お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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ベターハーフ

【8446文字】
昔ジノザキデー用に書いていて、いくらなんでもお祝いにこれは特殊過ぎるとボツにしてお蔵入りしていたお話。個人的には大好きな雨ネタを設定に入れた気に入っている話です。雨ネタはもう多分書きやめるまでこすり続けるゾ!

以下、みもふたもないネタバレ閲覧注意事項
 
飼い主が人外で途中で死にます。何年かしたら番犬も死にます。飼い主も悲惨なら飼い犬も気の毒。大いに人を選ぶお話。悪趣味な人以外読まないほうがいいです。

 誰かから聞いたある与太話。おとぎ話。昔々の。

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 その人は俺のゲームを見ながら、とあるキャラクターの話をし出した。
「彼女が死ぬなんて変だよザッキー」
ゲームをしていると退屈するのか、すぐに俺の邪魔をしてくる。だからいつも無視をするのに、彼もまた俺を無視して話した。
「ウンディーネには魂がない。だから死ぬとかとても変」
得意げな鼻をへし折りたくて、だから彼の話を折った。
「はいはい、それくらい知ってますって。でも結婚してるかもしれねぇし?」
ウンディーネには伝説がある。人に恋をして結婚すると魂を授かれるという伝説。
「え?なんで知ってるの」
「まあ、こういう色々なゲームの中でもあまりに有名な設定ですし」
「へぇ、そんなに有名なのかい?」
「ええ、まあそりゃあもう有名ですよ。でもそれにはルールがあって」
俺は蘊蓄をベラベラしゃべった。
「なんでしたっけ?夫が誰かと不倫をしたら絶対許しちゃいけないだとか」
「まあ、それはそうなんだけど本当は殺さなきゃ駄目なんだ」
その人はとても悲しい目をして。
「殺さなかったら力を失いただの水に戻るんだ。H2O(エイチ・ツー・オー)、化合物。姿かたちもバラバラに散り、無限に地球をさまよい続ける。人の心は勝手なものさ。永遠の愛を誓うだなんて、すべては無意味と思わない?」
夢を見させる甘い笑顔で、厭世的なことを言う。あれは一体誰だったのか。とても悲しい目をした彼は。

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 俺の人生は山あり谷あり、それでもそこそこ順風満帆。なのに何かがふと過ぎり、息が出来ぬほど苦しくなった。心電図には異常がなかった。ストレス、はたまたホームシックと、心因性の可能性。俺にはピンとこなかった。思い当たることがなかった。
(いや、そこまでは言い過ぎか)
雨は俺を憂鬱にする。いやこれは憂鬱というよりも、不安、心配、懐かしさ。隅田の川のほとりを歩いて、俺は誰と話しただろう?
(これが心因性ってことか……)
辻褄の合わない記憶があった。誰もその人を覚えてなかった。もちろん俺も朧気だったが、夢と思うには克明過ぎた。まるでひとつの物語の中、削除された設定のよう。本筋に外れた小さい部分に、削除しそこねた小さな痕跡。俺はそれが気になって、ストレスといえばそれがストレス、眠れなくなるほどではないが。
(ああああ、なんだよ、イライラするぜ!)
無視をしようと思えば思える。それを繰り返し何度も思って、無視をし切れない自分に気付く。俺の何かが俺を急き立て、思い出せと俺に言う。思い出すべきだと叫ぶ。痛みの予感に体が震える。何かがギュッと掴まれて、思い出すなと逆に言われる。ああそうだ、これだ、この声だ、雨に打たれつつ悲鳴を上げた。
「そうだあんただ、王子だあんたは!あんた、俺に何をした!?」
真っ黒な空に手を広げ、責めるように王子を呼んだ。その後の記憶は全くなかった。そしてこの時の記憶も消えた。

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 結婚式の二次会で、周りを女子に囲まれた。正直面倒くさかった。興味がないわけじゃないはずなのに、馬鹿馬鹿しいような気持ちになった。
「コシさん、置いてかないでください」
命からがら抜け出しながら、困りますと怒ってみせた。
「まあ気持ちはわかりますけど、俺は興味もないことですし」
俺が日本に戻ってきた頃、彼は既に運営サイドで、何気に長い付き合いなので、色々気に掛けてくれていた。彼が俺の年の頃にはすでに愛妻と結婚していた。だから尚更なんだと思うが、俺もまた俺で意固地であった。
(永遠の愛を誓うだなんて)
ふと何かが脳裏を過って、でもそれはすぐにぼんやりとして、俺は何を失ったかさえ思い出せなくなっていた。

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 忘れたことも忘れてしまった。思い出す度に消えてしまった。苦しい動悸も、息の乱れも、そんな症状があったことさえ、俺はすべてを忘れてしまった。ただ今日も空から雨が降り、そんなことに耐えられなくて、意味も分からずポロポロ泣いた。とても辛いとただ泣いた。引退試合の日も雨で、俺は誰かを含めた皆に感謝を述べつつ頭を下げた。俺にしては上出来だった。それは本当にそうなのだけれど。

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 俺はC級のライセンスを取り、それなりに一緒に跳んで走って、まあまあ楽しい毎日だった。雨に苛まれること以外は。何故そんなことを思うんだろう?雨が自分に沁み込み過ぎて雨になってしまう気がした。今日も一人で枕を濡らして、幼虫のように丸まって、そのまま眠ってしまいたいのに、俺は手ぶらで家を出た。あのいつもの川へ向かった。いつものベンチで待つために。
「……」
ぬれたパーカーがずっしり重くて、ベンチの背もたれに体を預けた。
「汚れるよ、か……」
いつの日か俺に笑う男に、構いませんよと俺も笑った。そんな夢をいつか見た。あの日もこんな雨だった。拾い上げては苦しくなって、またそれを失っていく俺。涙を零してふっと笑った。久しぶりの感覚だった。俺は何度もこうして名を呼び、消える時間を抱き締めてきた。それは夢じゃない、多分現実。俺はあと何回彼を呼べるか?もうあといくつ残っているか?そんなことが切なく悲しく、また俺はポロポロ際限もなく。
「ねぇ、君、半分死にかけてるよ?」
誰かが話しかけてくるので、
「わかってますよ」
と俺も返した。
「そんな風に泣くからザッキー」
名前を呼ばれてまた涙した。雨に漂う甘い匂いと、暗闇の中の静かな気配。俺はなんでもない顔をして、そうだあの頃もこんな感じで、彼はベンチの横に佇み、川の流れを一緒に眺めた。綺麗ですねと俺が笑えば、絶対行っちゃ駄目だと言われた。戻れなくなってしまうから、絶対入っちゃいけないと。
「こんなところに来ては駄目だよ」
少し物言いの異なる彼は、気配だけの存在でありまるで幽霊のようだった。
「王子」
「僕は君の王子じゃないよ。僕はただの君の涙だ」
「でもあんたは王子ですよね?」
「……君が思うならそうかもしれない。僕には魂が元々ないから何にだってなれてしまうし」
随分あやふやな言い方だったが、それでもいいと俺は思った。
「そもそも俺が死にかけなのも、あんたが俺を削るせいです。勝手にどんどんこんなに削って、もう俺こんなに空っぽですよ」
「……」
「人の七割は水なんだから。こうなるのなんて当たり前です」
そうなの?なんて王子が笑った。なんだかぎこちない表情だ。妖になりかけの涙の彼は、言わば胎児のようなもの。雨で、黄泉へと渡る運河で、そして俺の涙でもある。
「どうしたらここから連れ出せますか?」
「摂理を曲げる力がないと」
「それはどうすれば手に入れられる?」
「それは願っては駄目だよザッキー」
「嫌です」
「嫌でも駄目だし無理だよとても」
「なんでですか?言ってください」
虚ろな目をして涙は言った。
「君と王子が結婚したら……多分僕を産めると思う。でも肝心の王子は居ないし結婚できない。永遠に」
俺はその一言でそれに気付いた。
「それなら可能だ。もうしてる。俺は王子と結婚してる!」
「結婚の意味わかってる?」
「わかってますよそれくらい!無理矢理離婚させられたんだ!だから泣いてる!許せなくって!」
俺は魂を自分で引き裂き涙に叫んだ。
「俺はあんただからとっくに渡した!いくら辻褄合わせても、覆水は盆に返せねぇから!」

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 空から落ちる夢を見て、目覚めた時には汗びっしょりで、何が何だかわからなかった。とっくの昔に引き上げた、昔の部屋に居たからだ。
「全部夢?そんなわけ……」
携帯の日付を確認し、テレビのニュースで確認もした。すぐさま車の鍵を持ち、俺は外へと駆け出していた。改装前のクラブハウスで、着替えてボックスにおずおず座って、素知らぬ顔で時間を待った。あの人がここに来ることを。うまく生み直せたんだろうか?力の全てを失い霧散し、消えてしまったあの人を?
(ああ……)
俺は王子を見た瞬間、ポロポロとやっぱり泣いていた。
「花粉症かい?汚いなぁ」
彼は笑って、ポケットティッシュを投げて寄越した。如何にも王子らしい仕草に、嬉しくもムカつき、そして幸せ、だからわざわざ音を立て鼻をかんでやったのだった。
(ああ、王子だ。俺の王子だ……)
困ったみたいに苦笑しながら、
――君には参るよ
と俺に念じて、自分の中にある俺を抱き締め愛おしそうにキスをしていた。俺はもちろん真っ赤になって、
(あとで説教)
と心で凄んだ。王子は小さく片眉を上げ、
――お手柔らかに
と俺に笑った。