ジノザキDay2014ジーノ編
【77054文字】
後半戦のジーノ視点バージョン。赤崎編はお題消化がテーマでしたが、こちらはすれ違いがテーマの意地悪?オマケ物語です。ラスト、ハッピーエンドではありますが途中えげつない(強姦未遂)描写がございます。R18設定としましたが人によってはR18Gかも?黒い展開が苦手な方は閲覧熟慮願います。10/17~10/31連載
5. cinque/チンクエ
ボクが同じ土俵に立って人知れず“勝負”を始めた事を知らない子犬は、空を見ているふりをしながらずっとボクの事を考えている。
心は知らぬ間に振れるもの。
青空の下、静かに、音もたてずに、彼の心が尊敬と恋慕の間を揺れている。正しさと、過ちの間をおぼろげながらユラユラと。それは現段階における彼の結構大きなウイークポイントだ。
ボクは自分で言うのもなんだけれど、サッカーの才の意味では尊敬に値する部類に入っているのではないかと思っている。皆がその思いを持つ事は正しいという自負さえある。
けれど人としては不誠実過ぎて、ピュアな恋の相手に選ぶにしては不適格な人材と言わざるを得ない。匂いだけは甘い、そんな毒薬を飲みたがるのは愚か者のする事だ。ボクの才とともに姿形を賛美するのは構わない。けれどどんな美女でもボクに恋するだけでそれは黒染みの欠点になる。その時にボクの全身を包み込むのは失望。良かったもの全てが色褪せる幻滅・虚無感だ。
ボクはボクだけののものであり、誰のものにも絶対にならない。手に入れる事など出来はしない。そんな当たり前の事をボクに恋を語る全ての者達は全く理解出来ていないのだ。
(世の中、皆馬鹿ばっかり。遊ばれて捨てられるのがわかり切った人間を恋のパートナーに選ぶだなんてありえない。ハ、大笑いだ、自分だけは大丈夫とか思うのかね?)
だから彼がボクを欲しがるというのは男同士である事以前に重大な問題がある事象なのだ。多重に間違える可愛い子犬の道には、勿論惨めな絶望しか落ちていない。悲惨極まりない現実だ。
(魅惑的なのはわからないでもないけど、怪しいものはまず口にしないのが常識じゃない?利口者ならね)
漏れた嘲笑。それが汚れを厭わず近づく彼に向けたものなのか、近づくものを汚さずにいられない自分に向けたものなのか。ボクにはよくわからなかった。
(……そんなにもボクとこうしているのが楽しいのかい?嬉しそうに尻尾を振って。全く……全然大事な事が全く見えてないんだね。馬鹿な子。近づき方を間違えたら大怪我するのに)
その時の気持ちを上手く言葉に言い表す事は出来なかった。取り合えず、ボクはボクを遠くからひっそり見つめている子犬が好きだったのは確かだ。つかず離れず、その距離は何も変わらず。そんな感じの。一定の距離感の外にいる可哀想な彼を時にからかい、困惑のままに一喜一憂するあの愛らしい姿を長く楽しんでいたかった。ただそれだけだった。
なのに、いざ彼がはっきりとボク争奪戦であるところの“勝負”を選択した今この時、ボクの心の中にはまだ、振り子のように揺れる迷い。恋慕と尊敬を行き来する彼の心と同じに、ユラリユラリと微細に振れる。いつもは失望とともに腹を括ってやれる事が、なんだか今回ばかりはうまくいかない。
(闘わなくちゃ、闘わなくちゃなんだけど)
ボクの灯した彼の中にある過ちの恋慕の火を、消すのか、それとも煽るのか。いつもは当然の様に利用する大炎上を呼ぶ自業自得の火種を、彼に対しても勝負の常とう手段として狙うのは卑怯だろうか、とボクは思案する。だってあの火はボクのミスによって生じたもので、彼の迂闊のせいではない。でも、それとも余計な事を考えずに通常通り完全に勝ちに行くべきなんだろうか。やらなければやられるくらいの力を彼は実際に持っている。ボクの心の中に生じる、割り切れない思い。
「なんスか?」
「ん?……いや、別に」
「別にって……何か思い出し笑いッスか?気になるんスけど」
さすがに過敏。この聡さは厄介だけれど実はそんなには嫌いじゃない。とても上手にボクの反応を拾えるのは、よくよくボクを見ている証拠だ。彼は不器用ながらも常にボクを理解しようと努力をしている。
「そんなに……何を考えてるか……そんなに他人に知られたくないんスか?」
理解の努力は嫌いじゃない。けれど我儘なボクはその一方で、何を考えているのか知られたくないばかりか、そう思っている事すら気取られたくないとまで思っていた。
“丸見えですけど。気ぃ抜いてんですか?”
そう指摘されてしまったような気分。彼の言葉に敵としての攻撃的な棘を感じた。
(何やってるんだジーノ、踏み込まれ過ぎだ。敵に手の内をさらす馬鹿がどこにいる?)
図星を突かれてドキリとした拍子に先程掴まれた上腕が急に痛んだ。他人と距離が縮まるといつもボクは傷を負う。出来た火傷に針刺すように彼の仕打ちはとても手酷いものだ。
誰もこんな事はやりもしないし、まして誰にもさせはしない。なのに、ボクを観察するこの子犬はボクの監視の目をかいくぐってふとした油断を窘める。
無邪気な彼はまたボクを知らずに悪く動かす。ついてしまった憐れな種火、消してあげるべきかと迷うボクの優しさを、こうして彼はいつも無下にしてしまう。フツフツと小さい焼け焦げを作り始めているその小さな恋心に似た過ちの火に、ボクはそよ風を送って煽ってあげよう。
“ほらそこに火が。傍にいるボクですら火傷をしてしまうほどの熱い火が”
ボクが暗にそうからかえば、彼は目を白黒させて、自らの尻尾を追う馬鹿な犬のようにクルクルとその場を回っていた。走る度に燃え広がって、その間抜けさが面白かった。彼は悪意で他人を傷つける事が出来る程には汚れていないけれど、そうと知らずにそれをやる。そして何度も痛い目にあう人生を暮らしているのだろう。馬鹿馬鹿しいこの気の利かないコメディのような流れがなんだかいっそ愉快で、ボクとした事が笑い転げてしまうほかなかったのだ。
(でも可笑しいけど別に一つも楽しくないよ、こんな事)
溜息交じりのボクの掴まれた腕は、まだまだ焼けるように痛いままだった。
