雲行き怪しい?醒酔夢
お花見三部作ラスト。前回泥酔により“いたしてしまった?”仲良しジノザキが迎えた朝のお話。記憶飛んで揉めてます。あと、またやってます。ともかくこの2人はイチャイチャしとけばいいですよね。
夢を見ていた。大好きないつものあの夢。
ボクは凍えるような寒い冬の中で、可愛い飼い犬に必死にしがみつきながら暖をとる。
顔をうずめるとあの子独特の野生の匂い。大好きなそれを堪能してフワフワと頭を撫でながら深呼吸していると体一杯に心地良さが広がっていく。段々四肢の冷えが和らいでいく。ああ、いいなぁ、と思う。ボクはこんな風に過ごす時間が大好きなんだ。
ほらもうすっかり辺りは桜満開春到来。シロツメクサ、ハルジオン、ヨモギ、カラスノエンドウ。みるみる芽吹いてボクらの周りに広大な草原を作り出す。もう少しこのまどろみを楽しんでから、ボクはキミとここで沢山遊ぶつもりなんだ。きっとキミもボクが起きるのを首を長くして待ってる。でもお利口だね、無理には起こそうとはしないんだ。
もう少しだけ待っててね?もう少しだけ、ほんのちょっとだけ…ボクには今があまりにも気持ちが良くて、目覚めてしまうのが勿体ないような、そんな気もして…だから、ほんの…
* * *
(また、この夢…)
ジーノはまだまだ夢うつつの状態のままそんなことを考えていた。腹が立つ夜、悲しい夜、そして少し寂しい夜にはこんな不思議な夢を繰り返し見るようになっていたからだ。別に不快なことがあった覚えもないのに不思議だな、なんて指に絡む髪を弄びながらまどろみを楽しむ。起きるのが惜しいと思うのは夢なのか現実なのか。そう思いながらも次第に現実に引き戻されていく。絡む髪を弄びながら。優しい触り心地。弄ぶ髪。弄ぶ。楽しい、クルクル。そして心音。呼吸音。不思議な感じ。クルクル、サラサラ。跳ねる感触。夢なのにやたらリアルな、変な感触。感触。
「!?」
吃驚して目が覚めるのにそれほど時間はかからなかった。
(なに?夢じゃない??しかも、なにこれ犬じゃない???誰?人???)
混乱してガバリと体を起こしてその拍子に頭痛が襲う。二日酔いだった。
「いたたた…」
「あ、起きましたか?王子?おはようございます」
目をコシコシ擦っていると誰かがジーノに話しかける声がする。
「ザッ…!キミ…ここでなにして…るのかな…?」
眉寄せるジーノに赤崎は戸惑いながらも返事をする。
「え?何って…俺も今さっき起きたとこで特段これといって何も…」
「そうじゃない…ボクが聞きたいのは…なんでキミが、ここに…てか、ボクの隣に…」
「なんでって…何言ってんですか王子…あんたが昨日…」
「…昨日…ボクが何だって?」
「…あ…あんたまさか…覚えて…ないんですか?なんでこうなったのか…昨日俺達…」
チラリと向けた視線の先にあったのは昨晩絶賛大活躍したローションボトルととっちらかったスキンの箱と開封済みの空袋だった。
「な…」
目を剥き凍り付くジーノの姿に、赤崎は大いにショックを受けた。あれだけ幸せを感じさせた局部の痛みが単なる悲痛となってその身を襲う。
(あり得ないだろ、この人マジ酔った勢いで…?)
* * *
「待って!ザッキー!ちょっと待って!考える!」
「はい、待ちますけども」
まるで工事現場の危ない危険の看板のように両手で大げさに赤崎を制するので、ゲンナリしながら返事をした。そりゃねぇよ。そんな気持ちでジーノをみつめた。
暫くすると苦虫を噛み潰したようなジーノの表情が何故かコメディタッチのヘボ探偵にも見えてきて、今自分はあり得ないくらいショックを受けてるはずなのに、今このシチュエーションに変な笑いが込み上げてきた。そして、こんなひどいことをしでかしたというのにこの人は人を丸め込むのが上手いなぁと感心する。計算でもなんでもなくて、天然の人たらしの才能があるってことなのだろう。こういう形でジーノに呆気なく喰われ、絆された女の数が容易に想像出来てしまう。だから赤崎は呆れるように笑いながらもまた溜息がでた。何をやっても許される。この人はまさに正真正銘“王子様”だ。そんな笑いと溜息だった。
「えっと…ボクよくわかんないんだけども、状況証拠的には何かな。ボク達、こう二人仲良しに…なんていうか…」
「王子でも言いにくいことあるンスね。そうですよ?寝ましたよ?一緒に。ベッドで二人仲良く」
「寝ッ!!」
「何か?」
あんぐりと口を開けたまま茫然としているジーノに追い打ちをかけるように赤崎は続けた。
「…ったく酒癖わりぃなあんた。付き合った俺も俺だけども…ってか、あれ?あんた今ビビってます?」
「ビ…ビビってるなんて失礼な…そんなことは…」
「ないって言いたいンスか?」
ジーノの様子がいつになく気弱なものだったので赤崎はからかうつもりで起き上がったところ、まさにジーノは漫画のようにビビって後ずさりをして逃げた。
「あ…」
「…なんだい?急に…」
「ビビってるじゃねーかやっぱ…ク…クク…」
「し、失礼だろ?ザッキー。ちょっと驚いただけじゃないか。っていうか何?随分な態度じゃないか、ボクに対して!」
「なんスか?意味わかんね」
「だって、今まで一度だってそんな偉そうな…って…え?待って?そういうこと?」
「はぁ?」
「…え?まさか!そんな!」
「んだよ。どうかし…」
その時、ジーノが咄嗟に自分のどこに手をやって何を確認しようとしたのか丸わかりだったので赤崎は爆笑してしまった。間違いない。まだこの人寝ぼけているか若しくは酔いが醒めてない。そういう確信だった。だってあり得ないくらい可愛い。普段ならこんなことやる人じゃない。ゲラゲラ笑う赤崎を尻目にジーノは目を吊り上げて怒りを露わにする。
「ちょっとザッキー!なんともないじゃないか!からかったね?」
「俺なんも言ってねぇッス」
「!」
ゲラゲラと笑い過ぎなくらい笑いが止まらなかったので、赤崎はジーノだけでなく自分もまだ少しアルコールが残ってるのだなと感じた。だって言われたようにいつになく気が大きくなっている。でも笑いながら、今にも泣きそうでもあった。ショックで傷ついた心と、いつにない間が抜けた態度のジーノと過ごす今の楽しい気持ちが心の中でくるくる巡る。でも、どうせなら楽しい方がいいじゃないかと強引にやろうとした舵取りは思ったよりうまくいきそうだった。
「クックックッ…なかなか斬新な経験させてくださって本当になんと申し上げればよいのやら。ねぇ?王子?あんたがそんな面白れぇ人間だったとは」
「…覚えてないからってボクをからかうつもりだね?キミってそういうタチの悪い子だった?今ならまだ許してあげられるから、ホントのこと言いなよ」
「別にからかってねぇけど?皮肉言っただけで」
混乱するジーノは戸惑いの中で必死で昨晩の出来事を思い出そうとするのだが、覚えているのは圧倒的なあの桜の光景と、楽しかった感覚と。嬉しかった感覚と。心地よかった感覚と。そして気持ちが良かった感覚と。え?気持ちがって?どういう気持ちの良さ?
「……」
変な感覚。ジーノはついさっきまで見ていた夢を思い出していた。大好きな可愛い飼い犬とじゃれて遊ぶ楽しい夢。犬の名はザッキー。短く切りそろえられた毛足を、その巻き付くには足りない毛を、自分は撫でたり指先に巻くようにクルクルするのが好きだった。夢の中のアレはとっても可愛い我が愛犬で、目の前にいるこの子は自分の後輩のザッキーで…。シャープな瞳にスラリと伸びた手足、耳裏を触るとうっとりとした顔で自分に甘えてくるのは一体どちらの飼い犬だったのか?そしてこの今の体の奇妙な感覚。肌と肌、熱と熱の。
「王子?」
赤崎には男嫌いの嫌悪で身をこわばらせていたはずのジーノの体の力が抜けていくのがわかった。コミカルな表情も消え、何を考えているのかわからないようなぼんやり顔。これは昨晩橋の上で見た桜の魅力に飲まれてしまった時のジーノの表情と同じものだった。
「うわ、なに…」
次に後ずさりするのは赤崎の方だった。突然ジーノの腕がスラリと赤崎に伸びてきたからだ。それは予兆も何もない、おそらくジーノの無意識の行動だった。背後には壁。これ以上後ろへは下がれない。迫る指先が耳上の髪に触れた瞬間、赤崎はビクリと体を震わせた。そんなことはお構いなしに、ジーノは黙って髪を梳き、クルクルとその毛を弄ぶ。昨晩、現実に、そして夢の中で、何度となくやったように。まるでそのことを思い出すかのように。
「や…やめ…」
暫くして、戸惑いつつも行為を受け入れていた赤崎がポツリと言葉を発した時、ジーノはハッと我に返えりその手を慌てて引っ込めた。赤崎はまるでその感触をかき消すようにカシカシと自分の手で同じところを掻き毟った。
「今の…キミのその髪の感触、多分…ボクの指先覚えている。昨日確かにこういうこと…」
「確かにクルクルクルクルクルクルクルクル、ホンットあんたしつこかったッスよ」
「じゃ、確認」
「なんスカ?」
「どこまで?」
「は?」
「教えてよ、ボク覚えてないんだから」
「どこまでって…あの…」
「大事なことだよね?ボク達、一緒に眠っただけ?なわけないよね、どこまでした?」
「いや…そ…そんな真顔で…」
酔っていたはずのジーノは今キチンと自分に立ち返り、次にどういう行動を取るべきか判断材料にしようとしているようだった。でも赤崎はそんな顔をされたら寧ろとても答えられそうになかった。何故ならジーノが大の男嫌いであることは周知の事実だったし、記憶がないこの様子からこの男にとって本当に酒の上での事故のような情事であったことは明らかだったからだ。昨日の夜に感じた幸せの思い出はもう壊れた夢でしかなくなったというのに、この男に彼にとって失態であるところの現実を突きつけたとして、それが一体何になろう?今後の二人の関係を考えれば、百害あって一利なしの一言になるのに決まっている。
「……」
「ザッキー。返事」
「どこまでって…何言ってンスか?俺ら男同士ッスよ?ただ、なんかあんた酔ってて…あの…でも女いねぇし…多分冗談半分で…そんで…ふ…二人で…ちょっとずつ…その…触りっこした程度で…」
「冗談でベッドに来て?じゃれて?ザッキー、そんだけならゴム、いらないよね?」
「そ…それは…俺も酔ってて…ゴムは…途中流れっつーか度が過ぎたっていうか…確かにちょっとだけ…ノリでそういうことも…やりかけたんだけど…」
「ノリ…」
「…結局やっぱいいや…って感じで…適当っつーか…有耶無耶に…最後の方なんかはお互いかなり眠かったし…面倒くさくなったっつーか…」
詰問するかのようなジーノの態度に赤崎はしどろもどろになってしまう。とても誤魔化せるわけもなかった。
「その嘘は…何のための嘘だい?」
「う…嘘じゃ…」
「キミの為の嘘?言えなくなるような事情が?」
「どういう…」
「ボクはね?このことはボク自身の問題でもあるわけだけど、今は昨晩ボク達に何が起こって、それが今キミにとってどういう出来事になったのかを確認しようとしている。わかるよね?ボクはともかく、キミには記憶がある。でしょう?キミは嘘が下手だ」
「……」
「5W1H?簡単な説明でいいよ。取りあえず声掛けはボクだったんだね?昨日、ベッドで、ボクが?ムラムラして?キミに何を?どのように?どんな行為までキミに求め、そんで実際どこまでやったの?そん時のキミは、どんな気持ちだったの?把握しとかないわけにはいかないでしょう?」
「…やめませんか?王子…別になんだっていいじゃないですか。昨日の事なんて大したことじゃないって思ってますよ取りあえず俺はね。こっちも酔ってたしあんま細かく覚えてもないし…」
「…それでいいのかい?」
「そりゃ…そうですよ、だって俺ら男同士で妊娠とか傷モンとか…責任とかそんな話でもねぇし、ちょっとだけお互い気持ちいい思いして、そんだけの事ッスよ。違いますか?」
「じゃ、なんでキミ今そんな悲しい顔してるの?」
「!」
「教えて?じゃ、今度はボクの為に。知りたいんだ本当のことを…お願いだよ」
「王子…」
切実な目だった。懇願するように赤崎の手にジーノの手が添えられた。赤崎は思わず息を飲む。
「ザッキー…答えて?」
「……」
「ねぇ、ボク…昨日…不能だったの?」
「…はぁ?」
「役立たずだった?」
「あんた今なんつった?」
「言い出しっぺのくせに男相手で上手く勃たなかった?それとも途中で中折れしちゃって駄目だった?」
「おい、ちょっと待て」
「もしくは…ねぇ、どうだったの?考えたくないけどまさかボクが先にイッちゃってキミの事全然イカせてあげれなかったんじゃな…」
「っざけんなあああ!!!!」
赤崎のあまりの剣幕にジーノはビクッとした。
「ちょ…何!?いきなり驚くだろう?」
「知らねぇよ!驚かされたのはこっちだ!なんだよそれ!」
「だって由々しき問題じゃないか!このボクが!男とはいえ相手を満足させることが出来なくて、二人の夜をなかったことにされるとかそんなの耐えられ」
「何の話だッ!」
「やだよ、どっちだったの?聞きたくないけどこういうことはちゃんと聞いておかなきゃ!ボク達ちゃんと無事完遂出来たの?出来なかったの?どっち?」
「あんた、いい加減にッ」
拳を振り上げた赤崎に今度はまるで小学生のように両手で拙いガードをして身を竦めるジーノ。全く信じられないこいつ!赤崎は怒りが収まらない。
「今の話で問題点はそこじゃねぇだろおお!?」
「そこだよ!男の沽券に関わる一番重要な事じゃないか!ね、キミ、ちゃんとイケた?ボク、上手に出来てた?ね、教えてよザッキー、キミ、気持ちよかッ」
「だまれえええええ!!」
「なんで怒るんだよ!」
「あんたの無神経に怒ってんだよ!」
「わかんないよ、無神経って何?ザッキーボクは」
「わかれ!」
「だって…」
「だってじゃない!!」
「……」
「……」
* * *
「…やっぱ…」
「あぁ?」
「…ボク、失敗しちゃったんだ?」
「まだ言うか」
「だってそうじゃないか…」
「黙れって」
「……」
「……」
沈黙が流れた。腕が疲れたのでゆっくりとそれを下ろすと、赤崎は今日一番の深い深い溜息をついた。何が男の沽券だ、もう、なんで俺はこんな馬鹿な奴と、ともう情けなくて情けなくて。改めて睨みつけるようにジーノの方を見ると、しょぼくれた顔をしながら言われた通り大人しく黙っている。全く情けない。そんなくだらねぇ話で本気で傷ついた顔しやがって、結局自分が折れるしかないのかよ、と赤崎は自分のお人よしに呆れながら、それでも表情だけは憮然として声を掛けた。
「何をどうしたのか知りたいっつーのは百歩譲ってわからないでもない。だけど…あんたと寝て…そん時二人が感じたか感じなかったか…とか…そういう結果、あんたにとってはそんなに重要な事なのか?」
「……」
「今そういうことで頭悩ませてんだろ?そんなに俺にあんたとのアレの感想聞きたいのかよ、面倒くせぇ男だな…」
「今は別の事…考えてた」
「何を」
「……」
「言いたいことあればはっきり言えばいい」
「だってザッキー怒るから…」
「あんたが悪いからだろ」
「…そんなこと言われてもボク全然わかんないよ。でもいい。言わない」
子供のように唇を尖らせ、キロリと赤崎の方を見つめる。ジーノが酔った姿を見たことはあまりなかったけれど、どうやら幼児化する癖があるようだ。しかもとても面倒くさい系の。全くたまったもんじゃない。赤崎はジーノの拗ねた態度にイラつきながらも、なんだか健気にも見えるその様子にドギマギしてしまい、辛抱強く話を続ける。
「よくない…言えって」
「……」
「ったくイライラする!なんスか!?」
「…考えてたんだ」
「だから何を!」
「キミのこと。考えてた。キミの…」
潤んだジーノの目が悩ましく、赤崎は思わずドキリとしてしまう。
「…え?俺の…」
「キミ相手に…」
「……」
「ちゃんとボクのアレ立ったのかなって」
「はぁ???」
「で、実際キミの裸妄想して興奮するかどうか試しに挑戦してみてた」
「馬鹿か!てめぇええ!!!!」
思わず再び振り上げられた拳。でも反射的に動いたジーノの方が速かった。
