雨に凍えて、真摯を重ねて
【17983文字】
その昔途中まで書いていた雨降って地固まる的な話。ハピエン信者ですが障害が好きです。この手の不安を抱えたままのプロットは私の基本的な性癖に当たる?何年も痛みと努力を重ね続けていく健気な二人の姿を、このめんどくさい雨の度に思い出していただければ最高です。(今年の雨は春物のコートも未だに時々出番があるほど寒いし晴れたら晴れたで馬鹿みたいに暑いし、しんどい天候ですよねまったく)
クシャン!
くしゃみをしてふるりと震えるジーノに慌て、赤崎は手を引いて強引にバスルームに向かった。
「とりあえず沸かしながら先シャワーだけでも」
大人しくついてきたジーノが脱衣所でぼんやりしているのに気付いて、それをせかすように赤崎が言った。風邪を引かせては堪らない。それも自分の馬鹿のせいで。
「聞いてます?ほら早く脱いで」
「ん」
両手をすっと豊かに広げて、高飛車な表情で赤崎を見ていた。
「え?何スか、それ」
「察して?」
刻まれる眉間のしわに困惑して、おずおずとその胸に抱きつくと、違う、と口を尖らせ文句を言う。
「じゃあ、なんだよ!」
「頭悪いなぁ。ザッキー今、僕になんて言った?」
「シャワー浴びようって」
「その後だよ」
「聞いてます?だっけか」
「その後!」
「早く脱い……は?もしかして、俺に脱がせろって言ってます?」
「ん。でも君が先」
甘えるようなその目は妙に潤んでいて、赤崎は艶めかしさに目を背ける。
「わ、わかりましたよ!」
「怒ってる……」
「べ、別に怒ってねぇし!」
恥ずかしいだけだ、とはとても言えない。
お湯をためる準備をしながら赤崎が言う。
「すぐですから髪とか先に洗っててください。あ、そうだ。シャワーのお湯、気持ち熱めにした方が」
「駄目だなぁザッキーは」
「は?」
「君が洗うんだよ」
「は?」
「ね、その受け答え、二回必要?」
おそるおそるジーノの髪を洗っている赤崎にジーノが淡々と言う。
「いっつも僕に洗わせてばっかりで……いいじゃない今日くらいは。ねぇ?ザッキー」
「ずっとそんな風に思ってたんスか」
「僕は綺麗にしてあげてるのに。丁寧に。隅々までそれこそたっぷり愛を込めて」
聞けばジーノの心は知らないことだらけで、いちいち言い分に驚かされる。
「単にあんたの趣味かと思ってました」
「馬鹿にして」
「だってあんたいつも調子に乗って、結局すぐに、い、いやらしいことし始めるからその、てっきり、俺」
流し終わった赤崎の手をどけて、ふるふると髪の水滴を飛ばしながらジーノが言った。
「それも愛情表現の延長なだけだ。はぁ、全くザッキーときたら」
(うわぁ、めんどくせぇ……)
「今面倒くさいって思ったでしょう」
話を誤魔化すように赤崎がジーノに笑った。
「王子、次、体洗いますよ」
「しぶしぶ?ほんっと、足りないよねぇ!ザッキーの愛!」
「違いますよ!足りないのは愛情じゃなくて表現技術っつうか!冗談でもそういうことは」
「聞きたくないならもう二度と言わない」
どこか幼げにふるまうジーノの態度は、やはり不安定なままだった。縋るようなことを言いつつ、切り捨てるような冷たさもある。右へも左へも進める道のり。ジーノは選ぶのは君だと目で語る。すべては君の願うがままだと。
おぼつかない手つきでジーノの体を洗う。力の入れ具合もわからなければ、どこまでどうすればいいのかもわからない。何故なら赤崎が先程言った通り、ジーノがこれを赤崎にする時は必ず、いわゆるそういう意味を含んだやり方だからだ。なし崩しに始まる日常のそれを、今再現するべきなのか、どうなのか。それをジーノは愛と呼ぶのか。
(単純にただ洗えってだけだったら恥ずか死ねる……)
胸元を洗い、腕を洗い、背中を洗い、考え込む。ふと見るとジーノの足先が手先と同様、しもやけで赤く染まっていた。自分なんかのためにと胸が痛んで、思わずそれに手を伸ばす。
(うわ、結構思ってたよりひでぇな、これ)
自分自身は一度湯船に浸かったのもあり、大分楽になっていた。
「こんなに冷やして……駄目じゃないですか体ちゃんと大事にしなきゃ」
「君のせいだろう?」
ボディソープのぬめりを利用しながら、両手で丁寧にマッサージをする。時々くすぐったそうにジーノは笑い、大人しくしていろと赤崎が言った。
その時。
「あ、風呂沸いた」
「本当だ」
聞き慣れたお知らせ用の音声は無機質ながら、奇妙な空気感への助け舟となる。
「じゃあ、一緒に入りましょうか。仲直りに」
流すのにシャワーを手に取りながら赤崎が言うと、ジーノが不思議そうな顔でそれを見上げた。
「王子?どうかしましたか?」
「ザッキーが優しい」
「ばっ……散々やれやれ言っといて、何スかそれっ」
喜んで欲しくて色々とやってきたが、呆れるほど幸せを噛みしめているジーノに気付かされる。
「そんな顔……こっちの方がビックリッスよ。たかがこんなことで」
体がみるみる赤く染まっていくのを見られたくない。そう思えば思うほど。そんなものだ。
「わかるわけないでしょう?そうだよ王子、そうやって常々言ってくれれば……そうしたら俺だって俺なりに少しくらいは……」
湯船の中、背中から抱きついているジーノに話しかけながら、湯船に浮かぶ無数の泡をぼんやり眺めた。
「いや、そうッスよね。俺が言わせなかった。俺ばっかりが我慢させられてるって顔して、自分が、自分が、そればっかり」
ジーノの肩に、コツンと頭を寄せて目を閉じた。こうすればジーノは耳にキスをくれる。愛を囁く。
「悪かったのは全部俺だったんだ」
ジーノは
「ううん、相性の問題さ」
と静かに笑った。
こうしてキスを受けたのはもう数えきれないほどだった。その度に赤崎は今だけは愛の錯覚に酔いたいと願った。欲望を埋め合わせるためになされる、儀式だと思いながら目を閉じていた。
(相性の、問題……)
愛を信じられない赤崎の臆病をも、ジーノはその一言で片づけていた。
*
すっぽりと入れ子になる形で抱き締められていると、背中にジーノの心音を感じる。ゆっくりの時も、早鐘を打っていた時も、思えば心地良いものだった。
「俺、今ちゃんと王子のこと愛せていますかね」
「……さぁ、どう思う?」
激しい雨の降ったあの夜から、二人の関係は変化した。赤崎は慈しむようにジーノに寄り添い、ジーノの作り笑いがやや減った。不安の夜には寄り添い合って、楽しい朝には素直にじゃれ合い、似つかわしくない努力を重ね、不器用ながらも互いを支えた。
「僕は君を愛せているかい?」
ベッドでは、ジーノが離さないと思う以上に離れないという気持ちを込めて赤崎もまた抱き返すようになった。ジーノにつけた無数の傷が、少しでも良くなりますように。
(王子……)
雨でジーノが不貞腐れる度、濡れ髪のあの日を考えた。愛に自信のない二人。不安ばかりを見つめたあの日々。痛みは今でも心の中に。ジーノは気怠く窓を見る。
「梅雨と言うより、雨季だねこれは」
この雨に似たジーノの憂鬱。繰り返されるあの日の記憶。
「明日も予報じゃ荒れるって」
嘘が苦手な赤崎と、不必要なほど心を見通すジーノ、たやすく二人は掛け違う。
「ねぇ、それさっきも聞いた」
わざわざ何故それを言うのと、ため息交じりに伸びをした。その度赤崎はまた思うのだ。間の悪い二人の関係性を。
(ああ、王子と一緒に居るとつくづく自分が嫌になる……)
人の想いに配慮がない。思ったことをすぐ口にする。自分の強みと考えていた。子供なだけだと恥じ入った。
「ザッキー……」
ジーノがふざけて赤崎の股間を握りしめたので、ぎゃっと声をあげて思わず怒鳴った。
「何すんですか!!」
「そうじゃないなぁ、学習しよう?」
「んだよ王子、やめっ……」
「やだ、やめない」
おねだりをするような、甘えるような。耳を優しく甘噛みされて、赤崎は腕の中で反射のように大人しくなる。
「こういう時はキスだよ、ザッキー」
くどく思うほどの過剰な表現、半分冗談、半分本気。
「伝わるけれどそうじゃない。わかった?ザッキー。抱き締めて」
ただ闇雲な不器用の愛と、逆らえもしない盲目の愛。ぬかるみはそこここに広がっている。足を取られる。掛け違う。
「そうやって簡単に落ち込まないで。意地悪ザッキー、痛いよ僕が」
抑揚のないジーノの声に、赤崎は愛の努力を感じる。だから赤崎も努力を重ねる。乞うことの苦手なジーノのためにと。らしくなくても、未熟でもと。寄り添いあえねば飲まれてしまう、身に沁みてわかっていることだから。
「こう、……ッスか?」
「ん、足りないザッキーもっと」
キスは眩暈。深い幸福。愛情表現とジーノは言って、少しずつ赤崎も感覚を掴む。表現と体感、不安の霧散、快感というより陶酔、安寧。
「もっと。だから泣かないで」
心と体を慰め合って、強欲な未来を二人で夢見る。泣きそうな顔で癒し合う。真摯をあまねく、重ねて、連ねて、息も出来ないそんなキスを、激しい雨の凍える夜に。
