乞い乞われ、恋焦がれ
【11313文字】
過去を振り返りながら現状について単に腹立つほどノロケまくってるだけのお話です。1ページ目が迂闊愚か可愛いザッキー、他のお話より積極的ちゃん。受だけど攻め気満載な感じ。2ページ目がジーノ目線。
俺って愛されてるよな
全くホントむかつくんだよこの人。マジで頭が痛い。
ユース出身の俺は、実はそれなりに前からレギュラーの選手達と交流があったりした。でも不思議とあのどうしようもなく目立つあの男とはほとんど接点がなかった。不在のことが多かったし、たまに見かけてもユースの人間など常にアウトオブ眼中といった感じで、直接話すことはおろか、ボールをやり取りする機会すらなかったと言ってよかった。俺は王子のプレイに一目置いていたこともあって、彼のあまりの他人に対する淡白さにちょっとした引っ掛かりのようなものをずっと抱えていたのも事実だった。
* * *
王子は信じられないくらいに他人の顔や名前を覚えない。
「えーっと、そこの15番のキミさぁ…」
入団後、ほぼ毎日顔を合わせるようになってからも、彼はずっとこの調子だった。どうやら彼は他人に勝手なあだ名をつける習性があるようで、あだ名をつける前は当時の俺のようにユニの番号であったり、そこのキミ的な呼び方をする。それが彼の中に存在している人間と、その他の人間との線引きらしい。
ともかく彼は覚えない。覚えないというよりもそういうフリをしているのだろう。わざわざこうして区別をつける意味と言えば当然、キミはボクの歯牙にもかからないあまりにもちっぽけな存在なんだよ、という、彼なりの煽りであり、意地悪であり、そして結局のところ発破かけだったんだと受け止めた。悔しかったがこれは王子と名無しの俺との勝負だ。絶対に勝ってやる。無視できない存在となって、必ず彼に俺の名前を呼ばせてみせる。そう奮起した。小さい頃から思い描いていたあの映像。自分のプレイによって観客の歓声で地鳴りが起きるようなあの瞬間を引き起こすこと。それを実現させるまでの過程で、チーム内のアンタッチャブルに自分の存在を認知させることは必要不可欠な最初のハードルだった。
なんだけど。うん。これは一体全体どうしたことだ。俺は時々考え込んでしまう。これまでの流れを一つ一つ振り返って。結局のところ、これはどういうことなんだと。ちょっと思っていたのと違う感じ。ホント、一体全体どういうこと?
* * *
まず、名前を覚えさせてみせるぞ!と意気込みながら王子を見ていると、彼とチョコンと目が合うことが増えた。気まずさに目をそらそうとすると彼はニッコリと笑う。なんか変な感じだった。
次に、そのうち彼を追う俺の目が彼を捉えられなくなってきた。キョロキョロと見回すと大抵王子は後ろとか俺の死角になる位置に立っていて、あ、いた!と存在を確認したその瞬間、必ず王子とバチッと目があった。気のせいだろうけれど探していることに気づかれている感じがして恥ずかしかった。慌てて目をそらそうとすると彼はやっぱりニッコリと笑った。
丁度そんな時期から、時々王子は俺達若手の会話に割り込んでくるようになった。いつもあんなに目立つくせにこういう時は全く気配がなくて、その度みんな心臓が飛び出るほど驚いた。彼の合いの手は大抵トンチキなので周りは苦笑いをするばかりだし、俺は今まで以上に噛みつくような返事をするようになっていった。邪魔されているような、馬鹿にされているような、もしくはからかわれているような?ともかく相変わらず番号で俺を呼ぶ王子に、毎回必ずイラッとしてしまった。この頃、チーム内であだ名を持たない選手は俺だけになっていた。
そんなことが少し続いてから、彼をとても遠い位置で見かけるようになった。結構傍に立っていることが増え始めていたはずなのに、なんだか心細かった。それでも見つけた瞬間目は合い、そして彼はいつものように笑った。でも、その顔は口元も目元も笑ってはいるのだけれど何故か笑顔に見えなかった。少ししょんぼりしているようにさえ見えた。多分、その顔を見てしまったのがきっかけだったのかもしれない。俺の心が彼を見ていないと驚くほど不安になっていってしまったのは。
一日に何度も彼を追う俺の視線は彼の視線と合う頻度が減り始めた。俺はまだ彼に名前を貰ってはいなかった。彼を見つけても視線が合わないので彼は笑わない。万に一つ視線が合っても、彼はしょんぼりとした風情で力なく笑う素振りを見せるだけだった。居心地が悪かった。
王子を眺めている時間がドンドン増えて、そのうち自分の中にあるなんだか妙な感覚に気が付いた。もともと不思議なムードのある人間だとは思っていた。でも、こんなに?長い指先がまるで蝶々のように空を舞う仕草は美しく、さりげなく髪をかき上げる姿が青空に似合わないほどにエロティック。別に女性っぽいとかそういうわけでもないのだけれど、彼の優雅の中にはひっそりとした性的なイヤラしさが存在していた。
彼は顔には汗をかかないタイプだ。それでも額からこめかみをつたうようにサラリ流れ落ちる汗。ついっと光るそれを見つめれば、どうしても目に飛び込んでくるのが彼の美しい顎のラインと白い首筋、そして深い鎖骨の溝だった。彼はわざわざ襟を立てるけれど、それが逆説的にその秘すべき美しいものを目立たせてしまっていた。俺はその光景を目にする度になんだかムズムズとこそばゆく、反射的に自分の頬や首の汗をユニフォームの肩口で拭うのが癖になってしまった。
ともかく、この辺からおかしなことになり始めたのだ。なんとしてもいち早く彼に俺の名前を付けてもらわねばとそんな焦りにも似た気持ちが止まらなくなった。そんなものが原動力になって今度は俺のほうから彼に近づき、彼の背後でひっそりと監督達の話を聞くのが定番化した。
彼は何気なく周りを見回し、後ろに立つ俺と目が合うとふっと優しげに微笑みかけてくれるようになった。そしてミーティングを受けやすくしてくれるつもりなのか、すっと場所をあけて俺を自分の傍に誘導するようなことさえするようになった。まるで、一緒に聞こうよ、とでも言いたげに。ただ、まだ俺には名前が付いていなかった。傍に置いてあげるよ、でも名前を付けるほどにはまだ成長していないね、ということなんだろうか。俺はもっと変わらねばならならなかった。
俺は監督の話に納得できない時、自分の意見をみんなに聞こえるように発言してから、
「王子はどう思いますか?」
と言うようになった。そんなとき王子は肩をすくめて、さあ?という有耶無耶な素振りをすることもあったが、時には俺以上に辛辣な物言いで自らの意見を述べることもあった。ホッとした。入団したての若造が偉そうに物を申す。怖くないわけがなかった。けれど王子のそんなちょっとした力添えが頼もしく、俺はそんなことの積み重ねで少しずつみんなの前で自分の気持ちを表現する勇気を身につけていったんだと思う。名前はなくとも、この頃ようやく彼と繋がりらしい繋がりを持つことが出来た気がした。そんな感覚を今でも俺はよく覚えている。
* * *
それはある日突然のことだった。
「あー、ザッキーか!ゴメンゴメン!髪型変えたんだ?」
「変えてませんよ」
やっと彼が俺に付けた彼のためにある俺の名前。あろうことかちょっぴり間違っていて、チクショウ一体何なんだ、と脱力した。
「それと俺、あか『さ』きです…」
バッキーにザッキー。間違ってる上に、入ってきたばかりの新人の名付けのついでにやったかのような、適当に思いついたごろ合わせのような。待望の名付けの瞬間だったにもかかわらず、あまりにもそれは他愛無く、且つあっけなく。
それでもずっと欲しかったのだこれを。ともかく、ようやく俺は名前を手に入れた。王子には絶対言う気はないけれど、俺は生涯この瞬間を忘れることはないだろう。
* * *
「フフフ、だよねぇ?ザッキー?」
一度俺に名前を付けてしまった彼は、それからもう数えきれないほどこうして俺の名を呼ぶようになった。まるでそれまでの2年間を取り戻すかのように俺はそれを何度も何度も受け止めた。
微笑みかけるように、からかうように、イラつくように、呆れるように。彼はあの日から幾度も幾度も、繰り返し繰り返し彼のためだけにある俺の名を口にする。俺は彼に名を呼ばれることがとても好きだった。
* * *
「ザッキー」
深夜。今日もまた苦しげにそして且つ、まるで溜息をつくようにうっとりと彼は囁く。
王子があの時間に俺を呼ぶ声はまるで聞かれたくないかのように密やかで、なのにどうしようもなく溢れ出てしまうもののようだった。彼があまりにも俺を呼ぶのを止められないでいるので、あまりに激しいその熱情はいつも俺の胸を締め付け続けた。そんな時、俺もまた自分の中からも同じように思いが溢れかえり、その切なさがあまりにも苦しくて、息もまともに出来ない中で喘ぐように彼の名を呼び、彼を乞い続けるばかりだった。
彼が俺を呼び、俺が彼を呼ぶ毎に、ドンドンと全身に何かが駆け巡って、麻痺が進み俺は自分で全く自由に体を動かすことが出来なくなった。あらゆる箇所を這いまわる王子の指先によって痙攣するように体をこわばらせれば、彼はその度にふと体を起こして今度は大量の労わりのキスを俺に与えた。そんな時の彼の舌先は俺を追い詰めるように這う彼の指先とはまた違う、全身の力が抜けていくような優しさを持っていた。
そんな途方もない緩急がただただ俺達の間で繰り返されていった。
「あッ…お…王子ッ!」
王子の激しく穿つ力によって俺が強い眩暈が起きるあの瞬間を迎えた直後。ぼんやりとした暗い視界の中で、俺は必ず美しい彼のあの姿を見ることになった。
顔に汗をかかない彼のこめかみのあたりからあの日と同じようにきらりと光るものがつたう。流れ落ちる汗はやはり彼の顎のラインから白い首筋、そして深い溝のような鎖骨へ。そんな中で彼が俺と同じようにビクリと体を震わせた瞬間、俺が眺めていたものは彼の白い肢体から離れ、まるでポストに弾かれたボールのように空を舞った。その美しい世界に取り込まれてしまった俺に向かって、王子はもう一度、彼のためだけに存在する、彼の生み出した俺の名をひとひら降らせた。振り絞るかのように口から零れ落ちるそれを耳にする度に俺の体は震えあがり、彼の四肢に己を反射的に絡ませるのが常だった。そんな時の王子は、もう俺の名を呼ぶ力しか残されていないかのように脱力し、俺にされるがままになってしまうのだった。
全く、どうしてこんなことになってしまったのか。俺達はもはや互いの真の名を呼ばないままに、もう二度と離れることが出来ないかのようなものになってしまった。あれ程欲しかった、彼が俺を呼ぶためだけに存在する俺の名前。俺はとても貪欲なので、それが欲しくて欲しくてたまらなかった。たまらなさすぎた。だからとうとう、俺は今、俺の名前と同時にそれを発するこの男ごと全部手に入れてしまったのだと思った。
だってほら。こうして互いの体を絡ませたまま身を預ける姿を眺めていれば、まるで彼はこうして際限なく俺の名を呼ぶためだけに生まれてきた存在に見えるじゃないか。彼はいつも、いつも。こうしている時もそうでない時も、いつも、いつも。馬鹿みたいに俺の名を呼び、まるでひよこのように俺の後を追ってばかりいる。
ある日、いつものように二人まどろむ中で俺が俺達の今をそう説明すると、
「そうやって…」
「?」
「この状況下で、キミがボクを捕まえたと考えるところがとってもキミらしいよ」
と、王子は笑った。
「どういう意味ッスか?」
そう俺が問えば、
「キミはこうは考えないの?キミは馬鹿みたいにボクの名を…いや、そんなことは今更もうどちらでも…ねぇ?ザッキー?」
と、彼はやっぱり繰り返しこうして俺の名を呼ぶばかりで、そうなれば俺もまた有耶無耶に、再び熱くなって彼の名を呼び、延々と彼を乞うしかなかった。含みのある言葉に見せかけながら、その実なんらその言葉達には意味がなくて、何よりも彼の全てを説明付けるのに相応しいと思うものは、彼が俺の名を口にする姿くらいなものだった。もう、ホント、こうして飽きもせずに四六時中俺と王子はいつまでもいつまでも、際限もなく、果てもなく。互いを乞いながら同時に乞われる声を受け止め、身も心も、互いの何もかもをこうして交わらせ続けるばかりだった。
ホントむかつくんだよこの人。可愛くて。
いくら俺が名を呼んでほしいからといっても、いくらなんでもこれほどまで。なんでこんなことになってしまったのだろう?くたくたのイカのように骨抜きになってしまったこの男。マジで恥ずかしすぎて、もうどうにもこうにも俺は頭が痛かった。俺無しでは生きていけなくなってしまった王子のことを、この先もちゃんと面倒見切れるのだろうかと、時々全く途方に暮れる他なかったのだった。
