雨に凍えて、真摯を重ねて2
【17712文字】
続きというか蛇足というかおまけです。前作の話の裏側はこんな感じかなーと前日談や後日談などつらつらと。中途半端で終わっていますが移籍とか年取った二人とか、雨の中に色々と想像しています。ほぼ推敲なし、書きっぱなし。そういうのやる気がどんどん失せています苦手。でもどうせあげるなら6月中だよなーと思って。
ジーノも赤崎も互いのために、そして自分のために、思いの表現を心掛けた。ジーノの手法は性愛に色濃く傾いていて、それについて赤崎は正直な思いを口にした。
「だって喜んで欲しいから」
その思いは純粋であり、長年の学習による習慣であった。
「ザッキーは人一倍エッチな子だからてっきりそういうのが一番、あ!痛いよなんで怒るの?」
恥ずかしくて、寄せる唇に歯を立てた。
「そういうことじゃないんです」
ジーノは本当に変わった男で、赤崎は常々混乱していた。何故なら未だにわからなかった。
(俺達って一体何なんだ?)
*
ジーノは赤崎への愛玩を、隠そうともしなかった。
「変に思われるでしょう!?」
赤崎は人の目を気にしていた。
「あの二人、おかしいんじゃないかって」
「どういう意味?」
自分が言っていることこそおかしいと、赤崎もまた思わないでもなかったのだが。
「ともかく、仕事場で不必要にベタベタしたり?俺をあんたのデートに連れて行くのもやめてください」
職場内の件に関してはジーノもまたプロとして理解を示し、比較的ドライな態度ではあった。この場合、やはり問題は二つ目だ。
「あれは別にデートっていうものでも」
「デートでしょう!?相手はそのつもりなんだから」
「ないない、全然そういうんじゃ」
話はいつだって噛み合わない。ジーノはただの友達だとさらりと言って、でも赤崎にとってみれば。
(あの人らの目がどんなものか、いくら俺でも一発でわかる)
理由があって、行動(誘い)がある。それをわからない馬鹿でもあるまいにと、ジーノの行動に困惑をする。
「だってみんなが会いたがるんだ。君に」
「だからそれがっ」
「……怒鳴らなくても聞こえるよ」
感情的になるのはいつでも赤崎であり、ジーノの冷静さに恥じ入ってしまう。
「と、ともかく。俺もう行きませんから。言いたくねぇけど、そういうのも全部あんたをおびき寄せる口実ッスよ」
顔をしかめて首を傾げて、肩を竦めている。赤崎はそんなジーノに呆れる。
(本当は無神経な馬鹿なのか?……あ、やべぇこの顔、思考読まれた……)
ふと浮かぶジーノの微笑。傷ついた自分を掻き消すジーノの癖だ。ぶり返すとまた厄介なので、迅速な対応が必要である。
「いや、あのですね?幸せな人間ほど無神経になるもんッスけど、まあ、だからって一方的にそんなあんたが悪いってことじゃなくて」
柄にもなく素直に可哀そうだとフォローすれば。
「君がそれを僕に言うんだ?わかっているのに君自身がそうだっていう自覚はないんだ?」
くだらない口答え。ああいえばこういう、無意味にも見える。けれど、大切なことだった。二人は努力を決めたのだから。
「話、戻しましょうか」
「ずらしたのは君だけどね」
「……」
積み重ねを諦めれば、またひとりっぽっちの雨の中へ。
(疲れた……)
一応の今後の指針を二人で決めた後の、ベッドでの仲直りはドロドロになるほど濃厚だ。
――何?飼い犬ってジーノ、雄よね?それ
努力をしようと二人で決めた。わかり合おう。話をしよう。けれど、あの日のあの人がつけた侮辱の傷を、赤崎は言えずじまいであった。
(無頓着に頷いたこの人は、どこまでわかって?それとも気付かず?そんなわけは……)
ジーノはもう連れて行かないと約束をした。赤崎の想いを理解したかは不明なままに。
(あれは悪意。俺への侮蔑。あの女、一緒に王子にも泥水をかけた……)
悪意に煽られる自分の獰猛を、宥め寝かしつけるのに沢山傷つく。
(汚らわしい女、消え失せろ……)
(でもあれもまた俺と同じ者だ……)
快楽が赤崎の衝動を包み込んで、油断したところを自らの爪でズタズタにする。眠れない赤崎がへとへとになって寝入るまで、執拗にジーノが抱き潰す。
「お、うじ……」
「まだだよザッキー。もう一回」
赤崎の爪より鋭い愛で、より深く。痛みが二人に追いつけぬように。
もう声も出ず、されるがままに、赤崎の意識がなくなっていく。逃げ出すことも許されない、支配と捕食、それこそ救い。
(誰も王子に近づくな、これは俺だけのものなのだから)
醜さをジーノが平らげていく。嘗め尽くすように愛撫しながら、愛しているよと囁いている。
(ごめんなさい、もっといいものを贈りたいのに)
惨めさ、弱さ、自己嫌悪。切なげにジーノがキスをする。一緒に痛がるジーノの愛が、嬉しいと感じる邪悪の想い。
(ごめんなさい王子、幸せで)
それでも一緒にとジーノが笑う。こと切れるように眠りに落ちるその寸前に、泣きながら赤崎も微笑んでいた。
*
(素敵だったものが曇っていくのは辛いことだ)
赤崎はジーノの腕の中で眠る。
(意味が見えない君のことを、僕も責める気はないよ)
ジーノは、自分がどうなっていくのかを考えていた。全部が壊れていくような日々を。
(彼女達は君と違って敏感だ。君という存在の出現、異質性に気付いた)
自然に層が似通うのは普通のことだ。けれど二股も三股も気にせぬ人らが、環境の変化を鋭く察知し、軒並み困惑し始めていた。
(人の気も知らないで。ザッキーは全く呑気なもんだよ)
ジーノの乱調の気配に触れて、皆が独占欲に目覚め、我欲に苦しみ、原因の分析を試みていた。ジーノは憐れな彼女らを迷える同士と初めて感じた。だからこそ、その新しく生まれた親愛の情で、別れの儀式を行ったのだ。僕はもう行くからと、思いを込めて乞われるままに。
(無神経?優しさのつもりなんだけどね)
苦笑してキスをする。
(でもザッキーが言うならもう力になれない……まあ、それも仕方がない)
しつこい連絡を自動拒否しようかと考えて、それもあんまりかとまた考えて、でも本当に大切なのは一つだけと、そう思う自分にまた苦笑する。
(本当にありえないな。心が揺れる)
人の痛みに敏感になった。そして以前より更に冷酷になった。
(ザッキー、ねぇ、これは愛?)
鱗はまだ羽毛にはならない。水を弾き、空気を蓄え、その身は熱く、高く跳ぶ。
(君がどんなに素晴らしいかを、みんなに自慢がしたかったんだ)
赤崎は年齢の割に未成熟な、一寸粗野なほどの男であった。
(彼女らは僕をよく知っている。だからこそ君の別格性に、あんなにも驚いて見せたんだ。わかるかい?完敗だったんだ)
凡庸な侮辱しか出てこない、ただのつまらない女になった。ジーノはそんな姿を目にして、これで君達にも翼が生えると、幸多かれと祈るような気持ちになれた。
「痛いね、ザッキー」
忌諱していたもの全てが愛おしく思える。赤崎の悲しみも苦しみも、ジーノには全部愛の欠片だ。
「かわいそうに。嬉しいよ」
ジーノは自分を呪いだと思う。この鳥は一緒に泳ぐを夢見る。翼を自らもぎ取る姿を、笑う自分はきっと悪魔だ。
「君の優しさはとても愚かだ。僕に簡単に付け入らせる」
決めるのは赤崎だと口にしながら、ジーノは自分の誘導力を誰よりも深く理解していた。間違えるなと繰り返し思う。引きずり込むのは愛ではない。
「怖い。僕に僕を信じさせて」
キスは表現。誓いと祈り。
「僕達が向かうのは海でも空でもないところ。だろう?ザッキー。じゃなきゃ嘘」
翼をもがせるのが望みではない。鱗を剥がすのもきっと同じこと。今のままではどこにも行けない。けれど努力を二人で決めた。
(奇跡のような夢物語……でも、君さえいればきっと本当になる)
失うことの恐怖を知って、愛の卑しさをも慈しむ心を手に入れて、ジーノは暗い雲の広がる空を見上げる。
(ああ、まるで僕の愛)
青空を隠し、羽を湿らす。重たく降り注ぐ果てしない雨は、世界を海にせんと望む邪悪な呪いとジーノは思う。
(君をちゃんと愛したい。まだ全然出来ないけれど)
ごめんね、頑張る、とまたキスをする。瞼がまだ少し涙に濡れて、ジーノは唇でそっと拭った。その味が海を思わせて、ジーノの心を重たくさせる。沈んでいくのは心地がいい。呪いの魅力。もう知っている。
(ザッキー、飛んで同じものを空から見たい……)
雨に濡れると魔法が解ける。怠惰に、海に、流されてしまう。温もりを求めてまたキスをする。
(僕を正気に戻して、ザッキー)
*
寝入りがけ、ジーノはまたあの夢が来ると思っていた。でもその前に声が来た。
――何故飛ぼうとしないんですか
糾弾するようなきつい口調。なのにもっと聞いていたい。
(誰?)
返事はない。無視して声はジーノに言う。
――いつまでもぼやぼや……そんなにご立派な羽があるのに
魚にはそんのものないよとジーノは笑った。声は
――あんたは途方もない馬鹿だな全く
と怒鳴って言った。
(ふ、優しいあの子の声に似ている。いい夢……今日はずっとここにいたいな)
――聞いてます?人の話!
夢でも嬉しいとジーノは思った。ここはとても温かく、反響がまるでバスルームの中を思わせるので。
――よく目を開けてちゃんと見ろよ
目を開けてしまえば真実が見える。そんな馬鹿なことをする気はない。
さあ、かわりにしよう。いつもの口付け。寄りかかるその耳元に愛の囁き。
――おい、待っ……違うって王子、なんであんたはいっつも
「……ん……好きだよ、ザッキー」
ジーノはふんわり微笑を浮かべて、深い眠りに落ちたのだった。
