訪れることのない、いつかを切に
【2380文字】
αジーノ×β崎の特殊オメガバース物、出来ています。そもそもオメガバースがどういうものなのかあんまりよくわかってはいないのですが……書くならこの設定が一番楽しそう(サッカー選手ですからね、Ωにしちゃうと可哀そうっていうのもあるし、恋愛的にはΩじゃないのが可哀そうっていうね)
かつてその習性によってΩに存在していた職種制限が撤廃されて久しい。人類の倫理観の成熟と、粘り強く解決に取り組み続けた医学の完全勝利によるものだ。
「おはよう」
「ああ、王子。おはようございます」
ソファでテレビを観ながら恋人の目覚めを待っていた俺の頬に、彼は軽めのキスをした。
「なんだい?朝からそんなに真剣な顔をして何を観……」
今日は世界的な記念日だ。人類が人類として偉業を達成したことを祝して、朝から各局がその特集番組を放送している。アナウンサーは例年通り今日も語る。
『Ω解放によって当然のように起きたのがα解放の動きであり、Ωとはまた別の意味で生き方を制限されがちだったαを含む全ての人類の自由を宣言したこの日こそが』
「“本当の意味での人類の誕生日である”か。ハハ、毎年毎年飽きもせずに」
王子は画面を横目で確認して、あくびをしながら鼻で笑った。
現代の文明社会において性差別というのはまさに「ないもの」として取り扱われている。顔立ちや体つきでなんとなくわかる血統のルーツを特段語る必要もないのと同様、自らの性を積極的に明示しなくてもいいのが、今の世界的な流れだった。解放宣言ののち世代を重ねた今の時代、性による軋轢はもう歴史上の出来事に過ぎない。だから、王子がこんなに呑気であるのも、ある意味この世の平和さの象徴であるとも言えた。
*
Ωは自らに生じる本能的な現象について『野蛮』であると認識し、医学的制御は歓迎されるべき権利として受け入れた。また、Ωに刺激される側についてもそれは同じで、意志で制御しきれない者は自らの当然の義務であるとしてこちらもまた積極的に医療の助けを借りるようになった。
そう、王子もまた。
統制されたこの世界では、6つの性はほとんど表面上有耶無耶になった。だが、それでも彼はあまりにもαだった。血の濃さを『重篤度』として表す現代において、王子はかなりきつめの投薬を自らに強いていたが、それでも彼の溢れんばかりのその輝きを抑える手立てなどなかった。お気楽さや王子を自称するぱっと見には高慢に思えるその態度が、半ばそんな自分への揶揄由来であるものを知るものは少ない(俺もまたそれを類推するだけの立場でしかなかった)。運命に選ばれしαであることの苦悩などβの俺に理解できるわけもないのだ。
*
人としての王子は確かに俺を深く愛してくれていて、それは十二分に伝わっていた。愛情に性など関係ないという彼は、実際俺の性を確認したこともなかった。
*
「僕を愛してる?」
王子は言う。
「君を愛している」
王子は言う。
人類は確かに自由を手に入れ、平等と共存のこの世界を作った。性別に関わらず番うことを当たり前とし、人生としての充足と生殖そのものを完全に切り離してみせた。人々はそれを幸せと定義し、平和であると認識した。
それでも王子のあまりにも強いα性は、メスやΩを狂わせた。どれだけ距離を置いていても、感度のいい者は軒並みやられてしまう。騒動が起きてしまう度に感じるのは、愛すべき人にも晒せない嫉妬だった。人類の英知ですら叶わぬ王子の赤裸々な性の魅力を、彼らはまさに心と体の全身で受け取ることができる。自然の法則の導きのままに、自我を超越した本能のままに。
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俺は王子に狂っていて、それでももっと狂いたかった。微笑むだけで起こる嬌声と、時に騒動にまで発展する混乱が、彼自身の人生における日常が、狂いたい俺とあの人にある壁を、時々途方もないものにする。
*
時に人を愛すると、相手を壊してしまうと王子は言う。さもありなんと俺は思う。何度となく片鱗を俺は見ている。王子はそのつもりもないのに、メスやΩを半ば強制的に発情させてしまうくらいαであって、意識してそれを行おうものなら、確かに事故が起きるだろう。
「僕を愛している?」
王子は今日もまた。
「君を愛している」
耳元で囁きキスをする。
本能でなく心で愛して。王子は俺に切望を寄せる。だからこそ俺の悲嘆が深まる。
――では、では、王子、俺も訊きたい
――愛で人を壊すあんただから、壊れないだけで俺を選んだ?
――ならば王子、俺こそ訊きたい、壊れる俺なら選ばなかった?
*
人類は確かに自由を手に入れ、平等と共存のこの世界を作った。人々はそれを幸せと定義し、平和であると認識した。
(苦しいんだ王子、こんなにもだ)
すべてで俺は愛し合いたかった。それが出来る俺ではなかった。王子の半分しか俺は知らない。半分しか、心でしか彼を認識出来ない。にも拘わらずこんなに狂っていた。王子はそんな俺だからこそ目を細めて、そう、半分だけだからこそ一緒にいられた。
(もっと愛したくてたまらない。俺はもう壊れてしまいたい)
わかっているのか、無意識なのか。王子は俺を追い詰める。
「ザッキー、好きだよ」
発情を促す。
「返事をしてよ」
言葉も、呼吸も、ままならない。朦朧としていながらも、鮮明な意識。戦慄にも似た、王子の愛。植えつけられるもの、刻まれるもの、遠慮なく存分に愛を注がれ、当然俺はその愛に狂い、醜態のかぎりを彼に晒した。泣いて、喘いで、人間を忘れ、それでも半分だけの俺だから、どうにもこうにも壊れなかった。
微笑む残酷が染み込んでいく。
王子は壊れないβだからこそ、俺の手を取りキスをする?
この時代であまりにもαな王子。
選択肢がない憐れな王子。
仕方なく選ばれた不運な駄犬。
ああ、もう、そんなことなど考えたくもないのに、壊れない俺の頑丈さが、受け止めるあまりにも膨大な愛が。
王子、王子、あまりにも悲しい。
こんなにも俺達は惹かれあって、こんなにも溢れんばかりに満ち足りて、それでもいつまでも俺達は半分。
だから、切に願ってしまう。
王子、俺を、あんたを、心と同じに。
いっそ壊れてしまうほど本能のままに、いつか俺達全部でと。
