お花結び

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ジノザキDay2014ジーノ編

【77054文字】
後半戦のジーノ視点バージョン。赤崎編はお題消化がテーマでしたが、こちらはすれ違いがテーマの意地悪?オマケ物語です。ラスト、ハッピーエンドではありますが途中えげつない(強姦未遂)描写がございます。R18設定としましたが人によってはR18Gかも?黒い展開が苦手な方は閲覧熟慮願います。10/17~10/31連載

13. tredici/トレーディチ

 彼はとっても健気な子なので、泥酔しているにも関わらず頑張って平気な顔をする。でももう呂律はまわっていないし、その視線もポワンと宙に浮いている。

(もう一軒必要だと思っていたけれど、これならもう十分大丈夫そうかな?うーん、迷うところだ。なんせこの子、男だし)

 この様子ならボクの後をどこにでもノコノコとついてこさせる事は可能だろう。でも組み敷くにあたって活きが良すぎれば無用の怪我を負いかねない。意識は保って理性を飛ばす。ボクが狙うのは最もダメージが大きくなるであろう和姦と強姦のギリギリのラインなので、そのバランスが難しかった。
 会計が終わった後、パラパラと皆が席を順次後にする。ボク達以外では隣のセリーだけが眠る彼への気遣いなのか残っていてくれているので、軽く感謝の挨拶をする。

「どうしましょうかね、こいつ。この店出る途中急な階段あるしなぁ?」

 可愛くも本気でボクと二人で酔っ払いをタクシーに担ぎ込むつもりでいたようで、ボクは笑いながら返事をした。

「ハハ、大丈夫だよ。これくらいなら多分まだ自分で歩ける状態じゃないかな」

 ようはコツの問題で、ボクには耳元で囁きながら上手く彼をコントロールしてそれなりに歩かせる自信があった。酔っ払いの扱いには十分すぎるくらい慣れてる。

「ほら、ザッキー、立てるかい?」
「ん……」
「次、カラオケ行く約束してたんだって?ねぇ、セリーが待っているよ?」
「いやさすがに王子、無理ッスよ。こいつ完全に潰れちゃってる」
「ま、駄目元で。だって楽しみにしてたんだったら可哀想じゃない?」
「だりぃ……」
「ほら、王子、やっぱ駄目だ」
「んだ、よ……カラオケでしょ?行きますよそりゃ、だって人数、先に予約してあっ……」

 フラフラと立ち上がっては転びそうになるザッキーをさりげなくボクがフォロー。

(いい展開。ボクが送っていく事に無理を感じさせない自然な流れだ。ザッキー、Grazie mille)

「しょうがないねぇ、自分で思ってるよりキミ、酔っちゃってるみたいだよ?」
「そ、んな事は……全然、俺、平気で……」
「あのな赤崎、泥酔してる奴ほど平気だッつーんだよ」
「あぁ?」
「フフ、せっかくだけどキミは今日のところはもうおうちに帰るべきだね。目が座ってる」
「は?何?今なんて?」
「王子が帰りお前の事送ってってくれるっつってんの!」

 そんなこんなで、3人で店を出た後、親切なセリーはタクシーを拾って乗り込むボク達を見送ってくれて、テクテクと皆の待つカラオケ店へと去っていった。

(さあ、ここからが本番だ)

 かなり酔ってはいるようだけれど、まだ泥酔という程でもない。でもこれもまたれっきとした計算通りの展開だ。

(完全に潰してしまっては色々煩雑だからね。ことを運ぶのは取敢えず少しタクシーを走らせてからの話)

「とりあえず○○方面に」

 漠然とした行先を運転手に指示したのち、ボクは彼に確認をする。

「ザッキーんちって確かそうだったよね?」
「王子、なんかスイマセン」
「フフ、いいよそんな事。どうせ暇だし」
「こんな事してもらあなくても、全然、俺、平気で、」
「うん、そうだね」
「自分で帰れるし、うん……そん、な、別に、酔って、な、いんで」
「わかってるよ、キミは全然大丈夫」
「へ?だった、ら、……なんで、おーじ、こんな……」

 きちんと話しているつもりの彼はやっぱりとても舌足らずで、トレードマークのあのキツイ目つきすら今はほんわりと弛んでいる。可愛くて、美味しそうで、今すぐにでもとはやる心を抑えながら話を続ける。

「実は先約をキャンセルしてボクの二次会に付き合ってもらえたらな、ってさ。ハハ、こういう強引なの、ズルかった?」
「は?」
「以前練習を邪魔しちゃったお詫びと、その後も頑張ってちゃんとイベントを成功させたお祝いを兼ねて、ボクに一杯おごらせてよ」
「……お、うじ」
「駄目かい?」
「あ……いえ、駄目なんて、そんあ事は……いいん、スか?つか頑張ったっつったら皆も……」
「でもボクがご馳走したいのはキミだけだから」
「俺、だけ……」
「そう。寧ろ理由の方がぶっちゃけた話どうでもいいっていうか……わかるだろう?」

 大事なのは、穏やかな表情と、ゆっくりとした優しい口調。そしてキミ専用の魅惑のスパイス、ボクの本音を少しだけ。

「前に言ったよね?キミはボクにとって大切な存在なんだって」
「え……」
「だからキミは特別扱い。皆には悪いから今日の事は内緒ね?」

 酔った彼はいつも以上にボクのこの手のゴリ押しに弱く、あやふやな返事をしている間に、勝手な未来を押し付けられる。

「決まりだ。じゃ、スイマセン、申し訳ないけど予定を変更して○○通りの△△の辺りで降ろしてもらえる?」

 運転手にお礼を言ってボク達はタクシーを降りた。ごにょごにょ遠慮がちに呟きながら千鳥足で歩く彼をなんとか誘導しながら入店したのはボクのお気に入りの狩場の一つ。芸能人なんかも利用している会員制のこの店は、案内がなければわかりにくいビルの暗い地下に存在する上、これといった看板もない。利用者のプライバシーに配慮したまさに知る人ぞ知る隠れ家だ。
 中にはこの手の店にしては広めに仕切られた個室がいくつも並び、その入り口を閉めればちょっとした密室になる。

(防災上天井は解放式だから完全に防音ってわけでもないのが難点だけどね)

 犯罪スレスレのちょっとした悪さくらいは黙認も当然、仄かに漏れ聞こえる嬌声ですら、この店では肴の一つになっている。ここはそういう悪い蛇達の住処だった。
 だからメニューは客のお望み次第。珍しい料理も、自分好みのカクテルも、なんだって、そしてどれだけでも調達して用意してくれるし、当然腕は確かなものだ。

「すげぇ、なんかここVIPルームみたいだ」
「ハハ、やっぱ酔ってる?ちょっと照明が暗いからそれっぽく見えるだけじゃない?」
「だってこの黒い革張りのソファふっかふかだし、このごっついテーブル、ガラス?……あ、中になんか埋め込んである?なんだ?これ、葉っぱ?」

 酔った彼がボクのお気に入りを指摘する。

「……それね?本物のツタを閉じ込めてあるんだって」

 部屋毎に違うモチーフが存在し、この部屋はリーフの部屋だった。料理をオーダーする度にモチーフ(器の模様や飾りに潜んでいる)が増えていく仕組みになっていて、一番最初に提供されたモチーフを見つける事が出来れば以後その部屋をリザーブする権利が与えられるのだ。こんな些細ななぞなぞ遊びもこの店の売りだったりして、おかげでよくボクは利用させてもらっている。ちなみに結構人気の高いこの部屋のリザーブ権を持つのは今のところボクだけのようだ。
 つまりは大半の人間はこの部屋の最初の一枚に気付かずただの黒いテーブルだと思うだけなのに、ボク以外では彼が唯一それを見つけた者という事になる。ふとのぞかせる彼の感性の鋭さにボクは思わずゾクリとした。

「へー、本物。いいなって思ったけど、それ聞いたらなんか可哀想ッスね」
「ん、そうだね。でもその憐れさがいいんだよ。レプリカなら最初から何も入れない方が。そう思わない?」
「ああ、まあ、確かに」

 些細な事で不必要に高揚するのは黒ガラスに這う白い彼の指があどけないからだ。服装からして部屋から不自然に浮き立つ彼という伸びやかな存在は、まるでそこだけ明るい照明で照らされているようにボクの目に映えて見える。彼には闇夜が似合わない。今の彼が、人知れず閉じ込められてしまったテーブルの中の一枚のツタの葉と同じに思えて、その悲しさが愛おしく思えた。

 彼が好きなのはベリー系の甘みが強い香り。だから用意させたのはピーチとカシスの無難なカクテルだった。甘いリキュールの香りが強烈で、陰に潜む高濃度のラムの存在を忘れてつい飲み過ぎてしまう悪いお酒。になっているはず。多分。 

「甘ッ……つかつめてぇのに口ん中っつか体ん中がカーッて……なんか喉とか……」
「無理そ?」
「いや、スッゲー美味いッス。飲んだ事ない、こんな酒」
「ハハ、それはよかった。でもそれ少し強めのお酒だからいくら美味しくてもおかわりなしね」
「えー?そんな……駄目ッスかぁ?もう一杯くらいは俺、全然平気ッスよ多分」
「フ、しょうがないなぁ、もう一杯だけだよ?」

 律儀でストイックな彼がこんな風に気安くボクにおねだりするのも素敵だった。

(なんか酔うと甘えん坊さんになるのかな?フフ、いけない子だ)

 酔った勢い、珍しい姿。二人きりになった事で伸びやかに咲く花の可愛さ。これは彼のボクへの深い信頼の産物。この姿を誰にも見せたくないボクは、今日の手酷い経験の後に彼が今後酒に懲りて気を付けるようになる事を願う。

 通常シェイクしてカクテルグラスサイズで飲むようなショートドリンクのそれを、わざわざ色が綺麗で量が多めになるプース・カフェ・スタイルで用意させたのは勿論わざと。

(ロンリコ、知ってる?ライターで火がつく馬鹿げた飲み物)

 ボクはそんなものをベースに選んだ。実に75度を超すアルコール成分を持つこの罪深い酒は当然知らずに口に入れるには危険なもので、この人の悪いボクでさえ遊び道具に使うのは初めてだった。
 少しずつ混沌に包まれていく彼。そして始まる楽しい謎の恋話。誘導尋問に簡単に引っかかってしまう彼を刺激し、今の原動力である嫉妬の種を拾うボク。
 
「好きな人、いるんだったよね」
「え?あ、まあ……」
「どういう子?」

 カタリとグラスを滑らせた彼の、その指先に甘い汁。テーブルにも落ちた汚れを何とかしようと慌てているので、優しく宥めて落ち着かせる。

「ね、こっちの綺麗なとこに移動すれば?」

 向かい合う席から素直にボクの左前へ。ふらつく足取りが彼の朦朧の全てを表している。そっと手を取ると再びビクリと体を震わせ、でも振り払う元気も最早ない。

「ね、興味があるんだ、キミの好きな子。教えてくれない?」

 指の間に手を滑らせて、絡んだそれを少しだけ舐めた。甘くて濃厚なアルコールの毒をボクも見てると欲しくなってしまったから。とても素面じゃいられない。

「う……」
「その子、キミにいい事、してくれる?」
「いい、事って……」
「もうセックスした?その子と。まだ?」
「な……そんなの、まだに決まって……」

 ウブな男はセクシャルな話にも敏感で、真っ赤に頬を染めながら更に転落するように酔いを深めていってしまう。臆病な子犬は恋にも臆病で、まだまだ思いは成就していないようだ。

(そうか、まだなんだ?)

 ク、と笑いが込上げた。彼を先に手に入れるのはこのボクだ。良かった、勝った。そう思った。ボクが手を掛ければ彼は汚れる。汚れが気になる綺麗な彼は自身を恥じて、当たり前である行為への欲求を忌むべきものとし、苦しむだろう。

「でも、したいよね?当然。だってキミも男なんだもん」
「……」
「ねぇ、キミさあ、そんな顔しながら、陰で一杯いやらしい事考えてんだよね?そうなんでしょう?」
「指、……離し……」
「何故?いいじゃない別に」

 もう完オチしているはずだ。だのに彼は何度問うても彼の中の恋を語らず。さすがに焦れたボクがさらにその指を舐り出せば、彼は最早セクシャルの虜で小さく甘い吐息をつく。

「好きだよね?例えば、すっごくエッチなキスとかさ……」

 舐った指をとぷりとグラスにつけて再び汚せば、むずがる子供のようにいやいやをする。

「何して、」
「あーあ、ザッキー、また汚れちゃったね」
「だ、って、それは、今王子が……」
「うん、そうだよ?ボクが汚しちゃったんだよね」

 状況を理解しない彼はただぼんやりと眠るような目で不思議そうにボクを眺めている。

「知ってるよ?だからさっきよりもっと……してあげる」
「……ッ、ん……やめ……」

 ウブな子程、それを穢していくのがとても楽しい。

「フ、美味し……」
「も、いいです、ねぇ、王子……だからいい加減に」

 執拗に舐られて火が付き始めている無意識の性欲に気付かず、それを尿意と誤認した彼がトイレに行くと立ち上がる。けれど、深いソファが当然の様に邪魔をしてくれるので、彼がバランスを崩した拍子にボクは上手に手を引いた。そして無邪気に転がり込んできた子犬を背中越しに抱き締めた時、ボクは笑いが止まらなかった。
 目の前に彼の首筋、その、青年らしい潔いうなじ、無防備な露出。やっぱり夜が似合わないそれに、ボクは酷く興奮した。足跡一つない降り積もる新雪のようなそれを、ボクが今からズタズタに踏み荒らす事を想像する。

「ス、スイマ、せ……俺、ちょっと足に、きてんのかな……?」
「いや、かまわないよ。でも大丈夫?怪我はない?」
「だ、いじょ……ッ……?」

 Tシャツ越し、さり気に触れた突起の感触。気付いたらボクの指が極当たり前の様にそれを弄び始めていた。彼の体はどこもかしこもまっさらで、やはりそこはただの意味のない代物に過ぎない事を感じる。

「な、に……してん、スか?」
「ん?なんだろうね?」
「ハハ、くすぐッ……んぅッ」

(あ、いいなぁ、こういう感じ。すっごく新鮮)

「なんか面白くない?プチってしててさぁ?感触が……フフ、あ、ねぇ、弄ってたらコリコリしてきた」
「ちょ、いい加減に」
「男の子ってオッパイぺっちゃんこだね?乳首も吃驚するくらいに小っちゃいしさー?ハハ、当たり前か」

 何をされているのかもわからないまま、時折感じるくすぐったさに彼は子供のようにクスクスと笑って見せる。

「ね、コチョコチョされるの、好き?」
「好きなわ、け……あッ、ねぇ、お、うじ、ちょっと!」
「ボクはねぇ……今ねぇ、フフフ、すっごく、楽しいよ?なーんかすっごく新鮮!犬の乳首みたい!」

 信じる事の好きなされるがままの彼はこれを冗談交じりの何気ない遊びと思っていて、ぐったりとその身を預けながら、やめてください、と頼りなげに繰り返す。

「ふざ、けてんスか?」
「ん、ボク、おふざけ大好き」
「んな……遊び、子供じゃあるま……」
「フフ、ゴメンね?ボク子供なんだ。知らなかった?ボクずっと犬飼いたくってさー、そんでこうやって遊びたいなって思ってたんだー」

 時々刺激の強さに息を詰める彼。やり過ぎを怒られないよう、

「今の苦しかった?もっとそっとやるから許して?」

とおねだりすれば、彼は、全くしょうがない、と言いながらすりすりとボクに甘えた。その仕草が可愛くて切なくなる。

(あぁ、ホント、いいな……お願いザッキー、もっとボクに触らせて?)

 どうしようもないこの熱さは、胃の中で燃えるロンリコの罠か。

「も、いいッスかね?笑い過ぎて、いい加減ちょっと疲れてきた……」
「ううん、もうちょっと……いいでしょ?ザッキー」
「ッ……って、なんかちょっと、俺、変な感じしてきて……」
「変なって、どんな?」
「や、別に……あの……これ、そんなに、面白いんスか?王子」
「うん、すっごく面白い」
「こんなもん弄って、何がそんな、たのし……」

 さりげなさを装う事もすっかりやめたボクの指先の動きは最早まるっきりの愛撫になっていて、でも未だ彼はその事に気付きもせずに、すっかり固くなったそれを丹念にボクに遊ばれる。

(ここじゃないとこも、一杯弄りたいなぁ……でもさすがに……)

 両の中指でクリクリと刺激すれば、その硬質と乳輪の柔らかさがボクに違うものを連想させる。今の欲情の度合いを彼の怒張にも触れて推し量りたい。けれどボクは頑張って自分に、

(この先はもう少し後でね、部屋に行ってからだよ)

と言い聞かせる。今すぐ移動したかったけれど、指先がそれから離れるのを嫌がっているので、そのジレンマに苦笑しながらまた愛撫を続ける。

「は……ぁ、おうじぃ、ねぇ、もしかして」
「な、に?」
「こんな変な事して楽しいとか、けっこ、酔って、ま、す?」
「どうかな、そうかも?」
「マジッスか?それってもしかして、」
「んー?」
「俺に気ぃ許してくれたっつー事?」

 ボクが彼の前で酔っているという事に対してさも嬉しそうに振り返るその笑顔が、突然ボクの心を刺す。突発的な抑えきれない性衝動と、その逆を行く驚く程大きな罪悪感。その痛みに耐えかねて、思わず彼を強く抱く。

「いてッ」

(ああやっぱいい。絶対これ欲しい。もう駄目部屋に移動するまで待てない、今すぐだ。欲しい、欲しい)

 めぐる思考。ここの薄い扉に鍵はあるか。何か口を塞ぐようなものは傍にないか。彼の言う通り、ボクは酔ってる。酒に、そして彼にこの上もなく。ボクを苦しめる彼を思う恋の火が、今またボクの身を激しく燃やす。でも。

(ああ、でもそうじゃない。欲しいのは全部。体だけじゃ駄目、これの全部なんだ。今みたいな蕩ける顔でボクの事を……そうさ、無理矢理犯したところで、そんなんじゃボクはもう半分も満たされな……)

 この無条件の信頼が失われる時、きっとボクの心は死んでしまう。漠然と感じていたものが確信に変わった瞬間だった。

(今更だ……ここまで来て、もう酔った彼はすっかりボクの手の内にあるというのに)

「ねぇザッキー」
「はい?なんスか?」
「好きな人の事なんだけどさ……その人がどうしても手に入らないってわかってて、でもどうしても欲しいって思った時、キミならどうする?」

 それは振り子のように迷い続ける選べないボクの心から出た叫び声だった。

(このままではボクが壊れてしまう、ザッキー、キミならどうする?助けてよ、苦しい、苦しい……キミの全部が欲しいのに、ボクの願いは何をやっても叶わない。助けて、ザッキー、助けて)

「苦しい恋、してンスか?おうじ、も?」
「ん……」

 全部欲しいは何も得られない。少しでも欲しいも全部得られない。強い葛藤の苦悶の中で蚊の鳴くような声でしか返事の出来ないボクに向かって、彼はしっとりとした思いを込めて、優しく、優しく、こう言った。

「王子でもそういう事、あるンスね。そっか、辛いですよね、そういうの」

(……そう、わかってくれるのかい?ボクが今凄く辛いって事)

「理屈じゃないッスもんね?どうすればいいのかなぁ、力になりてぇけど俺、なんもいい案、浮かばねぇし……」

 ボクの子犬はこう言って、ボクの立場になって親身に答えを考え出した。

(あぁ……ザッ、キー……)

 彼の選択したのはズタズタのボクを癒そうと、子犬が懸命にペロペロ心の傷を舐めるのと同じ行為だった。薬を用意する事も病院に連れていく事も出来なくてごめんなさい、と、ただ今自分ができる精一杯を、ボクの為に必死になってやってくれていたのだ。ボクの苦しみ、ボクの憎しみ。そんなものが、毒が、少しずつ彼の力で和らいでいく。

「そ、ゆの……辛いッスよね?無理なのに、好きで。諦めたくても、でも好きで」

 生け贄にされそうになっている事にも気付かないまま、体を向き直しボクを抱き締め、ただただ、彼はボクを癒そうと試みていた。ボクが欲していたのは癒しではなく彼の導く答えだったのに。手酷い彼は見守るだけで、ボクに答えを用意しない。

「辛いッスね、王子、わかります」
「……わかる、んだね、キミにもボクのこの辛さが」
「はい、苦しいですよね?そういうの。大切なモノ、大事にしたい。当たり前の事なのに、好きだから、何が何でも欲しいと思ってしまう」

 何度も何度も、同じ言葉を繰り返しながら、クスン、クスン、と彼の方がまるで子供のように泣いているような気もした。彼の寄り添いとその目に見えぬ涙によってボクの孤独が想像とは違う形で薄れていく。
 彼の恋もまた、辛いもののようだった。同じ心、同じ痛み。涙する思い。身悶えつつも耐え切れない、憐れで可哀想なボク達二人。

「好きだから、が、いつのまにか、好きなのに、ですよね、?おう、じ?」

 恋する彼が憎かった。でも、その恋が今ボクを癒す。今のこの幸せな事象は悲しい現実からきている事を知っているボクは、彼が理解出来る事が嬉しくて、理解出来てしまう事が悲しくて。同じところに立つ彼は、ボクの横暴を許すだろうか?それを許せるほど誰かを愛してしまっているというのだろうか?そんな事を考え始めてしまう。

「辛い……おうじ、俺も苦しいッス。でもどうしていいんだか」

 ボクは、ボクの気持ちを理解出来る恋など彼にしていて欲しくはなかった。共鳴してボクを癒す力など、ないままでいて欲しかった。恋する彼が憎かった。蛇のような恨みがボクに蘇る。憎い。ボクのこの孤独を癒せる彼が憎い。嬉しいからこそ、憎い。ああ、大好きだ。どうしようもなく。

「本当は楽になれる方法、ボク一つだけ知ってるんだザッキー」
「楽に?」
「妥協さ」
「妥協?」
「だって、そうじゃないとボク達の恋が可哀想じゃない?」
「可哀想……」
「そう、ボク達十分よくやってる。そう思うでしょ?」

(ねぇ、横暴、したい……その事、許してもらいたい。多分きっとわかってくれるよね?同じ痛みを持つキミだもの)

「……ねぇ、しょうがないと思わない?頑張っても無理なんだ。心が捕まっちゃって、もう逃げられない。このままじゃボク達、壊れてしまう」
「……」
「だから、どうにもならないから、それを一回でいいからどんな手でも使って手に入れるんだ。全部を諦めて一つまみだけ。そしたら否が応でも全てが終わって思い出に変わるでしょう?きっと成就によって色んな今の苦しみから解放される。そう、思わない?」

(ザッキー、ボクはキミが嫌いだ。ボクの事を理解出来るキミの事が大っ嫌い。そんなにわかってくれるのに、こんなにも優しいのに、絶対にキミはボクのモノにならない。どうとでもなっちゃえばいい。キミなんか)

 手に入れたいのは免罪符。その時のボクはまさに欲望の塊。欲しい欲しい。これが、欲しい。一度でいいから、この腕の中に。だってもう、我慢の限界。

 “キミが欲しくて辛いんだ”などと、言えば一撃で仕留める事が出来そうだった。今の彼なら更に簡単。間違った事が嫌いな彼でも、憐れなボクに力で押されれば叶わない。ゴリ押しすれば一時の間だけならとひと肌でもふた肌でも脱いでしまう事だろう。ボクのこの思いを理解すると言うならば、ボクは同情を利用する。

「おうじ、おうじ、わかります俺」
「そう?良かった、ならさ……今からボク達店を出て、」
「今の苦しみから逃げ出したくて、そしたら、もっと苦しい世界に行くんだ。そうですよね、おうじ。俺、わかります」

 優しいからこそ残酷な、そんな彼が好きだった。

「わかります、王子、あんたのその深い悲しみ。好きな人に酷い事をすれば、結局は自分の事が許せなくなって、きっと相手と一緒に自分を壊してしまう。全てを終わりにするのと同時に、自分も終わらせたいと願ってしまう」
「ち、ちが……」
「そんな事なんの解決にもならない」

(やめて、そんな話)

「だから結局はこのまま、好きな辛さを抱え続けて……ねぇ、王子、俺達、そんな風にじっと身を竦め続けて、やっぱりそれでも最後には酷い事をしたのと同じように壊れちゃうんスかね?相手を守って、自分を削って、でも……そうなんでしょうね。きっと、そう」

(それが出来ないボクにこれ以上聞かせないで)

「“本当”に人を好きになるって……そういう事ッスもんね?」

(ザッキー、違う……もう……出来ないんだボクには。無理なんだよ。ボクはキミと違うから)

「人を好きになるって、……大変ッスよね……王子……」

(違う、ボクの好きはそういうんじゃない。自分だけが壊れるのは御免で、だからボクは道連れを)

――わかります王子。あんたの事、全部。

(……ザッキー、もうこれ以上は……ねぇ許して……わかってないんだキミは。ボクはキミみたいに綺麗なんかじゃ)

――どんなに苦しいか、みんなみんな、俺、知ってます。

(違うって言ってるだろ?だからボクに気付かせないで!)

――出来もしない事を延々と、頭のいいあんたらしくない事を、延々と

 彼はいつもいつも、ボクに見て見ぬふりをさせてくれない。何にもならない事、苦しみが増す事、そうやって自暴自棄のままに自分にも罰を与えようとしている事を、わかっててそれをやるボクを、彼は決して許してくれないのだ。
 彼はボクの事を、ボクの全てを、誰よりも理解し過ぎる存在だった。誤魔化しの効かない相手だった。

――なのにそんなに滅茶苦茶になってしまうほど、好きなんですね、その人の事。俺、知りませんでした。狂おしい程の愛情が、あんたの中にあるって事を。どんな人ですか?会ってみたいな、賢い王子を狂わす相手。きっととても素敵な人でしょう?でもあれですね、全然見る目ないッスね?でも王子はそういう人が好きなのか。なんかちょっと面白い

――スマートなあんたが選ぶのはあんたに相応しい完璧な人かと思っていました。でも、王子も当たり前の様に人間なんですね、俺らと同じようにままならない恋に振り回されて。ろくでもない鈍感さがまたいいんですか?ホント物好きだなぁ、王子は

「……全くだよ」

「ん……」

 車が曲がる時の重力の影響で、酔っ払いがボクの肩に頬を寄せた。そのまま倒れ込みそうになっているので、急いでボクは彼を支える。

「参ったよ。後輩なんだけどちょっと飲み過ぎてしまったようで」

 タクシーの運転手の目を意識してボクは言い訳しながら、如何にも介抱しているような感じであくまでもさりげなく彼の肩を抱いた。バックミラー越しにそれをチラ見したその人はラッキーな事に出来た人間で、大変ですね、とだけ告げてそのまま運転に集中してくれた。
 まるで本物の飼い犬のようにボクに寛ぐ可愛い彼は、とても心地よさそうな寝息をたてている。今日久しぶりにしゃべって感じた事は、やはり彼はとてもいい人間なんだという事だった。

(裏表がないのは知ってたけど、本当にこの子は)

 イベントが終わってしまえば、彼はまた元の通りボクを慕う可愛い目をしていて、当たり前の様にボクに笑いかけては普通に会話を喜んでいた。そんな彼をひっかけて、ボクは酷い事をしようとした。それをやればもう二度と今のこの時は本当に戻ってこないのだと思うと、理性のせいではなく欲望と欲望の間で迷いが始まり、ボクの心はどこにも行けずにそこに止まったままになった。

(こんなのただの生殺しだよ、ザッキー)

 トントンと彼を寝かしつけるように肩に触れながらボクは酔った頭で考える。ボクの中の獣は、もうここまできて今更、と言い、ボクは、でもそれには何の意味もない、と反論する。彼の事となるといつもボクは滅茶苦茶だ。

(そんな悠長な事言ってられないくらいには、ボクもう飢えて死んでしまいそうなんだけどなぁ)

「……ん、……誰?」
「ザッキー気が付いた?」
「あ……これ、王子……だったのか」
「もうすぐ着くよ。○○ってマンションだったよね?」

 恐々と、でも確実にその指先はボクの左太腿に触れていた。目を覚ましたとはいっても意識があまりないようだ。ボクが話しかけても返事すらしない。
 彼からの接触はこれで3回目。クラブハウスで腕を掴まれた時には体が焼けるような痛みが残った。2回目のさっきの店での行為の中では可哀想なボクへの深く優しい同情を。けれど今この意識のない彼からの接触によって感じたのは、彼のボクへの直接的な賛美の心だった。初めての事だった。

「スッゲェ……綺麗……光ってみえる……」

 彼がそれをどんな顔で呟いているのか、ボクは凄く興味があった。けれど、俯くと零れ落ちてしまいそうなそれがボクの邪魔をする。ただ純粋に無意識のままボクの足を愛でる彼の手の、その感触があまりにも優しいものだったので、不覚にもボクは。

 彼のこのボクへの崇拝は本物で、言われてみて初めて自分がどれだけそれを欲していたのかを痛感した。

(そうか、ボクはキミに褒めて欲しかったんだ?おいで遊びを始める前の、もう、本当に昔から。彼に来て欲しいって、きっと、最初の瞬間から……その眼差しだけでなくキミからの心のこもったボクへの言葉を、延々、馬鹿みたいにボクはずっと待っていて……)

 彼は今でもボクの中に王子を見ていた。今この瞬間、彼の中にはボクだけがいる。ボクだけを見つめてくれている。ボクの知らないボクまで見つけて、何の計算も策略もない言葉のままに、汚いボクを綺麗と言う。ボクの事を“綺麗”だと、“光ってみえる”と言ってくれる。

(で、でも……ちょっとこれ、さすがにさぁ、ねぇザッキー)

 人が純粋な気持ちで感動しているというのに、するするとその他意のない指先が内腿にまで侵入を試みていた。素面の彼には出来ない芸当、酔っ払いは人をこんなにも大胆にする。
 ボクはチラリとバックミラー越しに運転手の視線をチェックしたのち、残念に思いながら彼のその手をやんわりと払い除けた。

(ザッキーの馬鹿、意地悪。もう、何もかも投げ出して一口で食べられちゃっても知らないよ?)

ボクは呆れたように笑いながら、彼を起こさないようにそっと彼と手を繋いだ。温かかった。

 そうこうしているうちに彼のマンションについてしまった。ボクの中の獣は涎を垂らしながらボクの決断の時を待っている。奴らは当然彼を家に帰すつもりなどさらさらなくて、予約した部屋に急げと囃し立て。けれど迷いの晴れない今のボクの心に浮かぶのは、ただひたすらに彼が好きだという思いばかりで、だから結局どうすればいいのかという肝心な事にたどり着く事は出来なかった。一緒になって飲んだ甘露の毒が、ボクの頭を予定以上に朦朧とさせていたせいもあったかもしれない。

(これくらい飲んだからって、いつもなら全然なんともないのになぁ……)

 無条件に信頼を寄せる彼の前では、自分もまた無条件降伏するように心が勝手に開いてしまう。ボクはそんな単純な事に、全く気付く事が出来なかった。

“俺に気ぃ許して”

 単純過ぎる発想。けれどあり得ないようでいてそれは結局事実。それは彼が既に理解し、ボクが気付くより先にボクに指摘した事だった。

(酔って、気ぃ許して……か)

 彼はいつもボクの二歩も三歩も前を歩いている。本人そうとは知らぬままに。