能ある猛禽の潜む草原
【11719文字】
猛禽3作目。赤崎入団4年目頃?オリンピックは離脱選手の代替召集、Aは対象外。海外移籍出遅れ組。国内では若手世代としてはそこそこ、中堅としてはまだ少し弱い、の位置づけ。ジーノは幸せ極楽とんぼ状態に拍車、インタビューでは以前にも増して面白おかしいことをペラペラと。サッカー芸人達からは「選手にあの顔であれやられたら」とちょっとした目の上のタンコブ扱いされています。
「王子、この後」
「あ、ごめん。今日は来なくていいよ」
何も話をしていないのに、ジーノは不思議なところがあった。
「え、でも」
「じゃあまた明日」
*
「王子は何でわかるんですか?」
「?」
「いや、だから昨日」
「何のこと?」
何やら気付いているらしいのに、ジーノは知らない顔をする。実家から呼び出しがあった時、何故かこういう感じになる。特に帰りたいわけでもないし、というかジーノと一緒に居たい。なのに一人で暇をしていて、帰る流れになってしまった。
(うーむ、絶対なんかありそうなのに)
来週水曜の試合の後も、来いと言われているけれど。
(ホームの試合の後っていったら、絶対二人で居るだろ普通)
絶対その日は気持ちが昂り、一人でなんか眠れやしない。赤崎は今からジーノの挙動にドキドキハラハラするしかなかった。
*
さすがに今日は。でも緊張。試合が終わって、迷いに迷う。実家からの呼び出しの前兆はもはや悪いジンクス化して、ジーノの家に行けるだろうか、それとも駄目か、時間だけが過ぎていく。
「ザッキー」
「!」
丁半博打、二つに一つ。判決を待つ被告の気持ち。
「今日はさ」
「……」
「僕も一緒に行こうかなぁって」
「は?」
「駄目?」
「駄目ってそんな可愛い顔……って、いや、何スか?急に」
「今日呼ばれてるんじゃなかったの?」
「……何処に?」
「家に」
「……」
「ザッキー?」
「なんでそれを」
「……顔出ししてから遊ばない?今日は一緒にゆっくりしたいし」
ゆっくり、の言葉に暗喩が交じる。体の奥にズキンと響いて、頭が少しごちゃついた。
「だって、なんか試合もすごかった」
表面上は支離滅裂。でもどうしてもその意味が伝わってくる。
「僕だけじゃないよね?この気持ち」
「それは、まあ、そう……スけども」
「じゃあ行こう?」
「ちょ、王子引っ張らないでっ」
家に着き、赤崎は全てを理解した。
「お久しぶり」
「やーん、王子!いらっしゃい!さあ、中どうぞ、靴は脱いでね♪いつも写真ありがとう!」
「は?」
「あ、おかえり、来てたの遼」
「うわ、何それ。温度差すげぇ」
いつの間にやら赤崎の母とチームのエースは、写真を送り合う仲良しだった。
「ザッキー、そんなにツンツンしないで。これも君のマードレ(ママ)の愛情表現。ですよね?」
ジーノがにっこり微笑むと、赤崎母は頬を染め、態度に仕草、肌色、毛質、よく似ているとジーノは思った。
「あの、人の母親に色目使うとか、結構な勢いでドン引きですけど」
「おやおや、とんだヤキモチさんだ」
「!!」
*
何やら沢山の手土産を持ち、ジーノの家に入るなり。
「勘弁しろよー」
赤崎はソファにどさりと寝ころび、手足を伸ばしてくたばっていた。
「そんな恰好じゃ息苦しくない?」
クッションに突っ伏した様子を見ながら、ジーノが笑ってちゃちゃを入れ。
「つか、一体いつ頃からッスか!?あー、変だとは思ってた!」
「んー、練習見に来てくれた時?あれって何年前だっけ」
「はぁ!?入団直後の話じゃねぇか!なんでそんなことになるんだよ!」
「ふふ、だねぇ。なんでだろ」
「笑えねぇよ!あんたの個人情報、ガバガバか!?」
握手もサインも滅多にしない。赤崎自身にしてみても、ジーノの連絡先を知る機会などひとつもなかった、何年も。ジーノが緩いわけなどなかった。
(本当の時期はいつだったんだ……?)
言う気がないのは理解したので、とりあえず今度は母に訊こうと、そういうことを思案する。そんな折、
「ね、これ、可愛いね」
見せてくれた画面には、見たことのある赤ちゃんが。
「は!なんで!?ちょ、消してくださいよ!!」
「やーだよ、お気に入りの中の一枚なんだ」
言外に大量のやりとりが見えて、急に頭が痛くもなった。母がガバガバなのは知っていて、ジーノの手練手管も尚更。
「これ、この前の遠征の時の写真。送ったらすっごく喜んでたよ。嫌いな野菜も食べてる!ってね」
「……」
「いつまでも息子って息子なんだねぇ、この写真送った時は、ここの古傷の出来た理由を……あれ?ザッキー?どうかした?」
「……」
「もしかして嫌だった?」
「当たり前のこと言いますね……」
やっていいこと、悪いこと。人それぞれではあると思う。赤崎もジーノの写真は見たいし、昔のことも聞いてみたい。でもでも、こういうこそこそしたやり方、自分の知らないところでと。
(いや、俺も人のことはあんまり……)
ジーノが覚えていないであろう、沢山の記事を収集していた。独占見開きインタビュー、小さなフォトも、些細なコラムも、限定品のポスターや、フロントの作った試作品まで。それらは商用、商品で、でも。
(駄目だ、マジに、筋合いねぇわ……)
辛抱堪らず隠れて撮った、プライベート写真もあった。それは墓場まで持っていく、ジーノにも言えない機密情報。
「あの……ごめんね?ザッキー」
愁傷な顔でこっちを見ている。ジーノの気持ち、母の善意、楽しい交流ではあっただろう。そういうことは理解が出来る。ある種仕方がないことなのだ。だからこれは赤崎の気持ちの折り合い。一度はリセットしていただきたい。
「消したら、帳消しにしてあげます」
でも大きな心でこう言えば、ジーノは呆れる澄ました顔。
「それは、無理」
「はぁ!?」
「無理だけど許して?いいよね?ザッキー?」
赤崎の上に覆いかぶさり、子猫のように頬を寄せ。最近ジーノは少し良くない。いや、もともとそういう性質ではあった。自分がどういう存在であり、どうあればいいのか理解している。
「……そんな、理不尽過ぎるでしょ」
ため息交じり、絆されて、ごそごそ無理矢理姿勢を変えると、うっとり顔でキスされた。
(あー、もう……)
ジーノは別にエスパーでなく、自宅への呼び出しは凶兆でもなく、そして今日もおそらくは、寝苦しいほどの暑い夜。
*
結局みんなでグループになり、赤崎検閲ありのやりとりに。でも直接取引をしているだろう。もうそれはあきらめの境地であった。
(王子があんなに懐いているの、不思議で複雑……ま、いいけども)
きわどい写真を送っているのを、赤崎は未だ知る由もない。
