留守番ザッキー危機一髪
【14808文字】
ある日ジーノの家で留守中、突然やって来た男は恋人ジーノにそっくりで?というモブザキ的な何か。
かつてモブザキ書いてみたいなと思った時、番犬が愛くるし過ぎてモブおじさんだとなんだかほんわか仲良くなって「悪い事出来ない」になってしまう連続で、なんだか無駄に闘争心が湧いて、色々ウンウン考えたネタでした。あの頃の私は一体何と戦っていたんだろうw コメディタッチの予定が何やら深刻な感じになっちゃいました。
「それにしても結構遅いね。今日はもう帰ってこないつもりなのかな?」
モドキのその一言で我に返る。今は一体何時だろうか。
(王子の話を沢山しながら、俺は今王子を忘れていた?)
ゾクリと不安が足をつたう。
「な、なんだ……やっぱり王子に用があったンスね」
慌てて心の大穴に目を向け、なんでもないような顔をした。
(だ、大丈夫。俺は今、ちゃんと寂しい。あの人がいなくて、こんなにも……)
「あれ?本当にキミの値踏みしに来たんだと思ってた?」
「そ、そんなわけあるはずが」
「……」
心が弾む様な会話の最中、時々今みたいな間が訪れる。なんだか少し気詰まりなのは、この人が俺を見過ぎるからだ。
「ねぇ、キミ、ジーノの事好き?」
「え……?」
「好き?」
気詰まりな間の後には気詰まりな質問。返事に窮して意地を張る。
「あ、あんたに言わなきゃいけない義理なんてねぇし」
あまりにも当然の話なのに、なんだか即答出来なかった。俺は会話をエンジョイし過ぎていたから。
「ズルいよ。ボクはジーノの気持ちを全部教えてあげたのに」
「それは……」
王子の顔を必死で思い出す。けれど、目の前の男が紛らわしい。沢山モドキの顔を見過ぎて、王子のイメージがぼやけてしまう。あんなにもいつもくっきりとしていたのに、ピントがずれてよく見えない。そしてそれを見透かしたのか、男は一拍置いてこう言った。
「そっか、ハッキリ胸張って言えないんだ?」
心臓が跳ねる。何も後ろ暗い事はない。胸は張れる。当たり前。
「違いますよ。そういう意味じゃなくて、改まってそう訊かれると気恥ずかしいっつうか」
「じゃ、好き?」
「……」
「好き?」
「……す、好きッス」
なんだかとても言いにくく、俺は思わずどもってしまった。本人にだってそう何回も、俺はこの言葉を告げた事がない。
「本当?」
妙な事にこだわられて、俺はほとほと困ってしまった。けれど言い逃れるなど無理な話だ。それに、王子に何を告げ口されてしまうかと思うと。
「当たり前でしょう?あの人は俺の恋人なんだし。好きじゃなかったら誰があんなめんどくさい人と一緒に居たいだなんて」
はっきりと他人に恋人の言葉を使うのは初めての事で、あまりの緊張にしどろもどろ。相手は最初からそれを知っているのに、完全にあがってしまっていた。
「じゃあ、ボクの事は?」
「は?」
「ボクの事、好き?」
「何言って……」
話の展開がめちゃくちゃ過ぎて、意味が全然わからなかった。
「キミはボクとジーノの区別がつかない。だったら」
身を寄せられて、後ずさりする。
「ボクの事も、好き?キミに、一緒に居たいって言われたいな」
「頭おかしいンスか?飛躍し過ぎててさっぱり……」
声が上擦っているのがよくわかった。
「そう?ボクも恋人でかまわなくない?」
「い、いくら似ててもあんたは王子じゃないし、随分態度も口も悪い。だから正直なところ言わせてもらえば、好きより寧ろ苦手ッス」
「キミはボクの事好きだよ」
「あり得ません」
「そんなの嘘だよ」
「嘘じゃないッス。残念ながら100パー本当。王子の兄弟だから相手にしてるだけで、そうじゃなかったら」
やっぱり変なタイミングで間は訪れる。誤魔化そうとして口にした言葉で、こんなに傷付いたような表情になるとは思わなかった。なんだか罪悪感が湧いて出た。けれど、俺は馬鹿だったので、追い打ちをかけるように減らず口を叩く。
「なんか文句でも?」
いつまでも治らない悪い癖だ。こんな事別に言う気もなかった。でも言わなきゃならないような気持ちになる程、俺の心は危うかった。目の前にいるこの男は王子ではない。わかっているのに高鳴る胸が、駄目だ、逃げ出せ、と信号を送った。
「出鱈目言っちゃって、焦ってるね」
「焦ってません」
「焦ってるよ。だってそんなにドキドキしてる。ボクにこんなに見つめられて、胸、キュウってしてるよね?」
「違う、違いますよ。何言って……自意識過剰ッスよ。俺が王子以外の奴にドキドキなんてするわけが……」
「区別つかないくせに」
「つきますよ!」
「だってさっき間違えたじゃないか」
「そ、それは王子が双子だったなんて知らなかったから……二人並んでたら絶対勘違いなんて」
「しない?」
「しません。あんたは全然王子に似てない」
「似てるよ。ジーノがボクのふりしたら、相手にしないってきっと言う」
「言いませんよ!そんな」
「絶対言うよ。保証する」
「変なとこ意固地にならないでくださいよ、せっかく楽しい雰囲気だったのに」
「ボクがジーノじゃなくったって、ボクを見て、ボクと楽しい気持ちになって、ボクの事をうんと好きになってよ、ね?ザッキー」
「だ、だからザッキー呼びするなって何度言えば」
「ザッキー、ねぇ、言ってよ。ボクの事好き?」
「……え……?待っ、ちょっと、マジでやめ……オイって!何してんだよ、いい加減に」
「ねぇ、言って。なんか悔しい。ボクをキミの王子にしてよ」
あまりにナチュラルに押し倒された。
「何調子付いてんだよ!やめろ、チクショウ、どけ!」
「大した剣幕だねぇ。でも言う程、抵抗出来てない」
俺は本気で抵抗していた。けれど体がいう事をきかなかった。何故なら、ぬくもり、重み、肌の質感、何から何まで錯誤の種で、頭が勝手に誤謬を重ねて、沁みついた従順が顔を出す。
「てことは、満更でもないのかな?意地を張ってるだけで、本当はちゃんとボクの事を……」
唾を吐き、蹴り上げて、殴り飛ばして踏み付ければいい。なのにあまりにも王子によく似たその姿態に対して、どうしてもやる事が出来なかった。だから必死になって助けを呼んだ。帰ってこないかの人を。
「い、やだ、王子、王子!」
玄関に顔を向けても角度でドアなど全く見えない。けれど目を向け、耳を澄まし、王子が俺の名を呼ぶのを心待つ。
「ここに居るよ、よく見て?そっくりでしょう?」
「チクショウ、こんな」
「暴れてないでこっちを向いて?ほら、キミの王子はちゃんとここに」
「てめぇじゃねぇ!」
男は反抗的な態度にムッとしたのか、わざわざ強引に顎の先を掴まれ、無理矢理向きを直されては、仕返しのように言い返される。
「なら、言ってあげる」
「……ッ、くそ……ッ!」
「キミの王子は呼んでも来ないよ。助けになんて来てくれない」
「……ッ!……!!!」
知っている現実を突きつけられる。予定の時間はまだまだ先で、玄関は開かず足音はしない。誰も俺を助けには来ない。必死で顔を背けようにも無駄な努力で、息が掛かるほど近づく顔。もうおしまいだと思った瞬間、男は静かにこう言った。
「おや、本当にキスしちゃって構わないのかい?」
その一言を受け、驚き、目を剥く。
「遼君ったら。鳩が豆鉄砲を食ったようってこんな顔なのかな」
天真爛漫な男の笑顔に、全部が芝居だったのかと力が抜けた。憤るよりも先に、助かった事への安堵が広がる。そして俺は同時に呆れた。男のあまりの趣味の悪さに、開いた口が塞がらなかった。
「何でも真に受けちゃって。そういうの、可愛いけど凄く危ない」
心を弄んで作り出した罪を、こうして罰して見下し笑う。うそぶく男も、乗せられた俺も、どちらも同じくらい最低と思った。
「こ、こんな風な形で人をからかうのが楽しいとか……あんたどうかしてるだろ……人が悪い」
「まあね」
「自覚あんのかよ。ったく、どうしようもねぇ……」
「でも嫌いじゃないよね?こういう感じ」
「はッ!まだ言うか。どんだけ自分大好きマンなんだよ」
そうしてホッとしたその瞬間の事だ。男の目端がキラリと光った。とても綺麗だとそれに見とれて、その時、唇を奪われた。
(!?)
一瞬、何が起きたのかわからなかった。啄むキスの後、男を見上げながら、言葉を失う程の憤怒に震えた。男の悪趣味は想像以上で、わざわざ安堵させた上で、お手軽に獲物を貪ったのだ。
「ね、言ったろう?そういうの凄く危ない。気を付けてないと沢山沢山騙されてしまうよ?」
その時、俺は自分でも信じられない程、傷付いていた。ぬけぬけと出し抜かれたのもさることながら、手に入れかけていたモドキへの信頼を、無惨に破壊されたからだ。心にもう一つ穴が開いたみたいだった。愛の言葉を欲しがる男が、何故俺を好きだと考えた?ただただ遊んでいただけなのだと知り、俺は今ショックを受けている。
(一つの恋が破れたみたい、に?……そんな馬鹿な話が)
「遼君?」
俺は今、この人を乞うては失ったのか?そんな話があり得るのか?男の笑顔は残酷なので、王子の笑顔を恋しく思う。瓜二つながら優しい人を。
「ひ……卑怯者」
絞り出すように必死な思い。俺はやっとやっと声を発する。けれど男の返事を聞くまでもない。きっと悪意は雨のように、俺に降り注ぎ続けるだろう。
「……ボクを責めるのは簡単だけど、気を抜いちゃったキミも悪いよ」
王子も俺に、そう言うだろう。俺もその通りだとぼんやり思った。
「聞いてた通り甘ちゃんだね。こんなのが恋人じゃ気が休まらない」
完敗だった。
(恋人……王子……俺は)
気が休まらないというその一言で、胸に去来する思いがあった。今日、初めて俺は王子を『恋人』と言った。とても幸せになれる言葉だった。なのに同じ日こうして俺が王子を裏切ったのは、経緯はともあれ、単なる事実。俺の甘さについては、王子もまた何度も指摘してきた部分だった。欠点ごと愛してくれた優しい王子を、俺はその甘さと馬鹿さを以って傷付けていた。気が休まらないなんて言い方はぬるい。こんなのが『恋人』を名乗るだなんて、王子は世界一不幸だと思った。
「嫌だなぁ、泣く程の事?」
こぼれ落ちる涙にも気付かない俺の、目のふちの両方にもキスを受けた。重なる蹂躙に混乱は深まる。悲しみと憤りで体が震える。
「困ったなぁ、泣き止んで?この程度の子供騙しのキスくらいは挨拶と同じさ。だから、きっとジーノもそう目くじら立てて怒ったりしないと思うよ?」
男は無抵抗になるのを待ってから口づけるので、そんなやり方が優しさに思えた。
「っていうかさ、遼君。深刻なところ悪いけど一つ聞いてくれない?きっといい気晴らしになる話だから」
ただの成功率をあげる為であろう計算のそれを、本当に優しさに錯覚してしまいたいほど、俺は今ズタズタだった。
「いや、だ……王子、ッ」
身に受けたのは愛でなく暴虐。俺の心は今粉々で、なんでこんな事になっているのかと、王子を求めて名を呼び続けた。
「やめなよ、そういう態度は逆効果だ。腹立つ。いいから聞いてよ。ねぇ」
渾身の抵抗を試みてもやっぱり無意味だ。男は子供をあやすかのように、俺の髪を撫で、耳を触る。そんな行為に疑似的な好意を感じて踊る心が悲し過ぎた。いつもいつも、これを同じ事を俺にしてくれていたのはあの人だった。あの人は愛を以って俺に触れて、この人はからかいを以っていとも気安く俺を弄る。幸せだった記憶と、今の不幸と、この違いを受け止めきる事が出来ないまま、俺は男に身を任せている。
「王子……」
無意識に。枯れた声で。
「お願いだから、ねぇ、駄目だよ。これ以上ボクをイラつかせないで」
「王子……王子……」
視界がぼやけて焦点が合わない。
「そんなにボクの悪乗り煽っちゃさ、ねぇ、聞いてる?」
音がとても遠く感じる。言葉である事はわかっているのに、意味が全然咀嚼出来ない。
「や……王子……おう……じ……」
溺れて水の中に居るみたいだった。呼べば王子が、俺の光が、なんとなくそこに見える気がした。笑顔がとても恋しかった。
「ああ、馬鹿だな、本当にスイッチ入れてくれちゃって」
鋭い言葉が心に刺さった。
「ねぇ、キミさ。今日ボクの事、何回無視したかわかってる?」
現実に引き戻された俺が最初に見たのは、男の激しい恫喝の目だった。
「そんな事、許されるとでも思っているのかい?」
その瞬間、本当に体は完全に己の意思から離れて、俺は指先一本、髪の毛一本、全く抗えなくなってしまった。許されないとの言葉通り、俺は男から、この世界から、心を逃がす事さえ出来なくなった。
(あ……、王子、どうしよう……俺、また体が……)
飛びかけた意識は鮮明さを取り戻して、過敏に冴えた状態のまま、俺は王子への裏切りの罰を受ける事になった。全部男のいいなりになって、王子の名も、もう呼べなくなった。
*
「……」
時を刻む音が聞こえる気がした。それは俺を切り刻む音かもしれない。音も、色も、全身の感触も、何もかもが生々しかった。にもかかわらず今の俺には、何の感情も浮かぶ事がなかった。
「何?」
「……あんた、無理矢理こんな事して楽しいンスか?」
シャツのボタンを外されながら、俺は虚しい質問をする。聞く意味もない。だって返事にもまるで興味がない。
「さあ、どうだか。楽しませてくれる気があるなら、少しは楽しくなるのかな」
そんな俺の心を察してなのか、男も適当な事を言う。これは会話と呼べるのだろうか。無価値が過ぎると思いながらも、何もすべきことが思いつかない。
「こんな風に人を抱くのは初めてだし。よくわかんないね」
俺も初めてだ。
「すっごくつまんない気はするよ」
俺もそう思う。けれど、きっと彼もまた返事など特に必要ではなかったのだろう。だからただの反射のような問答を続ける。心も体も死んだままで、男に他愛無い話をする。
「王子が嫌いだから、こんな事を?」
「いや?」
「じゃあ、なんで」
「言ったろ?ただの悪乗りだって。でもキミが本気にさせちゃった」
指先が這うと、体が反応を始めるのがわかる。王子の愛撫に慣れた体が、他人の愛撫に喜び始める。
(殺してやりたい……)
確かにどこかでそう思っているはずだというのに、よくわからない。
「んッ……」
自由は全部、奪われたままだ。なのに、漏れ出る声が甘みを帯びて、とても惨めだと俺は思った。
「感じてるね」
(王子……、助けて……)
呼ぶ声は出ない。反応は続く。
「ジーノに抱かれている気分なのかな」
「……」
「そういうの不誠実じゃない?誰相手でも気持ちよくなっちゃうって事でしょう?」
「……」
「それとも、あれかな?ちゃんと区別がつくと言い放ったキミだもの。恋人じゃないってわかった上で、そんなに悦んでしまっているの?」
熱い。毛穴が開いていくのがわかる。その産毛だけに触れる執拗な愛撫に、呼吸がドンドン乱れ始める。一切愛の囁きのない、たかが行為に過ぎない世界の中で、俺はただ這う指先を欲していた。それは、いつもとはまるで違うクールなセックス。確実に、この男の心ないやり方自体に欲情していた。
「それじゃ、完全に浮気だよねぇ。遼君?それとも二股……。不誠実っていうか、不義理なのかな」
こんな事をしてしまえる。この男の、そして自分自身の非情さを、残酷さを、俺は。
「ヤキモチ妬きだって教えたよね?」
「……」
「バレたら結構大変かもね、って言いたいところだけど……今のキミを見たら嫉妬どころかもしかしたら」
「ぅ、あ」
「ね、遼君。大変だと思わない?キミの恋人は潔癖なところがあるから、信じていた飼い犬が実は他人のお手付きになっただなんて事になったら」
「あ……、ぅ」
「しかもボク達初対面だよ?いくら似てるからってもうこんなになってしまって。なんてふしだらな子なんだろう」
「……ッ、……はッ、あ」
「さあ、今何を思った?遼君」
「……?」
「ほら、ボクにふしだらだなんて言われて、つい酷い事考えなかった?今、恋人が帰ってきたらどうしようって?」
「……、うぁぅ、?……」
「バレたらどうしようって。ねぇ焦っちゃったでしょう?後ろ暗くて」
「ち、ちが……」
「ふーん?なら、いいよ?遼君。キミの大好きな人を呼びたいんだね?そんなに体中で興奮しておきながら、ジーノが来たとして、ちゃんと助けてって、真っ直ぐな目で言える?」
「い……、」
「ボクはキミに誘われたって説明するよ?キミが寂しがり屋な事を知ってるあいつは、何一つ抵抗した様子のない状況を目にして、どっちの話を信じるかな」
「王子……ッ、俺」
「……いい子だねぇ。そうか、ジーノをそんなに信じてるんだ?まあね。ボクが悪いって言うだろうね。でもとっても傷付いちゃうのは確かだと思うよ。すぐにキミを放り出してしまう事はないだろうけど、わだかまりはずっと残る」
その通りだと俺は思った。
「可哀そうだね。ちょっと自分が目を離した隙に、だなんて」
「くッ……、」
「キミが油断するからこんな事に。ホント、今帰ってきたら最悪だ」
知らない男に凌辱されつつ思う事は「助かりたいのに来て欲しくない」で、モドキは俺の中のそんな狡さを、王子に似た目で全部見ていた。
「見せたくないよねぇ、こんなところ。さっさと済ませてしまうのが絶対いい」
俺は触れられ気持ちよくなっておきながら、今、何から助かりたいと思うのだろう?もう成したも同じだと言える状況で、何を守りたいと願うのか?
「終わらせて、服を着て、髪を整え、情事の痕跡を全て消して……?今から始めたとして大丈夫かなぁ。間に合うと思う?ギリギリってところかも?」
指先がくるりと外周をなぞり、男は耳元で囁いた。
「本気でとっとと終わらせようって、そう思うなら、言えるかな遼君?『気持ちいいもの、早く挿れて』って。そしたら急いであげるけど」
「……ッ!」
「それとも自分で上に乗って、ボクに跨って腰を振るかい?」
もう頭の中は、真っ白だった。
*
「ザッキー」
モドキが俺の名をザッキーと呼ぶ。
「駄目だ。キミが何を選択しても、ボクはキミを許せない気がする」
手を止め、少し身を起こして言う。男と、俺のはだけた胸元の間にスッと冷たい風が通る。そうしてしんみりと見下ろされると、王子に言われた気分だった。確かにモドキが言ったように、許してもらえるわけがなかった。知られたくないと願った以上、最早俺は共犯者なのだ。いじられ、遊ばれ、その度に湿り気の帯びた声が溢れた。王子によく似た指先に酔った。
(死んでしまいたい)
と本気で思った。
*
「ねぇ、ボクの事好き?言って」
男の、この執着がよくわからなかった。双子の関係は、特にこの二人の仲にある得体の知れない不思議なものは、特に難解で不可解であり、色々な事が疑問になる。この行為もまた、血を分けた者同士で唯一無二であろうとする、一種の権力闘争だろうか。なのに二人は互いを愛しているだろう。何故なら男は自分ではない、王子の痛みを受けている。
好きだと言ってしまいたかった。裏切りのスキャンダラスさを思うが故に、逆に心が嘘を求めていた。俺は今、男を愛して、だから抱かれているのではないか。ならば、凌辱も裏切りもここにはなくて、あるのは心変わりだけになる。
(俺達を壊そうとしているこの人が、今とても孤独なのはきっと確かだ。そんな事がこんなにも辛い。俺はもしかしてこの人の事を?出会って間もない、何も知らないこの人の事を?)
既に男に絆され始めているのをまざまざと感じる。いっそ楽になりたかった。何故なら、男の施す俺への罰は、とてもとても愛に似ていて、口先で空々しいほど饒舌に愛を語る王子と同じに、とても不器用で気の毒に思えた。
(ホント、めんどくさい人だな……)
何を言いたいのかちゃんと言えば、人はもっとわかりあえるのに。
(めんどくささは、俺も同じか……)
考えてみれば、こんなにも王子が好きであっても、俺も愛を囁いた事が殆どなかった。
(王子が言葉を乞う事はなかった。ではこの裏切りにも何も問わない?王子、なんだかあんたがこんなにも遠い。俺達は何を以って繋がっていた?俺はモドキを知らないけれど、王子の事だって何一つ……)
