雲行き怪しい?醒酔夢
お花見三部作ラスト。前回泥酔により“いたしてしまった?”仲良しジノザキが迎えた朝のお話。記憶飛んで揉めてます。あと、またやってます。ともかくこの2人はイチャイチャしとけばいいですよね。
「あ…」
チクリ。柔く微細なその痛み。赤崎は切ない声を小さく発し、嫌がるどころかもっととでも言わんばかりに首を晒す。その色香にジーノが我を忘れ、一気に赤崎を仕留めたいと感じたその瞬間、
「…ザッキー?」
ジーノは赤崎のふわりと枕から持ち上げた横顔にきらりと光るものを見つけた。赤崎は抱かれながら幼い子供のようにポロポロと涙を落として泣いていたのだ。あまりの哀切に思わず息を飲み、ジーノはゆっくりと赤崎の体を解放した。すると声を殺して隠し続けていた赤崎の悲哀は急にしゃくりあげるような号泣に変わった。
「ザッキー、ザッキー…どうしたの?ゴメン、痛かった?ね…ザッキー?」
オロオロとしながらジーノが小さく声を掛けても、赤崎はろくな返事も出来ずただ枕に突っ伏し泣き続けるばかり。状況をさっぱり理解出来ないジーノは困惑の上に困惑を重ね、慰めようにもどうすることも出来ずただ手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返す。そんな長い時間が過ぎていった。
「ホント…ゴメン、そんな強く噛むつもりは…なんかボク…変になっちゃったみたいで…いつもはこんな事…誰にも…一度も…」
自分に抱かれることは世の中全ての女性の幸せ。それはジーノの自負だった。自らの手に触れられた相手は必ず幸せに満ち溢れ、喜びと笑顔を返してくれる。今朝の赤崎の様子に強いこだわりと不満を見せたのもそのせいだった。ジーノにとってセックスは快楽以上に喜びそのものを体現する行為であり、それを共感できない世界に迷い込んだ赤崎の存在に耐えられなかったのだ。なんで自分と夜を共にしてキミは笑わない?戻っておいで本当の世界を教えてあげるからと。そういう思いだったのだ。でも、一生懸命赤崎の笑顔の為に行ったことが今、更に深い悲しみを生んでしまった。可愛い可愛い愛犬は自分に抱かれてこんなにも苦しげに泣いている。これはジーノにとって全く想定外の出来事で、本当にどうしていいのかわからなくなってしまったのだった。
思い当たることと言えばいつもと同じ抱き方じゃなくなりそうになったこと。痛くしようと噛んだ覚えはない。でも、この暴虐に近い衝動はきっと感受性の鋭いこの子を深く抉る様に傷つけたのに違いない。ジーノは赤崎の今の姿に心を痛め、同時に感じるソワソワとしたこの奇妙な興奮からくる深い罪悪感に包まれていた。大事にしたいのに噛み殺してしまいたい。そんな自分の二つの心を上手くコントロールできない。それは日頃あまり感じることのない不安というものでもあった。
(お願い…どうしよう…ボクの事、嫌いにならないで…ザッキー)
こんな風な気持ちになったのも、ジーノにとってはまさに生まれて初めてのことだった。過剰なまでのジーノの自信。それが揺らぐ時にはいつも目の前に赤崎がいた。
赤崎が少し落ち着きを取り戻した頃、ようやくジーノが声を掛ける。まさにやっとやっとという風情。
「そんな…」
「……」
「泣いちゃうくらい…嫌…だった?」
「今更…最初っから…言ってたじゃねぇか…」
「…そうだったね…確かにそうだ…ボクがキミの話を聞かなかったんだ…ね」
「……」
「ゴメン…ね?ボク勘違い…」
「え?」
散々大泣きして醜態をさらしておきながら減らず口しか叩けない赤崎がグシュグシュ顔を思わずあげる。すると今朝方見たような大層情けない顔をしたジーノがそこにいた。脱ぎきらないナイトウェアを大きくはだけたままの状態で大人しくベッドの上に座っている。
「フフ、調子に…乗り過ぎ…ちゃった…」
無理矢理笑おうとしているその顔にも見覚えがあった。昨晩、赤崎を抱く時ジーノは同じ顔をして怖がらせまいとこんな風に笑っていたのだ。昨晩身に纏った幻のジーノの愛をふと感じ、赤崎は必死で騙されるな、これは王子の手なんだ、と込み上げてくる思いを必死で抑え、当惑のままに返事をする。
「王子…意味わかんねぇ…一体何…言いたいん」
「これでもね?…今までは上手くいってたんだよこのやり方で…言い訳になっちゃうけど。キミをね?苦しめるつもりは本当に一つもなかった」
違う違うこれはこの人の作戦なんだ、と赤崎は思いを振り払い振り払い、ジーノの言葉を聞く。スラリと伸びる美しい指先はさりげなく口元を覆い、傾いだ首は長い前髪で不格好な苦笑いを隠そうとでもしているかのよう。常に怖いくらいに他人を見据えているジーノの自信たっぷりのあの視線が、こんな風に対象者から外されていくのを赤崎は見たことがなかった。
「…こんな風に一緒を…楽しんで…そんでいつかボクの事好きになってくれたらいいなって…そんだけの話だったんだ」
とろける甘言。ジーノの罠。収まりかけた嗚咽が再び溢れんばかりに込み上げてくる。赤崎はそれを強引に飲み込みながら声を震わせ意地を張る。
「…何だよ…なんだよまだ俺の事からかうつもりなのかよ」
「…どういうこと?」
「ベラベラ余計な口叩く必要なんてねぇよ。別に…泣いて…勘弁してもらおうとも思ってねぇし…やりてぇんだったら続き…気の済むまでやればいいだろ…今更、変な小細工…」
「フ、何言ってるんだい?さすがに無理…でしょ」
今のジーノには赤崎の負けず嫌いが辛かった。自分がやりたかったこと、伝えたかったこと。何一つ噛み合わないまま体だけ繋いで何になる?そんなものを自分が欲しがっているのだと思われていること。そのことがジーノの心を無残に潰していった。
だからジーノはただ黙って、魔法のように脱がされた赤崎の部屋着を一つ一つ手に取り傍に置く。もう、おしまい。そんな合図だった。
