解禁日
先輩後輩としてたまに遊んだりしてる時期の二人がジノザキ化する瞬間(直前)の小っちゃいお話。ボジョレー解禁に合わせるつもりがほったらかしで1週間遅刻になりました。今年の評価は「みずみずしさが感じられる素晴らしい品質」だそうですよ。
「ややこしい話、わかんねぇッス。俺」
「ザッキー、いいかい?もう一回説明するからよく聞い…」
「ようするにあんた、俺のこと好きってことでいいンスか?」
「ちょっと…だから…」
「いいンスか?」
「…弱ったなぁ、キミは本当に…全く。嫌いなわけがないだろう?嫌いだったらまずこのボクがこんな」
「嫌いじゃないかどうかじゃなくて。好きかって聞いてンですけど」
「そりゃ、わざわざ説明しなくてもわかることだろう?かわいい後輩だもの」
「だから好きってことでいいンスか?」
「…まあ、ね?だってキミって面白いじゃない。嫌いだなんて態度をしたことがあったかい?こんな話は別にイチイチ」
「ずりぃよ…ちゃんと答える気ねぇだろ。好きか好きじゃないかズバッと言えばいいだけの話なのに、かわりに余計な枝葉くっつけてゴチャゴチャと。あんたらしくもない。誰のための装飾?なんのための言い訳?その濁しはあんたが必要だから?俺に必要だと思ってるから?」
「別にボクは…」
「へー、あんた自身が必要なんだ?何?おかしいッショ。なんかビビる理由でもあるンスか?」
「やめよう?ちょっとキミは落ち着いた方がいいよ」
「慌ててんのはあんただろ」
なんだろう、不思議な気がした。余裕綽々のETUの貴公子。表情も仕草もいつもとさほど変わらない感じがするのに、なんだか彼を追い詰めている様な感覚があった。軽く俺を躱す彼の優美なプレイの数々を俺はとても愛していて、今、子どものように稚拙な俺のマークを躱せない彼の姿を見るのは嬉しい事なのか悲しい事なのかイマイチ自分でもよくわからなかった。彼がこんな対応をしてしまうなんて、あまり想定していなかった。だって俺の知る王子はスマートで、そしてとても鋭利な男だ。
でもとりあえずは。こんな顔をみたいわけじゃなかった。せっかくこの人、今日はいい顔をしていたのに。いい時を二人過ごせていた気がしていたのに。なのに言葉が止まらなかった。もう溢れかえってしまったものを突き刺すようにぶつける他なかった。何もかもぶち壊しになってしまうとしても俺はもう何故か我慢出来なかった。何が我慢できないのかもわからなかったけれど、取りあえずなんだか泣いてしまいたかった。こんなはずではなかった。なのに、そう、言葉が、本当に…言葉が止まらなかった。
「俺はあんたのかわいい後輩だ。知ってますよ十分ね。何度も何度もあんたは俺にそう説明してきてるし、俺もそのことに関してはもうずっと嬉しく感じてきたことだし」
「なら…」
「王子、俺も自分の気持ちがなんなのかなんてさっぱりわかってもいない。わかってるのは単純な事。一緒にいる時あんたが笑って。それをみるのが楽しい。ピッチでは二人がいいプレイできて、チームが勝てばもっと嬉しい。そんくらいです」
「うん…そうだよね?キミは十分満足だろう?してるはずさ、違う?」
「そりゃ…そうなンスけど…」
「…自分の中で整理出来てないこと質問されても聞いてるボクにはちっとも理解出来ないよ」
「いや…別に…ホント、単純な…あんたは俺といて、楽しいのかなって…だったらいいなって…ただ…そんだけの…聞いてみたかっただけで…」
目を細める王子の表情は捉えどころもなく、その視線は俺の言葉の中の何を見つめているのかもよくわからなかった。何か返事が欲しかった。彼の唇が少し開いてみたりするので俺は息をのみながらそれを眺めていた。でも、彼はほんの少しだけ眉を寄せ、そのまま押し黙ってしまった。そして俺もまた同じように、いや、より強く深く刻むように眉を寄せるしかなかった。言葉が零れれば涙も零れ落ちてしまいそうだった。俺の言いたい事。王子にわかって欲しい事。王子に言って欲しい事。俺がわかりたい事。何の気配も感じられない王子の感触が俺を絶望させて、俺の中の言葉が次々に罵倒の形に変化していく。だから本当にもう泣きそうで。飲みこみきれない意味の解らない衝動的な暴言が苦く喉に詰まり続けて。
そうしている中、二人の間には、ただただ気まずい沈黙が流れただけだった。
王子は、ずるい。
ぶしつけに飼い犬に「これから二人どこに出掛けよう?」と吠えられて、王子は「やめよう?」と言ってあっという間にのんびり会話しながら二人で散歩をすることを放棄してしまった。綱から手をはなし、どこでもキミの好きに行けばいいさ、ボクもまたボクの好きな所に出掛けるとするよ、と俺の独り相撲をのんびり傍観することに決めてしまった。
目の前には飄々としたポーカーフェイス。それを見つめながらやっぱり俺は言葉を詰まらせ続けていた。一体どうすれば良かった?俺はただ目を瞑り、飼い主の思うがままに連れ回されるばかりの日々を選べばよかったというのか。違うと思ったのは気のせいだった?俺はずっと、王子にどこへ出掛けようかと笑いながら言葉を掛けられ続けていたと思っていた。俺もまた彼に、笑ってそんな声掛けがしたかった。そうやって、仲良くこれから始まる楽しい散歩を考えていくことすら二人で楽しんでいこうと俺は本当はそんなことを考えてて。
俺は王子がわからない。もっと単純で、もっとシンプルで、もっと明快に。俺のわかるやり方まで彼が階段を下りて、子どもに噛んで含んで説明するかのように噛み砕いてくれなければとてもついていけやしない。だけど、なんでもわかってしまう王子には、なにもわからない俺の恐怖など本当の意味で理解することも不可能なんだろう。俺達はわかりあえない。
「すいません…。馬鹿なこといいました」
「…ザッキー?」
「わかってます。こういうこと、あんたが不愉快なら忘れる努力します。俺はあんたを選手として尊敬してる、そんなあんたのかわいい後輩だ。そんでいいですよね」
王子は少し反応を見せた。なんで、どうして、そんな顔をするのか。「ノ」という形に変化しそうな気配がみえた唇の歪み、ポーカーフェイスが得意な男の一瞬の綻び。本当に王子はずるい。彼の罠が、いたるところで俺の足を絡め取っていく。いじめられているのは俺の方。なのにまるで俺が彼を傷つけているのだと思ってしまう奇妙な錯覚。王子のこういう狡猾なやり方は本当に俺にはあわない。憎たらしい。俺を翻弄することばかり上手な王子。ギリギリと常に締め上げ、そしてそれは俺のせいなんだと思わさせられる。ボクは何もしてない、苦しいのはキミの自業自得なのだと。
王子はいつも俺の目の前に甘い葡萄をぶら下げ届かぬ高みに掲げてあざ笑うかのように立っていて。どうやっても届かない俺がどうせ酸っぱいのだろうと負け惜しみを言えば、食べないのかい?と美味しそうな甘いにおいを漂わせながらとても切ない顔をする。笑いかけて欲しい。嬉しそうに楽しそうに、二人の時間を堪能していてほしい。俺と一緒にいることに対して、彼にも俺と同じような充足感があればいい。俺が心地よいのと同じように、心地よいと感じていてくれればと。同じくらいに幸せな気持ちでいてくれればいいのにと。お願いだからそう言ってくれよ、と。
そんな思いを、こうやってまた奮い立たされて、俺はもうジャンプする元気もなくなっているというのに全くこの人は。狡猾な、人を玩び続ける卑怯者。そうしながら悲しい顔をする。この世の不幸を背負ったかのような不足な顔、不満な表情。何をしたいのかさっぱりわからない。何をやらせたいのかもわからない。どうなれば満足で、何が楽しい事なのか何一つ、俺は王子のことがわからない。さっぱり理解出来ない。だけどなんだか噛みつくように食べてしまいたい。食べさせてもらいたい。口の中が痛くなってしまいそうなほど濃厚な甘味のするだろうあの果実を。そんな風になんだか自分でもわからない不足感と飢餓感を抱えさせられ、ワインボトルの底に沈む澱のようなモヤモヤが自分の中に蓄積されていって。だからなんだか日に日に苦しくなって、今にも悲鳴を上げてしまいそう。よくわからない、王子。俺は一体どうなってしまったんだろう。
だからその瞬間が来た時も俺は、何が起きたのかわからなかった。
彼の要求の発露、その豹変ともいえる変化を見つける前に、彼の温かさに全身が包まれてしまっていた。王子の両腕が俺の体を拘束し、ありえない程近づいたがために王子の髪と頬が俺の頬に触れ、まるで彼の表情が見えやしなかった。
「ザッキーは、ずるい」
「え…?」
「…本当にキミはいつまでも中身が子どもで…未熟で…でも…」
そして、
「こんな美味しそうなものを目の前にぶら下げられて、ボクがいつまでも我慢し切れるわけがないじゃないか」
と。ねっとりと湿度を持った彼の吐息のような言葉が俺の耳元に響くまでそう長い時間はかからなかった。そのこそばゆさに戸惑い、思わず身を固める。
「…ッ!」
「もう知らないよ?ボクは…」
「な…」
「…もうボクはこれ以上…キミが熟れていくのを待っていられない」
まるで吸血するように耳裏の付け根に吸付いた彼の口から零れた次の言葉は、こんなものだった。
「ああ、やっぱりだ。キミはとても若くて青いくらいで…でももうこんなにも十分」
「あ…ちょっ…王子!」
「たまらなく甘い…」
何かがすでに起き始めていたというのに、俺はまだ、王子を、自分を、そしてこの状況を何一つ理解出来ないでいた。そしてそのまま、極当たり前のように。自然な形で。彼の手によって俺の思考はあっという間にとめられていってしまったのだった。
