お花結び

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雨に凍えて、真摯を重ねて2

【17712文字】
続きというか蛇足というかおまけです。前作の話の裏側はこんな感じかなーと前日談や後日談などつらつらと。中途半端で終わっていますが移籍とか年取った二人とか、雨の中に色々と想像しています。ほぼ推敲なし、書きっぱなし。そういうのやる気がどんどん失せています苦手。でもどうせあげるなら6月中だよなーと思って。

        ジノザキ

 赤崎が初めて食事に誘われた時はこうだった。
「理由?だって嬉しいでしょう?僕と一緒にご飯食べるの」
ジーノは、何を言っているんだか、とそんな顔で、ただただ楽しそうに笑って見せた。
「は?嬉しくないですよ?」
赤崎もまた、何を言っているんだ、とそんな顔で言うと、
「え、そうなのかい?」
と、ジーノは心外そうに目を見開いた。そして、
「君ってよくわからない。どうしてそういうことを言うの?」
と、同意もとらずに手を引いた。まあいいや、が口癖の男は、いつでもそうだった。有無を言わさぬ笑顔と行動、赤崎を可愛がっている気満々で、動機は極めて親切と善意、腐すのも申し訳ないほどのとても純粋な態度であった。
「ね、美味しいかい?」
「……まぁまぁッスね」
「そう、よかった」
遊んで帰って赤崎は思う。
(時間を損したなんて考えたくない。確かにあんな高級な店なんて行く機会も……ある意味貴重な経験になった。そういうことにおくか)

 くしゃくしゃと頭を撫でられた時、髪が乱れると怒ってみせた。

 話が盛り上がって楽しい夜、泊っていきなよと笑って言われて、冗談だろうと思って帰った。

 いつもいつも驚いてばかり。後からぐるぐる考えるのだ。

(そうか俺、やっぱり全部、嬉しかっ……いや、わかんねぇ、そう思うように努力しているだけで……だって……)
 
 スキンシップの多い人で、二人で居ると必ずありえないほどの近さで座った。凭れ掛かったり、肩に縋って、
(まるであんたが犬だ)
と思うのにも随分と慣れてしまった。
(距離感がおかしいんだよ、この人は)
空に羽ばたく鳳凰が、肩ノリの小鳥のようにも思える。そう思おうとしているだけか、ジーノの罠による錯覚なのか。
(罠?だとしたらなんのための?)
動機など思いつきもしない。そう、考えても、微塵もありもしない。

 そんなある日のことだった。ジーノが雑誌を読んでいるので、赤崎はぼんやりとテレビを見ていると。
「暇だね」
「そうッスか?」
「面白い?」
「何がッスか」
「そのテレビ」
「……まぁ」
アスリートがいろんな企画に挑戦している。いわゆるお茶の間受けする花形選手達。面白いかと言われて不機嫌になる。色々と思うところもあるのに気付いてしまったからだった。
(王子って上手に水差すなぁ)
「ねぇ」
「……何スか」
「あのね」
テレビの受け答えを眺めつつ、まとまらぬ自分の思考を追いかけていた。
(俺、今何考えていたんだろう?別にこんな番組出たいとも……いや、出たいのか?確かに他業界の知り合いが増えるというのも)
「あ。ザッキー、人の話、聞いてない」
その通りだった。へそを曲げられてもたまらないので、適当に訊き返したのだが、結局意味がわからなかった。
「……?え?今なんて……?」
「だからね?」
聞こえて、それから真顔になった。赤崎はジーノのこういうところが不快なのだと思う。意味不明のことを突然言い出し、反応を笑っているような気がする。
「あのですね。王子」
「したくないの?」
「えぇ、全然。なんでしなきゃいけないンスか、キスなんて」
冷静に。平常心で。反応を美味しく食べたい男に、欠片の馳走ももてなす気はない。赤崎はまるで子供を諭すように、全ての感情を殺して言った。
「王子、本当にあんた、大丈夫ですか?俺、時々心配です」
あやふやな表情から感情が読めない。超然とした目線、考えを隠す魅惑のオーラ。
「何スか」
「心配?」
「えぇ」
「僕は君が心配なんだけどね」
「は?」
「まぁ、いいや。恥ずかしがり屋な性分は諦めているよ」
その言葉はあまりに高飛車なものだが、ジーノが口にするとニュアンスが違った。愛されるのが当たり前の天真爛漫、確かにジーノなら不思議もない。
(そう、この人なら……いや、根本的におかしいだろ?ああ、最近かなり毒されてきている気がするぜ)
赤崎は自分に苦笑しながらも、棘がないように優しく言った。
「いいッスか?王子。俺があんたとキスを『したくない』のはひとつもおかしくないことです。恥ずかしいからでもありません」
ジーノは赤崎の反応に怒るでもなく、ただ瞬きを数回繰り返し、大人しく説明を聞いていた。
「確かにあんたとキスしたい女はごまんといると思います。でも俺はそうじゃない。わかります?」
「んー……ごめん。わからない」
はぁ、と今一度大息をついて、
「あのですね」
と説明をしようとした途端。
「ザッキー、僕今日さぁ」
「王子、今俺がしゃべってんスけど」
ジーノにはこういうところがある。空気を読むし、察しも人よりいいはずなのに、何故時にこうなるのか理解に苦しむ。でもスピードが違うせいかもしれないと、繰り返しの中でこれにも慣れてきていた。
「いたじゃない?練習見に来ていたおっきな」
「ああ、いましたね。犬連れのファン」
親子で来ていた彼らをキラキラとした目で見ていたのには気付いていた。サッカーボールを持ってきていて、練習を見ながらも、子供が犬と一緒になってボールにじゃれるように遊んでいた。なるほどと赤崎は納得してしまう。
「単純にうらやましかったンスね。ああいうのが」
「うん」
「……」
「君もそう思わなかった?」
全然。その光景を見るジーノの表情がドキリとするくらい印象的で、赤崎の頭がぐしゃぐしゃになって、そして。ジーノは構いもせずに話をしている。
「ザッキーも僕と遊びたいよね?だって僕の犬だもの」
頭がいいのか、悪いのか。いや、わかっていてやっているのか、裏があるのか。ジーノの言動はわかりやすいからこそ、感じる、この思考の次元の差が怖かった。
「あ、遊びたくないです。これっぽっちも」
じっと見ているその目が怖い。赤崎はつくづくこう思うのだ。一緒にいるだけで嫌な気分になるというのに、どうしてこの日々を繰り返すのかと。
「そんな……だ、第一なんでその流れでキスっていう」
「ザッキー」
「やめてくださいって」
しな垂れて迫るジーノに身を強張らせ、赤崎はギュッと唇を噛んだ。
「本当は?」
「王子、いくらなんでも冗談が過ぎます」
「……冗談じゃなかったら?だったらいいの?教えてザッキー」
龍か、麒麟か、鳳凰か。見つめられれば無力になる。
(本気で……?それって、一体……)
 これが初めてのキスだった。
(ああ、本気ならなんだっていうんだ、それなら納得できるのか……こ、んな……こと)
ふんわりとやわらかく、温かく、のちに湿り気が熱かった。理由も意味もおざなりのままの、そんな二人の始まりだった。

*

(なんで……)
 赤崎はキスなんてあり得ないと思っていたし、もっと不快なものだと考えていた。でも結果的にそうではなかった。それが心底嫌で、恐ろしかった。
(王子……)
 あの日から感触を何度も思い返した。重なる柔らかさ。ねっとりと熱い。

――ふふ、これじゃ逆だね。本当は犬が飼い主を舐めるのに

ジーノの口元は笑っていたが、その目はとても冷静だった。
(実験動物を見つめるような……)
あそこまでの恐ろしさは初めてだった。自分自身のハンドルを他人に渡した不安と安堵、圧倒的な立ち位置の違い。思い出すだけで鳥肌が立つ、四肢をもがれる虫ケラに同じ。
(駄目だ。あの人はマジに……ヤバい)
知っているはずのことだった。あれは人外、恐ろしい魔物だ。全部わかっていたことなのに。
「ザッキー」
あんなことをした後で、また家に行き、ああ、全部が予定調和だと考えた。赤崎は黙って目を閉じて、そんな初めての夜を迎えた。

*

 癖なんだろうか、ジーノはベッドで沢山の愛の言葉を赤崎に囁く。それを聞いて心と体は震えて、赤崎はその度こう考えた。
(うまいもんだな……より効果的な方法を知っている)
手練手管の技術力、そんな風に解釈していた。言葉だけとはいえ好意を沢山浴びれば、体は快感を深めてしまう。赤崎は身を以てそのことを知り、ジーノはそれを観察していた。行為は回を重ねるごとに、より濃厚なものになっていく。まるで麻薬。逃げられない。
(あぁ、凄い……っ)
今更ながらジーノの論理が体に沁みる。
(こんな、されたら……どんな女もっ……)
ジーノは相手を満足させる容姿と優しさに加えて、過ぎるほどの腕があった。そしておそらくはそこまで含めた意味での、自分に対する存在の自負も。女達を『貴方だけ』にさせる自信があるからこそ、あんな言い方をするのだろうと、毒を埋め込まれる度に理解が深まる。
(そう、『私だけを』の願いはこうして簡単に握り潰されていくんだ……ああ、失っては生きていけないと、贄達の悲鳴が沢山聞こえる……みんな、みんな、俺も同じ……王子、あんたの世界はなんて世界だ……)
感じるのは恍惚と苦悶。天上の至福と、底のない地獄。
「好きだよ、ザッキー」
赤崎は善がりながら密かに泣いて、ジーノはそれを見つめてキスをする。星降るように、慰めるように、放心の赤崎を外気からそっと守るように。

*

「よかった?」
「……そういうの聞きたがる男は最低だってネットの記事に」
「さすがに言わないよ君以外には」
きっと実際そうなのだろう。だが、深く考えると複雑な気持ちになってしまう。赤崎はもやもやを違う形でこう吐き出した。
「正直、いいっつうよりも疲れますね」
「ふぅん、そうなんだ」
苦笑するジーノは雨濡れる窓と、その先の暗い空をぼんやり見ている。
「じゃあ、あんたは?」
「僕かい?疲れたよ僕もね」
「たいして良くなかったと」
「まあ、それなりにエンジョイは」
赤崎はジーノの正直な態度にも苛立ちを持つ。だが、リップトークが欲しいわけでもないので、腹が立つ方が変だと思った。うまく感情が整理できない。だから浮かんだ言葉をそのままの形で口にする。
「なのになんで懲りずにするんだか」
「ん……なんでかな、しなくてもいいのにね」
(よくわかんねぇ人)
「君とするのはとても疲れる。でも修行みたいで楽しいよ」
知れば知るほどわからない。けれど全部わかるような気もしてしまう。咀嚼出来ない感情と思考が、やはり赤崎を疲弊させた。

*

 今日はお散歩日和だね、とご機嫌な男に、赤崎は淡々とこう言った。
「あ、悪いんですけど今日は」
「?」
午前練が終わった後、世良達と食事をしに行くことになったのだ。ジーノとの約束が先だったが、久しぶりのことなので。
「……」
ジーノは曖昧な笑顔で、そのあとすぐに明るく笑った。
「そう、じゃあ僕も一緒に。セリー、ねぇ今日は何処に行」
「な、なに言ってんスか!」
「え?王子今俺になんか言いました?」
「言ってない!」
「なんでザッキーがセリーに返事するのさ」
ジーノは少し不貞腐れつつ、結局気が削げてしまったのか、まあいいや、と例の口癖一つ、
「楽しんどいで」
と笑って帰ってしまった。
(……あれ?王子、なんか……気のせいか?)
不自然を感じた赤崎だったが、すぐにそんなことは忘れてしまった。

「……」
「赤崎、お前どうかしたか?」
「え?いや……」
チームメイトとの食事はいつも通り、ワイワイと楽しいものだった。でも赤崎の心は乗り切れず、けれど理由がわからなかった。

*

 それから。

 二人で過ごす時間がやや減った。でも変化はそこだけで、べたつくジーノは相も変わらず、二人になるとキスもしていた。
「王子」
「ん?」
「いえ……」
(変わらない。そう、何も変わっていない。でも、なんだろう、この……)
気のせいと思うにはあまりにも空気が変化していた。でもそのことに赤崎は触れられず、ジーノもまた素知らぬ顔をしていた。
「……好きだよ、ザッキー」
赤崎に触れる指はとても優しく丁寧で、でも最後までする頻度も若干減った。
(いや、そもそも俺らの会う回数が……そう、比率的にはそんなに変わらない……)
慣れた体は離れている時、ジーノを求めて火が灯り、けれど体を重ね合わせるその日が来ると。
「気持ちよく、ない。よね」
「いや、そんなことは」
下手くそな誤魔化しはジーノには通じなかった。赤崎もまた言い訳がましい自分の態度に混乱もした。その姿を見つめるジーノはというと、優しく笑って
「ごめんね」
と、小さい謝罪、キス一つ。赤崎は胸が締め付けられる。
(王子が悪いんじゃないのに。謝んなよ、そういうの、全然あんたらしく……)
考えないようにしていたことが、赤崎の心にひしめいていた。知っていたこと。前提のこと。この腕は、この唇は、ジーノの心は誰のもの。
(今更のことだ)
変わらぬ態度。寄り添う言葉。ジーノは何も変わらないように見えて、でも、根本的に何かが違ってしまった。もう元には戻れもしない、そんな確信だけが広がる毎日、自分の幸せだった過去を思った。
(俺、王子のことが好きだったんだ……)
貴方だけです、愛してください。ジーノは赤崎の願いを叶えた。言えない一言、パンドラの箱。終わりへの呪文は知っている。
(ああ、こんな感情消してくれ王子)
するのが全てではないとジーノは言った。赤崎のすべてを見透かすその目が、溢れる呪詛を見ている気がした。

――汚い。卑怯者

気付かなかった夢の幸せ、鳥鳴く朝はすぐそこに。まだまだ眠っていたいのに。

――俺だけに言うんじゃないくせに。俺だけのあんたじゃないくせに

愛の囁き、優しい愛撫。独占欲は目覚めの呪文。愛とは献身、嫉妬は呪い、全部わかっていることだった。赤崎はままならぬ心に苦しめられた。触れてくれねば叫びそうで、触れられれば火傷のように体が痛む。時が赤崎の心を刻む。ジーノに知られたくない闇と毒。

 殊更優しくジーノは抱き締め、静かに笑ってキスをした。
「あんたと俺、相性が悪い」
赤崎の笑顔が消えていく中も、ジーノは穏やかに笑い、馬鹿にしているのかとなじる言葉を受けても、キスしていいかと笑って言った。答えが出ている茶番劇を、それでもやめられぬ日々が続く。とっくに時間切れになっているのに、終わりの笛はまだ鳴らない。

      ジノザキ