瞳は唇よりものを言う
【13097文字】
視点交互、番犬・飼い主の順。両片思いから両想いのちょっとだけ飼い主が黒い溺愛系。もともとはよくわからない習作でしたが、仕上げるうちになんだか長くなってしまった。
してみて、すごく好きだと思い、しないことが辛くもなって、けれど失うのは怖い。笑顔を願う自分でありたい。
*
僕のなけなしの良心は、今日もまた彼に踏みにじられる。
「あの……飯でもどうッスか」
二人きりになった時限定だったが、彼はハートを飛ばしまくってまるきり隠そうともしなかった。あの不器用で意地っ張りな彼がと思うと、嬉し過ぎてたまらなかった。あれを断る術を僕は知らない。彼の無意識の素直さは、あまりにも僕に残酷だ。
「今日、この後……いいっスか?」
ウエルカム過ぎて、全然良くない。僕の自制心は脆弱であり、かつ彼の煽りは強烈で、衝動は苛烈に地獄のように。
「と、泊ってってもいいっスか?」
遊びでもいい、と手を握られて、絶体絶命の困惑の中でその手を僕は振り払えない。
(無理過ぎ……絶対泣かせる自信しかない……)
彼は超がつくほど頑固で、体だけでもいい、とか言う。使ってくれるだけでもいいと。
「ねぇ、本当にそういうの……」
愛しい愛しい可愛い人は、僕の気持ちをわかってくれない。いつでも笑顔でいて欲しいのに、好きに発散してくれ、と言う。
「何度も言うけど、僕はねザッキー」
口付けされて、押し倒されて、幸せ過ぎて気が遠くなる。
「好きにしてもいいから王子」
彼のこの求愛に気が遠くなる。
「好きに遊んでください王子。俺はあんたのための玩具だ」
彼の欲望はシンプルで、それ故にとても美しく、全てを飲み干したく思う。彼は苦悩の中、歯を食いしめて、僕の衝動を受け止めていく。僕は何度も言い訳をする。君がいいと言ったのだからと。
「王子、そんな顔しないで欲しい」
キスで唇を塞がれて、いつものように見つめ合う。ああ、今日もまたこの繰り返し。
「ザッキー、僕はこんなこと本当は」
「俺がいいって言ってる。だから」
言葉はまるで愛撫に似た催眠術。ああ、また僕は、際限もなく。
「いいんですよ大丈夫。俺はとても嬉しい。だから」
僕はいつでも彼には無力。愛と欲望がこの身を包み、ただ彼を食い入るように見つめて、また僕は蹂躙するかのように。
――どれだけでも動物になればいい。そういうあんたが見たくて、欲しくて、溺れ続けていたいんだから
溺れたいという彼に溺れる。怖がりながら彼を抱く。許して欲しい。裏切らないで。僕が壊れてしまうから、と。
*
僕は幸せが好きではあったが、愛とか、情とか、欲望だとか、人を狂わすそれらについては昔からあまり好きではなかった。いいものだとは思えなかった。綺麗なものだとリボンで飾って、でも現実など知れているから。もっと人間はドロドロしている。欲しい、欲しい、ばかりの我欲。
「王子、王子」
僕は今まで何でも言えた。言葉に責任を感じぬ性質で、嘘でも何でも平気で言えた。鯉に餌を撒くのと同じだ。欲しいと言うからあげるだけ。
「あ、王子っ!」
今は特にひとつになる時、何も言えなくなっていた。熱い。眩暈。気が遠くなる。いつでも彼は僕の名を呼び、傷つけられつつ狂っていった。そんな彼を黙らせたくて、抑えつけるように犯し続けた。なんでこんなことをさせる?と、怖くて僕まで泣き出したくて、でも何をしても許されて、気持ちが良くて仕方がなかった。こんなことをしたいんじゃない。もっと君に優しくしたい。でももっと優しくなるためにこそ、どこまでも許されたいとも思った。
*
「おはよう」
なんて挨拶した時、ベッドの中で恥ずかしそうに彼も小さく挨拶をする。求められて求めてしまって、それをどこまでも許される日々。どれだけ泣かせても愛は揺るがず、気恥ずかしいような朝を迎えて、それでも彼は目を逸らしつつ幸せそうに小さく笑った。
「ザッキー」
朝にするのが一番好きだ。カーテン越しの優しい日差し、赤黒い内股のキスの痕、照れて真っ赤に染まる頬。あんなに夜には許すのに、少しイヤイヤをするザッキー。体中にキスしたい。すべてに触れて回りたい。
「お、俺、いいっつってませんけどっ?」
「うん」
「ちょっと、王子くすぐったい」
あむあむと腰骨を甘噛みすれば、ヒクンと体を捩らせて、そのままクスクスとじゃれ合って、焦らすように長い時間を掛けて今一度僕らはひとつになった。
「痛い?」
彼は甘い吐息を漏らした。抱き締める背中が小さく震えて、昨日の無体の酷さを思う。それでもされるがままの姿に、僕は笑みをこぼしてしまう。
「ゆっくり気持ち良くなろうねザッキー」
文字通り彼は限界だった。こんな朝が好きだった。僕のためだけにここにこうして、大人しく抱かれるままの君。
「好きだよザッキー」
耳に囁く。ゆっくりそのままうつ伏せにして布団のように彼に被さる。動けぬ彼は逃げ出せもせず、やはり甘い吐息を漏らした。首の後ろまで赤い。だから繰り返し彼に言う。
「好きだよ、君を愛してる」
僕だけのものに体を押しつけ、力を抜いて、また押し付けて、ゆっくりと咀嚼するように。
「さあザッキー頑張ろう。僕のことを全部で感じてもう一度だけ。いいだろう?」
暴力的な夜の後、乱暴に熟れた彼の体に、絞め殺すような拷問の愛。でもそれを君は許してくれる。僕の形にピッタリ吸い付き、奥へ奥へと僕を誘う。もう限界を超えている。それでも僕を欲しがり始める。そんな姿を僕に見られて、真っ赤になって体を震わせ、君をこんな風に育てた。君はどこまでも許してくれる。
「ねぇ、ゆっくりで良いんだよ?」
片足が不随に痙攣している。
「そう。緩やかに、ゆっくりね」
女性器のように蠢いている。今は両足が痙攣している。僕を絞り出そうとしている。ゆっくりゆっくり揺らしてあげれば痙攣は全身に広がっていく。休む暇なく何度も何度も、僕に空イキさせられる。壊れた僕に壊されて、それでも君は許し続ける。
*
彼はどこまでも許してくれて、それでも終わって起き上がる時。
「そんな顔をしないでよ」
最近、彼はげんなりとして口を尖らせたりもする。
「ちゃんと始末はしてあげるから」
「俺それ好きじゃないって前も」
「嫌だよ。君は下手くそだからまたお腹壊してしまうじゃないか」
「そういうんだったら最初から」
「いいからいいから。ほら立って」
飽き飽きどころかこの頃僕は、穢したくって仕方がなくて、寧ろ彼の沼にはまった。
「つかマジで駄目でしょ。病気んなるし」
そのことばかり言う彼のため、昨夜も念入りに綺麗に洗って、だからわかっているはずなのに最近ようやく文句が増えた。ただ従順なだけよりも、我慢を知った上でしたい。これは僕を壊した彼のどうしようもない愛の罪。
「やっぱ自分で」
「大人しくして」
「言っときますけど、さすがに俺もう」
「わかっているよ。僕も無理」
軽口を言い、ふざけてじゃれて、何度も彼に恋をしてしまう。キスと体と恋を重ねる。力づくで僕を落として、どんなに痛い目を見させても、彼は照れながら僕に笑った。落とすことは簡単なのにいつでも落ちるのは難しく、落ちる前に飽きてしまった。そんな日々が過去になり、ただただ眩しいこんな朝、僕は彼がとても愛しい。初めて愛を実感している。僕はとことん愛されている。
*
僕が髪を乾かし戻ると、彼はせっせと朝食の支度。僕に気づいた彼は平常運転、ツンと澄まし顔になっていて、この稀有が日常と交差し始め、その幸せをじんわり感じた。この先、この日々が過去になっても、身を切るほどの辛さを負っても、失う以上に手に入れたからきっと後悔はしないだろう。
「王子、今日のご予定は?」
彼はお玉をマイクがわりに、ちょっとふざけてインタビュー。もちろん僕もいちいち付き合う。
「予定かぁ……うーん、玉子一個丸ごとのお味噌汁を食べる、かな?」
「いや、これ俺の朝飯ですけど」
「たまには交換しようよザッキー」
パンと目玉焼き。焼き鮭、みそ汁。言葉のチョイスに思考回路に、異なるところは多々あるけれど。今日も朝食がとても美味しい。朝一番から愛する人と、一緒に居られる今が楽しい。
*
「何スか王子。ジロジロと」
「今日も憎たらしい顔してる」
「はぁ?」
チラ見しながら頬を染め、目を逸らす彼は健在だ。
「ねぇ、今日もとってもいい日だね」
そんなふうに笑いかければ、
「良かったですね」
とそっぽを向いて、でもちゃんと彼にも笑顔がうつる。
(僕達はこんなに一緒だザッキー)
そんなことを思って笑う。
――遊びでいいから、体だけでも
それを言うのも忘れた君も、今ではわかっているかと思う。嘘でも何でも言えた僕から、初めて本気で真面目な愛を、君に心から贈ったことを。我欲と醜さを曝け出し、それを恥じ入ることもなくして、君からの愛を信頼し、僕も信じて欲しいと願った。今は遠く離れた二人。それでも会う日は今日も煌めく。裏切らないでともう怖がらない。裏切ってもいい、君を愛する。
