楔
【9276文字】
悲惨なジノザキからのハッピーエンド。序盤、比較的ガチ目の強姦あり。直接描写は薄いですけど意味合いとしてはそうなんで一応注意。その場合は4ページ目の結だけ読めば平気です。えげつない前段を入れないと健康優良になれない作風、いつも反省はしています。あ、花びらはもちろんレプリカで、そういうコンセプトの商品です。
「ねぇ。ご飯食べ行かない?」
と、脈絡もなく誘われた際も、ただ俺は困惑するしかなかった。
「何故?って何それ。お昼だろう?」
問う俺の方がおかしいみたいに、眉を寄せて皮肉に笑う。
「朝から面倒くさいとはいえ、午前練は早く終わるしいいね」
気分にムラがある男。それが彼の印象だった。今日はなんの気まぐれなのか、変に上機嫌で少し不気味で、それに臆するのも不愉快で。
「天気もいいし、遠出しようか」
まるで旧知の仲かのように、王子の距離感は近しいもので、やはり困惑の世界の中で曖昧な応対をするしかなかった。
「んー、ドライブ日和だねぇ」
心地良い振動、エンジン音。新緑、青空、白い雲。快活過ぎる王子の笑顔は、目を刺す太陽の光のよう。
(ああ……王子、なんなんだ……)
運転しながら髪をかき上げ、横目でチラリと俺を見て、
「どこ行く?」
なんて、何をいまさら、底意地の悪さにため息をつく。
*
王子は俺にとっていわゆる『横暴』の象徴の存在だった。王様(監督)に首を垂れることなく、民(サポ)も騎士(選手)も熱く滾らせ、己が国土(芝)を闊歩する。何様のつもりだと怒りはこみ上げ、なのに陶酔させられる。横暴でなくてなんとしよう?王子はつまりは暴力なのだ。
*
食事を済ませて取った部屋へと。ジャケットを脱ぎ始める王子のその背に、念には念をと一声かける。
「……王子」
「ああ。うん、わかってる」
あてにもならないその一言を、それでも聞かずにいられないのは、引き千切られてしまった過去がずっとこの身を呪っているから。
「大丈夫だよ。怖かったよね」
肉食獣の檻の中。
「もうあんなことはしないから」
ぞっとするような猫撫で声をどんな表情で言っているのか。音も立てずに奥へと進む。従者を引き連れた王族のように。
*
一体いつ頃からだったのか、俺の気持ちは覚られていた。
『嬉しい?』
始めて二人で食事に行った日。その時の王子の眩しい笑顔は、子供をあやすみたいな優しさ。そして今改めて思ってみればやはり微かな不気味さがあった。それでも当時の俺はわからず、気持ちは当然浮つくばかりで。
『もっとはしゃいでもいいのにザッキー』
クスクスと楽し気に笑う姿に、意地を張るのも誤魔化すことさえ、出来ずに見惚れているだけだった。
『今日はなかなかお利口だった』
試合後。通りすがりに頭を撫でられ、その時もただただ棒立ちで、やはり王子はクスクス笑い、意味深に片目を閉じたりもした。
そして。
『ご褒美』
と称してキスされるまで、そんなに日にちはかからなかった。最初は頬への戯れだった。ふんわりとても柔らかく、ドギマギとしたのを覚えてもいる。やがて、口付けもするようになり、その度、
『嬉しい?』
と目を細め、毎回俺は息が詰まった。そしてその頃から少しずつ、王子が何をしているかわかるようになってきていた。
*
あの日。王子、とその名を呼んで、シャツに伸びた腕を掴んだ。不思議そうな顔をするので、そのことに小さく困惑をして、それでもこれ以上はいけないことだと、はっきりとその目を見て言った。
『何故?』
そんな俺に王子は問うた。
『嬉しいだろうに。なのに何故?』
その問いは当然のことではあった。俺は一度YESと言って、そのための準備も済ませた後で、嬉しい気持ちも当然あった。王子は正しく理解していた。けれど。
『大丈夫だよ。よくしてあげる』
あまりに正しい把握における、的確な労いとその報奨。それがどれだけ他者を踏みにじり、愚弄する罪かをわかっていない。いや本当にわかっていないのか、わかっていてなお、そうなのか?
(王子、それは施しだ。手に入れて一体何になる?)
王子は言葉の行間を読む。感情的になり過ぎぬよう、言葉は厳選せねばならない。俺はしばらく考えたのち、そっと王子の肩に手を当て、自分で起き上がろうとした。嬉しくないというわけじゃない。どうやればそれが伝わるだろう。ともかく、どいてくれ、と頼んだ。
『わからない』
と言いながら、それでも王子は体を引いて、陽光の中でベッドに座り俺の言葉を静かに聞いた。
何度か違う言い方をした。その度、わからない、と繰り返し王子は俺をジッと見ていた。なんと説明すればいいのか。かまわれることは確かに嬉しい。善意であっても、悪意でも。すると。
『なるほどね』
王子は俺を見ながら、息を飲むようなひとつの瞬き。
『わかったザッキー、ようするに』
今もなお脳裏にこびりつく、暗闇のような王子の目。
『君こそが、その愚弄の民だ』
闇は俺を凍り付かせて、呪いのように虐げていく。
『今のでとても理解出来たよ。君が僕に何を見てるか』
最初は怖気づきながら、のちに願いは怒りへ転じ、力の限り抵抗をして、それでも結局。
『いいさどれだけ愚かでも。僕には関係ないことだから』
王子のものにされた夜。力なく泣く俺に王子は言って、その顔に微笑みは欠片もなかった。
*
『嬉しい?』と笑う王子は消えて、王子は違う王子になった。もちろん笑ってはいるのだが、その目は実に恫喝的で、困惑の今に繋がっている。
「……っ」
「ああ、まだ痛かった?」
「平気……ッス」
「そう」
「……あっ」
あの日、施しを嫌がる俺に力づくの搾取を成した。陽光の失せた暗闇による終わりなき圧政のようなもの。あれから俺は王子の奴隷で、こうして時々搾取を受ける。
「……王、子っ」
「ん、だからわかっているよ」
「あっ、」
食い散らかされたあの一晩に、服従の楔は数限りなく。しがない贄は主に従い、なけなしの願いを口にする。
「明日も練習あるからね。大丈夫だよ乱暴しない」
動けぬ贄への甘噛みは、だからこそ罪深き残酷だった。あの夜を知ってしまった体は、子ネズミのようにいつも震える。
「ほら全然痛くない」
ゆらゆらさざ波のような刺激は、それでも弱点に的確で、出したくもない声が漏れ出て自分の無力を深く感じる。
「おや、またイってしまったの」
犯され、ただただイかされて、その度渇望が深まっていく。何故ならこれは搾取であって、満たし合うものではないからだ。
「ねぇザッキー、なんで泣く?」
するためにする。即物的になされる行為は、施しと言って手を払う、愚かな俺への重い罰。王子はこれを搾取と名付けて、問題ないね?と念を押し、あれから何度も俺を抱く。
「もう少ししてからご飯行く?」
体を絡ませ、時々眠り、外はとっくに夜の暗闇。気怠く呟く王子の瞳も、あれから光を失っている。
「王子」
「……ん?」
自分が何をしているか、何をさせているか理解していた。愚弄の民と王子は喝破し、それもまた実に的確なのだ。
「王子」
手を伸ばす俺を静かに抱き締め、俺達はようやくキスをした。疲れ果ててしまった後に、俺達はこうしてキスをするのだ。たかがひとつのキスのため、あの日を境に俺達は、こんなに時間を必要とする。
寂しさの闇に沈む王子は、それもまた蕩ける甘美の姿。試されること、疑われること、それらのすべてを受け入れて、嫌ならそれでもいいと言い、分かり合えずとも良いとも言う。残酷なのは俺であり、横暴なのも俺であり、それでもすべての俺を許して、優しいキスをひとつする。
(王子……ああ、もう言うべき言葉が見つからない……)
暗闇に浮かぶ微かな苦笑は、『嬉しい?』と問うた微笑みに似て、でも決定的に違ってもいた。
「行こうか」
「……はい」
施しでなく、搾取でもなく、とはいえ、愛とも言えぬ愛憎。互いの過ちを分かり合う、俺達の繋がりはまるで楔のような罪。
