ジノザキDay2014ジーノ編
【77054文字】
後半戦のジーノ視点バージョン。赤崎編はお題消化がテーマでしたが、こちらはすれ違いがテーマの意地悪?オマケ物語です。ラスト、ハッピーエンドではありますが途中えげつない(強姦未遂)描写がございます。R18設定としましたが人によってはR18Gかも?黒い展開が苦手な方は閲覧熟慮願います。10/17~10/31連載
11. undici/ウンディチ
(何コレ……シンジジラレナイ)
鏡に映る見慣れぬ男にはもうはっきりとそれとわかる取り返しのつかないような激しい情熱の火が灯っていて、また、その目はすでに愛されぬ悲しみに暗い淀みが生じ始めていた。
「ザッキー、どうしよう……こんな……」
鏡に向かって話しかけてもそこには情けない顔をした間抜けな男が立っているだけで、返事など戻ってくるはずもなく。
(今のボクは、ザッキーに“お前は裸だ”と指摘されて、ようやくその事に気が付いた、憐れで惨めな……)
鏡の男は世にも名高い才ある王子の姿をしていなかった。ボクの嫌いな負け犬の姿だった。他人の中で見つけるととても楽しかった“人恋しさの悲しみ”が今、ボクの全身を蝕んでいる。体も心も痛くて痛くて、なんだかいつにも増して上手く息が出来ない。
(やだな、練習、行きたくない……)
未だかつてない大きな拒絶を経験して出来たボクの深い傷は、当然の事ながらボクの体を指先一本まともに動かせない程重くした。でも。
(ねぇ、行きたくないって言ってるだろ?なのになんでこんな……馬鹿じゃないの?)
のろのろと支度をして、足取り重くエレベーターへ。エンジンをかけて感じたのは、
(ハ、こんなになってもそれでも、どうしても会いたいっていうのかい?)
そんな己を疑うほどの情けなくも健気な恋心だった。
「ホント、重傷だ……ボクらしくないよこんな……」
今度はボクがびしょ濡れの捨て犬になる番だった。
出禁を申し渡された翌日からボク達の関係は冷え冷えとしたものになった。当然、その翌日も、その翌日もだ。ずっと身を焼く業火、耐えられない人恋しさがボクを酷く弱くする。
(我儘王子を拒絶するキミは、負け犬になった憐れなボクをどう思う?)
ザッキーはクールなもので、もうボクに関わらないと心に決めてしまったようだった。優しい彼の事だから、あれは武士の情けみたいなものだったんだろうか?いっそ潔い感じだ。ボクは今のこの姿を彼に見られたくないと思っていた。辛いから。
(ザッキー、目が泳いでる。今の僕はそんなにも痛々しいかい?フ、そうだったね、キミはとても優しい子だから、こんな惨めなボクの事、まともに見てられないのも当然だ)
プッツリと切れてしまった彼とボクとを繋いでいた糸。それでも未だ彼に少しでもいいから関わっていたい哀れなボクは、彼との追いかけっこの“勝負”が終わった後も、つまり負けてしまったその後も、ひっそりと違う形で彼の後姿を追った。チームメイト達から情報を引き出し、そこから垣間見える彼の日常に触れる事で弱った心を慰め始めたのだ。
その間接的な接触は体感する毎にボクの心を僅かに潤し、このどうしようもない人恋しさからくる悲しみの痛さも誤魔化してくれた。反面、そこから離れてしまえばその惨めさに血を吐くような更なる苦しみをボクに呼んだ。辛いのにやめられない、まるで破滅に向かう中毒患者のよう。ボクは未だ、彼の虜だ。
(上手くいかないダンスの部分を懸命にフォローしているんだね。ほら、バッキーがキミの為にも頑張るって言っている。毎日へこたれやすい猟犬のお世話、大変でしょう?お疲れ様)
(新発売のお気に入りのタブレット、セリーが昨日ちょうだいと言ってそのまま全部食べちゃったんだってね?怒られたってボクに言ってるけどどうやらまた狙ってるらしいよ?気を付けてね)
(そっか、今度結婚した友達の家に遊びに行くのに手土産何がいいのか悩んでいるんだね。ザッキーが選んだものならなんでも喜んでもらえると思うよ?けど食器類とか壊れ物はお祝い品としては不吉だ縁起が悪いって嫌う地域もあるらしいから、念のため避けた方が無難かもしれないね)
彼に言いたい他愛無い言葉が次々にボクの心に溢れていく。心の中で、見えない彼に独り言を続ける日々。そして時折我に返る。
(……馬鹿みたい。もうやだよ……いつまでもさぁ。気持ちなんて簡単に切り替えれるはずなのに……こんなになっちゃったのなんて、ボク、初めて)
でも目で追う事がやめられない。彼を思う気持ちが止まらない。目覚めた朝も、眩しい昼も、切ない日暮れも、そして暗い夜も。眠りの中でさえボクの中はもう彼で一杯だ。
(なんとかしてよザッキー、凄く辛い。これからボクどうしていけばいい?全然見当もつかない)
溢れんばかりのボクの中の彼。増えて増えて、体が日に日に鉛のように重たくなっていく。だからいっそ投げ遣りな心でずっとそんなものの中で溺れ続けていたく思う。なのにやっぱり時々現実に戻ってしまうボクは実際に自分がいるのはカサカサの干からびた誰もいない砂漠なのだという事に気が付いてしまう。溢れんばかりの瑞々しいオアシスに溺れるどころか口の中はジャリジャリとした砂だらけ。苦しくて苦しくて、息する事も、最早生きる事すら。喉潤す豊かな夢を求めてまた眠りにつきたがる。
(もうこのまま妄想に浸ったまま夢の中で死んでしまいたい。だってザッキーはボクのものにならない。それどころかはボクを嫌いなんだ。……うぅ、まただ、苦しい……唇も喉もカサカサして、なんか張り付いちゃうみたいな感じがする。無理だよ、もう一歩も歩きたくない、ううん?違う、もう動けない)
そうしてボクは今日もノタノタと出掛ける支度をする。当たり前の様にエンジンをかけて、当たり前の様にまた練習に打ち込む彼の姿を目で追いかける。失恋した人間は皆、こんな風に日々を何気なく暮らしているとでもいうのだろうか?ボクには信じられない事実だった。
(……時が解決する?冗談でしょ?)
日に何回も、ボクはそう思った。
(ボクきっとこのままおかしくなっちゃうよ。時間が解決してくれるその前に)
何度考えてみても先なんて真っ暗にしか思えなかった。
– – – – –
友情も愛情も知らなかったボクはその孤独によって非常に心が偏っていたのだけれど、彼との出来事によって得た苦しみの中で、また更に真っ当に生きるとはどういう事なのかを理解し、自身の変化のスピードが加速していく事となった。
(こんな酷い目にあうなんて、想像もしてなかった。なんて惨めなんだ)
今日バッキーやセリーと話をしながら、その事を改めて再認識。誇らしいと思ってきた自分の解釈の誤りを、ボクは彼だけでなく他の関係性の中からもポツポツと見つけていく。
「王子って相手を自分に合わさせるタイプで」
「なんやかんや上手いこと言いながら結局全部相手を思うとおりにしちゃうっつーか」
「譲歩とか、わー!似合わねー!王子から一番遠い言葉じゃないッスかね」
そう、これが所謂、外の人間からみたボクの“王子”の姿だ。
“最低ッスね。あんたは我儘だ。凄く不誠実で、高慢で”
つまり、これがボクの真実の姿だというわけだ。全くその通り。わかっているようでわかっていなかった、彼が教えてくれた自分の現実。ボクは一人ぽっちの惨めな裸の王子だ。そして己を騙していたのは商人ではなく自分自身。
生き方を真っ向から否定され邪魔を受ける。恵まれたボクの生活の中ではそんな事は珍しくもない極普通の出来事だった。
(珍しくもないというよりしょっちゅう起きていたね、考えてみれば)
でもボクは自分がやりたいように生きるだけの力を持ち合わせている存在なんだと思っていたので、常にそういう輩は軽くいなして蹴散らしてきた。我儘と言われようが、暴君と言われようが、ボクはボクの筋を通す事になんら疑問も持たなかった。他でもないボクのやる事なのだから、と。
小さい頃から当たり前だった。いつでもトラブルになりそうになっても最後にはボクが彼らとは違う存在である事を周りは受け入れてくれた。それは正論だったからだと思い込んでいた。でもそれはボクが絶対に自分を皆と同じ存在として扱う事を受け入れなかったせいだったのだ。
(皆ボクの意固地に折れてくれていたんだ。セリーやバッキーのように)
こんな事大した話じゃないだろう?と言うボクに対して多くの人間が、そうですちょっとした事ですよね、と言ってくれた。でも彼らは最後こそそうでも、最初の内はきっと皆ザッキーと同じようにボクに言っていたはずで。彼らが黙ったのはボクに理があるからではなく、ただ聞く耳を持たないボクが皆の口を黙らせただけの話で。
(ザッキー、キミだけがボクの心に届く形で伝える事が出来たんだね。“あんたは裸だ”って)
話の最中、ボクがそんな事を考えていると一瞬だけ彼と目があった。すぐにその目は逸れてしまったけれど、ボクの思っている事を察知したみたいに思えた。
(ねぇ、また一つちゃんと気付いたんだ、ザッキー、わかる?ボクは変わる。キミが見ててくれていなくても)
これはボクの新しい独り遊びだった。ボクはあまりにも孤独だったので何もしないではいられなかったのだ。彼が駄目なら誰だっていい。今はチームメイトでもなんでもいいから自分の傍に置いておきたかった。ボクは彼の仕打ちにとても傷付いてしまったけれど、それでも彼はとても正しいと伝えたかった。真っ当な人付き合いを心掛けるキッカケをくれたのだから。
ボクは意固地で素直じゃなくて、気に入らない臣下を激情のままに切り殺す暴君のような王子だった。皆好きな事を言って好きな事をすればいいと思ってきた。ただ、やり切れる人間はそうはいなくて、出来ない人間はその権限がない存在だから仕方がない事だ、と考えていた。自分のように力のある人間以外には無理なのだと。
でも今同じ事を言うボクの心は変わった。皆好きな事を言って好きな事をすればいい。そしてそれをやる権利は皆同じように持っている。ボクはその皆の中の一員に過ぎない。同じ立場で、同じ気持ちで、対等に話し合いながら答えを導いていく。ボクの話を聞いてくれた人達と同じに、ボクは人の話を聞く。彼がボクに伝えた大切な事とはおそらくそういう事。ボクに欠けていた部分はそういうところ。
“ボクは怖くないよ”
今なら素直にそう言える。何故ならボクは本当に怖くない存在だからだ。猛々しく振る舞うごっこ遊びの茶番はおしまい。今、ボクは単なるボクでしかない。
「ボクが権力者だからやりたいようにやってるわけじゃない。単にボクの性分さ。つまりビクビクとボクの顔色を窺うようなマネは不要ってこと」
けれど、怖い顔をしながらこれと同じ事を言うのが好きだった過去があるボクだから、今更本気でそれを主張してもほらこの通り。
「10番様に睨まれたらビビりますって」
「「出来ません!」」
「怖いんですって!」
「特別なんですよ!わかりませんか?」
ボクの振りかざした偽物の権力が、彼らとの日常の中に当たり前のものとして横たわる。それをやったのはこのボクだ。ボクの本当の言葉は彼らには全く届かない。心が違えど言葉は同じ。誰もそんな事気付きもしない。今感じているこの孤独は、まさに自業自得のしっぺ返し。
「お先」
わかってくれるはずの彼にも今更ボクの弁舌なぞ馬耳東風。悲しかった。ボクは、
「……皆がボクをわかってないだけなんだよ」
と呟きながら、
(でも、ボクもわかっていなかったんだからしょうがないよね)
とひとりごちるしかなかったのだった。これは時間のかかる作業。けれど努力を続けて自分の失恋の傷を紛らわす事しか出来なかった。それに縋るしか策がなかった。
(こんな事ですら焦れるようなら、ボクはザッキーの嫌いなボクのままだって事だよね)
気落ちした。でもボクは今これを彼に好かれたいがためにやるわけではない。せめて、痛い思いをした分だけ、彼に恥ずかしくない人間に成長したかった。王子でなくてもいい。人並みの、所謂、人間に。
(ザッキーの認めるような“理想的な王子様”になるだなんて無謀な夢はもう見ない。というより普通にそんな夢なんてもうとても見れない。だからもっとこう現実的な……例えば)
彼への気持ちを整理しながら、ボクもまた彼と同じに人として平凡な幸せを願う生き方をしたい、そう考えるようになっていった。この傷が癒えた頃、もう一度ボクは新しい恋に出会ってそれを成就し、ロマンチックなプロポーズを経て心通わす二人で温かい家庭を持つ。そこには勿論ボク達の可愛い子供。長い長い時を経てそのうち、偶然街中でボクらは彼らの家族と出会ったりして。
(やあ、久しぶり、なんてね)
そして笑って挨拶したついでに、またあのカフェで皆揃ってお茶なんかをする話になって。
(キミんちの子今何歳?やっぱりサッカーやらせてるの?なんて。フフフ)
そんな小さな願い事。それが無謀な夢を諦めたボクの次の夢、ボクの願い。
……の、はず、だった。
