ジノザキDay2014赤崎編
【69956文字】
両片思いの赤崎目線ジノザキ。少々ポエム調?乙女崎寄り。
ジーノ月間突入!ジノザキデー間近!という事で1日1追記を目標に15日まで30お題消化しました。10/1~10/15連載。お題の順番はバラバラ、無理強いな消化もアリ。ジーノの捏造彼女、赤崎の捏造仲間など出てきます注意。
26. Getting married/結婚する
今日の練習もギャラリーが多く賑やかだ。
「キャー!結婚してー!王子!」
練習終了後のファンサービス、フェンス脇を王子がにこやかに笑って立ち止まりもせずに過ぎ去っていく。そんな時にはいつもこうして女性達から歓声が。なんにもしないあの人に対してこんなにもサポーターが沸いてしまうと、サインをしている俺の立場がないなと不貞腐れる思いだ。
(誰でもいいや取敢えず、みたいな感じなんだろうか?)
卑屈にはなりたくないが、そんな風に頼まれて書いているんだと思ってしまうとやはりどうしようもなく虚しくなる。
(代表になっても五輪の、しかも予選のサブだと知名度なんてたかが知れてる?でも、あの人なんて代表にすら入ってない。なんだこの差は。そりゃあ、あのビジュアルだしあの才能だし。それにしても、ああ、ムカつく)
バタバタとロッカールームに戻りシャワーに焦る。中に入ると呑気に湯船につかる王子が俺に向かってこう言った。
「あれ?どうしたの?えらく急いでるね」
「ああ王子、今日は俺これから友達の結婚式に出るんで」
「そうなんだ?でもキミッたらのんびりサインとか付き合ってるんだからホント律儀だね」
チャプチャプとこちらに向かって移動するので、どうやら王子は俺と会話を楽しみたいらしい。
(急いでいると言った俺の都合などお構いなしか)
そんなことを思いながらも少し嬉しい俺は、王子のいる湯船から一番近いシャワーボックスを使う事にする。
「のんびり風呂入れるくらい暇なのに王子はああいう時ばっかり足早ですよね」
「フフ、言うねぇ」
「キャー、結婚してーとか。どうなってんだあれ」
「言葉の通りじゃない?多分」
「冗談でしょ?あんたと結婚なんて、きっとすっごく大変だ。最悪もいいとこですよ」
「随分だなぁ」
「俺、王子程マイペースな人間みたことないッスもん。一緒に生活するとか無理無理。つか、寧ろ王子自身が誰かと一緒にとかゴメンでしょう?違いますか?」
「えー?そんなことないよ別に」
「じゃ、なんですか?結婚願望とかそういう人並みのもの、王子も持ってたりするんですか?」
「キミは?」
「え?俺?そりゃ一日でも早くしたいッスよ、出来るもんならね。現役中の俺の姿も子供に見せてやりたいし」
「……へー、そうなんだ?」
「つか、質問してんのは俺なんスけど」
そう言って苦笑いを浮かべながら王子を見ると、何やら遠い目をしてぼーっとしているようだった。どうやら心がお出かけ中らしい。
「聞いてますか?王子?」
「ん?」
「で?どうなんスか?」
「どうって?」
「結婚」
「うーん、結婚かぁ……」
「なさそうッスね。ま、当然か」
「そんな事ないよ。結婚でしょう?素敵だと思うよ?ボクも出来るものなら一日でも早くしたい、かな。キミと同じさ」
「本当ですか?話合わせてません?」
「ん?」
「胡散くせぇッス」
「フフ、何それ。ボクだってそういう安定した日々への憧れぐらいあるよ当然」
ふざけた口調でなく、いきなり真面目な声色に変わる。そんな王子にドキリとしてしまう。
「“この人なら”って相手と生涯の愛を誓い合って一緒に過ごすんだろ?結構な話じゃないか」
ジッと見つめるその目線がやはりあの意味深で、変な事を言ってしまった事に気付いた俺はこの一瞬の気まずさに居た堪れなくて、すぐさま目を逸らして鏡のほうに向き直りこう言った。
「心外だな。そんなに驚く事?」
「そりゃ……えぇ、まあ……てっきり俺、王子って生涯自由恋愛主義者かと思ってましたから」
そして、気持ちに反して続くのが俺のこの減らず口。別にこんな事言いたいわけでもないはずなのに。
「だって王子がイクメンとか想像つかねぇし」
「ホント大概失礼だねキミ」
「それに、こう言っちゃなんだけどモテモテなあんたが大人しく家庭の枠に収まるタイプにも思えねぇし」
モテモテな。この一言で思い出すあの、王子の濡れた唇、淫靡の色。横目で振り返る様にそろりと見れば、薄笑う唇をペロリと僅かに舐めつける彼の赤い舌先が目に飛び込んできてしまう。
「ま、確かにフラフラもしたいけどね」
「はぁ?」
「家庭も、恋も。手に入れられるならどっちも欲しいよ、そりゃ」
「なんだそれ……もしかして不倫称賛発言?」
「その手の言葉は好きじゃないな」
「だってそういう事でしょう?駄目じゃないですかそれ」
「フ、駄目駄目言ってもさ?そもそも不倫って刑事罰ないんだよね。日本でもイタリアでも姦通罪なんてものはとっくの昔に廃止しちゃっ」
「そういう法的な意味じゃなくて道義上の!問題ありありだろ!」
思わず大きく振り返って噛み付く様に語り掛ける俺を、彼はクスクス眉を寄せて笑いながら見つめている。
「恋愛なんてのはね?とどのつまり本能であり肉欲なんだ。結婚とかいう紙切れ一枚の契約で制御なんて……心はそもそも振れるもの。画鋲で固定とか出来るならともかく、こればっかりはしょうがないことなんだよ」
「しょうがないって、そんな開き直り……」
あざ笑うかのような意地の悪い顔。毒々しいまでの楽しげな表情を浮かべている。不穏な内容に動揺が広がる。何故俺が彼とこんな後ろ暗い話をしているのか、沢山の疑問符に包まれて。
「何?実際そうでしょう?キミ、恋愛経験ないの?」
「あ、ありますよそれくらい!当たり前でしょう?」
「フフ、じゃ、わかるでしょう?男ってそういう生き物なんだって事。恋はするものじゃなくて勝手に落ちちゃうもの。ままならないのが普通なんだから。それも、いけない恋なら、尚更……ね?」
「いけない……」
「うん、いけない恋。しなくて済むならそれが一番。でもやっぱりそれって難しい。だからそういう部分も丸ごとお互いが受け止め合うような家庭なら凄く素敵だなーと。人は一人じゃ生きていけないから」
湯煙の中、ふわりと浮かぶ妖艶な笑顔。見た事のない王子の顔。そして、先日の飲み会で仲間の言った台詞がこんなところでも。人は一人では生きていけない。
「そう思わない?ザッキー」
駄目だ、良くない。あんまりこういう時間はチームメイトと過ごす系のものじゃない。自分の中で整理しきれない思いがまた絡まる。そんな風に俺は再び目を逸らす。
「……な、何気にとんでもねぇ事を」
「とんでもない?まさか。ボクは誠実だよ?不誠実っていうのは嘘を付いたり騙したりする事でさ。ボクは自分のする事、良い事悪い事、好きな事も嫌な事も、全部理解してもらえるよう努力もするし、その代わり相手にも思いっきり尽くすよ?」
初めて聞く、王子の恋愛観。
「普段はやる気がないような事もやる気が出てきちゃう。フ、まあそれも、愛する人に愛される為ならば、だけどね?」
「それが王子の思う、愛なんですか?」
「まぁね。こう見えて結構真摯なんだよ。大切な相手とこそ正直で着飾らない裸の姿を理解し合うべきだと思う」
無性にイライラし始めたのは我儘放題のふざけた内容のせいじゃない。彼が、理想の女性像を語り、そして恋をする。結婚願望も持っているし、家庭が欲しいなら多分子供だって。そういう、本来なら喜ぶべきその事実を突き付けられた事自体が俺にとって大きな問題だった。
「ボクはやりたい事をやりたいようにやるタイプだし。だからいつかそんなボクの全てを理解し受け入れてくれる子がいればいいなってさ」
「いいなって、つまり……そういう子となら結婚したいな、って?」
「可能なら」
知らず声が震えていた。気取られたろうか?
女にだらしない事は知らなかったわけじゃない。この前実際にこの目で見もしたし。でも今、彼はそこに彼なりの真摯な愛があると言ったのだ。遊びではない、たぶらかしでもない、彼と女性達の間には誠実に向き合う心と心の関係があるのだと。人一倍理性的にも見える王子の中にどうしようもない衝動的な男の情熱が存在していて、その熱が彼をいつも突き動かしているのだと。
彼はサッカーさえしてればいい存在なくらいに思ってた俺には、これはとてもショックな出来事だった。
当たり前の男性としての欲望と、思いのままに人を愛する心を持ってるのだ王子は。
こと王子に関して、俺はいつも変な錯覚ばかりを持ってしまう。何故?そういうんじゃないでしょう?サッカーだけを愛していればいいんだ、あんたの恋人はサッカーでしょう?と。意固地にそんな事を考えてしまう。
以前王子は俺に、主観を口にすることに意義を感じない、と確かに言った。あの時、他人に理解してもらおうとする意識が異様に希薄な人間なのだと思った。ゾッとしたけれど如何にも王子らしい在り方だと安堵した部分もあった。つまり、俺の思う、彼らしい彼の姿だ。彼の情熱がはじけて一種超越した姿に変貌するのは、プレイの瞬間だけでいい。サッカーだけと睦言を交せる、欠落を抱えた人であって欲しい。彼は常に理解したがる凡人達を冷徹に蹴散らして、触れる権利を持つ人間だけに笑いかける人。そう、椿のようにガラスの靴を履ける者、サッカーの神様に愛される人間だけが彼の仲間。だから俺は体を鍛え、プレイを磨き、少しでも彼の世界に近づくべく、そうして毎日、毎日、いつか、いつかと願いながら。
けれど、現実は。ここにいるのは恋する王子。その生々しいまでの“人”としての彼の姿は、俺の思うそれではなかった。まさに違和感、あり得ない姿だ。
彼は、淫靡で艶やかな見知らぬ王子。体で、心で、女を欲して、己の全てを絡ませるように関わり、触れ合い。そんな日々の中に本物の彼は存在していた。
「……」
なのになんだろう、この気持ち。あり得ないと思いながら俺はホッとしているとでもいうのだろうか。
釈然としない思いがあとからあとから込上げてくる。グロスに濡れた唇を持つ王子と同じ人。俺の好きな“サッカーだけを愛する王子”を穢すこの男は、いつも俺をかき乱す。申し子と呼ぶには程遠い穢れた彼の姿もまた、不思議に美しく見えるせいなのか。この、ピッチの王子よりも遥か遠くにいる、俺とは無縁の穢れた王子が。想像よりはるかに簡単に“人”を愛する事が出来る、柔和な笑顔のこの人が。
28. Doing something ridiculous/面白いことをする
イライラした。どうしようもなく。知ってよかった?知りたくなかった?とても綺麗な、穢れた王子。
彼の表情が優しければ優しい程、語る恋の妖艶に包まれれば包まれる程、黙れ、うるさい、と心の底から叫びたかった。自分の“手の届かない王子”をこれ以上破壊して欲しくはなかったし、俺とさほど変わらない世界に生きている彼があまりにも身近で、手が届く錯覚さえして混乱する。
けれど、確かにそれは錯覚。彼と俺との距離は絶望的に変わらない。才もなければ女でもない。王子の隣に寄り添う女性が椿とともに俺を笑う。サッカーの申し子で、且つ親密さ漂う人間の王子。身近だと感じた勘違いのすぐ後に、どうあってもお前は別なのだと思い知らされる。この思いは何だろう?もう、頭がどうにかなってしまいそうだ。
「最低ッスね。あんたの言ってることは我儘だ。凄く不誠実で、高慢で」
何もかも全部否定したくて、見ていたくなくて、でも目が離せなくて、だから出鱈目を紡ぎ出す。支離滅裂だ。
「そう?何故?」
「着飾らない裸の姿を理解し合う?王子の思う事は大事にすべき家庭に対する破壊行動だ。相手の我慢なしでは成り立たない」
難癖もいいところ。
「何それ。我慢はいらないって話なんだけど?それはお互いがって事だよ?結婚した後どうしてもボクを許せなくなっちゃったなら我慢しないでボクを切ればいいだけだし」
「築いてしまったものを後から簡単に、しまった、って思っただけじゃ壊せねぇんだよ!」
別にこんな事思ってもいない。王子と暮らす女が後悔なんてするはずない。
「わかってるよ。どうしてもっていう場合の例え話だろう?実際はさ、結婚って結論を出す前に相互理解の為の努力をし尽くすべきだってボクは言ってるつもりなんだけど」
「そんなわけにいかねぇよ!」
自分でも吃驚するほど大声だった。
「不義は罪だし、罪を恐れず罪を犯す人間は罪人だ。そんな事、皆知ってる!だからそれを簡単に踏み越えてしまう人間とそうじゃない人間の関係性は一方的な形に歪む」
「それ、ボクのせいになるの?それもまた各自の自由って事でいいんじゃないの?繰り返すけど納得できなければ最初からボクをチョイスしなきゃいい。皆心のままに生きればいいんだから。相手の邪魔さえしなきゃさ」
「良くないです。あんた自分で言ったじゃないですか、恋はするものじゃなくて落ちるものだって、ままならないって!それが本当なら納得できなくてもチョイスしてしまうもんなんじゃないですか?違いますか?王子は愛する人を自分の欲望の為に踏み台にするって言ってるだけだ!」
違う。わかっている。王子を愛する女は彼の全てを許す。全身を蕩かす恋の虜になって、二股三股も関係なしにその苦しみですら甘んじて?それだけの事を思わせる力がある人なのだ王子は。男の心は振れるもの、留め置けないのは自分のせい、きっとみんなそう思う。
何も問題なんて起きやしない。誰も苦しむ事もない。ましてや、俺が文句を言う筋合いなど当然の事ながらどこにもない。
王子はサッカーだけを愛していてほしい。そんな事を思っている俺はもしかするとこの時、サッカーの立場になりすぎて、王子の浮気に嫉妬し気持ちの代弁をしているつもりだったのかもしれない。行かないで欲しい。誰の目にも魅力的な王子。そんな姿で街を歩けば、どんな女も骨抜きにする。こっちを向いて、サッカーだけを。プレイする事だけにその身を焦がしていて欲しい。
「ザッキー……」
怒っているのか、泣いているのか、笑っているのか、楽しんでいるのか。王子はどれでもないとても複雑な表情を浮かべて、小さく俺の名を呼んだ。だから、ハッと我に返って俺は竦んだ。
気まずい気持ちで石鹸を流す。俺はいつもこうだ。勢いに任せて余計な事ばかり言ってしまう。落ち込みを気取られないように随分と長い時間をかけてタオルを濯いで絞る。
暫くすると、もうとっくに会話をやめてしまったのかと思っていた王子がポツリと俺にこう言った。
「全くキミらしい物言いだね。生真面目で、そして正しい」
聞こえてきたその声色がとても優しくて更に戸惑う。負の感情が一つもなくて、純水のように透明だった。勇ましく振り上げた拳をどうする事も出来なくなったガキのように、おずおずと彼の方をもう一度見た。そこにはやはり感情の読めない澄み切ったままの表情を浮かべた王子がいて、責められているわけでもないのに胸がツキリと痛んでしまう。湧き上がる罪悪感。込上げる焦燥感。視線を逸らすこともままらなず、思わずこんな言葉が俺の口を衝いて出る。
「……スイマセン、言い過ぎました。俺、なんか混乱して」
今更言い訳。馬鹿馬鹿しい。けれど人一倍負けず嫌いな俺の謝罪に対して、彼から戻ってきた返事はこんなものだった。
「なんで?キミはキミの正しいと思う事を率直に言っただけでしょう?褒めてるんじゃないか」
そして、次の瞬間、ガラリと明るい表情で王子は、
「ボクだってキミの言ってる事正しいと思うもの。今みたいな感じ、ボクすっごくいいと思うよ?」
と笑った。
「それにしてもホント面白いなぁザッキーは。あー、楽しかった。キミには申し訳ないけど」
「は?」
子供みたいな無邪気な笑顔、ニッコリと。既視感のあるこの顔は恋を語る見知らぬ王子の顔ではなかった。
「でもさ?そうやってやたらと面白い反応するから、尚更周りはキミのことをからかいたくなっちゃうんだよ」
キョトリとからかうような表情を浮かべて彼は、茶目っ気たっぷりなウインクひとつ。
「まさか……」
この段階でようやく俺は王子に思いっきりからかわれていた事を理解した。
「ハハハ、まさかって、何が?っていうか結婚願望なんてそもそもこのボクにあると思うかい?あるわけがないじゃないか。馬鹿だなぁザッキーは」
「なッ!」
「でも、キミってボクの適当話をイチイチ全部真に受けちゃうんだね」
「イチイチって!」
「でも半分は本当だよ?ちゃんと聞いてくれていたかい?ボクの話」
「そんな事言われても何が何だか……」
「フフフ、しょうがないなぁ、あのね?ザッキーつまり」
「何スか!」
「ボクは――」
そして返された突然の彼のその言葉。今の流れで出てくるにはあまりにも場違いな。その衝撃に俺はちょっとしたパニック状態になってしまう。
(今、なんつった?)
「ちゃんと覚えておくんだよ?」
しどろもどろな俺など構わず、王子はケラケラと楽しげな笑い声を立てながら自身の体をシャワーで軽く流したのち、全く可愛いねぇー、飽きる気がしない、と去っていったのだった。
俺も急いでいたので彼を呼び止めることもなく、さっとリンスを洗い流し、王子の後を追うようにシャワールームを出ることにした。
時計を見れば結構な時間。結局俺はバスローブ姿のまま髪を乾かしている王子を尻目に帰り支度にバタつくばかりで、その後彼との会話は続かなかった。よって、彼との奇妙な恋愛と結婚観の話はそれっきりのおしまいとなった。
