アシンメトリー
【15682文字】
ほのぼの告白のすれ違いから、転げ落ちるように虐め愛へ。二人とも属性持ちではあるものの最初は完全に真っ当。破壊を以て相手を自分専用機に改造していくSM調教ジノザキ。ジーノは赤崎に導かれる形で悪質な性的虐待を、赤崎はジーノに大義名分を与えるために精神的虐待を繰り返します。無邪気に飼い主の性癖を引きずり出している飼い犬のほうがタチ悪い。
「付き合って」
と王子に言われたあの日、いいっスよ?と言いかけた。でも一体どこへ連れて行こうというのだろうか。
「なんか『如何にも』な返事だね」
だって冗談で出来た人だと、俺はとっくに知っていた。
「恋人にしてって意味だよ?ザッキー」
当然のように鼻で笑った。
「おや、そんなに面白い?」
「いいえ?全く」
自然に仏頂面になる。
(ああ、これ……めんどくせぇやつだ……)
今日は暑くてとても疲れた。早く帰って眠りたかった。こういう時ほど王子は絡んで、俺をぐったりさせてしまう。イライラするとかムカつくだとか、そんなアグレッシブさもなくて、ただただヘトヘトになるのだ俺は。うまく逃げることも出来ずに。
*
「なんスか今度は。どういう遊びを始めたんだか」
呆れながら問いただしても、
「好きだからだよ」
と強情で、
「いいよね?」
なんて上からで、なんだその態度はと疲れが増した。
「王子しつこいッスよ。いい加減」
「駄目なの?」
「当たり前ですよ」
「何故?」
「は?何故も何も」
「何?じゃあ、君は僕が嫌い?」
「いや、嫌いも何も」
「好きだよね?」
「いや、だからそういう話じゃないでしょ王子」
「お願い。僕を恋人にして?」
見ている方が恥ずかしくなる、王子の言葉と視線と色気。
「頼むよ。うん、って言って欲しい。うんと楽しませてあげるから」
疲れの沁み込む脳と体に、王子は刺激が強過ぎる。あまりに劇的なその瞬き、潤みを帯びた深い声色。香りも色も濃厚な、百花が咲き乱れるような。
(胃もたれっつうか、なんつうか……なんかもう、頭が回んねぇ……)
卑猥ささえあるその唇、特徴的で綺麗な鼻筋。眼光は鋭いというよりも直撃と言える色香の強烈。疲弊が枷して踏みとどまれない。冗談抜きに、気が遠くなる。
「あ」
ふいに膝から力が抜けると、さらりと腰を引き寄せられた。ドラマや映画のシーンのように。
「大丈夫?」
それはあまりにも、あまりにも。ベタが過ぎればいっそ陳腐で、それでも受けた衝撃は腰まで抜けるほど強く。
「おやおや」
王子は慣れているのだろうか?特段慌てることもなく、崩れる俺をしっかり支え、ふ、と小さく微笑んでから、ゆったりと床に座らせた。何の淀みも感じない、重力すらもなくなるような、そんな恭しさだった。子供をベッドに寝かせる仕草?それとも女性を優しく導く?ともかく無駄にスマートだった。
(ちょ、マジ顔が近過ぎるって)
ふわりとなんとも甘い香りは、微かな礼儀程度のもので、知る人ぞ知るこの空間の香に、思わずグッときてしまう。片膝をつき、もう片膝で俺の上半身を支えて、まるでこのまま姫にキスする、物語の中の王子様。思考回路がもう駄目だ。
「もしかして体調が悪いのかい?」
そっと覗き込む表情は少し曇った心配顔で、そのことにまたグッときて、ふるふると頭を横に振る。
「や、ちょっと滑っただけッス」
「そう?だったらいいけれど」
どいて欲しくてその胸を押す。たかが同じ男の平らな。なのに何故こんなに勇気がいるのか、賑やかな動悸は教えてくれない。
(つか何この人。胸板、厚!)
実は全然平らじゃなくて、卑猥な形にやや曲線で、そんなどうでもいいことが、頭の中をぐるぐるぐるぐる。いけないところに触ったみたいな、罪悪感と、後ろめたさと、ラッキースケベの下世話な喜び。
「ちょっと。早くどいてください」
王子はそんな俺の手を取り、起き上がるのを助けてくれた。違和感もなく。微笑んでさえ。俺をこんなにさせながら?なんて、やっぱりなんだかぐるぐると。
*
立ち上がり、ひっそり深呼吸。脈は元には戻らないけど。
「あの」
言いかける俺を手で制し、王子は俺にこう言った。
「ああ、待って?少しだけ」
そして(あの!)胸に自分で手を当てて、彼もまたゆっくり息を吸い、吸うよりゆっくり息を吐き。
「OK。どうぞ」
肩を竦めて苦笑していた。なるほどなるほど王子はようやく、降参したというわけらしい。
あらためて端的にお断りした。
それを聞き、王子は目を閉じた。
俺の言葉を過去一番、胸の奥にしっかり受け止め、抱き締めているように思えた。王子の仕草は優美で丁寧、真摯な思いがそこにはあったと、否応なしに俺に伝えた。ズキンと今更心が痛んだ。これを贈られた俺の態度は、これにふさわしいものではなかった。
その後は少し雑談をした。フォロー?言い訳?かもしれない。
「ちょっとびっくりし過ぎてしまって。まさかガチとか、いやマジで」
「そう?」
「ええ、あんまりいきなり過ぎて」
「そっかぁ、これまでもアピールしてたつもりが君には伝わってなかったんだね」
「そッスね全然。これっぽっちも」
仕事の終わりに会話をする時、いつでも俺は気持ちがそぞろで、そういうことを王子は知らない。知らないままに、こんなに俺を。
「うーん……参った。絶対いけると思ってたのに」
「残念ながら」
「ほんと残念。がっかりさ。まさか僕が振られるとはね」
笑っているのに寂し気で、軽口の努力も透けて見え、ますます俺の心は痛んだ。ゴールを外してしまった時も、試合に負けてしまった時も、王子はこんな顔をしない。それほどNOが王子にとっては、想定外であったのだろう。王子のような強い男が、たかが俺の一言で。
「あの」
「ん?」
「なんか……謝るってのも変だけど」
「そうだね変だ。それに失礼」
王子に浮かぶは満面の笑み。俺の方が泣きそうだった。
「ありがと。ごめんね時間取らせて。これからも、まあまあよろしく頼むよ」
それもまたいつもの軽い口調で、尚更俺は。
(不謹慎にもほどがある……マジで駄目な奴だろ俺って……)
つかぬ間の見慣れぬ王子の姿は、あまりに俺に劇的で、目にも心にも焼き付いて、度々心を痛ませ続けた。
