IN A CAGE 5
【3510文字】
ハッピージノザキデー!案の定、終らせることが出来ませんでした……まだ続きます。今5を掲載しましたが7で終了予定。
Don’t have a bird~驚かないで
スケジュールはジーノの様子を見ていればわかるので、変にごちゃごちゃしたりはしない。
「おつかれ」
「……ッス」
赤崎に目も合わせずに帰っていく日が続いていた。
(今日も用事かぁ。なんか王子忙しそう?)
取材や撮影はともかく、その他の予定については流石に把握はしきれない。基本暇ではない人だ。そもそも理解をしてもいた。
(まあ、今までが奇跡の日々だったのかも)
赤崎はそう思う。試合の方は勝ったり負けたりで、ターンオーバーのローテーションなどもあり、一緒に居ない日も増えていた。
(んー。大丈夫……なのかな王子)
一見何の変化もないように見える日常。勝敗や天候で左右されることもないクオリティ。だからこそ逆に赤崎の気持ちをざわつかせた。王子然とした表情は全てを覆い隠してしまう。だがそれがどれだけ外面なだけのものであるのか。重々知る身となってしまった今、現在の秘されたその内面が、どうにもこうにも気になった。
*
「ザッキー、ザッキー」
お呼ばれが久しぶりに復活した今日、ジーノは前よりも甘えん坊になっていた。
「ザッキー」
「はいはい」
「……」
「ちょ、痛い痛いっ」
昼食が終わって寛ぐソファ。移動するなりいきなり抱きついて、名前を呼んではしがみ付き、また名を呼んで、こうしたいわゆる子供じみた真似をしまくられるのは、今までで初めてのことだった。
「は!?ちょっと何すんっ、あ!!」
突然ポケットの中をまさぐられて面食らっているうちに、取り出した携帯を遠くに投げられてしまった。配慮か壊れぬような位置に落とした際には、
「……さすがッスね。コース取り」
と、呆れながらも言うしかなかった。
(あっぶ……つか、流石にこれって……王子らしくなさ過ぎねぇか?)
恒例のザッピングすら拒絶するこの素振り。
(もしや、ただ事ではない……のか……?)
赤崎は深く息を吐き出すと、冷静さを心掛けて静かに言った。
「王子、わかりましたから少し落ち着いてください」
「……」
何かを言えば駄々をこねるように首を横に振り、逃がすまいとがっしりホールドしている。その姿からはここ最近の日々の辛さが伝わってくるものがあり、思わず胸が痛んだが、密かに光栄と愛おしさを感じた。
「大丈夫ですよ、ちゃんとじっとしてますし」
ドングリを抱えてうずくまるシマリスを思い、そのドングリ(のようなもの)であろう我が身にこそばゆさを感じてしまう。直々に『君にしか』と選抜された極上なドングリであるという事実と自覚は、赤崎の自己肯定感を豊かに満たすのだ。
「なんか忙しそうでしたもんね」
「……」
「嫌なことでもありました?」
相変わらず無駄にふるふると否定する頭に手を置いて、いつものように柔らかな髪を撫でた。これをするとジーノが落ち着くからだ。世話を焼き慣れた赤崎の無意識の行動だったが、それすら今日は怒ったように振り払われて、驚き思わず謝罪した。
(めちゃめちゃ荒れ……いやこれは疲れ過ぎてんのかもな、王子)
何に腹を立てているのかジーノは物凄く気が立っていて、手の爪が時折肌に食い込んで、痛くて身じろぎでもすれば更に不満げに締め付けてくる。
(ひー)
反面、ただ静かに大人しく身を任せれば、拘束は僅かながらに緩んでくる。だからそれを心掛けつつ、色々今を考えた。
(誰かと喧嘩?とかはないか。王子はかなり毒舌だけど言い争いにはならなさそう。機嫌は斜めになりがちだけど、怒りとかそういう感情系はなんかピンと来ねぇしなぁ)
どんな相手もどんな事象も、ジーノは常に歯牙にもかけない。その印象は強烈で、ではここで荒れているこのリスは誰か?
(はは、リスか。獰猛なくせにやっぱ可愛い)
頭や肩を木登りみたいに駆け回ったり、機嫌が良くなれば手のひらで寝たり。ストレスでこうして噛んだりもする。そういう光景を思い浮かべて微笑ましくもなってしまった。選抜されたドングリだから。替えのきかない存在だから。リスに帰巣本能はあるのだろうか?同じ巣穴には住まないそうだが、ドングリの実には執着をする?
(……王子、ちゃんと居ますよここに)
赤崎はこうして抱きつく男が誰のものにもならないことを知っていた。飛ぶために生まれてきた鳥は、休む時しか地に降りない。止まり木は見上げてそれを見守り、ドングリは巣穴で待つだけなのだ。
(久しぶりだなぁ、こういうの)
懐かしくもある肌の冷たさ。温もりに変化するその時を思う。
*
(お泊り会だとはしゃいでいたのは、あれはいつ頃のことだっただろう)
時々赤崎は若手で集まり、試合の考察をしたりしていた。狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めで、けれど色々ためになる。いつものその日にジーノに誘われ、赤崎は自然に了解をした。
――ねぇ、今日良かったの?
(え?予定、知らないと思ってた)
ジーノがそういう真似をするのは、とても意外な気持ちになった。いつも赤崎の暇をあてにし、声を掛けてくるのだと。
――男子会っていうのかい?いつも、みんなで何するの?
未知の世界であるらしかった。誘われたことがないらしかった。私生活で勉強会など、考えもしないせいかもしれない。
(確かに、普通に王子を誘う発想なんて俺も微塵もなかったなぁ)
参加をしたいというわけでもなく、単純に知りたいだけらしい。
――トランプだとかゲームとか?それってザッキー、楽しいの?
そわそわとどこか高揚していて、知りたいだけだとのたまう言葉が、プライドなのか無自覚なのか、赤崎は思わず笑ってしまった。時々ジーノはこれを始める。ままごとのような不思議なそれを。
――えぇ?みんなで試合を観るのかい?なんでわざわざ集まってまで
想像以上にびっくりしていた。如何にもそれはジーノらしくて、けれど普通のことではなくて。
――どうしてそんな?サッカーはするもので観るものじゃない
つまらないよとクスクス笑って、その常識がおかしくてつられて一緒に笑ってしまった。
――ね、本当は君もそう思うだろう?
嬉しそうに。幸せそうに。少し安心したように。そうして笑って言われれば、なるほど、なんて納得もして。
ジーノの抱える空の世界は、地平の木々にはとても眩しく、けれどだからこそだと思う。ずっとそのままでいて欲しい。願わくば空の全てを理解し、同じ感性で飛んでみたい。
――今日はお泊り会をしようよ、僕達だけの特別な
だから声に潜んだその切実を、不器用なほどの不慣れさを。
――きっと楽しい。ね?ザッキー
僕達だけのと二人を括る、祈りのような優しい言葉を。
仲間の家に集まるその日も、どれだけ夜中で眠たかろうと、布団がなければ家へと帰った。体が資本の仕事をしている、そういう自負がそうさせていた。
――布団?この家に?
何を馬鹿なことを言うのかみたいな。
――ないよ、そんなのあるわけがない
泊って行けと言ったのに。どうしてそんなに開き直れる?
――ベッドはあるけど僕が使うよ?だって体が資本なわけだし、あれは僕のものだから
ジーノの態度に呆れもし、けれどこの家のソファは超高級で、寝心地は家の布団より良かったくらいで、嫌な思いは微塵もなかった。
――じゃあ、おやすみザッキー
渡されたブランケットはいい匂い。ジーノは笑って手を振って、悪気も何もからきしないままそっと寝室へ去っていく。これのどこがお泊り会か。ただここにいるというだけの、これのどこが特別か?けれど同室を拒むジーノの性質、体が資本の共通項。初めてらしいお泊り会に、ままごと遊びに緩んだ頬も、ひとつひとつの所作が浸み込む。当たり前に空気みたいに。
日々はまるで水の流れで、ジーノもまるで水かのようで、戸惑う時間もないほどに、次から次へと浸み込んでいく。
――ねぇ、今日はこっちに来て寝ない?
10人は眠れる広さだなんて、冗談、ウインク、チャーミング。そして。
――手が冷たくて、眠れない
言いにくそうに、しおらしく。触れられる時確かに冷たく、凍えているかのようにも思えてしまい。そして。
――すごいや、天然のゆたんぽだね
冷たさは刺すようなものではなくて、自分の熱さを宥めるもので、力んだ体を冷やして潤し、脱力を促すものだった。水は秘された愁嘆を包む。どうしたの?これは何?と、如何にも素知らぬ風でいて、けれど隅々に入り込み、赤崎の空虚を満たしていった。
――ああ、温かくて気持ちいい
――ね、ザッキーも気持ちいい?
*
今日、久しぶりの接触。氷のように冷たい体。
(王子……ああ、どうしてこんな……)
もろともいつもの水の底。静かで少し寂しくて、けれど不思議に落ち着ける。
(……何があったというんだろう?)
ジーノが困っているようなので、なんとかしたいと考えて、けれど思いつかないばかりか、どうしていいのかわからなかった。
