能ある猛禽の潜む草原
【11719文字】
猛禽3作目。赤崎入団4年目頃?オリンピックは離脱選手の代替召集、Aは対象外。海外移籍出遅れ組。国内では若手世代としてはそこそこ、中堅としてはまだ少し弱い、の位置づけ。ジーノは幸せ極楽とんぼ状態に拍車、インタビューでは以前にも増して面白おかしいことをペラペラと。サッカー芸人達からは「選手にあの顔であれやられたら」とちょっとした目の上のタンコブ扱いされています。
ジーノと関係が深まるにつれ、身に着けた能力は一つではない。中には迷惑なものもある。
「ちょっと!なんで俺あんたの荷物持たされてっ!!」
「ん?ああ、ありがとう?」
「そうじゃなくて!自分で持ってくださいよ!」
「持ってだなんて頼んでないけど……」
確かにそれは事実であった。ジーノも自分で気付いておらず、困惑が微かに目に浮かび、赤崎はそれが何だか悔しい。無意識にジーノの疲れを感じて、無意識に自分で持っていたのだ。多分このまま二人とも気付かないことも多々あるだろう。
「って、おい。結局持たないんかーい」
すたすたとそのまま立ち去るその背に、下手くそなツッコミを入れてみる。気付いたところで結果は同じで。
(そうそう、重々承知のスケベ。いや、俺一体何言ってんの?)
振り向き微笑む視線が淫らで、思わず鞄をどさりと落とした。睨まれ、慌てて鞄を持ち上げ、小走りにジーノに着いて行く。
「ねぇ、さっき君それ落とさなかった?」
「え、何の話ッスか」
「帰ったら綺麗にしておいて?」
「わぁ、すごい。図々しい」
ケラケラ笑う今のジーノに、疲れは滲んでいなかった。
「じゃあ、綺麗にするから持ってください。持ってだなんて頼まれてねぇ」
「……今日疲れたし」
「俺の方が疲れてます!あんたは途中で交代したでしょ!?」
「だって全力投球派だし……」
「俺達サッカー選手ですけど」
なんとかどうにかならないものか。何度も何度もその繰り返し。けれど赤崎は最近思う。今日も丁度エレベーター前。
「ふふ」
待っている間に腕に絡まれ焦っていると盗まれた。重い重いジーノの荷物は、本人が持つと空気に見える。すらりと伸びた美しい背に、そっと添えられる優しい指先。
「お疲れザッキー。ありがとね」
「いや、今更……ここまで来たら家までちゃんと……」
気付けばそっと体を押されて、エレベーターの中にいた。
「いい。ご褒美欲しいから」
そう言いジーノは笑って待った。
「なんで俺が?それって逆の話では……?」
「……」
「つか、結局鞄、下に置くんかーい」
照れて、ごねて、ふざけて見せて、そんな赤崎に両手を回し、ジーノは微笑みこう言った。
「早く。ドアが開いちゃうよ」
思いがこうして感じ取れるのは、実に困ったことだった。赤崎がここまでわかるなら、ジーノはそれ以上に理解をしている。だから結局諦めて啄むみたいなキスをした。
(あー、朝あの話聞いたとこなのに……)
*
「あーあ、王子に嵌められた」
赤崎は鞄を綺麗にしながら口を尖らせて文句を言った。
「何がだい?」
「全部わざとでしょ」
「だから何が」
「全部ッス!」
ジーノは子供で、いたずら好きで、満足そうに微笑んでいて、まだかい?なんて時々煽り、それでも大人しく待っていた。
「エレベーターのカメラの話!暇な警備員が覗いてるって!」
「そんな話、したっけな?」
「……っ」
赤崎はジーノの甘えに弱く、どんどん言い成りになっていた。言葉にされた甘えであっても、言外の気配であったとしても。
「なんか、俺ばっか損だと思う……」
愚痴を言いながら赤面するのは、それが本音でないことくらい、ジーノがお見通しであるからだ。わかりあってしまうというのは誤解もないだけ、時に不便。
「ごめんね?意地悪しちゃったなぁ?」
これもまた著しい変化であった。言葉と、思いと、言葉と、思い、感じ取りながら重ね合わせて、二人で濃度を高め合う。
(……あ)
抱き締められて、キスされて。夜を迎えるにはまだ早い。
「王子……」
「ん、つまみ食いだよ。ちょっとだけ」
ジーノは心を許すにつれて、ますます自然にこうして甘えた。幸せそうな小さな吐息が、赤崎を包み幸せにする。
「……今日は早く寝ましょうか」
「泊って行ってくれるのかい?」
当たり前を確認するのを、ジーノはいつ頃やめるのだろう。それでも変化は劇的であり、焦る必要は一つもない。
「あの」
「うん?」
「まあ今日はあれっスよ、少し楽させてあげますよ」
あれは小さい交錯であり、交代は大事を取っただけ。それは赤崎も理解していて、けれどジーノがこんなであるので、自然にそういう気分になった。
「平気だろうけど念のため」
「……うん」
これでも随分馴れてはきていた。それでもジーノは基本意固地で、僅かにトーンが落ちる時、ふいに明るく笑う時、静かにそっと甘える時は不調の前兆であったりもした。気候、食事、しがない言葉、きっかけはいつでも細やかなもの。でも理解がこうして深まるにつれ、それを過剰であるとはもう思えなかった。逆に無神経で居られた過去が、赤崎も自分で不思議なくらいにジーノの感性が真っ当に見えた。
(でも王子はああいうのを常にあるものとして、何事もなくさらっと仕舞って、もうそれをしている意識すら)
逆に偽悪的に振る舞う悪癖がある。皮肉に暗喩、時に率直。普通を振る舞うつもりであるのか。そこのあたりはよくわからない。
