飼い主 2
2は高校時代前半。高校時代に起ったタッツミーの「あの出来事」とその前後の話が中心になります。今回のシーンはジノザキ長編の極初期に思いついたプロットで過去編の一番コアな部分。王子、達海、持田、モブ女、平泉、ジーノ両親、トレセン関係者、部活顧問、部の仲間などセリフない人も含めて大人数。ジノ→タツ、ジノ+モチ。
急告
ジーノはこれ以上ないくらいにナーバスな状態だったが、それでも悲しみを無理矢理明るい未来へすり替えようと試みていた。
移籍するくらいなんだからメディカルチェックは通ったということ
ボクはそんな彼をどんなところに行ったとしても応援する
だってタッツはまだまだボクにミラクルを見せてくれる存在なんだから
夜更かして移籍後の初試合をテレビで観戦することにした。当日は夜勤で女性は留守だし、許可をとって久しぶりに一緒に見ようよと持田を誘う。なんだか一人では見ていられなかったし、それでなくてもただなんとなく会いたかった。最近疎遠になってきていたのに、彼が案外快く来てくれたことが嬉しかった。まるで以前二人でスタジアムに行っていたあの頃のよう。ジーノは久しぶりにいい気分になれていた。
持田にしてみれば二人の状態が改善するキッカケがあればなんでもいいというすがるような思いがあった。今のプレッシャーによる誰にも相談できないどうしようもない心細さを解消したかった。ジーノと一緒になって前のように試合を観戦することで一番いい頃だった自分達に戻りたかった。そしてアジア予選に向けて合宿や本番などもずっと傍にいながら二人で取り組んで行きたいと思っていた。
つまり、この試合を見ることに関して、二人は同じ気持ちが響きあっていたのだった。二人は以前のように笑いあい、とても優しい時間を過ごすことになった。
* * *
テレビからホイッスルが聞こえ、いよいよ試合が始まる。ジーノは持田の存在を隣に感じながらフラフラになっている理性を片手に、心の底から今自分が陥っている泥沼からの脱出を願っていた。
さあ、素敵なプレイを見せてよ、タッツ
今までで一番気持ちを込めて応援するよ?
とってもワクワクしてる、そう、ボクは今、ワクワクしている
なんせ、そこはプレミアなんだもの!
きっとボクは素敵なプレイの数々をみることで回復して、
近い将来あなたの言うミラクルを必ず起すよ
だから待ってて、きっとU-17W杯でもスタメンをとって活躍をしてみせるから
メンタルに振り回されるような、
親のいいなりになってサッカーを捨ててしまうような、
そんなちっぽけで無力なジーノが本当のボクなんかじゃない
ねぇ、タッツも、ボクも、また楽しいサッカー、やれるよね?
大丈夫だよね?不調は今だけのこと、たまたまなそういう時もあるってだけ
ボク達、深刻な何かなんて一つも起きてない
タッツ、そうだよね?
いつも心の中で達海に話しかける時、ジーノは河川敷で出会ったあの頃と同じ小学生の幼い自分に戻る。一番素直でシンプルな自分。こうして今までも何度も何度も子どもに戻って、自分で決めた愛称でタッツ、タッツと話しかけて暮らしていた。
だがその夜、あの出来事が起こってしまったのだった。
達海は担架で運ばれ、姿を消した。すっかり子どもに戻って祈るような気持ちで見守るジーノの目の前で。泥沼からの脱出したいというジーノの願いとは反対に、彼はさらなる大きな絶望に直面することになった。
* * *
その瞬間の映像を目にして、疲弊しきっていたジーノは繽紛たる衝撃を受けた。
達海の中の心の絶叫が自分の耳に本当に響き、鼓膜が裂けてしまうかのような錯覚を起こした。その全身を貫く痛みに思わず身を竦める。そうして顔を歪め立ち上がれない達海の姿を、サッカーも親も、大切な物のなにもかもすべてを失うという自分の直近の未来像と完全にシンクロさせてしまった。負の重荷を隠しながらひっそりと生きてきたジーノの理性が一瞬にして崩壊し、長年積み上げられてきた孤独と喪失の絶望が、一気に襲いかかる。押し寄せたのは自分の周りに全く何もないという真っ暗なビジョンだった。その衝撃の大きさは、人一倍感受性の強い脆弱で繊細な心の持ち主にとってとても踏みこたえられるものではなかった。
この夜、こうして己のすべてを支え全部を守ってきたジーノの大切な大切な夢が砕け散った。そして夢と同じように、膨大な疲労を重ね続けていたその脆弱なジーノの自我もまた、完膚なきまでに粉々になった。それはもはや修復不可能なほどの破綻だった。
* * *
持田は隣にいてジーノの強い感情にすっかり飲み込まれてしまっていた。
この部屋に今広がっている何もない真っ暗なビジョンは持田の中にもある世界。責任に応えきれない自分のサッカー喪失、ゲイ・ヘイトクライムの恐怖。それはジーノとほぼ同じ絶望的な孤独と喪失のビジョンだった。持田はとても耐えられない様なジーノの絶望の世界に引き摺られるように共鳴を起していく。
ふと見ると、ジーノはテレビの映像を見ていながらも、実際にはどこを見ているわけでもないようだった。ただ押し黙ったまま無表情に凍りついた悲傷の男が座っているだけだった。ジーノは鏡なので、自分もまた同じ顔をしていることに持田は気が付く。だがジーノは持田を全く見てはいなかった。
ジーノは遠かった。隣にいながらも、まるで体を置き去りに心がとてつもなく遠くにいってしまったかのような姿だった。そんなジーノの姿が怖くなって、持田は無意識に近い状態で彼の名を何度も呼んだ。けれど、ジーノはまるで聞こえていない様子でちっとも返事をしない。持田は硬直した友人の姿をただただ無力を感じながら見ている他なく、一緒になって絶望に巻き込まれて共倒れせぬように自分を保つことで精一杯だった。
試合が終わってもずっとそのままジーノは茫然としていた。テレビもついたまま、二人並んで座って夜が次第に明け始める。時々、持田が声をかけたけれど、やっぱりジーノが返事をすることはなかった。
