瞳は唇よりものを言う
【13097文字】
視点交互、番犬・飼い主の順。両片思いから両想いのちょっとだけ飼い主が黒い溺愛系。もともとはよくわからない習作でしたが、仕上げるうちになんだか長くなってしまった。
落とすのなんて簡単だ。目を見て、笑って、立ち去ればいい。何度もそれを繰り返し、獲物を疲弊させればいい。あとは立てなくなった獲物を掴んで捕獲すればいい。
*
朝一番に挨拶するのはいつでも大好きな人がいい。もちろん他人は無視すればいい。例えば話掛けてきたって、聞こえぬふりして眠い態度で、欠伸のひとつもしていればいい。
「おはようザッキー」
挨拶をした。嬉しくなった。今日もとてもいい日と思った。彼は毎回ぎこちなくぺこりと頭だけの挨拶。それを見るのも好きだった。まるで天敵にあったみたいに、目を逸らす姿が好きだった。
(うん。とてもいい朝だ)
最近、仕事が結構楽しい。日々が僕を退屈させない。会いたい人に会えること。そこに居ると思うこと。それらは僕を幸せにする。話しかけたい、声を聞きたい、内容なんてなんでもいい。
「ちょっと王子」
「んー?」
「それ、雨用のスパイクと違うんじゃ?」
「おや、ほんとだ。そういえば」
わざとゆっくりと履き替えるのは、僕を待つ彼が好きだから。
「王子、急がないと」
「うん、そうだね。確かにね」
「全然急ぐ気ないでしょ王子」
「履き方はかなり大事じゃない?一応これもプロ意識だよ」
戯言に感心する素直。そんな気のいいところも好きだ。先に行ってよ、なんて言わない。待ってて、なんてもっと言わない。
雨の日の練習は少しだるい。でもびしょびしょの彼は好き。重馬場を必死に走って走って、時には滑って、恥じて怒って。スライディングで水しぶき、水を含んで重たいボール、天候が悪い時ほど思う。彼はいつも元気だな、と。
(いいことあるといいね)
と思う。だからか、雨の日とてもだるいのに、自分でもいいパス出せたと思う。たかが練習試合の一コマ。それでも彼のあの喜びは雨でも僕の気持ちを晴らす。彼にとっていい日なら、僕にとってもいい日と思った。
*
僕は彼を気に入っている。落とすのだって簡単だ。基本、僕は強欲なので、あまり我慢もしないタイプで。
(ああ、だるいな……本当に……)
ずぶ濡れの姿はいつも健気で、僕のバランスが崩れてしまう。今日はいい日で終わりたい。そして明日もいい日でありたい。
雨で練習着が重い。纏わりついて気持ちが悪い。僕の中の悪意がうるさい。今は距離を取らねばならない。せっかくいい日と思っていたのに、僕には破滅願望がある。
シャワーで体を温めて、水気を拭って、髪を乾かす。帰りの挨拶は今日はしない。少し悪い日になったから。駆け引きではない。逃げている。今僕は彼の目を見られない。強欲で如何にも自分本位で、我慢がきかないタイプで、悪意と作為がめまぐるしくて、だから心の中で言う。またね、ザッキー。また明日。明日はいい日でありますように。
