お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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見果てぬ恋の歎きにも似て

【3225文字】
ゾッコン片思い崎のお話の続きです。一応「密か心」というタグ(シリーズ名?)つけました。不器用なかわいらしさが書けていたらいいのですが。ストーリー的な何かをというよりも、ふんわりと雰囲気でちまちま書いているだけなので、全然この先の展開だとか、そういうものはないままつらつらと。

        ジノザキ

 彼にとっては他愛無いただの雑談であっただろう。それでもあれは俺にとって、宝物のような時間になった。空は青く、日差しは明るく、想い人は微笑んでいて、俺はぼんやりそれを見ていた。そよぐ風が揺らす毛先の動きは、俺の心を弄んだ。飛ぶ小鳥のさえずりを指差す爪先が、鳥でなく自分を見ろと伝えていた。全力で走った後のような鼓動の激しさの中でも、彼の声はよく耳に届いた。そしてその存在がとっくに居なくなったそのあとも、立ち上がることも出来ないままに、一人その場で呆然と過ごした。あまりに現実離れした時間だった。
(うわ、やべぇ、今何時だ?)
気づけば、汗も引いていた。それでも、タオルで拭うふりをした。首元にそっと戻された場面を思いながら、顔を覆って息を吸った。
(ああ、なんて……)
手先指先まで充実が巡る。効き目のありすぎる薬だった。

*

「へぇ、君があれを?」
「はい……つか、なんですか?その顔」
「ううん、なんだかちょっと意外だったから」
 それでも、
「そういうのが好きなのなら……」
と、王子はいくつか映画の題名を言って、
「うちにあるから今度貸してあげるよ。もし、興味があれば、の話だけれど」
ポンポン、と気軽に頭に触れて、
「これ、ありがとう」
と、俺の首にタオルを戻した。にっこりと笑って立ち去るその背を、口を開けたまま見送っていた。
 絶好のチャンスがやってきたあの時のことを、俺は反芻して過ごしていた。ただそれだけで顔がにやつき、いいことでもあったのかとからかわれた。俺は本当に不器用者だ。気持ちが勝手にダダ漏れる。
(こんなことじゃ、駄目だよなぁ)
 そんな俺の心をよそに、
「調子戻ってきたみたいだね」
だなんて、なんともお気楽に彼は笑った。そうして、それに触発されて、俺の心はまたさざめいた。

*

 この思いに自覚をしてから、あの日初めてまともにしゃべった。そのことで俺が理解したのは、想像以上に重症なことだ。ちょっとした仕草や、その日の戯言、持ち物、服装、手当たり次第、常に彼のことを考えていた。
(やべぇよ、マジでこんなずっと……)
 想い人を想う胸のこの切なさに、苦しくもうっとりと身悶える。頭のどこかは冷静なもので、熱病に浮かされているのがよくわかる。
(蓼食う虫も好き好き、もしくは、恋は盲目?ともあれ、今の俺はあんまりにも王子に夢を見過ぎだな)
ただ一緒にいるだけでよかった。それだけで随分と幸せに思った。明日も、明後日も、また彼に会える。毎日が、毎朝が、待ち遠しかった。

*

(夢見過ぎだろうがなんだろうが、だから、俺はそんだけでいいんだよ)
 日差しの中、ピッチの上で、眩く輝く彼が好きだ。なのに心は勝手なもので、無用な欲を呼び寄せる。
「ようこそ」
眠りにつくと想い人は、今日も笑顔でそこにいた。
「王子、今週末はあの映画を観てみようと思って」
「そっか」
優雅にソファで寛いで、穏やかな表情で俺を見ていた。昼でも夜でも王子に会いたい。常にあの人と共にいたい。
「もっと王子が知りたいんです。本当はいろんなことを貴方に訊きたい」
やはり、欲は際限もない。満たされてもすぐに餓えてしまう。
「……ああ、ザッキーまた泥になってしまうのかい?」
気づけばまた俺は苦しみの中。
「幸福っておそろしく不幸だともいうものね」
そんなものなのかと悲しくなった。
「一体どうすればいいのだろう。君の苦痛を和らげたい」

*

「ようこそ」
 ある夜、俺の想い人は、無防備な姿でそこにいた。
「……何?」
あまりにも見慣れたバスローブ姿で、なのに胸元が少しはだけている。こんなだらしない着こなしはしない。これはいわゆるあの人ではない。
「……」
「どうかしたのかい?」
ソファで寛ぎながら足を組み替え、俺はどぎまぎと目を逸らす。
「おいでよザッキー。今日も練習で疲れただろう?」
自分の隣に座ればいい、と、そんな風にポンポンと席を叩いていた。自分が何を望んでいるのか、その後ろ暗さに身をすくませる。
「べ、別に……そういうことじゃ……ないんです王子」
こぶしをギュッと握りしめて、けれども彼は手を差し伸べる。
「何故?いいじゃないか。何を遠慮することがある?」
「……」
「寂しいんだよね。甘えていいよ?」
「寂しくなんか」
「いいから」
それは逆らうことも出来ない甘美な誘惑で、ふらふらと引き寄せられ、座ってしまう。
「王子、違うんだ……」
そっと繋がれた指先に温かみを感じる。
「ちが……」
強張る腕を自然に引き寄せ、王子は俺を抱きしめた。心がパンクしそうになった。
「大丈夫。ここでは押し殺す必要なんてないのだから」
「……」
「落ち着く?」
「……は、はい」
「……そう。それは良かった。ゆっくりおやすみ」
王子に包まれて、夢の中で眠る。日に日に縮まるこの距離感が、俺にはとても恐ろしい。

*

 王子の夢を見た朝は、しばらくベッドから起き上がれない。
「違うんだ、ただ思い浮かべたり、一緒にいるだけで俺は……」
あの人の全てを望むこの欲望を、恋慕だなどとは呼べなかった。あのままの王子が好きなのであり、手中に収まる彼であるなら、もはや何の価値もない。自分で自分を説得しつつ、心が張り裂けそうになる。
「こんな……ふざけんな……」
猛る体が鎮まるを待った。想像の世界の中でさえ、彼を絶対に穢したくなかった。
(王子、俺、いつまで我慢出来るんでしょうね)
自分がこの先何をしでかすのか、考えるだけで辛かった。

*

 ふと目が合うと、彼は笑う。その眩さに一瞬強張る。その態度の何が面白いのか、それを見て更に彼は笑う。
(何なんだ一体……用もないのにあんまりこっちを見ないで欲しい)
ただ、見つめているだけで十分だと、そこで自分を立ち止まらせたい。笑顔が脳裏にこびりつく。
(あん時みたいにすぐ傍で見たいとか、やめろ。このままの距離感でいい)
なのに、あの人は暢気なものだ。
「ザッキー」
「!?」
俺はシャワー直後の着替え中で、彼はすっかり身支度を済ませた姿で、
「覚えてる?この前ちょっと話していた……」
(ちょっとはタイミング考えてくれよ王子っ)
後ろに立っている気配を感じながら、振り向けもせず、返事も出来ず、そそくさと服を身に着けていく。
「なんか、昨日急に思い出してね。よかったら」
「……」
「ザッキー、聞いてる?」
狼狽する心をひた隠しに、首だけで僅かに振り返る。差し出されたどこぞのブランドのものらしい紙袋には、なにやら四角いケースが入っていた。
「これ、暇な時にでもどうかなって」
「……」
「返すのはいつでも構わないから」
受け取ろうともしない俺の態度を、彼はどう感じていただろうか。奇妙な間が空間を漂った直後、軽くため息をついて王子は言った。
「……余計なお世話、だったかな」
肩を竦めて苦笑していた。そんな顔をさせたかったわけではなかった。本当は嬉しくてたまらなかった。王子が俺にと選んで持ってきたものを、飛びつくみたいに受け取りたかった。でも、この人とかかわるとよくないと思った。気取られてはいけない俺の秘密が、あまりにも重たくて動けなかった。
(……は?)
突然、王子は吹き出すように、クスクスと楽し気に笑い出した。
「……な、なんスか」
とてもふてくされた感じの言い方になってしまった。そのことにまた俺は焦ってしまった。彼はそんな様子を見て更に笑っていた。何が何だかわからなかった。

「……変な子」
 ひとしきり笑い終えた王子が言った。
「なっ……」
いきなり手をとられて体が硬直して、みるみる目の前が真っ白になっていく。ぼやけていく視界の中で見えているのもまた、彼の眩い笑顔だった。その距離感のあまりの近さに、ふらふらと立ち眩みまでし始めた。
「貸して欲しいなら素直にそういえばいいだけなのに」
「ちが……、そういうんじゃ……」
「何をそんなに遠慮してるんだか。全く君って子は意味がわからない」
地面に縫い付けられたように足が動かず、もはや何かを言うことも出来なかった。人の気も知らないお気軽な王子は、善意で俺の心をかき乱す。

      ジノザキ