう」
「違うよこれは」
「風呂上りとでもいうつもりですか?ほら今もバスローブじゃないし部屋着でもない。よく見たらそれも俺が出て行く前と違う服じゃないッスか!」
その時、一瞬だけ逸れたジーノの視線を見逃さなかった。
「一旦俺のために風呂を沸かして、また探しに出るつもりで着替えたんだ」
「何の話?」
「またそうやって!誤魔化さないでちゃんと言ってください。文句でもなんでも俺、聞きますし!」
「笑っちゃう、妄想逞しいよね」
「王子!」
「本当は僕が言いたいのは、一刻も早くここから立ち去れってことだ」
「違う、そうじゃなくて」
「帰るんだザッキー」
「嫌です、絶対に!このままでなんて納得できない!」
「いい加減にっ」
手を振り払って声を荒げて、ジーノはそのことに自らも驚いてしまったように息をのんで小さく言った。
「ごめん……なんでこんな、違うんだザッキー」
ジーノの動揺がその詰まった口調に見て取れた。
「本当にもう……ね?いい子だからこれ以上は勘弁して?」
まるで赤崎がジーノを糾弾しているかのようだった。
「全部君の言うとおりだよザッキー。僕達は心底相性が悪い。一緒に居たら碌なことがない」
訥々とした言い方がジーノらしくなかった。
「無理なんだ。ちゃんとわかっていたんだ僕も」
ジーノが赤崎の顔を、目を見ない。
「王子……」
「どうしようもないほど……わかっていたよ?君に繰り返されるまでもなく」
自分を自分でそっと抱き締め、心細そうにジーノが震える。
「わかっていた……全部ね」
ふと伏せた仕草が弱々しいほど幼気で、振り絞るような声が消え入るようにとても儚い。
「だからもう……ザッキー、今日を限りに二度とここには来ないで。これ以上関わりたくもない」
ジーノはそう小さく呟きながら、作り笑いを浮かべる努力もやめてしまった。赤崎は閉ざすジーノを覆うようにその身をそっと抱き締めた。どんな言葉が零れようとも、ちゃんと通じていると教えるために。
「やっと終われる。ただそれだけで僕達二人はハッピーになれる」
ジーノからは男の嫌いな雨の匂いがして、申し訳ないほどそれを深く吸い込んでは、全身で赤崎は堪能した。
「俺のこと、そんなに嫌いッスか」
「もちろん」
「即答ッスね」
「やっと厄介払いが出来るんだ。こんな決定機、見逃せないよ」
「まあ、普通にそうなりますよね」
ジーノは抵抗しないのか出来ずにいるのか少しずつ赤崎に体を預ける。それをさらに促すように、赤崎はジーノの後ろ髪に優しく触れる。
「そうっスよね、だってこんな冷たいあんたの大っ嫌いな雨の中を、闇雲に走らせるような馬鹿な真似をさせた」
抱き返すこともなくジーノは呟く。
「……全く……考えられないよ」
「えぇ、本当に」
赤崎は自分で追いかけて来てくれることを願いながら、ジーノをまるきり信じてなどいなかった。心にはいつでも、卑屈と僻み。ふざけて笑うだけの男の、心を何も見なかった。
「僕が誰だと思っているのさ」
ジーノの気性。プライド、優しさ。十分過ぎるほどわかっている気で、何もわかってはいなかった。
「勝手に飛び出して心配させて。どこかでどうにかなっていたらなんて、きっと生きた心地なんてしませんでしたよね?」
嘘のような世界。ジーノの身に起きた不幸について今喜びを感じている事実で、自身の人の悪さを自覚させられる。
「最低だよザッキーは」
「確かに最低だ」
ジーノの言い分に何一つ反論が出来なかった。
「いつだって君はそう。わけのわからないことさせないでよ、この僕に」
気付けなかったジーノの真実。そのまま終わるはずだった二人の生活。
「無神経。自分勝手。すっごく我儘。相性も最低。大っ嫌い」
ジーノの腕が赤崎の背に回る。冷たく赤いジーノの指はいつしか火照り、静かに這う優しさは変わらない。
「こんなにも必死にさせて……そんなことすら気付きもしない。いつも、いつも、君はそう。惨めにさせないでこれ以上」
「ごめんなさい」
「どうせ口だけ」
「そんなこと」
ジーノの濡れ髪が赤崎の頬に触れる。そうさせたのは自分なのだと、その冷たさにゾクゾクする。
「ううん、絶対口だけに決まってる。僕がこんなに凍えているのに、どうせ呑気にお湯落として出て来たに決まってる」
「あ、だってそれは……」
「ふ……やっぱりそんなこったろうと思ったよ」
「だってまさかそんな、王子もそれならそれで先に自分も次入るからあがる時に落とすなって言ってくれれば」
「ほら、また人のせいにする」
「いや、だって流石にわかれっていう方が無理っスよ王子。俺ッスよ!?」
「お湯も僕も簡単に捨てた」
「違うし!」
「単純に君には愛が足りないの」
「あー!もう!チクチクチクチク!俺もう一度風呂沸かしますよ!ね?だからちゃんと雨流してあったまって、」
「あったまって?何?」
今、分が悪いのは赤崎の方であって、しどろもどろになりながら拗ねたジーノのご機嫌をとる。
「ともかくもう時間遅いけど今から用意しますから!だから王子ちょっとだけ寝るの待っ」
「嫌だ。入らない」
「駄目ッスよ王子、絶対風邪引きますって」
「やだ」
と繰り返し言うな否や、ジーノの指先が赤崎の顎を捕えた。
「!?」
「嫌だよザッキーも一緒じゃなきゃ」
赤崎はキスをされる気がした。そうして実際にその通りになった。だがそれはこの甘えたこの口調からは想像できない、こわごわと触れ合うだけのようなキスだった。緩んだ空気は表面だけで、傷が修復出来ていない証拠だった。
「お風呂、さっき沸かす時……仲直りしてから二人でゆっくりって、そんな風に……ふふ、祈るみたいに」
「王子……」
少しずつ互いの体温が戻っていくとともに、余すことのない愛が溢れ出す。
「君がいなくなるんじゃないかって、ずっと怖いままなんだ」
片方が唇をそっと吸えば、もう片方が同じように吸い返し、おずおずと様子を見ながら舌先は触れ合い、少しずつその絡まりを増やしていった。
「最低だこんな……すっごく怖い」
十二分に相手を味わったのち、赤崎は言葉が零れ落ちるジーノを感じた。
「わかっているんだ、無理なこと。でもそれを言う残酷な君を許せない」
ジーノが本当の心を見せている。傷ついていると赤崎に語る。
「もっと愛して。お願いだから」
「君の見る夢は僕の未来。君が願えば逆らえない」
