お花結び

GIANTKILLING二次創作小説同人サイト

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飼い主 2

2は高校時代前半。高校時代に起ったタッツミーの「あの出来事」とその前後の話が中心になります。今回のシーンはジノザキ長編の極初期に思いついたプロットで過去編の一番コアな部分。王子、達海、持田、モブ女、平泉、ジーノ両親、トレセン関係者、部活顧問、部の仲間などセリフない人も含めて大人数。ジノ→タツ、ジノ+モチ。

慟哭

 数日後のトレセンの練習日。

 さすがに休むだろうなという俺の予想に反してあいつは何事もなかったかのように笑って顔を出した。ただ周りの連中は気が付かないが、ともかく様子がおかしかった。目には生気がなく、たった数日のことなのに少しやつれているように見えたし、うっすらクマのようなものも出ている。多分あれからろくに眠れていないようだ。

 例のあの怪我の話をするのには少し躊躇があったが、無視できる問題ではないし、あえてしっかりと直球に尋ねることにした。来た時にこやかにほほ笑んでいたのに、あいつは達海選手の話を聞いた途端、象牙のような顔色になって一切の表情が顔から消えてしまった。

「なんの話?」
「なんの話って…ほら。この前の試合で…」
「この前?」

 覚えていないとでも言いたげに、小首をかしげてふっと目を伏せるようにしながら細めて数秒固まっていた。しゃべるタイミングや体の動きが色々とチグハグで、なんか頭がまるでまわっていないみたいな印象だ。

「怪我して引っ込んだじゃん。続報とか入ってこないからわかんないけど。おい、どした?…お前あんま寝れてねぇの?」
「……あぁ…怪我…ね…そうだね…怪我、したね。ゴメン、ボクなんだかボーっとしちゃって…えっと寝不足どころか寧ろベッドから一歩も…ハハハ、ま、それはどうでもいいことなんだけど…。…なんだっけ?…そう…怪我…の話だ…。心配…だよね…。」

 言い方はたどたどしく、その様子はひどく疲れているようだ。発せられた言葉にはなんら自身の意思が反映されておらず、まるで棒読みをする大根役者。日頃こいつは高熱を出していても全くそれを感じさせないほど他人には素顔を見せたがらない。なのに今例え相手が俺だったからといっても、これほど赤裸々に憔悴している姿をさらけ出すなんて。元気な顔が見たかったのにこんなことでは、と妙な胸騒ぎがした。

   *  *  *

 俺の抱える違和感そのままにトレセンの練習が始まった。一通りアップが終わり、最後はいつも通りフルコートを使う練習試合。そこで発揮されたあいつのパフォーマンスは今までになく恐ろしい精度を伴う最高のものだった。圧倒的な才能の発露に関係者は思わず歓声を上げ、対戦チームの選手は完全に委縮し、支配されきったチームのメンバー達はまるでジーノの操作するコマのように完璧に操られ続け。味方チームは愚かその場にいたすべての人間が常にあいつの動きに注目していた。
 あいつはこの時、通常のポジションの概念を完全に喪失していたのかアタッキングサードすべてを自分のものとし、周りに複雑なポジションチェンジを目と手で指示しながらまるで魔法のようなパス回しとショートカウンターを繰り返し続けた。そのやり方はぶっつけ本番にしてはあまりにも完成されており、そしてみたこともない独自性の強い斬新なスタイルだった。

 ジーノの張り巡らす壮絶で圧倒的な緊張感。俺はその時、完全に主役の座を下ろされ、ジーノのセンスに追いついていくのが精一杯だった。そんな折、俺があいつと交錯してしまったというのは単なる偶然のことではなかったのだと思う。俺はこの異常な環境の中で次第にテンションが維持しきれなくなっていたから。

 相手チームのゴールキックがセンターラインを越え、相手の中盤選手がそれを拾う。その際、俺とあいつが二人同時にその選手のチェックに向かった。通常ならそういう場合はどっちかが前線へボールを受けにめざし、相手からのボールを待つのがセオリーだ。ちょっとした意識のズレだった。ボールをカットしに行く瞬間まで互いの気配を感じ合えないことなど考えられないことで、足を出す瞬間まで気付かなかった俺らは交錯を避けようと無理な姿勢でバランスを崩してしまった。

 あいつは怪我こそなかったもののそれっきり立ち上がれず動けない状態になっていた。心と言わず体と言わず、すべてがオーバーワークでとっくに限界を超えてしまっていたのだろう。ジーノは今、好調なのではなく絶不調のはずで、今起っていたことは本当はありえないことだ。逆にこうして動けないことこそ無理のない話。俺も足を痛めてしまった感じがしたけれど、異様なジーノの姿にそれどころではない気持ちになっていた。

   *  *  *

 交錯した3人は医務室に運ばれて簡単な治療を受けた。

 ジーノは治療を行うためにスタッフから痛むところなどを質問されていたが、一言も言葉を返すことがなかった。足首をひねられたりハムストリングを伸ばされたり順番に故障個所がないかスタッフが確認していく。でも痛くないかと言われる度に血の気の失せた顔で軽く首を横に振る仕草をするばかり。
 しばらくしてからスタッフは擦り傷の治療を終えた選手と一緒に部屋を後にした。部屋に残されたのは明日病院に行くことになったアイシング中の俺と体調の悪そうなジーノの二人だけ。俺は負傷した右足を見つめ、足の痛みからしてU17W杯用の選抜合宿にはおそらく間に合わないな、ということを考えていた。

 その時、ジーノがふいに口を開いた。

「これ、夢?ボクは今一体なにをしているの?なんだか夢だらけでなにがなんだか…」

 弱々しい少し幼くも見える少年のようなジーノがそこにいた。放つ言葉は質問の体裁になってはいても、独り言にすぎないことはどこも見ていない様な目線が物語っていた。

「寝ぼけてんの?頭でも打ったか?」
「ボクは…傷つけてしまったね、ちゃんと罰を受けなくちゃ…」
「ハッ、何言ってんだよ。事故だ。」

 空を虚ろに眺めて呟いているジーノに対して鼻で笑ってそう返事をする。先ほどの二人のピッチ上の事故は、あの時に限って何故かお互いがお互いを見失い交錯してしまっただけのこと。俺は自分の判断ミスだとはっきり自覚している。攻撃の起点の二人が同時に下がってチェックをしに行くことなど、本来ありえない選択であり誤判断そのものだ。あの状況下でジーノが行くのなら俺が下がる必要など全くなかった。

 俺の話に対して特段返事をせず、憔悴した様子のジーノはさらに意味のわからないことを言い始めていた。

「だって、血が…。」
「なんか言ったか?」
「ああ…ほら、足が…血があんなに…。痛いよね?…タッツ。それは痛いよ。…痛い。」
「おい、何見てる?血?どこに?タッツって何言ってんだよ…」
「ほら…そこ…」

 呟くジーノの表情はまるで自身が足を痛めているかのように苦痛に歪んでいた。見たくないとでも言うように目を逸らしているが、力なく指さす先にはただの床しかなかった。

「タッツがほら、痛い、痛いって…。なんとかしてあげて?あの人はまだまだプレイしなきゃいけないんだ…。」
「お前、しっかりしろよ…また変な遊び…やってんの?」
「しっかり?しっかりしてるよ、だって…あれはボクがやったんだ。知ってる。無茶なことを言ったからだよ…ボクが馬鹿だったんだ。血があんなに…!」
「やめろよ、そういう冗談…人が悪いって…」

 無理をして鼻で笑って見せたが、ドンドン自分の動悸が激しくなっていくのがわかった。苦しそうに息を潜めて肩を竦めて固まっているジーノを見て、その危うさにザワザワとした不安感が沸き起こる。冗談のつもりではないことはわかっている。俺としゃべっているつもりなのか独り言なのか、こんな状態みたことがない。

「う…、嫌だ。違う、全部夢だ…こんな…知ってる。絶対…嘘…」

 ジーノが誰にも気付かれたくないかのように、喘ぐような呼吸を静かに繰り返しながら小さい声で一生懸命何かを否定していた。その姿を見て俺はこいつがあの夜の映像を見たショックを未だ受け入れられずにずっと葛藤を続けているのだと感じた。この感覚はあの夜と同じようにあまりにも生々しい絶望で、そのヤバさに釣られてこっちまで視界が歪むかのような感じだった。恐怖に震えるジーノの指先に血だるまの達海選手が本当に転がっているかのようだ。真っ暗なあの世界に、ジーノは血の海を作り出してしまった。俺達は同じものを見てしまう。危ない、引っ張られる。

 ジーノの性分は元来ありえないほど他人と現実を受け入れるものだ。超リアリストで、何事にも怠惰なくらい、いや逆に禁欲すぎるくらい妥協的。それがこれほど精一杯拒絶をしようとしている。あまりにも強いジレンマに眩暈と吐き気がする。

「…辛いけど…目、開けろよ。現実から目逸らしたまんまじゃ行き止まりだ。これは…拒絶しても無理だ。やめた方がいい。」
「やめて…無理。こんなことありえないよ。おかしいじゃない?だって彼は…」
「なんも情報ないだろ?もしかしたら軽傷かもしれないし…な?」
「だって、血が…」
「血なんて出てない。冷静になれ。」
「じゃあ、ほら、叫んでる、あれ。やめさせてよモッチー。血が嘘なら怪我も嘘でしょ?痛くないならやめさせてよ、あれ、うるさくて嫌だ…助けてあげてよ…」

 ジーノはまたなにもない床を指さして震えながら懇願していた。見える気がするけれど、あれは一緒になって見ちゃ駄目なものだ。俺は気持ちを立て直す。

「俺にはなんも見えねぇし聞こえねぇよ?わかっけど…落ち着けって。」
「…え?なんで?いるじゃないそこに。あんなにはっきり…」

 混乱しているジーノがこわごわと薄目を開けて指を指した方に目を向けた。

「…ここ…どこ?」
 
 そこに怪我で血まみれの達海がいないことにようやく気が付き、少し平静を取り戻したのかぼんやりと周りを見回していた。医務室に来たこと自体よくわかってないようだった。でも幻覚から抜け出せはしたようだったので俺は少し安堵した。

「医務室。お前さ、いつから寝ぼけてた?やっぱ倒れた時に頭でも打ったんじゃね?」
「…?あれ?モッチー?どうしたのそれ。」
「どうしたのって…覚えてねぇの?大丈夫、ちょっとひねっただけだ。」
「…血が…」
「はぁ?」

 ベッドに腰掛けていたジーノはよろよろと立ち上がり、アイシングしている俺の足を手近にあったシーツでふわっと覆った。泣きそうな顔をして足にすがりつくように見えない出血をそっと拭いていた。

「止まらない…床がもうこんなに真っ赤だ…モッチー、どうしよう、これ…どうしよう?止まらない…ね?ほら、全然止まらないよ」

 ジーノは再び苦しそうな浅い呼吸をしながら、広がる見えない血を必死で拭き、手についている見えない血を必死で拭い、混乱に混乱を重ねていた。

「違うって…血も出てねぇし大したことないんだっつーの」
「モッチー、痛いでしょ?おさえてもおさえても、指の間から…これ…ボクがやったんだね?ゴメン…なんでボクは…」
「聞けって!やめろよ、ホントそういうのマジで!」

 たまらなくなって思わず俺が声を荒げたところ、まるで叱られた小さい子供のようにビクッと体を竦ませた。目が泳いでいて目の前にいる俺と全く視線が合わない。なんて弱々しいボロボロな姿。プライドの高いこいつが虚勢の一つも張ることが出来ていない。頑張っても受け止めきれない過酷な現実がジーノを逃げ場のないくらいに追い詰めてしまっていたようだった。