IN A CAGE 3
【8361文字】
好きに不慣れなジーノと赤崎。デレデレとメロメロなだけなんですが、ツンが強過ぎ、不安がでかすぎ。続きはちゃんとハッピーにエンドしますよ。
A Little Bird Told Me~小鳥がひっそり僕に伝えた
赤崎は感覚が鋭敏であり、それもよしあしとジーノは思う。いつでも何かしら張り切っていて、いらない苦労を勝手に増やし、それでもある意味鈍いのか、へこたれるでなく前を向く。
「……ザッキー」
赤崎は何かに集中すると、他がどうでもよくなるらしい。話しかけるだけでは気付きもしない。うんざり、そして渋々ながらも、服を摘まんで邪魔をする。
「ザッキー」
ようやく気付いた赤崎は、気のない返事をさらりと返す。
「何スか」
視線はこちらに来るでもない。でも邪魔に不快を示すでもなく、ただ淡々と卒もなく。最近ジーノが考えるのは、この感覚についてのことだ。わざわざ自ら気付かせたのに、たった数割の意識が傾くだけの、今この瞬間の、この感情。嬉しさ、寂しさ。憎らしさ。どれとも、何とも、似ておらず、ただ酸素が足りなく思う。
(ああ、また……)
時々呼吸を忘れてしまう。気付いて意識し、息を吐き、ゆっくり吸って、静かに吐いた。何度もこうして思い出し、気付けば再び止まる呼吸。
これは一体、なんであるのか。息苦しくて、どこか甘くて、疲れるような安らぎに似た。
*
手を伸ばし、頭に触れてみる。
「うおっ、」
飽きもせず毎回首を竦めて、睨む視線にはイラつきが見え、けれどたちまち頬は染まって、恥ずかしそうに目を背け。
(ザッキー、全然わからない)
やるなとは一度も言われなかった。振り払われることもなかった。驚いただけ、そんな仕草で、撫でられることにただ甘んじていた。
(何故……)
漫然とその短髪に触れる。するすると指から逃れる様を、感触のなさ、取り留めのなさを、何度も何度も味わってみる。そして、その味の薄さに対して結局途方に暮れるのだった。
(そう、この感じ。何だろう)
*
「なんか静か過ぎる感じしない?」
「そッスか?」
「なんか喋って。何でもいい」
「えぇ?」
友人でもなく、家族でもなく、いわゆるチームメイトであったが、随分異質なものだと思う。誰とも、何とも、似ておらず、それは思いがけないようでいて、想像通りのような気もする。
「いいから。何でもいいんだよ」
「ったく……じゃあ……うーん……」
ジーノが赤崎に何か頼むと、難色を示しつつも指示に従う。
「『王子はぐだぐだ遊んでないで、さっさと、とっとと、寝ましょうね』」
「え?」
「はい、終わり」
「何それ」
「だって何でもいいんでしょ」
面倒くさげにあしらわれ、でも不愉快さとはまた違う。減らず口のその端が、微かに上に向いているので。
(何それ……一体どういうつもり?)
仏頂面で、どこか皮肉で、なのにそれを見ていたい。わからぬものが生まれて弾けて空気に溶けるこの感覚。
「さぁ、大人しく目も口も閉じましょ王子」
「……」
「返事は?」
「……うん」
携帯を熱心に見ている隣で、意味なく時々声を掛け、こういう行動がなんであるのかジーノ自身にもわからなかった。
(ほんと。なんだろ、これ……)
こっそりと薄目で眺めていると、やっぱり上向く口端が見え、それが面白くて笑ってしまう。わからないなと思う都度、これは『わからないこと』などではなく『意味がないこと』なのだと思う。無意味を意味なく繰り返す、その行動がわからないのだ。
「あ」
手のひらで瞼を塞がれた。
「こら。王子、寝たふりNG」
なんて言われて、
「ちょ、やだ。やめてよザッキー」
「駄目。ちゃんと寝なさい王子」
などと。こうして今日もよくわからない奇妙な夜が繰り返される。
(これは何……?何故君は)
手のひらはいつも少し熱くて、自分との違いがまた不可思議で。自分が何かもわからなくなる、少し不安な心地良さ。
*
欲しい欲しいと求められ、人々は期待に目を輝かせる。水の流れは一方通行。それが常識であるように、自分というこの存在性はいわゆるそういう『者』らしい。
(わからないけど、そうなのか。つまりそういう部類の人間?)
好きですだとか付き合いたいとか、それはいつでも言われる側で、そういうものだと思いはしても、やはり他人を咀嚼しかねた。かっこいいから。余裕があるから。笑顔が優しい人だから。望みもしない眼差し、羨望。好意、嫉妬、欲求、搾取。冗談めかしにふざけてみせて、たまには気まぐれにお愛想。そうしてその手を卒なく躱す手練手管にも慣れてしまった。他者は時に度が過ぎていて、けれども仕方がないことなのだと。自分はそういう人種なのだと。無理矢理我慢をするというより、現状を素直に受け止めた。
*
暇なので声を掛ければ今日も。
「ああ、別にいいッスよ?」
「……」
「ん?どうかしましたか?」
「……なんかさ……こう、なんだか変じゃない?」
「何がッスか?」
「君のそのリアクション?っていうのか、なんだか……なんでそういう感じなの?」
「は?」
見慣れた赤崎の不快顔。
「ほら、すぐにそうやって。なのにちゃんとうちに来る」
「いや、来いってあんたが言うから俺は」
「それはそうなん……いや、そういう話なわけじゃなく」
人々はその手を常に伸ばして、掴まれるのを待っている。ジーノの見慣れた光景であり、それがいわゆる日常だった。赤崎のこうした態度や仕草は、何かどこか違和感がある。
「じゃあ、どういうことッスか?」
大まかな性格も把握している。わかりやすいほど高いプライド。嬉しくなるのが気恥ずかしくて?けれどそういう風でもない?わかるようで、わからない。流せど、流せど、しっくりこない。うまく言葉が見つからない。
「王子?」
誤魔化している風でもない。こたえようとはしているらしい。それを引き出せばいいだけなのに、答え合わせに行き詰まる。
「んー……」
こういうことはあまりなかった。あまりというより初めてだった。そもそも何を問うているのか。何に引っかかりを感じているのか。とりあえずそう、こういうことだと、思いつく言葉を言ってみる。
「なんか、その……僕が誘うから来ちゃうのかい?」
漠然としながらも近しい言葉。これに似たことを言いたいはずだ。赤崎に抱く疑問と不思議。しっくりこない犬の行動。けれど思うがままの拙い言葉は、当然赤崎の気分を損ねる。
「何スかそれ。断った方がいいんスか?」
「え?違うよ、別にそうではないけど」
「じゃあ一体」
「んー、つまり」
なんだか急に気まずくなって、ますます言葉が見つからない。そこにあるような糸口なのに、思考が今に届かない。近い言葉、似ている意味、とりあえず掴んで口にしていく。
「つまり、僕が誘うから来るわけで、じゃあ、誘わなかったら来ないのかい?」
「は?当たり前でしょう!?」
「え?」
「え?って、いや、いや、何っスか?そりゃ行きませんよ、呼ばれもせずに」
赤崎の言葉がザクリと抉り、糸口がみるみる逃げていく。
「いや、あんたマジ何を言いたいんだか」
赤崎は混乱しているようだが、ジーノも何かが衝撃で。うるさい。何故そう思うのか。
「待ってよ。怒鳴られるのは好きじゃない」
「別に怒鳴ってませんけど!?」
赤崎の声はよく通るのでジーノは思わず顔をしかめて、体全体で避けてしまった。当然された方はといえば、嫌味に思えてイラつきが増す。
「あれッスか、王子。今日は雨も結構酷くて、頭ん中まで染みました!?」
フフンと鼻で笑う姿もとても見慣れた赤崎で、たかが戯言、それなのに、一瞬確かにそうだと思った。いつになく思考がすっかりぼやけて全ての感度が落ちていた。思いがけない。わからない。赤崎は何を言うのだろう。
「なんか少し様子も変だし、帰って寝たらどうッスか?遊ぶことばっかり考えないでたまにはあんたもゆっくりと」
「無理だよ。君が来ちゃうだろう?」
「は?来ちゃうってあんたそういう言い方!いやだからそんなら今日俺は」
「寝てられないよ、当然だろう?何時に来れそう?ねぇザッキー」
「あああもうっ、ウエルカムなのかそうでもないのか!俺はそういうのわかんねぇから」
怒鳴られるのは好きではないし、こうしているのが不快になった。なのに足が動かないので、どうしていいかもわからなかった。だからがっくり肩を落とす相手に、やれやれ、などとジーノが言う。
「何?今日は来ないのかい?」
「……」
「そんなことないよね?そうだよね?さっき、いいって言ったよ?君は」
「……」
*
結局その後いつものように、赤崎はジーノの家に来た。
「なんか喉、渇かない?」
「はっ……それって、汲んで来いってことッスか?」
少し皮肉に片眉を上げ、歪んだ口角が憎たらしい。なのに素直に立ち上がるので、可愛いなんて感じてしまう。
「冷たい……それとも熱いのですか?なんか買って来た方が?」
「……」
「王子?」
「ううん。ザッキーもういいや」
呆れるように棒立ちになり、文句をつけつつ再び座る。ソファに重さが伝わってくる。ここに居るという実感がわく。
「ったくあんたは毎回毎回……かまって病が過ぎるだろ」
いつもの皮肉に、苦笑い。そこには静かなぬくもりがある。
「そんなの言われたことないよ」
「聞く耳がねぇってだけでしょ多分」
赤崎はいつでも何かをしていて、ジーノはぼんやりそれを見つめる。特に話がはずむでもなく、ゆっくり静かに時が流れる。普通は周りがベタベタちやほや。余計なものまで貢がれて、受け止めるにも疲れてしまう。
(ねぇ、ザッキー本当なんだ。世の中お膳立てに溢れかえって、僕が何かを言う暇なんて……僕のことを気にも留めずにそうして傍にいる子らなんて……)
かしずかれるのが当たり前。ご機嫌とりか、嫉妬の喧嘩か。この関係はどれとも異なる。この距離感にホッとする。
(ねぇ、不思議だ。なんでだい?)
今日、知りたいと考えたのは何だったのか。糸口は遠くへ逃げてしまった。なのに言葉がひとつ刺さって、それが時々鈍く痛んだ。
――何っスか?そりゃ行きませんよ、呼ばれもせずに
ジーノは今まで生きてきて、会ってあげる側の人間だった。だから意味がかみ砕けずに、よく分からない感じになった。
(僕が誘うからザッキーは)
それは単なる事実ではある。何故それを重く受け止めるのか。今までにないことだから?不慣れ過ぎる状況故に?
(別に、来たいというわけじゃ)
この世の全ての人は自分に、そう思うほどには愚かではない。ジーノは静かに自分を宥めて、今に馴染もうと考えた。
(そうだよ、大した話じゃない。彼はそれでもここに居る)
会ってあげると会ってもらう。違いは色々明らかだったが、考えたくはないことだった。
*
誘われて手を振り笑って断り、時々気まぐれに頷いて、だから自分が誘うというのは極上のギフトであるはずだった。
(なんか……やっぱりおかしいよ)
誘うと必ずOKをする。二人でもさもさ食事を済ませて、ソファに座って体を伸ばし。嬉しいわけでもないらしい?楽しいわけでもないらしい?わかりやす過ぎるタイプのくせに、わからないことがあり過ぎる。
「なんでそんなに予定がないの?」
「何スか。どうせ暇人ですよ」
「怒らないでよ、嫌味じゃない」
「はっ」
諸手で喜ぶわけでもないし、動機は一つで『誘われるから』。それでもこうもOKされると、確率的にも違和感がある。
「その……君、友達とかいないのかい?」
「ほら完璧にディスってる!」
言いたいことが伝わらない。何故か端的に表現できない。
「そういう意味じゃ」
「いますよ!俺にも友達くらい!今日も飯食う予定でしたし!」
急激にあらわれた心の糸口。ジーノの意識がそれを追う。では何故。そう、これ(赤崎)は何故今ここに。
「でもそれはいつだって構いませんし!どうせみんな『暇人』だから!」
「それってどういう……」
「忙しいつったら、あんただけでしょ!?だからこっちに合わせた方が、リスケが一番楽なんですよ!」
「……」
「何スかその顔。不満げなっ!」
それは赤崎が次々言い過ぎ、糸口が再び逃げたから。
「だって理屈に合わないよ。なんでリスケが必要なのか……」
「はぁ~~!!???」
命令しているつもりもないし、強制・恫喝、もってのほかで。人も良過ぎると不快に繋がる、ジーノはそれを今知った。
「王子?」
「……」
急に具合が悪くなり、ぐったりソファに体を預ける。
「ちょっと。どうかしましたか?」
「別に。最近体の調子がね」
「え」
「大丈夫だよ。すぐに治まる。なんだい?その顔。心配かい?」
きゅ、と小さく眉が寄るので、けれど不安が見てとれるので、笑って平気な顔をした。また少しズキンと胸部が痛む。いつもあまり長引かないが、問題は頻度が上がっていること。言葉に連動する症状に、ジーノは欠片も気付かなかった。
「病院とかは?」
「大げさ」
「でももし王子が、戦略や編成の影響だって……ここから大一番なのに」
言葉に特段悪意はなかった。真っ直ぐクリアで明快だ。如実なほどに、悔しいほどに。
(悔しい……?)
赤崎と二人で過ごす時間は、気持ちが緩んで楽だった。今は、前ほどそうではないし、この頃は体の調子も変で、疲れがたまって解消しない。
(ああ、色々どうでもいい……)
誘わなければ、赤崎は。
(なんで声を掛けちゃうんだか……だるいな……体も、頭の奥も……)
それでもジーノは何度も誘い、何気ない時間を一緒に過ごした。具合は悪くなる一方、でもこうしたほうがまだマシだった。
*
眠れない夜など知らない男が、最近気付いたことがある。
(これって……結局……)
何かを他者に求める心。悪意はなくても面倒なもの。現象としては理解出来ても、なかなかピンとは来なかったもの。
(こういう感じ……だったのか……)
会いたがられた。触れたがられた。電話だけでも、メールだけでも。言われる側の経験だけは笑えるくらいに沢山あった。それらはまるで病気みたいで、いつも気の毒に感じさえした。
「王子、全然眠れませんか?」
赤崎はファンサも手厚くて、サインや握手も熱心だ。よくやるよなんて考えていた。断る術を知らないし、そもそも選択肢としてないようだった。
(ザッキーの馬鹿。お人好し)
なにげに気楽で心地良いので、遊んであげようと軽く思った。誘えばいつも頷いて、喜んでいると思い込み。けれど、それはただの欺瞞で、これはファンサと同じなのだと途中で現実に気が付いた。ただの赤崎の善意に過ぎない。自尊心が傷ついた。
「ほら、目ェ閉じねぇと眠れませんよ?」
「……そうだね」
認めることは困難だったが、水の流れは止めどもなく、どうにもならないものだった。意思に関わらず注がれていく。そして頼めばどんなことでも。
(ザッキー……)
ああして欲しい、こうして欲しいと。それは飢えと渇望で、自らをあれほどうんざりさせて、仕方がないと考えたもの。千切られる方の側として、慣れたが得意ではないことだった。漠然と自分を苛むそれを、赤崎は笑って受け止めていて、人々は期待に目を輝かせ、みんな幸せな顔をした。
(今日も帰りに握手してたな……)
ジーノは瞳を隠さんと、さりげなく瞼を閉じてみせ、自分との違い、心の在り様、そんなことを考えた。自分が与えた他者への無理解。赤崎が与える善意と幸福。この充実と空虚さを。これは不幸であるのかと。
*
初めて覚えたジーノの甘えを、赤崎は当たり前に受け止めた。受け入れられると弱くなる。ジーノは自分に困惑しながら、それでも赤崎の親切を、すでに手放せなくなっていた。
「なんか変な子だよね、ザッキー」
「はぁ?手ぇ繋ぎたいって言ったのあんたでしょう?」
赤崎は基本従順で、口ではさらりと腐してみても全てをたやすく受容する。
「ふふ」
笑いながら、心で思う。あまりに律儀に過ぎはしないか。
「ったく、利き手塞がれちゃ操作が出来ねぇ」
ポスンと携帯を放り出し、めんどくせぇと愚痴りつつ、絡まる指をもものともせずに、寝てくださいよとニヤリと笑う。
(こんなの変だ、と言わないの?)
まるで親鳥を追う雛のよう。おかしくて自分を笑ってしまった。人々のこれにうんざりとして、逃げ出すばかりの日々だった。
(駄目だな、最近……色々駄目だ……)
やられたくないことをやってみて、わかってしまうこともある。このぬくもりが得られると、たやすく自分が癒される。冬には暖炉、夏にはアイス、生まれた欲求が満たされるのは、なるほどとても甘美と思う。人々はこれを知っていたのか。
「明日起きるの何時にします?」
「んー……そうだねぇ」
「ふぁああ……」
睡魔が静かに降りてくる頃、微かに悪酔いも入り交じる。ジーノは赤崎と自分の違いをぼんやりしながら考えていた。わかりたくないこと。わかること。考えたくない、まとまらない。嫌なことから心が逃げて、心地良いものに浸りたがって。
「君は寝つきが早いねぇ……」
いつも赤崎が先に寝る。この顔を見るのは好きだった。造詣はとてもシンプルながらも、大胆で繊細な調和があって、おしゃれというより清潔で、あどけなくどこか大人びている。空気は日中尖っているのに、今はこんなにまろやかだ。まるで自分のベッドのように、全身、心もすっかり緩めて、あっという間に夢の中。
(あれかな。お腹とかも今は力が抜けて、プニプニだったりするのかな)
気がいいことは理解していた。責任感の強さもだ。楽させてなんて凭れてみせれば、満更でもない顔をした。
(ザッキーは本当に気が良過ぎる)
誰にでも彼はこうなのだろうか。面倒がらずに寧ろ喜び、迷惑だとは感じないのか。お菓子のように自分をつままれ、そこに痛みは生まれないのか。
(君は損をさせられている。僕がこうして齧るから)
富める者はいわゆる豊かで、貧した者は限度を知らない。今の幸せに酔いながら、さもしい自分を恥じていた。
*
赤崎はジーノが少し奪えば、不思議なことに増えさえし、今テキパキと髪を梳かされ、出掛ける支度をさせられている。
「さ、飯!どこ行きましょう?」
「君は何が一番食べたい?」
赤崎は色々欲しがらない。こうして何かをねだられるのは、だから嬉しいことだった。そう思えるのもどこか不思議だ。
(あれかな、ザッキーの影響を受けてるのかな)
世界は今とても違って見えた。
「王子は何がいいですか?体調回復しましたか?」
嬉しそうにじゃれつきながらまるで楽しんでいるかのよう。
(ううん、違う。ザッキーは実際楽しんでる。ほら、そうだよ前よりは)
*
「わ、うまっ!!」
「それは良かった」
栄養学に食べる順番。クラブハウスの食堂などでは度々蘊蓄を熱く語って、けれどジーノとの食事の時はそういう話をしたがらない。ジーノの私生活にサッカーがないのを、自然に理解するからで、それをジーノも理解していた。
(一見無神経に見えるのに)
感性が他者よりずば抜けている。呼吸と同じレベルの当たり前。だから当人に自覚がなくて、それ故に保たれる居心地の良さ。
「ここのチキンのオーブン焼き、皮なしで注文できるらしいよ」
「マジッスか」
ジーノにはたやすい配慮にも、赤崎の感受性が受け取るならば、オーロラのような煌めきになる。喜びも、そして悲しみも、こんなに感覚が繊細で、人として優しく、強靭で。
「王子もとっとと食わねぇと。ウエイト減って飛ばされますよ?」
聞き慣れた他人を舐めた口調も、奥に思いが見え隠れする。
「ふふ、ご親切にどうも」
素直にジーノが喜ぶと、照れ隠しみたいにツンとすまして、それがジーノを幸せにした。
(ああ、なんて……)
楽しいことも、悲しいことも、前より起伏が激しくなった。
(……また息詰めちゃってたな)
制御には多少の苦心があって、ジーノはそれに手を焼いた。
*
「ザッキー」
「はい?」
あだ名を呼んで、見つめれば、今ではそれだけで全てが伝わる。あとはそっと胸で受け止め、ぬくもりを貪るだけでいい。
「……最近、調子悪そうですね?」
「大したことないよ」
さりげなく携帯を手放したので、ジーノは拾ってそっと持たせた。
「でも」
「いいから気にせず触ってて。ほら、こうだ。見やすいかい?」
バックハグの体勢にして、後ろから画面を覗き見る。
「ひっ」
ジーノの足が冷たくて、赤崎は飽きずにその度驚き、ジーノはそれがおかしくて毎回クスクス笑ってしまう。
「さっき風呂入ったとこでしょうに」
赤崎の身体は子供のように、体温が少し高かった。
「あー、ほら手も」
抱き締めた手の甲を手で包まれて、今度はジーノがそれに驚く。
「ははっ」
「だって急に。びっくりする」
「そんなに俺の手、熱いですかね」
「うん、なんか不思議だね」
「ま、しっかりあったまって寝てください」
「ありがとう」
「あー……足の火照りがおさまって、寧ろ眠気がこっちに来てる」
「ふふ、駄目だよこっちに寄越してよ」
ここは赤崎の善意の世界。ジーノがおずおず甘えてみせれば、どんなことでさえ邪気なく受け止め、笑って、普通のことかのように。
*
ジーノは日に日に弱くなる。赤崎がなんでも受け止め過ぎる。
(ああ、もう駄目かもしれない……)
赤崎はいつでも先に寝るので、眠れぬジーノの夜を知らない。
