飼い主 1
ジーノ過去編。やりたい放題妄想捏造閲覧注意。1は小学~中学時代。2は高校時代前半、3は高校時代後半~入団まで(予定)です。ジノ→タツ(尊敬)、ジノ+モチ(肉体関係有のお友達)の話がメイン。ゴトタツもちらっと。少しだけどとても重要なシーン。イジメ表現あり。王子、後藤、達海、持田、彼女、大人達、コーチ達、同級生、ジーノ両親など、大人数。ジーノはバイ設定で性的にフランク。ゲイ設定のモッチーも彼女と軽く。
独り同志1~持田との出会い
小学校6年の時、ジーノはETUのジュニアユースのセレクションを受けたがった。サッカーをもっともっとやりたかったし、なによりもまた達海に会いたかった。
だがサッカーに無理解な父が許すはずもなく、彼は進学と同時に成績を下げないという約束で中学の部活動に入部することになった。この学校のサッカー部はスカウトも存在するそれなりの強豪で、ジーノにとっては以前に比べれば多少は楽しいものになった。小学校時代ほぼ一人でプレイをしていたのだが、ここに来てやっとほんの少しだけ連携プレイが出来るようになったのだ。そう、サッカーはやっぱりパスがないと。当たり前の喜びをやっと少し経験することができた。日常ではパスを出す相手がいないジーノも、この世界ではほんの少しだけボールを介した交流を楽しんでいた。
沢山の小学校から引き抜かれてきた生徒達と比べても、ジーノのセンスはダントツに秀でていた。相変わらず自発的な指示出しを嫌がるジーノだったが、ここの選手達相手ならちょっとしたことで気持ちが繋がって、いいプレイになる場面も増えた。監督は実力を認めてジーノをチームの中心に据えることとし、10番のユニフォームとトップ下のポジションを与えた。
ジーノは中学に入って、自分が中心となってゲームを支配することの喜びを初めて知った。ゲームメイクの楽しみを覚えたことでセルフィッシュなプレイは少しずつ鳴りを潜め、受け手を引き立てる様なプレイスタイルに変化していった。
そんな彼が東京トレセン関係者の目にとまったのはその頃のことだった。試合の合間に、関係者から東京都の選抜チームを決めるセレクションの日程表や申込み用紙を渡された。反対されるのがわかっていたので、親にはセレクションを受けに行くことを内緒にした。保護者提出書類もすべて自筆で提出した。勝手な行動だったが、ジュニアユースの一件で懲りたので説明の必要性も感じなかったし、罪悪感のかけらもなかった。
* * *
「お前、随分奇妙な奴だな、マジウケる。」
セレクションでの持田との初対面は最悪なものだった。自分の外見上の異邦性を指摘されることがなによりも許せない事だったからだ。ジーノは優しい笑顔のまま心の中では絶対に関わりたくないと切り捨てるような意識を持った。そんな失礼な男が東京Vのジュニアの時期からすでに圧倒的な才能の持ち主だったのも気に食わなかった。持田はジュニアユースに上がったなりから気の早いサポからデビューはいつだと言われるような存在だった。
ジーノはイタリアにいる頃には少しは指導を受けていたけれど、日本に渡ってからはほとんど指導らしい指導を受けていなかった。好き勝手にやってきたせいでとてもアンバランスな癖のある選手だった。言うなれば互いの環境はあまりにも段違いに違い過ぎて、そのせいもあって力量もまた歴然とした違いがでてしまっていたのだ。それでも上に立って見下ろすがごとく話しかけてくる男にジーノは激しくプライドを刺激された。
二人ともテストで合格はしたものの、やっとパスの楽しさに目覚めたジーノと王様の持田とではその能力も雲泥の差だった。コーチ陣にはジーノの実力をかなり認められていたようだったが、ジーノ個人としては生まれて初めて敗北らしい敗北を感じていた。
あとから聞いた話によると、東京Vジュニアユースだけで1チームを編成するのが例年の習わしだったが、今年度は新しい試みで他クラブチームや中学生をシャッフルして数チームを作ることになったらしい。ジーノは悪い星めぐりにも感じられるこの出来事を、その高いプライドをもってしてラッキーにすり替えた。
こんな奴すぐに超えてやる。
ボクは今からミラクルを起していく存在なんだから。
無口で優しい笑顔で微笑むジーノに隠れた苛烈な内面の部分を持田は初対面から簡単に見抜いていた。奇妙と表現したのはその部分を指摘してのことだった。
ヘラヘラのん気な面しながら
なんつーペテン師なの?
こいつ面白い奴
実はジーノが持田に抱いた印象とは裏腹に、持田にとってのジーノはとても魅力的な存在だった。セレクションの間にも、一緒にボールを触ってみれば益々その刺激的な魅力に対して手ごたえを感じた。初対面にもかかわらず、不思議とゲームの展開の中で何を感じているのか通じ合える関係だったのだ。
ジーノは監督の方針で左利きでありながら右SHとして起用され、持田はトップ下に起用された。持田は司令塔の立場として、プライドの高いジーノをあざ笑い持て遊ぶかのようにいいように走らせた。だが、ジーノは屈辱に苛まれながらも、初めて使われる選手としてサッカーを行う刺激的な快楽に、ドンドンはまりこんでいった。
そう、これ
知らないながらも知っていた
サッカーの連携とは、
イマジネーションの繋がりとは、
こういうものだ
この感覚は、
ボクのあの特別なギフトの中で得たものと少し似ている
二人のサッカーの相性はとてもよかった。テレビで見て記憶に残ったプレイの数々が、持田とジーノでその場面と同じように、あるいはもっと素晴らしい形となって次々に再現された。持田の司令塔としての才能は圧倒的であり、また、ジーノのシュートは強烈で、クロスは絶品だった。ジーノは持田にとってのこれ以上ない最高の手足のような存在となった。思うように動かせるどころか、思う以上のことをやってのける、極上の手足だった。
ジーノにとっても、この経験が部活に戻ってからのトップ下としての技術をも大きく向上させていくことになった。極上の司令塔との体験が、ジーノの未発達だった見えざる才能の成長の糧となって、今あらゆる方向でメキメキと力をつけて、開花していくことになったのだ。
やりたい放題言いたい放題の持田と、無口で優しい笑顔ながらエグいプレイを繰り返すジーノ。登録名は持田と吉田。発音が似ていてどっちがどっちだと言われる二人のコンビネーションは一部のコアな関係者の中で有名なものになっていった。
だが、親に内緒で参加しているジーノは残念ながら常に活動に参加できるはずもなかった。トレセン側には体調不良と説明して、試験が近づくと度々休み、また宿泊を伴う遠征もすべて不参加にしていた。ジーノは基本東京近郊で行われるグループリーグの参加が中心で、対外的にも目を引く地方や全国レベルの公式戦では見ることのない、知る人ぞ知る幻の存在となっていた。ジーノの個人的な事情を知らないコーチ陣は、体調管理もろくにできない中途半端な姿勢しか持てないならやめてしまえ、と言ったが、ジーノはこれでも頑張ってるんですとニヤリと皮肉な笑顔を浮かべた。事情の言えないジーノの精一杯の強がりだったが、当然反感を買うことになった。
だが、ジーノの不真面目さにイラつく彼らは結果的に二人の圧倒的なパフォーマンスを前に黙る他なかった。コーチ陣は天才持田に匹敵するその独特で稀有な才能に心奪われ、結局情熱ややる気のみられない態度を黙って見守ることしかできなかったのだった。近未来、二人ワンセットで東京Vトップ入団させることを視野に入れ始めていたスカウトも同様に慎重にジーノの動向を観察していた。これだけのものを持っていればジーノ自身近いうちにこの世界に本気にならざるを得ないだろうと考え、対外的に存在を知られる前に確保しなければという考えだった。
