雨に凍えて、真摯を重ねて2
【17712文字】
続きというか蛇足というかおまけです。前作の話の裏側はこんな感じかなーと前日談や後日談などつらつらと。中途半端で終わっていますが移籍とか年取った二人とか、雨の中に色々と想像しています。ほぼ推敲なし、書きっぱなし。そういうのやる気がどんどん失せています苦手。でもどうせあげるなら6月中だよなーと思って。
二人は愛していると互いに囁き、キスや夜の共寝もする。一緒に居たいと願い合う。胸にある感情は安らぎと激しさ、不安と高揚、確かに友情とは質が違う。赤崎は繰り返し考える。
(俺達って一体何なんだ)
*
「ほら行くよザッキー、どうかした?」
ある時からジーノは赤崎をザッキーと名付け、飼い犬ごっこをし始めた。嫌がるほどに笑って絡んで、どうにもこうにも赤崎は困った。何せジーノはあまりにも自由なタイプで、苦言も苦情も笑って流し、話に耳を貸そうともしない。
「またそんな顔をして。嬉しいくせに」
「!?」
結局、飽きるのを待つしかないと悟った。
「はは、ザッキーは本当に面白い」
(面白くねぇよ……)
ジーノの態度に、屈辱と羨望。いっそ禍々しささえ感じる異様なオーラ、考えられない倫理観。人との奇妙なあの距離感、魅惑的なあの笑顔。
「何だい?難しい顔をして」
(あり得ねぇだろ……この俺が耐えるしかないなんて)
だが漠然とした思いは日を追うとともに確信が伴う。結局のところジーノとは、いわゆるこの世の覇者の血族、人界に放たれた龍か麒麟か、その手の異質な存在であるということ。
(わけのわかんねぇ人だな、まったく)
そんな存在でありながらも、本来の責務を果たさぬ極楽とんぼ、しかも自称王子とは聞いて呆れる。
「いい天気だ。こんな日に練習なんて、あー、なんてもったいないんだろう」
(絶好の練習日和だろ?暑いなら暑い、雨なら雨でなんか文句言わねぇと死ぬ病気か?)
人のふりをする選ばれし化け物、愚行がわからぬ馬鹿ではないはず。
(ほら、文句言いながらご機嫌じゃねぇか。へらへらしやがって、この会話に意味でもあんのか?ねぇだろ?一体なんだよ。真面目にやれ)
色々その行動のロジックについて考えてみたが、ザワザワとした違和感と謎が増えていくだけだった。浮世離れしたジーノの在り方。苛立ちと興味、憤り。最初から複雑な感情だった。
「そんなに知りたい?僕のこと」
馬鹿どころか。
「いいよ?なんでも訊いてごらん」
つまりはそういうことだろう?と、ジーノの要約は時に的確だった。自分でもわからない思考の答えを、たやすく提示しニコニコ笑う。
(なるほど。そうだ、俺は知りたいんだ。この人のこと)
なんでも、と言われて、なんでもいいのかと確認をした。何を訊きたいか考えた。
(よし、うんと困らせてやる)
だが、赤崎は眉を寄せて押し黙る。
(サッカーを始めたきっかけ、プロになるのを決めた時期。今の状況、人生の目標……)
どれもこれも本音を訊ねてみたいが、なんだか場違いなような気がした。そんな時ジーノが笑って言う。
「今の彼女の人数かい?それはねぇ」
「はぁ!?あんた何言ってんだ?」
「おや、外れた?」
「そんな下世話なこと、考えたこともねぇし、興味もねぇッス」
あはは、下世話ねぇ、と相変わらずジーノは楽し気だ。いつでも混乱の増す会話。心に波風が立ってしまう。
「大体前提からして……彼女っつったら普通はいても一人が当たり前の……」
「わーお。普通?当たり前?」
今初めて知るというようなわざとらしさで、感心しているような奇妙な態度。
(ああ、頭がめちゃくちゃになる)
確かに日本語で互いに話しているのに、ジーノだけ違う次元で思考しているような体感が広がる。噛み合うようで根本的に通じ合わないのだ。というよりも寧ろ受け答え一つに対して、試されているような被害感情が起きさえしていた。
以前どういう流れだったか失念したが、いわゆる男と女の仲について少し突っ込んだ話をしたことがあった。経緯は忘れたが鮮明な記憶だ。
「そういうの、理不尽じゃないッスか?」
「何故?」
その時も奇妙な空気になった。ジーノは自分だけを見つめる相手がよく、なのに自分はそうする気なんてないという。不公平だと赤崎が言うと。
「納得できないなら僕と付き合わなければいいだけだ。とてもフェアだと思うけど?」
いわく、
「僕は『君だけだ』なんて嘘はつかないし。『貴方だけ』という嘘も受け入れない。ただそれだけの話だよ?どこがいけない?わからない」
「でも『貴方だけじゃない』と言われたら切るんでしょう?」
「仕方がないだろう?条件が合わないんだから。ただ友人に戻るだけだし、いがみ合って別れるわけじゃない。仲は良いままだし、いつも円満で平和なものさ」
喧嘩などしたことがないと言う。
「優しいし誠実だってみんな僕に言うよ」
明らかに奇天烈な論理であっても、ジーノが笑ってそう言うと。
「互いの価値観を尊重しあう。理不尽?真逆だよ」
別に赤崎を論破しているという態度なわけでもなかった。立場はあくまでも対等に、文字通り相手(赤崎)を無下に扱ってはいない。言動と態度が一致している。ジーノは如何にもフェアな人だと変に納得してしまう。
「『自分だけを見つめて』と相手に言われたとして、出来ないのに騙して付き合うのは失礼だとは思わない?」
「……」
「君はそういう人物を尊敬する?僕は嫌だなぁ」
納得する自分にイラついた。なんでそうなるのかもよくわからない。ジーノといるといつでもそうだ。意見が潰されてしまうような感じがするのだ。
(そう、聞く耳を持たないというのは単に語弊……ああ、なんだかもやもやする)
意外なほどジーノは丁寧な受け答えをする。煙にまかれると感じるのも、受け止められていると思うのも、所詮聞いている側の主観に過ぎない。赤崎は自らの根底の揺らぎを感じて、ジーノについつい噛みついてしまう。
「出来ないのに騙して付き合うのは失礼って、いいッスか?王子。二股前提って自体がおかしいンスよ」
「二股ってわけじゃないけど」
「あー、あー!何股かなんて知りませんけどね!」
「ゴールと勝利とどっちが好き?」
「はぁ?」
「父と母は?パスタとステーキ、空と海。選べる方がおかしいよ」
思いもしないことを言われてかき乱されて、わけがわからなくなってしまう。
「でもあんたは他人に選ばせる」
「しないよ。相手の自由だ。強要してない。僕は僕を選べなんて一度も言った覚えはないし」
「同じことですよ!」
「言っていることがわからない」
「選ばなきゃ一緒に居られないんでしょう?」
「お互いに無理をする必要はないって話の何がいけない?」
「いつだって相手に無理をさせているんですよ、あんたは!現に俺だって何度もあんたに」
「……君に、何?」
ジーノは曖昧に笑う。
「自由だ自由だって、勝手なんスよいつも」
不平不満を言い始めると、最後には思ってもいないことまで言ってしまう。ジーノは笑って、黙って聞いて、赤崎が疲れて会話が終わる。
「いくら話し合ったって、どうせあんたにはわからないでしょうけどね」
(……わかってる。王子は確かに強制なんてしない。相手にとって最上たり得る自分に疑問がない、そうじゃない女が王子に近づいてくること自体がない、ただそれだけなんだ)
宝石が自らの宝石性に不思議を持たない。結局は、他者(赤崎)の想定自体が理解出来ない。そのことに誰が文句を言えよう?赤崎は自覚的だった。でも。
(そう、この嫉妬と羨望……力ある者を糾弾して、一体何になるんだ。意味がない)
頼みもしないのにジーノに熱狂しているファンが沢山いる。よりその思いが強い方が、宝石の傍に居られる権利がある。それらでジーノの周りは埋め尽くされる、ただそれだけに過ぎないのだ。実際、ジーノがただ一人の手を取ったとすれば、きっと世の悲しみは深まるだけであるのも事実であろう。
誰のものでもないからこその平和な関係。頭では理解出来ているのに、赤崎の心には絶望が犇めく。何故それがこの世で許される?けれど、許せないと思うこと自体が無意味なのだ。
(俺は自分を被害者だと?……ああ、本当にそうなのかと王子に真面目に問われたら……駄目だ、またわけがわからなくなる)
「人が嫌がることはしない主義だ」
ジーノが嘯く。本当のことかもしれないと、揺れる心が迷わせる。
