お花結び

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ジノザキDay2014赤崎編

【69956文字】
両片思いの赤崎目線ジノザキ。少々ポエム調?乙女崎寄り。
ジーノ月間突入!ジノザキデー間近!という事で1日1追記を目標に15日まで30お題消化しました。10/1~10/15連載。お題の順番はバラバラ、無理強いな消化もアリ。ジーノの捏造彼女、赤崎の捏造仲間など出てきます注意。

21. Cooking/baking/料理をする

 意味深な笑顔で俺に向かって手を伸ばす王子。無意識にその手を取ろうとすると、王子は手を引いてこう言った。

「やだな、ザッキー。もう少しよく考えてくれないと」
「え?」
「ちゃんと意味を理解しよう?今、この場面で本当にボクの手を取っていいものなのかどうか」
「どういう、意味ですか?」
「わからないのかい?知りたいなら、この手を取ってみればわかる事だけれど」
「……」
「どうする?キミに任せる」

 そう言って王子はもう一度笑って手を差し出すので、何を言っているのかわからないまま、俺は吸い寄せられるように再び手を。

「馬鹿だね、ザッキーは」

 その瞬間、腕が脱臼してしまうのではないかというような強引な力で引き寄せられて、ふらつき倒れ込んだ俺を抱き締め、王子は笑って呟いた。

「ほらごらん、  捕 ま っ ち ゃ っ た」

 渇いた唇。それをチラリと舐めたラズベリーを思わせる赤い舌先が卑猥。

「フフ、美味しそう……」

 そう呟くは甘い甘いラズベリーオレンジを思わせる微笑の王子。吐息の纏う濃厚な香りがクルクルと俺の目を回す。全身で思い出すあのねっとりと絡みつくような味。喉が渇いた。早く、早く。

「ちゃんとボク、忠告したのにね?」

 俺はただ眼前の牙剥く王子を眺めながら、その、貪るように乱暴なくちづけにただただ身を任せるままになったのだった。もっと、喉が。もっと。

(王、子……)

 がくりと穴に落ちたような感覚がして、俺はハッと目を覚ました。ここは?気が付くとドンドンとドアを叩く音。
 
「ザッキー、ザッキー、大丈夫?ドア、開けてよ、ねぇ!」

 目覚めた俺は戸惑いばかり。

(今のは、夢……か?)

 のそりと起き上がりドアを開けると、そこには先程と同じに慌てた王子が立っていた。

「ザッキー、キミね、なんだってこういう時にドアのカギを!」
「王、子……?あ、俺、今、寝てて……」
「寝て?……ん?……あッ、やだなザッキー」
「……え?」
「それ、何?」
「何って、何が……?」

 問う王子の、チロリと流した目線の先。そこにあったのは、今見た夢で服の上からもわかるくらいに強い反応を示していた、俺の。

「……あ!いや、これは」
「ボクがドアの向こうで凄く心配していた間、キミは呑気にいやらしい夢でも見ていたってわけ?」
「ちがッ!そんな、じゃなくても……普通に、なんでもないのに、体、こうなる場合もあるって……あんたも男ならそれくらいわかるでしょう?」

 怒鳴っているつもりなのにしどろもどろでまるで呂律が回らない。王子のキョトンとした表情から、俺の言っている事がちゃんと伝わっているのかどうかもわからなかった。

「フ、隠しても無駄だよ、発情しちゃったんだろう?」
「だから、そんなんじゃッ……俺別にエロい事なんて……」

 クスクスと興奮を記すそれを眺めながら笑う王子にムカついて、個室から一歩出る。するとそこには、忘れる事も出来ないあの夢の中の。豪奢なあの、キングサイズの。

「遠慮しなくてもボクがすぐにそれの調理してあげるよ。あそこで」

 呆然とそれを眺めて立ちすくむ俺に向かって、やはりクスクスと笑いながら王子はねっとりと意味深に唇を濡らしていた。

「だから、ね?ボクの事もっともっと、煽ってみせてごらんよ。甘ったるい舌足らずなその喋り方で。一緒にうんと欲情して、それでうんと気持ちよくなろう?」
「ちが……違う、違……う……」
「おいで?ザッキー。それとも……ここで?」
「あ……、おう、じ……」

 足が硬直して俺が動けないのをいい事に、王子の手がそろりと局部に触れる。

「ッ」
「ん?キスからがいいのかい?ウブだね」

 指先が下腹部からスルスルとゆっくりと這い上がる間、俺は震えと引き攣った呼吸しか出来なくなって、時折変な声が出始めても、それでも彼はクスクスと笑っていた。
 最後に彼の指が俺の顎にたどり着いてビクリと顔を退くと、それを予期していたかのように軽くそれを邪魔される。

「ほら、口、開けて?もっとだよ」
「おうじ……ちが……」
「そう、いい子だ。ああ、ほら見て?こんなにも酷く飢えて渇いて、可哀想に……」
「や、め……」
「うん、わかってる。沢山、沢山、すっごくエッチなキスしてあげるからね?どういうのが好き?いいんだよ?恥ずかしがらなくても」

「ハッ」

 心臓が壊れてしまうんじゃないか。そんな締め付けるギュウッとした感覚の中で俺はまた目を覚ます。

「な……今のも、夢?悪酔いし過ぎ……よりによって、王子にあんな事言わせ……」

 耳に絡みつく王子の言葉。

“すっごくエッチなキスしてあげる”

 俺は夢の中と同じようにアレが興奮の姿をしていたので、罪悪感でそれを両手で覆い隠す。そいつは人の気も知らず、その刺激でビクンと嬉しそうに更なる喜びを示した。

(んだよ……わけわかんねぇ!)

 そんな時突然、俺を呼ぶ優しい声がした。

「ザッキー?大丈夫?」

 カチャカチャと響くノブの音。

「あれ?え?」

 そして続けてトントンと小さくノックする音がする。カチャカチャ、トントン。王子だ。夢と同じに俺はここに鍵をかけていて、彼は外で心配を。

「え、ちょっと、嘘、ホントに開かない?なんで?ザッキー?」

 少しずつ焦燥のそれを匂わせて。

(クソッ、ちょっと待てって)

 1秒でも早く鎮まってくれ、そんな風に祈りながら気を散じる。でもチラつく幻の王子の唇が卑猥で卑猥で、考えまいとすればするほど、そして脳裏で繰り返される夢の中の彼の言葉に、俺は。

“すっごくエッチなキスしてあげる”

(あッ……また……)
「大丈夫?ねぇザッキー、ドアが」

 心配色濃い、王子の声。ゾクゾクした。俺はついさっき夢の中で、優しい彼にあんな卑猥な事を囁かせていたのだ。

(スイマセン、王子……)

 それは明らかに背徳、彼の気持ちを裏切る事で得られる快感だった。何も知らずにドアの向こうで彼は俺の心配をしている。なのに俺はドアの内側で酷い事を考えている。その事を意識する程に俺はドンドン屹立を強め、否定する程に異様なまでの興奮を呼び、どうしてもどうしても我慢しきれず。

(クッ……はぁッ……やべ、何やってんだ俺)

 ドアの向こうの王子を感じながら俺は、俺の手は、更なる背徳と罪悪感を貪りたがってまさに今。

(う……)
「なんで開かないんだろう?ザッキー?聞こえる?」
「あ……だ、大丈夫……デス」
「ああ、やっと返事を……ね、開けてくれる?」
「いや、も、平気なんで……王子は部屋で休ん……ん……」
「何故?なんか苦しそうだよ?いいから一度開けて?顔が見たい」

 カチャカチャ、小さく動くドアノブ。ドアに寄り掛かる背中越しに、トントン、トントン、王子の気配。彼による心地よい振動。

(あ、王子……それ、メッチャ、気持ち、いい……あぁ……どうしよ……王子、俺……)

 ドア一枚隔てた向こう、すぐそこに王子。なのに俺は今その人をこれ以上ない形で凌辱し、興奮を高めている。

「はぁ……はぁ……」
「ほら、ゼーゼー言ってるの聞こえているよ?辛いんだろう?」
(聞こえて……?俺こんな事してんのに、王子、心配して……はぁ……)
「開けなよザッキー、無理しないでいいから、ねぇ」
「いいん、ですって、ちょっとだけ、俺、ほっと……いて、くだ……」
(あ、駄目だ……こんな……とまんねぇ、オカズにしてんのバレたら、んッ……あ、あ)
「ほっとく?冗談だろ?そんな事出来るわけが……」
(王子、あぁ……出そ……)
「ドアの向こうで、キミが」
(……スイマセン、おう、じ……ぁ、ぁ、あッ)
「そんな辛いのにキミはたった一人で……」
(……おう、じ……も、イク……)
「キミ一人でしないでも、ボクならもっと気持ちよくしてあげられるのに」

「!」

 王子が淫靡な声でこう言った瞬間、俺はその倒錯の世界の中で激しく達してしまったのだった。まるで“すっごくエッチなキスしてあげる”との言葉の通り、あの真っ赤な舌先でねっとりと舐られたかのような感じがした。

「痛ッ……」

 ビクリと体を震わせた瞬間、その拍子にしたたか壁に頭を打った。ゴン、と鈍い音がした。
 慌てて下腹部を確認すると、剥き出しになっていたはずのそれはしっかりとファスナーの奥に収まっていて、射精したと思っていたのに実際には出ていなかったようだ。

「これも、夢……?」

 フルフルと小さく首を振って痛みと寝ぼけを振り払いながらきょろきょろと周りを確認する。しんと静まる豪奢なレストルーム。ドアに寄り掛かっていたはずの俺は壁にもたれて座っていて、何もかももう、わけがわからない。

「この年でこんな(夢精)心配とか……」

 ボソリと小さく呟いて、ぶつけた頭を撫でた。色んな意味で頭に心臓が移動したみたいにガンガン痛む。すると、遠くの方から声が聞こえた。

「ザッキー?何?今、変な音が……」

 ドアの向こう。そう、また、夢の中と同じにドアの向こうには王子がいる。ぶつけた音が聞こえたようで、訝りながらこちらに歩いてくるようだ。

「どうしたの?……ん?あれ?開かない?」

 カチャ、カチャ。ノブを動かす音がする。彼は開かないドアと悪戦苦闘。心配させないようにしてあげなければ。

「大丈夫です、寝ぼけてちょっとドアに頭ぶつけただけで」
「ああ、ザッキー、大丈夫かい?怪我、してない?」
「はい、全然」
「そ?良かった。でも、ねぇ、これもしかして鍵かけてる?何故?」
「あ、ああ、無意識にかけたのかもしれません、待ってくください、今開けます」
「うん、ありがとう」

 これはまた夢なんだろうか。そう思いながら俺はゆっくりと立ち上がってドアの鍵を開けた。頭が痛い。

「スンマセン、癖ッスかね。鍵」
「ああ、そうなのかもしれないね。でも驚いたよ。万が一中で倒れてたらレスキュー呼ばなきゃいけないところだった」
「ハハ、ヤバいですねそれ」
「ホント、フフフ。……頭、大丈夫だった?ぶつけたの、ドコ?」
「大したことないッス、この辺の」
「ああ、別に血も出てないしコブにも……」
「音は凄かったみたいッスけど、強くぶつけたわけでもないんで」
「そっか。良かった」

 痛くないようにそうっと頭に触れていた王子は、そう言って同じようにそうっとした手つきで俺の乱れた髪を直してくれていた。

「それはそれとしてあれだ、少しはすっきりした?キミ、さっきは凄い顔色悪くて」
「ありがとうございます、特に吐くほどじゃなかったみたいで」
「そう?でもまだ苦しいようならもう少しここに居ても……あ、今度はドア、鍵かけないままでね?」
「いや、もう。お陰様で楽ンなりました、平気です王子」
「良かった」

 ホッとして微笑む王子。眩しかった。頭がズキズキする。

(こんな優しい人を俺は、夢の中で何回も何回も……)

 今はもう、その罪悪感の大きさに頭だけでなく胸まで痛んだ。王子をそんな目で見て興奮するなんて、夢だとしてもどうかしてる。泣きたくなった。

「……ごめんなさい、王子」
「ん?何が?」
「いえ……」
「いいんだよ、飲ませ過ぎたのはボクだし、寧ろ謝るのはボクの方。こんな目に合わせるつもりはなかったんだけどね」

 申し訳なさそうに王子が見つめる。そういう意味ではなくて、と言いたかったが説明出来るわけもなく。

「ね?歩ける?あっちで少し休もう」
「はい」

 現実の王子は夢と違って俺に手を差し伸べたりせず、部屋の奥を指すだけだった。髪を梳いていた指先が離れてなんだか少し味気ない気持ち。でも普通はこれが当たり前だ。

「冷蔵庫に色々冷えた飲み物が入っていたよ」

 スタスタと歩く王子の向こうに見えたのは、馬鹿げたサイズのベッドではなく、何の変哲もないベッドが二つ。

「ああ、これ?休むだけだからシングルで十分って思ったんだけど二人で入るなら駄目だっていうから。しけてるねぇ?」

 ケラケラと笑う王子は太陽のような眩しさで、その明るさに苦しみが増した。

「どれがいい?大したものはないみたいだけど。ウーロン茶?お水?あ、緑茶もあるよ?」

 冷蔵庫を物色する王子に、じゃ水を、と返事をすれば、絶妙なコントロールでポンとそれを投げてよこした。けれどぼーっとしていた俺は手を滑らせてキャッチする事なく落としてしまう。

「ハハ、なんだいそれ。まだお酒、随分残ってるみたいだね」
「はぁ、まぁ、そッスね」
「ん?どうかしたかい?元気ないね」
「いえ」

 そう言って俺は入り口側の下座のベッドに腰掛けた。

「ザッキー?」
「あ、いや……なんかこうして部屋ん中に同室禁止の王子と居るとか、随分と珍しい現象だなーと」

 すると王子は噴出して、そういえばそうだね確かにそうだ、とまた楽しそうに笑いながらゆっくりとこちらの方へ歩いてくる。

「おかしいですか?事実でしょ?」
「いや?全く、キミって面白い」
「今の、皮肉のつもりだったんスけど」
「フフ、わかってるさ。だからだよ」

 そしてニコニコご機嫌なままに。

「皮肉のつもりなんだろうけど、キミ、なんだか嬉しそう。たかがこんな事で、ハハハ」

 そんな彼の方が随分と嬉しそうだった。

「だって」
「ゴメンゴメン、茶化す事じゃなかったね?」

 音も立てずに彼は俺の隣に座って、その事で俺はドキリとする。ふわりと感じる彼の匂い。触れた、互いの太腿。

「な……なんですか?王子」
「え?なんですか、だって、ハハハ。何を言っているの」

 耳の傍の髪を触られ擽ったくて首を竦めると王子はその耳に向かって小さく、

「今更の話だ。気分が良くなったんなら、せっかくだから楽しんで帰ろうって話。いいでしょう?ザッキー……」
「あ……」
「まるで俎上の鯉、だね。可愛いよ?」

17. Spooning/抱き合う

「!」

 反射的に大きく王子の手を振り払うと、彼は吃驚した目でこちらを見ていた。けれど、目に飛び込んできた彼の背景は見慣れた俺のマンションのエントランスだった。

「……驚いた」
「あ……また、夢……?」

 さっきのはやはり俺の夢だった。水を投げた王子が俺を誘惑する、そんな夢。ぶつけたはずもない頭も痛むし、動悸が激しく胸も痛い。
 何度も何度も繰り返される夢に、もう混乱し過ぎて心細くて、思わず泣き崩れてしまいそうだった。冷たく硬い石を何個も何個も沢山、それこそ体中一杯になるくらい詰め込まれたように重たくて苦しかった。背中にじっとりと嫌な汗が流れている。

「大丈夫?」
「お、王子……助けてください、俺、もう……」
「怖い夢、見たの?悪酔いしちゃったのかな?」

「触んなッ!」

 労わる様に彼が俺に手を伸ばすので、思わずそれを払いのける。骨と骨が強くぶつかり、俺は当然、彼も痛みで顔をゆがめた。

「ッ……」
「あ、ス、スイマセン、俺……」
「いや、平気」

 誰もいない真夜中の夏のエントランスは空調もなく、生ぬるい空気に二人、額に汗している。ス、とさりげなくそれを拭う王子の仕草で、俺達は随分長い間この椅子に座っていた事を知った。
 この時、仄かに感じたのはフレグランスのそれではなくて、彼自身のもつ男としての本来の匂い。この何時になく野性的でシャープな独特の体臭が、今見た夢も相まって俺を異様なほど興奮させる。見慣れた汗濡れる乱れ髪にさえ、今は性的なものを感じてしまう。

「凄くリアルだ。これも、これも夢なんですか?王子。俺、もうわからないッス」
「……」
「なんも、わかんねぇ……でも、これも、やっぱ夢、なんスよね?だって王子がそんなに」

 怪しげなままに艶めいている。そう言いたかったけれど、読めない表情を浮かべる彼が怖かったのでその言葉を続ける事は出来なかった。喉に石が詰まってしまっている。

「そうでしょう?王子?」
「どう思う?」
「やっぱ夢なんだ……そんな目で見ないでください、いやだ王子、もう、こんな事繰り返したくない……頭がズキズキする」
「こんな事?」

 どうせこれも夢なのだから。そんな気持ちで俺はこの苦しみを吐き出すように。だって喉が詰まって息が出来ない。

「ただ、俺、あんたの事尊敬してるから、ただそんだけで……別にこんな事したいわけじゃなくて……」
「……」
「試合中の王子がすっごく綺麗で。本当なんです。王子はいつだって本気になればなんでも出来る人だから。嘘みたいに飛びぬけて凄いのに全然それをひけらかさないで、まるでそれを隠すみたいにいつも出し惜しみすらして」
「何を……ボクは別にそんな」
「誤魔化しても駄目だ。俺、知ってるんです。直接なんて絶対言えねぇけど、前からずっと、ずっと、王子の事ちゃんと見てたから。俺、いつの間にか知らないうちに王子の事目で追う癖までついてて……」
「ああ、うん、それは知ってる」
「そんだけで良かったんだ。なのに、なんで?もう、いやだ……こんな……もう、王子の事これ以上侮辱したくない」
「侮辱……?どういう事?」
「ゴメンナサイ王子……ゴメン……なんで俺、」

 口にするのに勇気がいった。
 けれど、彼が沈黙の俺に合わせて穏やかにそこに存在し続けてくれるので。少しずつ心がほぐれてきた俺は胸に仕えたものをやっとやっと、苦しみながらも彼に。まるで己をさらけ出すように、全てを捧げるように王子へ。
 沢山のちっぽけな石を、一つ、二つ。震える。

「王子に何回も何回も、」

 心からの謝罪を。怖い、でも懺悔を。贖罪の為に俺は今、彼にそれを告げて砕いてもらわなければ死んでしまう。石を。三つ。四つ。死んでしまう、王子。

「あんな事させて、」
「あんな?」

 五つ。一杯。六つ。胸が痛い。七つ。泣きたい。八つ。吐き出せ、吐き出せ、さあ、言え。ギュっと強く目を瞑り、小さく小さく、ようやくの事でそれを口にした。

「……エロい事」

 大きな、大きな、九つ目。襲う苦しみ。助けて、王子。

「そっか」

 おそるおそる目を開けると、そこには全く表情を変えずに穏やかに笑っている王子がいて、その事一つで俺は救われる。

「……自分が怖いです。また俺、あんたにここで今からあんな事させるんスかね?違うんです別に俺はそういうんじゃなくて、ただ。なのになんで……よくわからなくて。最低だ」
 
 そしてそれを聞きながら王子はやっぱり穏やかに。10個目の自己嫌悪。一番とがった危険な石を、彼は笑顔で粉々にする。よかった、王子、少し楽になった。

「今までとても苦しかったんです。自分が怖くて、王子も怖くて、嬉しさと、戸惑いと、いつもあんたと居ると俺は目茶目茶になってしまうから。だから凄く辛かった。自分じゃどうにも出来ねぇし、だからって誰にも言えねぇし、ずっと独りで悩んで悩んで」

 俺は今、堰を切ったかのように沢山の言えなかった言葉を王子に伝えていく。自分の弱さ、醜さ、至らなさ。そんなものを全て溢れるままに彼に告げる。

「スッゲー自分でもキモいし、王子にも嫌われたくない……どうしていいんだか、わかんなくて、俺、もう、耐えられない」
「そうだったの」
「嫌われたくないけど、嫌われても当たり前で。こんな事考えてるだなんて絶対王子に知られたくない。もう我慢出来なくて、毎日、本当はずっと辛くて」
「そんな事で嫌いになんてならないよ?大丈夫」

 その一言にじわりと涙が浮かんで、零れ落ちないように我慢するだけで精一杯だった。

「王子と喋れない間も悲しかったけど、また仲良く出来るんだって思ったら嬉しいのに、もう、こんなにも胸がつかえてしまって……嫌なんです、こんなの、もう、苦しくて、辛くて、」
「ん……」
「もうやめたいのに、でも実際に俺は今日何回も変な夢見て」

 具体的には言えない夢。頭がグルグルしている間、彼は黙ってそんな俺を見つめていた。随分長い時間が経って、王子は今までの俺の全てを包み込む様に穏やかに言った。清浄で爽やかな、けれど砂になった俺の言葉を吹き飛ばす、そんな一陣の風のようなはっきりとした意思を潜ませて。

「罪悪感なんて持つ必要ない……見ようと思ってたわけでもないんだろう?」
「王子……」
「寧ろキミは見たくないのに何度も何度もそうやって。……だよね?」
「ッ……」
「可哀想に、全然わかってなかったよ。キミはそんなにも怖かったんだね、自分の振れるその心が」

 切ない表情をしながら俺に手を伸ばし、彼は、ハッとして引っ込め苦笑した。

「キミを慰めてあげたいけれど、もっと怖がらせる羽目になりそうだ」

 そして彼は立ち上がる。

「大丈夫。ぐっすり眠ってもう一度目覚めた時には、今日見た夢全部きっと忘れてるさ。駄目なら、このボクが現実の世界で魔法を使って忘れさせてあげるよ」
「おう、じ?」
「実はこのとっても嫌な夢はボクが無理矢理見せた夢なんだ。随分苦しそうだったからキミを助けてあげたかったんだけど……でも多分またやり方を間違えてしまったんだね」
「え……どういう……?」
「キミはいつも生真面目で、そしてとても正しい」
「違います、俺は」
「大丈夫、清廉だよ、この上もなく。今日もとても綺麗だよ」
「そうじゃない、そうじゃ」
「いいんだ、すぐに楽にしてあげる」
「……楽に?」
「ボクは乱暴にキミを踏み荒らしたりなんかしない。だって、それがキミの中にある“本当”だって事を知ってしまったから。ボクはあの日、絶対にキミの本当になるって心に決めたんだ。大丈夫。これ以上心がズタズタに傷ついてしまわないように、意地でも守るよキミの事」
「なんて?聞き取れな、い。俺、頭が痛くて、」
「フ、なんでもない。どうでもいい事だ」
「おう、じ?」

「帰れるかい?一人で」
「え?」
「起きたらキミを部屋の前まで送っていこうと思っていたんだけど、もうそういう事もやめておいたほうがよさそうだからね」
「……帰るんですか?」
「ん、でもキミが見えなくなるまでここにいるよ?そしたら終わり。部屋に戻って、目が覚めて。その瞬間から全部怖い事はナシになるから安心していい」
「……」
「嘘だと思っているね?フフ、ボクが本気になればやれない事はない。キミが言ったんじゃないか。そうだろ?」
「あ、いやそれは」
「そうだよ?やろうと思えばなんでも出来る。だからこんな嫌な夢、ボクが簡単に終わらせてあげる。信じられるよね?ボクの事」
「王子……」
「立てるかい?」

 そう言う彼はもう一度穏やかに笑う。
 そしてその時、手は差し伸べずとも、手のかわりに沢山の優しい気持ちを俺に注いでくれている事をしっかりと感じた。今しがた互いの手が痛む程に強く手を振り払い、彼との接触に怯える俺の為にそうしてくれたのだ。

「大丈夫、悪夢はもうすぐ終わる。もう怖くない」

 目の前に立っているのは、何から何まで、あまりにも完璧な俺の理想の王子だった。こんな人は世界中探してもきっとどこにもいない。本気でそう思った。

 見惚れる俺をジッと見つめ返す王子の目。気が付けば吸い寄せられるように俺はおずおずと彼に手を伸ばしていた。
 すると、王子はすぐにその意味に気が付いて、でも少し躊躇して、結局温かい手を俺にくれた。やっぱり俺に合わせてくれているのだ。そう思った瞬間、胸がギュウっとなった。

(優しい。王子は、本当に優しい……)

 1秒でも早く目覚めたいはずのこの悪夢に、急に名残惜しいものを感じ始めてしまう俺。彼がここから立ち去った後、俺は苦しみとともにこの幸せな時間をも忘れてしまうんだろうか。

「……俺がここにいたら、王子もずっとここに?」

 それは心のままの素直な言葉だった。自分でも驚くほどスルリと口から零れ落ちたそれに驚いたのは俺だけではなく、王子も同じだったようだ。その手がピクリと僅かな動揺を示していたので、変な事を言ってしまったろうか、と心配げに彼を見上げる。

 そんな俺に王子は、フ、と何とも言えないあやふやな笑顔を浮かべてこう言った。

「どうして欲しい?」

 お望みのままにとでも言いたげに。

 だから、俺は返事をする。

「今だけ、もう少しの間だけでいいんです。ここにいて、誰のものでもない、俺だけの王子でいてくれますか?」
「……ザッ、キー?」
「そして、一度だけ、キスを。いいですよね?これで最後の忘れる夢なら、終わる前に叶えてください、俺の願い」

 戸惑う王子をそのままに俺はゆっくりと立ち上がる。少しふらつき視界が揺れる。まだ、足にきている。夢の奥底までこんなにも色濃く残るラズベリーオレンジ。その感覚がとても気持ち良かった。まだ、俺はこのままこのリキュールと、そして優しい王子の夢に酔ったままでいたい。

「いいですよね?」

――優しい、優しい、俺だけの王子

 じわりと体がまた熱くなる。

 次の瞬間酩酊の呼び込む己の本能的な欲望のままに、呆然と立ち尽くす王子の唇にそっと自分の唇を寄せた。思っていたよりそれは柔らかく、そして考えていた通りそれはとても温かいものだった。また、彼の存在を今までになく強く感じた。夢でも幻でもない、俺と同じ世界に生きている彼の存在感を。
 数秒して唇を離すと、やはりそこにはただ同じように何も物言えぬ人が佇んでいるばかりになっていた。

(我慢、してくれていたんだろうか?)

 無理矢理いやらしい事を言わせないで済んで、ようやく夢をコントロール出来ている気がして嬉しかった。今まで見た中で一番、この夢の中の王子が本物に近い。そう、多分、理想のリアクションはこんな感じ。品が良くて、理性的で、でも、後輩の俺を傷つけまいと優しく優しく労わってくれる。極自然に笑みがこぼれる。

「ありがとうございます。こんな俺の事、気持ち悪いって逃げないでいてくれて」

 そう、本当はずっとこうしてみたかったのだ。街で見かけた王子の濡れたあの唇があまりに印象深くて、あの日から俺は全身縛り上げられるようにそれに囚われて。
 でも、知り得ぬ事に嫉妬して、疚しい心も悲しくて、だから俺は、その全てを重たい石にして飲み込んだ。俺を好きだと言ってくれた素敵な王子の為に、全部なかった事にしたかった。でも夢はあまりに正直で、俺は自分で付いた自分の嘘に、こうして結局気付いてしまう。

「好きです王子、誰よりも……もう十分」

 彼を傷つける事が怖くて怖くて。でも今はこの夢の中、理想に一番近いところにいる優しい王子が叶えてくれた。ほら、体の中に一つの石もない。やっぱり全部、王子のおかげ。こんなにもリアル。こんなにも素敵。大丈夫、もう、平気。諦められる。

 背中に王子の腕の気配。優しく、でも、思ったよりも力強く。俺はそのまま夢心地で体中くっつけて王子の温かさを堪能する。そう、こんな感じを夢見てた。まさに夢みたいな、今の夢。
 俺はただただ、この甘い甘い濃厚なあのラズベリーオレンジのような幸せに震えるばかり。

「もう十分?……冗談だろ?」
「ハハ、馬鹿ッスね、王子は。大丈夫、もういいッスよ」
「……馬鹿?」
「これ以上優しくして俺の事つけあがらせたら」
「……なんだい?」
「このまま、目覚めぬ夢にとっ捕まっちまうって事」

 目を細める王子は卑猥でも淫靡でもなく、ただ例えようもなく切ない顔で。でもやっぱり見惚れる程綺麗で。

 俺が、

「ほら、」

 と、小さく呟く俺の口を次は彼がそっと塞いだ。だからその瞬間、“ほら”に続けていうつもりだった、“捕まえた”という言葉はどこかに消えてしまった。
 その代わり、まるで本望だと言わんばかりに、何度も、何度も、王子は俺を愛おしむ様な優しい沢山のキスをくれたのだった。

 そして気が付く。
 そう、本当に俺が彼としてみたかったのは、こんな、互いを慈しむ様なキスだったのだ。もう一生目覚めたくない。このまま死ぬまで彼と口づけを交わし続けていたい。俺はぼんやりと馬鹿な事を考える。

 これはある暑い夏の夜の、幸せな俺の夢の話。

(これでこそ王子だ。夢の中でも完璧で)

 彼のくれた幸せなおまじないのおかげか、もう、頭は一つも痛くなかった。